七十七章 ガブリス=ガルゴ その2
七十七章 ガブリス=ガルゴ その2
ノードス村の宿に入ると、村人達はこの見慣れない重装備の背の低い男を見て冒険者だと思った。
「やっと来てくれたのかぁ、待ってたよ!」
「何じゃ?」
「うちの村に出没してるゴブリン退治に来たんじゃないのか?」
「ほぉ…この辺りにもゴブリンがいるのか…。魔族軍ではなさそうじゃな。ええぞぃ、儂が退治してやろう。一匹いくらじゃ?」
「…冒険者ギルドとの取り決めじゃぁ、一匹銅貨十五枚だが…。」
「しけとるのぉ…まあええわい…。背に腹は替えられんて。」
ありったけの金を地酒に換えて皮袋に詰めると、ガブリス=ガルゴは村を出た。二時間ほど歩いて森に分け入ると、五匹のゴブリンと遭遇した。ゴブリン達はガブリス=ガルゴを襲ったが、ゴブリン達がどう殴っても、噛んでも、叩いてもガブリス=ガルゴに傷のひとつも付けることはできなかった。
ゴブリン達はとうとう逃げ出した。
「ほっほ…五匹ぽっちじゃ酒代にもならん。根城に案内してくれると嬉しいがの!」
ガブリス=ガルゴは急ぎ足でゴブリン達を追った。
三時間ほど走って、十数匹のゴブリンがたむろする洞窟の入り口に到着した。さすがのガブリス=ガルゴも息を切らし、疲れていた。ガブリス=ガルゴは腰に下げた酒の入った皮袋を取ってキュッとひと口飲んだ。
ゴブリン達はガブリス=ガルゴを見るなり奇声を上げた。それでもガブリス=ガルゴはどんどんと洞窟の内部に侵入していった。中に入ると数十匹のゴブリンが待ち構えていた。ゴブリン達は一斉にガブリス=ガルゴに襲いかかり、棍棒や石斧で腕や足、頭を殴った。
ガブリス=ガルゴのラージシールドには精霊魔法の「シールド」と戦士スキルの「パワードスキン」が魔法付与されていて、その相乗効果で物理ダメージの30%を軽減する。「パワードスキン」は「パワードマッスル」の上位互換スキルで、筋力の強化に加え皮膚の強化も行うスキルだ。
兜もまた同じ魔法付与がされており、盾と合わせると60%の軽減率となる。鎧には体重を三十倍にする魔法付与がなされていて、ガブリス=ガルゴの見かけ上の体重はなんと2t近い。それを支えるのがミスリル合金のバトルアックスとブーツ、ガントレットで魔法の「アディショナルストレングス」と戦士スキルの「パワードマッスル」がそれぞれに魔法付与されていた。魔族領を逃げ出す前に、自室でブーツとガントレットを装着せずに鎧を着てしまって一昼夜動けなくなってしまったことがあった。装着の順番には十分な注意が必要な防具セットだ。
そんな装備をしているので、ゴブリンがどんなにたかって来ようが無傷のまま全てを引きずって前進することができた。あんまり煩わしいので斧を一振りすると、数匹のゴブリンが肉塊となって飛び散った。
ガブリス=ガルゴは地の精霊ノームの存在を体感していた。ノーム達の存在を知覚することで、頭の中に大まかな洞窟内部のマップが作成できる。なので、ドワーフは洞窟内で迷子になることはない。ドワーフの特殊スキル「地走り」である。
(ほうほう…五階層まであるのか。暇じゃし、探検してみるかのう…。)
ガブリス=ガルゴが数回斧を振り回すと、ゴブリン達は恐れをなして襲ってこなくなった。
二階層に降りるとそこは…ホブゴブリン達の巣窟だった。ガブリス=ガルゴよりも少し背丈の大きなホブゴブが猛然と襲ってきた。
(うぉっ…これはちょっとキツイかの…。)
自らも「パワードフィジカル」を発動させ、時折深度3の「ウォークライ」を織り交ぜた。ガブリス=ガルゴはスキル深度3をカンストした上位職種「バーサーカー」だった。「パワードスキン」の上位互換スキル「パワードフィジカル」は筋力、皮膚だけでなくあらゆる肉体的強化を行う。骨密度や視力、心肺機能まで強化する。深度3の「ウォークライ」は威嚇はもちろんとして己を鼓舞し、体力回復力と魔力回復力をも上昇させる。
「ガソリン(酒)はたんとある…何とかなるじゃろう…。」
ホブゴブどもを掻き分け掻き分け爆進していると人間並の大きさで立派な皮鎧とロングソードを装備したゴブリンがいた。ゴブリンロードだ。
ゴブリンロードはガブリス=ガルゴを見るや否や、その場を逃げ出し三階層へと続く階段を降りていった。ガブリス=ガルゴはまた皮袋の酒をひと口飲んでゴブリンロードを追いかけた。
三階層に到達すると、そこは何もない空洞だった。…が、天井から手のひら大の何かが無数に落ちてきて、ガブリス=ガルゴの体をガチガチと噛んだ。蜘蛛だった。
天井には蜘蛛の巣がびっしり張ってあって、そこから蜘蛛達が湧いて出てきていた。蜘蛛の毒牙でもガブリス=ガルゴの防具はもとより皮膚すらも貫くことはできなかった。ただ顔を直接噛まれるのは嫌だったので、ガブリス=ガルゴはそこだけは盾でガードして進んだ。
ゴブリンロードはすでに四階層に降りてしまったのだろうか…見当たらない。しかし、「地走り」で作成したマップで四階層へ続く階段は容易に見つけることができた。
ガブリス=ガルゴが四階層に降りると、すぐそこにゴブリンロードがいた。そして…人間の上半身を具えた巨大な蜘蛛もいた。ゴブリンロードが助けを求めたようだ。
「ほほぉ〜〜…これはこれは…!この洞窟の主は裏切り者のシーグアさんじゃったのかぁ…。お主、魔族領じゃ評判悪いぞ。」
「人間の言葉がお上手ですねぇ…。」
「魔族領にも人間はたくさんおるからのう…捕虜とか。そいつらはだいたい採掘場で強制労働じゃから、一緒に穴掘ってたらいつの間にか人間の言葉も覚えてしまったわい。」
「…で、魔族領のドワーフさんが何用でここまで遥々いらっしゃったのでしょうか…?」
「特に用はないっ、暇潰しじゃっ!じゃが…お前さんがいるとなると、話は別じゃ、俄然面白くなってきた。人魔大戦で魔王側についたり勇者側についたり…勝ち馬に乗り換えるのが得意なようじゃのう。儂ゃ、そーゆーのはあんまし好かん…。」
「…勝ち馬を選んでいた訳ではありませんよぉ…。私が加勢した側が結果的に勝ってしまっただけですよぉ…私の親しい友人がアドバイスをくださるので…その方に従っていただけなのですけどねぇ…。私は人魔大戦の記録を本にして残しておりますので、できるだけ現場に近い位置にいたかっただけなのです…。まぁ、勝ち馬に乗る…そう見えても仕方が…」
シーグアが懇切丁寧に説明をしている最中、突然ガブリス=ガルゴがシーグアの人間部分の頭を斧で攻撃した。斧は命中しシーグアの頭部は形が残らないほどに粉砕された。シーグアは後方に飛び退いてお尻を見せた。
「こりぁっ…逃げるなっ!」
執拗に攻撃しようとするガブリス=ガルゴの動きが次第に緩慢になっていった。何か柔らかいもので拘束されている感触があった。
「む…見えない糸かっ⁉︎」
「はい…目に見えないほどに細い糸です…。横糸ですから粘着しますよぉ…。」
そう言うと、シーグアはお尻から無数の見えない糸をさらに放出してガブリス=ガルゴを絡め取った。いかにエンチャントで筋力を何十倍にしていても、弾力のある糸は力だけでは切れなかった。
「イグニションッ!」
ガブリス=ガルゴは火の精霊サラマンダーを呼び集め、火の玉となった。糸がジジジッ…と音を立てた。ドワーフは火と地の精霊と相性が良い。
「ウォーターッ!」
シーグアが水の精霊ウンディーネを呼んだ。
「バァーカッ、儂の火がそれっぽちの水で…うおおおぃっ…!」
大量の水が地面や壁から吹き出し、あっという間に四階層の通路は半分の高さまで浸水した。ゴブリンロードはロングソードを捨て必死に泳いでいた。
「五階層が地下水脈なのは…ご存知でしたかぁ…?」
(しもうたぁ…こんな近くに大量の水があったとはぁ…)
「ビルドベースッ!」
ガブリス=ガルゴは足場を高くしようとした。が…
「ノームよ…散りなさい…。」
シーグアによって阻止された。
2tの体重は浮き上がることもできず…水の中でガブリス=ガルゴの意識は遠くなっていった。シーグアはそれを天井に張り付いて見ていた。
遠のく意識の中で…ガブリス=ガルゴは思った。
(くそぉっ…あのナイフさえ売らんかったら、アラクネにだって魔法合戦で引けを取らんかったにぃ…)
ガブリス=ガルゴが意識を取り戻すと、そこは洞窟の一室で周りは本棚と蜘蛛の巣で埋め尽くされていた。
「むむ…ありゃ、儂ゃまだ生きとるんかいの。…すまんが誰か、酒の袋を取ってくれんかの…。」
「…はい…。」
隣にいたシーグアが地酒の入った皮袋をガブリス=ガルゴに手渡した。
「おぅ、すまんな…って、シーグアかいなっ!…お前、儂を殺さんかったのか…⁉︎」
「今のあなたは無力ですからねぇ…殺したところで何も変わりませんねぇ…。」
ガブリス=ガルゴの武器と防具が部屋の端っこにばらばらに置かれていた。ガブリス=ガルゴは酒を飲みながら、シーグアの様子を窺った。
「ありゃりゃ…頭をかち割ったと思ったのに、もう治っとるがな…。」
「人間部分は飾り…私の髪の毛みたいな物ですぅ…。いくら砕いてもすぐに元に戻りますよぉ…。今度やる時は蜘蛛の頭を狙うべきですねぇ…。」
「そうか…分かった。」
ガブリス=ガルゴがひとしきり酒を飲んで、少し考えをまとめた。
(考えようによっては…儂も魔族領を逐電した裏切り者みたいなもんじゃのう…他人を責められんわ…。)
「お主は第八次人魔大戦の後、何をしておったのじゃ?」
「…ここにおりましたよぉ…。ここでずっと本を執筆しておりました…。」
「執筆とな…?そんなもんが楽しいのかい?」
「…それはもう…!私の天職だと思っておりますよぉ…寿命が尽きるまでに、あと何冊出版できる事やら…。私が死んだ後も、私が書いた本は残ります…それは私の生きた証です…。そのためにその日その日を精一杯頑張っているつもりですが…たまにあなたのような邪魔者が訪ねてきて困ります…。せっかく邪魔の入らないダンジョンを作ったというのにねぇ…。」
「うひゃひゃひゃっ…それはすまんかったのぉ。そうか…証を残すか…。」
シーグアの話を聞いて、ガブリス=ガルゴは思った。自分もそろそろ、後世に残る証を…エンチャントウェポンの最高傑作を作らねばならんと…。一丁、この蜘蛛と張り合ってみるか、と…。
「よし、決めたぞいっ!儂もここに住む、居候させてくれいっ!ここに工房を作って真の伝説級、幻想級のアイテムを生み出そうぞっ‼︎」
「……今、邪魔だと言ったばかりなのにぃ…。」
「いや、邪魔が入らないここがいいっ!」
「…人の話を聞かないドワーフですねぇ…。」
結局、ガブリス=ガルゴはシーグアに煙たがられながらも、居座ってしまった。後に、やれ工房の部屋を作れだの、煙突代わりの竪穴を掘れだの、ミスリル探しを手伝えだのとせっついて、シーグアを困らせたのだった。




