七章 ヒラリー
七章 ヒラリー
朝。朝食を終わらせた四人が一階ホールのテーブルを囲んでいた。
「今日はダフネ達にくっついて冒険者ギルドに行こうかな〜〜。」
オリヴィアの言葉でダフネとアンネリは凍てついた。
「ど…どうして…かな?」
「ジョルジュいないし、暇だから。さ、行こ行こ。」
「私もお供します。探し物には時間がかかるみたいなので。」
「ヴィオレッタさんもか…別にいいけど…。」
四人は大通りを横断して冒険者ギルドホールへ入っていった。ヒラリーはまだ来ていないようだった。四人は窓際のテーブルを占領した。
「レイチェルゥ〜〜、ビール大ジョッキでぇ!」
「私はバーテンダーじゃありません!それと呼び捨てすんなぁ〜〜‼︎」
ビールをあおるオリヴィアは、実は冒険者ギルドじゅうの注目の的になっていた。ひとりの男がオリヴィアに近づいてきた。
「あんたがオリヴィア?髭面三人組を聖堂送りにしたのってあんたか?」
「髭面の仲間?復讐にきたの?」
「逆だよ。よくぞやってくれたってみんなで言ってたんだ。あいつらは冒険者の面汚しだ。資格を剥奪したって、どうせ傭兵ギルドに流れるだろうし、半殺しで上等だよ。一杯おごらせてくれ。」
「あらぁ、ウェルカム、ウェルカムよぉ〜〜〜!レイチェル、大ジョッキもう一杯‼︎」
「違うっつーの‼︎」
オリヴィアの周りに男達が集まりだして、いつの間にか彼女と男達でパーティーテーブルひとつを占領してしまった。オリヴィアはみんなのおごりのビールでこの上なく機嫌が良かった。多分、男の半分は武勲を讃えに、もう半分は彼女のフェロモンに惹かれて集まったのであろう。
ヴィオレッタは怪訝な顔でオリヴィアを見ていた。
「朝からあんなに飲ませて大丈夫なの?」
「大丈夫でしょ、ウワバミだから。」
ダフネとアンネリは他人の顔をしていた。
ギルドホールに三人の女が入ってきた。先頭に立っていたのはブルーネットのショートヘアの細身の女だった。こちらを向いた時にチラッと右目の横のホクロが見えた。
「やあ、ヒラリー。おかえり。」
「おかえりー。」
男達が口々にその女に挨拶をした。
「ただいまぁ、どうしたのみんな、朝っぱらから盛り上がってるねぇ。」
「ヒラリーさん、お帰りなさい。」
受付カウンターでレイチェルが笑顔で出迎えた。
ヒラリーは皮鞄から皮袋を取り出し、テーブルの上に置いた。レイチェルは中身を確認した。それは三個の黒い水晶玉だった。
「はい、確かに。」
「一体、それは何なんだい?報酬の額からして、凄く貴重な物なんだろ?」
「私も詳しくは知らないんですよ。今研究中の新しい魔法の触媒だとか何とか…。」
「ふうん、まあ、いいや。盗人は憲兵に引き渡したけど、よかったかな?」
「はい、依頼者に連絡しておきます。」
一週間前、魔法学者の家に泥棒が入り、黒水晶が盗まれた。魔法学者は黒水晶の奪還を冒険者ギルドに依頼したのだった。
「レイチェル、私が留守にしてる間に何か変わったことはなかった?」
「それがですねぇ…」
レイチェルがヒラリーの耳元で極楽亭での乱闘騒ぎの話をした。ヒラリーは酒宴の中心にいる金髪の女性を一瞥した。
ヒラリーが連れていた二人の女がダフネ達のテーブルに近づいてきた。
「ダフネ、アンネリ、昨日ぶりー!」
「エリーゼ、アナ、おはよう。」
昨日知り合った女魔道士と女クレリックだった。エリーゼがヒラリーを手招きをしたので、ヒラリーもダフネ達の元にやって来た。
「ヒラリー、新人さんよ。ダフネとアンネリ、あんたのファンなんだって。このおチビちゃんは…知らないけど。」
おチビちゃんとはヴィオレッタのことだ。
「おはつぅ〜〜。」
ヒラリーは気さくな人柄のようだった。
ヒラリーを間近で見たダフネは微かに違和感を覚えた。細い…どうしてもこの女が冒険者ギルド最強とは思えなかった。雰囲気もざっくばらんで強者の持つ威圧感のようなものを全く感じられなかった。
「細い…あんた本当に強いのか?」
「ん?どういうことかな?」
「女性初のS級冒険者って聞いて、興味を持って来たんだけど、なんて言うか…強そうに見えないって言うか…」
思いがけないダフネの言葉に、ヒラリー以上にエリーゼが慌てた。しまった、コイツお登りさんか⁉︎変なやつをヒラリーに引き合わせてしまった!後でクレームが来るぅ〜〜‼︎
ヒラリーはダフネを上から下まで観察した。大きな体、上腕二頭筋もかなり発達してる、手の皮も分厚い…何度も豆を潰しているわね、脚もがっしりしてる、かなり訓練を積んでるわ…
「はじめに言っておくけど、S級ってのは冒険者の中だけの格付けであって絶対的な強さの基準じゃないわ。クエストの数をこなしてりゃ誰だってS級になるのよ。それから、あなたの強い…と、私の強い…は、多分違うんでしょうね。あなたの強いは筋力とか破壊力なのかなぁ…。」
「筋力、破壊力の他に強さがあるのか?」
「私の強い…は、死なないことよ。死ななかったからS級になれたの。」
「強ければ死なないだろう!」
「んん〜〜、違うんだなぁ…」
ダフネはヒラリーとの口論の中で、体の芯から湧き上がる高揚感をついに抑えることができなくなった。
「その違いってのを教えてよ。あたしと勝負してくれない?」
それを聞いてレイチェルが慌てて二階へ駆け上がっていった。
エリーゼとアナは顔を見合わせて困惑していた。
ヴィオレッタには決着が見えているようだった。
「止めなくていいの?」
アンネリは、多分こうなるだろうなと頬杖をついた姿勢で動かなかった。
「ん〜〜〜?なんか始まるのぉ〜〜?」
オリヴィアは上機嫌だった。
「やだよぉ、こんな朝から…勝負したって一銭にもなりゃしない。」
ヒラリーはそっぽを向いてダフネをいなした。その態度にダフネは激昂した。
「じゃぁ、いくら払ったら相手をしてくれるんだ?」
「そうねぇ…金貨10枚なら考えてもいいわよ。」
ヒラリーはニヤリと笑った。ヒラリー流の冗談にギルドホールが笑いと歓声で沸いた。
ダフネはヴィオレッタの方に歩み寄って何やら相談をしていた。ヴィオレッタは仕方なさそうに外套の下から皮袋を出し、金貨を一枚、二枚…と数え始めた。
「げっ‼︎」
冗談が通用しない!金貨10枚っていったらオーガ討伐のクエスト報酬だぞ‼︎
その時、ギルドマスターのホーキンズとレイチェルが二階から降りてきた。
「まあ、いいじゃないか。ヒラリー、相手をしてやりな。」
「ギルドマスター、なに煽ってんですかぁ⁉︎」
「訓練だろ?先輩が後輩に手ほどきしてやるだけの話だよ。」
ギルドホールが騒がしくなってきた。
「ヒラリー、やれやれ!」
「S級の怖さをその嬢ちゃんに味わわせてやれ!」
ホーキンズがギルドホールの中庭を指差した。
「いつも通り、刃止めした武器で模擬戦形式でやったらいいだろう。私が審判をやろう。」
真剣を使わなければ殺し合いにはならない。中庭には、こういう時のために刃を潰した模擬戦用の剣や斧、槍などが置いてあって、ギルドメンバーの練習場としても使用される。模擬戦用の武器とはいっても、当たれば痛いし、打ちどころが悪ければ死ぬこともある。
ダフネが血走った眼をして金貨10枚を持ってきた。
「ああ、金は要らんよ。」
ホーキンズには思惑があった。悪漢三人を一瞬で倒してしまった謎の女武術家のオリヴィア…彼女がイェルメイドであるなら、仲間のダフネもそうに違いない。ヒラリーとの勝負でイェルメイドの実力の程が窺えるのではないか。
ホーキンズはヒラリーに小声で語りかけた。
「本当はお前、あの金髪とやりたかったんじゃないのかい?」
「ふふふ…武術家ってのを見たことがないからねぇ…」
「ダフネって娘も、多分強いぞ。気を抜くなよ。」
ギルドホールでは、いつの間にかヒラリー対ダフネのトトカルチョが始まっていた。
「俺はヒラリーに銀貨1枚賭けるぜ!」
「俺もだ!」
「オレもっ、銅貨50枚!」
「誰もダフネに賭けなかったら、賭けにならねーだろうが!」
「じゃわたし、ダフネに金貨10枚賭ける〜〜っ‼︎」
「やめろぉ〜〜!親がいねーんだから、賭けが成立しねえだろぉ〜〜⁉︎」
ギルドホールは大混乱となっていた。
ヴィオレッタが突然テーブルの上で立ち上がり、皮袋を高く掲げて叫んだ。
「私が胴元になりましょう!ひとり金貨1枚までなら受けます‼︎」
「おおおっ!このチビ何者だ⁉︎」
「それだったら穴狙いで、俺はダフネに銀貨1枚だ!」
「じゃぁ、俺も…銅貨10枚!」
アンネリはヴィオレッタに詰め寄った。
「おい、大丈夫なのか⁉︎」
「大丈夫、大丈夫。賭けを締め切ったところで集計してオッズを出すの。それで全体の金額の80%を払い戻して終わり。」
「20%は?」
「もちろん、胴元の取り分よ。どちらが勝っても負けても…20%。」
「おおっ、賢い!」
「オリヴィアには、絶対賭けないように釘を刺しといてね。私達は財布は一緒なんだから、賭けちゃったら損にはなっても得にはならないから。」
「わかった!」
アンネリはオリヴィアのところにすっ飛んでいった。
「はーい、締め切りまーす。ヒラリーの勝ちで1.2倍、ダフネの勝ちで4.0倍の払い戻しでーす。」
ギルドホールの白熱した様子を見て、ヒラリーが言った。
「みんな楽しんでるじゃないか。どうだい、私達も何か賭けない?」
「むっ!お金を賭けるのか?」
「お金?そんな無粋な真似は私はしないよ…私はこれを賭ける。あんたもこれに見合う物を賭けてよ。」
そう言って、ヒラリーは腰に下げているレイピアをぽんぽんと叩いた。鍔部分は鳥の翼の意匠で、グリップには細かい細工がされていた。いかにも高級そうな代物だ。何だかんだ言って、やっぱり金なのか?
「私はレイピアのヒラリーっていう二つ名を持ってる。このレイピアは私のメインアームで、十年近く使ってる。私のプライドそのものだ。あんたもプライドを賭けな。」
ダフネはヒラリーを睨みつけた。ヒラリーの煽りとも言える賭けの申し出を断ることはできなかった。
「ならば、あたしはこれを賭ける!」
ダフネは背中まで伸びた赤毛の髪を手で束ねて胸元に持ってきた。
「あたしの故郷では髪は立て髪だ!腰まで伸びるまで絶対切らない‼︎」
確かに、オリヴィアもアンネリも豊かなロングヘアーだ。フードを深々と被ったチビはわからないけれど。
「んじゃ、それでいいよ。」
ヒラリーはちらっとホーキンズを見た。ホーキンズはにやっと笑って返してきた。これでダフネは全力でヒラリーに挑んでくるだろう。
「勝利条件は、相手の降参か戦闘不能、もしくは私のレフェリーストップだ。武器は模擬戦用を使ってもらう。防具は自前のを使ってもらって構わんよ。30分後に始めるから、準備してくれ。」