七十五章 カミングアウト
七十五章 カミングアウト
オリヴィア、ダフネ、アンネリにとってオリゴ村は約一か月ぶりの訪問だ。ここでアザル盗賊団の残党を壊滅させ、ヴィオレッタと出会った。
ヒラリー達は一階ホールで八人分の食事を注文した。みんなは十日ぶりにまともな夕食を…摂れなかった。
「うわっ…まず…。」
野菜スープをひと口すすって、ヒラリーの口から料理の酷評が思わず飛び出した。
ガタンッ!
オリヴィアが椅子を倒して宿屋の主人に猛然と食ってかかった。
「ちょっと!あんた、まだこんな商売やってんのっ⁉︎いい加減にしなさいよぉ〜〜っ‼︎」
「お…お前は…!」
金髪のロングヘアー、そしてむちっとした豊満な胸…宿屋の主人はオリヴィアを覚えていた。
「ま…前にも言っただろぉ〜〜…税金がかさんでこっちも苦しいんだってっ!」
「何をぉ〜〜っ!」
今回はオリヴィアの仲間は七人いる。前回と違って、周りの客で宿屋の主人に加勢をしようとする者はひとりもいなかった。主人は真っ青になってカウンターの奥から出てこなかった。
年長者のデイブがこの場を収めようとしゃしゃり出てきた。
「オリヴィア、機嫌なおせよぉ〜〜。な、俺と一緒にビール飲もうやっ!ヒラリー、ビール頼んでいいか?」
「だめっ!」
「…うひゃ。」
「路銀がもう残り少ないんだよ…倹約していかないとユニテ村まで持たないよ。」
デイブのただ酒作戦は失敗に終わった。
すると、貴族娘のジェニが銀貨一枚をテーブルの上に置いて宿屋の主人に言った。
「みんなにビールと一番美味しい食事を出してください。…これで足りますか?」
「あ…ああ…。…分かった。」
先ほどよりはましな料理が出てきた。鶏一匹丸ごとのローストチキンだ。オリヴィアとデイブはただビールのジョッキをぶつけ合って飲んだ。
ダフネはチキンをたべながら、ずっと心に抱いていた憂慮をヒラリーにぶつけた。
「ヒラリーさん…ヴィオレッタさんの状況ってまだわからないんですか…?」
「ギルドが総力を挙げて捜索しているはずだ。情報屋も動いている…ただ、色白の銀髪の少女ってだけじゃ…なかなか難しいかもね。もっと、何か…目立つ特徴とかないかな?…どこかにアザとかホクロがある…とか…」
ヒラリーはちょっと考えて再び続けた。
「私とダフネが模擬戦やった時に一緒にいた子だよね?なんで『さん付け』で呼ぶんだい?」
ダフネは思い余ってアンネリをチラリと見た。アンネリは頷いていた。
「実は、ヴィオレッタの両耳は…とんがっています…。」
「………え?」
「…人間じゃなくて…エルフという種族なんです…。年齢は五十八歳です。」
「エルフ…。聞いたことないな…」
アナが二人の会話に入ってきた。
「私、神官の座学で聞いたことあります。神話体系って講義で…人間よりも古い種族…だっけ?」
「…うん。これで少しは探しやすくなりますか?あたし達、彼女をエルフの里に送り届けるって約束したものだから…責任があるっていうか…」
「分かった。すぐに手紙でギルマスに知らせるよ、心配しないで任せといて。」
「ありがとうございます、ヒラリーさん。」
アナは横に座っているアンネリに、「あの子、エルフだったんだねぇ」と囁いていた。
「よし、明日も早いし、もう寝るよっ!」
ヒラリーの言葉にオリヴィアが反発した。
「えぇ〜〜っ、久しぶりのお酒なのにぃ〜〜…こらっ、宿の亭主!銀貨でビール、あと何杯飲めるっ?」
「あと…二杯…?」
「じゃ、デイブと一杯づつ飲んでから寝るぅ〜〜っ!」
ヒラリーは手元の銀貨と銅貨を数えながら、宿屋の主人に言った。
「部屋を三つ用意して欲しいんだけど、空いてるかい?」
「…はいはい。」
ヒラリーはオリヴィアとデイブを残して、みんなと二階へ上がった。そして部屋の割り振りを行った。
「男二人は右の奥の部屋、オリヴィアはその対面の部屋ね…残り五人はこの部屋ね…。」
もう…オリヴィアはひとりで一室が確定だ。ジェニが口を出した。
「オリヴィア…さんにひと部屋は納得しますが、五人でひと部屋って…ひとりは床でごろ寝になってしまいます…」
「ユニテ村でのクエストを考えると、今ここで浪費はできないんだよ…分かって欲しい。」
「私が自腹でもうひと部屋とります。それで二人と三人…どうでしょう?」
「まぁ…そういうことなら、それでいいよ。」
きっとジェニは慣れない長旅で疲れているのだろう。十日ぶりのベッドだ…自腹を切ってでもゆっくり休みたいのだと思って、ヒラリーはジェニの好きにさせた。
「私とアナ、アンネリでひと部屋…いいですか?」
「いいけど…?」
ヒラリーは不思議に思った。てっきりジェニがベッドひとつを独占するため、ジェニと誰かもうひとり…二人でひと部屋を借りるのだと思っていたからだ。
(まぁ…いいか。)
ジェニ達は部屋に入ると、すぐに寝支度を始めた。すると…
「アナ、アンネリ…あのね、実は私、知ってるの…。」
「…え、何の事?」
「二人が…その…仲が良くて…百合の関係で…」
「あら…バレちゃってるのね…ふふふ…。」
アナとアンネリは顔を赤くして、はにかみながらもお互いの手を握った。
「いつからなんですか…?私が気づいたのはオーク討伐クエストの納屋…なんですけど…」
アナが言った。
「私はずっと前からよ。ルームシェアしてたエリーゼとはパートナーだったわ。なんかね…優しくて繊細で…相手が女の方がしっくりくるのよね。」
アンネリも続けて言った。
「あたしの故郷じゃ、結構多いんだ…。周りは女だらけでさ…必然的っていうか…先輩に誘われてっていうか…」
その瞬間、アナが血相を変えてアンネリに食ってかかった。
「ええっ⁉︎アンネリったら、故郷に帰ったら別の女がいるのっ…⁉︎」
「違う、違うっ!先輩は恋人がいっぱいいるんだよっ…あたしは特定多数の中のひとりだったんだって!アナはあたしの特別…たったひとりの恋人だよっ‼︎」
「本当かしらぁ〜〜…。」
「ホント、ホントッ…!」
(…おい、私の前で痴話喧嘩すんなよ…!)
ジェニは男女の痴話喧嘩も、女同士の痴話喧嘩も一緒なんだな…と思った。そして言った。
「…アナは親友だし、アンネリはパーティーの仲間だし…私は二人の事、応援したいと思う…百合だっていいと思う。本当に愛し合っているんなら…。」
「愛し合ってるわ…ね、アンネリ?」
「…うん。」
「じゃさ…私、これから一時間くらいワンコの様子を見に行ってくるから…水入らずで…どうぞ。」
「ありがとう、ジェニ。あなたも愛しているわ…。」
ジェニは顔を真っ赤にして部屋を飛び出していった。アナとアンネリは笑っていた。
「あの子…優しいわね…あんっ…」
アンネリがもう我慢できないというような感じで、アナの首筋に口づけをしてそのままアナに接吻をした。二人の舌と唇は絡み合い、手は胸や股間を愛撫して触れたいものに触れて求めるものを求めた…
「ねぇ…アナ…」
「ん…?」
「…イェルマに来ない?」
「イェルマ…それがアンネリ達の故郷なのね…?」
「…うん、女だけの国なんだ。」
「へえぇぇっ!そんな国があるの⁉…知らなかった…ああんっ…」
「ふう…多分、アナはクレリックだから…最恵国待遇だよ。みんな喜ぶと思う…」
「ふふ…アンネリは?…アンネリは…はあんっ…喜んで…ああ…くれる…?」
「もちろんっ…!アナが浮気をしないか…心配…んんっ…だけど…」
「す…する訳…あはあぁぁ~~っ…ないじゃない…心配しないで…アンネリに着いていく…んん~~っ…はぁっ、はぁっ…」
「…約束だよ…?…んふぅ…」
「…約束…ああぁぁぁ~~っ…あ…あっ…‼」
ジェニは一階に降りると、宿屋の主人に言って一匹丸ごとローストチキンを銅貨五十枚で買って外に出た。
外にはオリヴイアがいて、オリヴィアはワンコに絡んでいた。ワンコは耳を倒し尻尾を丸めて地面にべったり伏せ、少し酔っているオリヴィアのお小言を聞かされていた。
「あんた最近おかしいんじゃない?ジェニの後ばっかりくっついて…。ご主人はわたしでしょ〜がぁ…!」
それは仕方がない…。最近では、実際に朝晩の餌をあげるのはジェニなのだから。
ワンコはジェニに気付くと、ダァーッと走っていってジェニの後ろに隠れた。自分より小さいジェニの後ろに…隠れたつもりでいた。
「まっ…なんて薄情な犬…!」
ジェニはオリヴィアに言った。
「オリヴィア…さん。そう言えば、矢の回収のワンコ使用料…まだ払ってませんでしたね。いくらになります?」
「あ…忘れてたっ…!えっと…いくらだっけ…もうっ、なんかバタバタしたから覚えてないわぁ…。」
「ものは相談なんですけどぉ…それも含めて、正式にワンコを私に譲ってもらません?いくら支払ったら、ワンコを私にくれますか?」
「んっ!…そおねぇ…金貨百枚…?」
「…この話はなかった事に…」
「ウソウソウソ…嘘よぉ〜〜っ!…ワンコはわたしに良く懐いてるから、お別れは寂しいわぁ…金貨一枚は欲しいわねぇ…。」
オリヴィアはジェニの内心を探るように、上目遣いでジェニをちらっと見た。
「…銅貨百枚。」
「えええぇ〜〜…それはないっ、それはないわぁ〜〜っ…銀貨五十枚…。」
「…銅貨百二十枚。」
「仕方ないわねぇ…銀貨二十枚っ!」
「…銅貨百五十枚。」
「むむむっ…銀貨…十枚っ!」
「…銀貨一枚。」
「や…やるわねっ…銀貨五枚でど〜〜よっ!」
「…銀貨一枚と銅貨五百枚。」
「ちょっと、刻まないでよぉ〜〜っ!…銀貨…四枚っ!」
「…銀貨二枚。」
「持ってけぇ〜〜っ!…銀貨……三枚…?」
「…それでいいわ、交渉成立ね。」
「ジェニ、良い買い物をしたわね…ふふふ。」
そもそも、犬一匹で銀貨なんてあり得ない話だが、まぁ…ジェニは良しとした。ジェニから銀貨三枚を受け取ると、オリヴィアは宿屋の一階ホールに戻って三杯目のビールを注文していた。よっぽど三杯目のビールが飲みたかったのか…。そのためにワンコを売り渡したのか…ちょっと酷い。
ジェニがローストチキンを見せると、ワンコはお座りして大きな舌を出しダラダラと唾液を垂らした。ジェニがローストチキンを渡すとワンコはそれを骨もろとも一気食いし、その後立ち上がってジェニの顔をベロベロと舐めた。
(オリヴィアのやつ、引き下がっていきやがった…ジェニは存外、オリヴィアよりも強いのかもしれんっ!小さい割に凄いなっ…やっぱご主人はジェニだなっ!オリヴィアは要らんっ…金輪際、あのおかしい女とは縁を切る!)←ワンコの気持ち
ワンコは両足をジェニの肩に掛け、体重を乗せてジェニを押し倒した。
「こ…こらぁっ、ワンコったらぁ…」
ジェニはそう言いながら嬉しそうに笑った。…それを見てワンコは思ってしまった。
(…嬉しそうだ。も…もしや、ジェニはご主人であると同時に…オレの嫁かっ⁉︎)←ワンコの気持ち
ワンコは突然ジェニに向かって…腰を振りはじめた。ジェニはびっくりしてワンコの頭を手のひらでペチンと叩いた。ワンコは腰を振るのを止めた…。
(…嫁じゃなかった。)←ワンコの気持ち
しょんぼりとお座りをしているワンコを見て、ジェニは呆れ顔で言った。
「好意は嬉しいけど…やっぱり私は人間の殿方がいいわ。」
(…アナにはアンネリがいる…ダフネにはサムがいる…どうして私にはワンコなのかしらねぇ…。)
そばかす娘だって普通に恋がしたいのだ。




