七十三章 セコイア教
七十三章 セコイア教
ジャクリーヌ一座はラクスマン騎士兵団との遭遇戦以来、慎重に旅を続けていた。斥候のホイットニーが森の中に潜み、前方確認をしながら馬車を進めていた。最初から「牛歩」ならぬ「山羊歩」の旅だったので、速度的にはあまり変わりはなかった。
三日の間街道のそばで野宿をした。夜は涼しくなって、少しづつではあるが秋の気配を感じさせた。
「ライト」を習得して夜に爆食いをしているせいか、メグミちゃんの成長速度は目に見えて早くなっていた。メグミちゃんは今朝あたりにもう一度脱皮をして、また少し大きくなった。今は小さなコガネムシぐらいの大きさか。
旅の間にジャクリーヌのシルフィ常駐もだいぶ上達していた。今ではシルフィを小さな白いオーブとしてはっきり認識できるようになっていた。
ミスリル合金?のナイフは精霊魔法が使えるヴィオレッタが常に持っていることにした。騎士団との遭遇戦の時のように、いざという時はナイフを持ったヴィオレッタの魔法がとても頼りになることがわかったからだ。
夕方になって、小さな村に到着した。村に入る前に憲兵や騎士兵団がいないかどうか、ホイットニーが潜入して確認することになった。
しばらくして村の偵察から戻ってきたホイットニーがグラントに視線を向けて言った。
「兵隊はいなかった…でも、面白いやつがいたぜ…。」
一座は村に入って、村長さんの許しを得て井戸の周辺で野宿することになった。
井戸端には先客がいて、井戸の桶をひっくり返してそこに腰掛けていた。男は灰色の麻のローブに麻紐の腰帯を巻き、胸にシダのような葉っぱを差していた。
それを見つけたグラントはすぐさまその男に駆け寄り、ひざまずいてその男に拝礼をした。ジャクリーヌもその男のそばに行くと深々とお辞儀をして、男が差し出した黒い鉢に銅貨十数枚を入れた。
彼はグラントが所属している教団の僧侶だった。見習いのグラントとは違って、彼は正式な僧侶なので胸に教団の象徴のセコイアの葉をつけることを許されていた。
ジャクリーヌ達はその男を囲むようにして座った。ホイットニーだけは少し離れた場所でひとりパンをかじっていた。
ジャクリーヌは男に切り分けたパンをすすめ、グラントはオッカサンの搾りたての乳をすすめた。男は軽くお辞儀をして、それを受け取った。
「ありがとうございます。皆さまに神の祝福がありますように。」
ジャクリーヌは尋ねた。
「お坊さんはこれからどちらへ向かわれるのですか?」
「托鉢行ですよ。この辺りを巡ってすぐにリーンに帰りますよ…。」
ヴィオレッタは呆気に取られていて、みんなの様子を訳も分からずただ見ていた。それに気づいたのか、僧侶がヴィオレッタに声をかけた。
「そちらのお嬢さんは、信徒ではないようですね…?」
ジャクリーヌは気を利かせて状況説明をしてくれた。
「ああ…ヴィオレッタは分からないわよね…。こちらは私たちリーンで信仰されている…えっと、同盟国では『セコイア教』って呼ぶのかしら?そのセコイア教のお坊さんよ。それで…この少女は奴隷で同盟国から逃げてきたヴィオレッタ…。旅の途中で行き倒れてたから拾ったの…」
ジャクリーヌはバンダナを外して…ヴィオレッタに顎で合図した。ヴィオレッタも深く被っていた外套のフードを取って見せた。エルフの特徴…とんがり耳が現れた。
「おお、エルフでしたか。む…見たところ、純血ですね…これはこれは…。」
僧侶は両手の手のひらを上に向けて、なぜかヴィオレッタを拝んだ。
(ん…?拝まれた…??)
「セコイア教はね、元々はリーン族長区…エルフが興した自治区ね、そこで発生した教団なのよ。開祖が純潔のエルフだったから、敬意を表して礼拝されたのよ…ふふふ。」
リーン族長区連邦は五つの自治区から構成されている。エルフが興したリーン族長区、魔族が興したマットガイスト族長区、人間の蛮族が仕切るバーグ、ドルイン、ベルデンの族長区…この五つだ。
セコイア教は別名大樹教とも呼ばれ、巨樹セコイアをその教義の象徴としている。世界を原初のままに…この地に移り住んだリーンというエルフの一族が、自然崇拝と行き過ぎた文明文化の否定を提唱してこの宗教が生まれた。
基本的には同盟国のウラネリス教と似ているが、同盟国では神聖魔法はクレリック、精霊魔法は魔道士と区別があるのに対しセコイア教ではその区別がない。僧侶ひとりで神聖魔法も精霊魔法も行使する。
また、ウラネリス教では、修道僧、神官、司祭、司祭長、大司祭、教皇、法王と複雑な階級があるが、セコイア教では、吟遊詩人、僧侶、大僧正の三つの階級しかない。
セコイア教はリーン族長区連邦では唯一の宗教であったが、ホイットニーのような無神論者ももちろんいる。
「三日前にラクスマンの騎士兵団と遭遇しました。お坊さんもお気をつけくださいね…それでその時、このヴィオレッタには命を助けてもらいました…なかなかの精霊使いですよ。」
「…そうですか。我が同胞の命を救っていただいたこと、私からも礼を言わせていただきたい…。」
「いえいえ、そんな…。」
ヴィオレッタはまんざらでもなかった。人の役に立って感謝される…「綺麗でできる子」の面目躍如だ。
グラントが言った。
「ねぇ、ヴィオレッタさん。このお坊様にあのナイフを鑑定してもらったらどうだろう…?」
「ん…そんなことできるの?」
「…同胞の命の恩人であれば、お布施は頂かないでおきましょう。どれどれ…。」
僧侶はヴィオレッタからナイフを受け取ると、呪文を唱えた。
「名も知らぬ神よ、原初の神よ…。我は汝の子にして、汝を信奉する者…願わくば、見えざる者のベールを取り払い、偽る者を神の光で照らしたまえ…顕現せよ、神の審眼…。」
ヴィオレッタのナイフが青白く光った。その瞬間、僧侶が目を見開いた。
「こ…これは…」
「お坊様…?」
「…無垢のミスリルのナイフなんて、初めて見ました。それも…6Nミスリル、99.9999%の純度のミスリルですねぇ…これだけでも驚きなのに、高位の神聖魔法『メディテーション』が付与されています。神聖魔法を…付与するとは…それも高位の…どうやって…」
僧侶はしばし沈黙した。
「…お坊様?」
「ああ、申し訳ない。あまりの素晴らしい魔法付与に驚いてしまって…『メディテーション』は魔力回復を促進する魔法ですが、本来は術者または被術者が制止して行う魔法で、動いてしまうと解除されてしまうのです。それがこのナイフは携帯しているだけで、常時その状態を保ってしまう…素晴らしい。」
「なるほど…それで精霊魔法を使っても使っても、魔力消費による疲労を感じないのね…。」
「…うむ…銘がありますね。『ミス=リール ガブリス=ガルゴ作』…リール女史か…このガブリスって人は冗談が好きなのか、それともセンスがないのか…。」
リール女史…それがこのナイフの名前だった。ミスリル合金ではなく、純粋なミスリルのナイフだった。精霊達はこの純粋なミスリルに魅せられて集まってくるのである。
ジャクリーヌが目を丸くして僧侶に尋ねた。
「もしも…もしもこのナイフに値段をつけるとしたら…いかほど?」
「値段なんて…これは…国宝級ですよ。」
「くぉぉ〜〜〜っ…!」
ジャクリーヌは満面の笑みでヴィオレッタに視線を投げつけてきた。ヴィオレッタはその視線をはたと受け止めると、プイッ!…とあさっての方向に思い切り弾き飛ばした。




