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戦乙女イェルメイド  作者: 丸ごと湿気る
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六十七章 ステージデビュー

六十七章 ステージデビュー


 ヴィオレッタを乗せた旅芸人の馬車はゆっくりとゆっくりと街道を進み、三日かけてとある町にやって来た。

 ジャクリーヌは樽から桃色のサテンのワンピースを引っ張り出すと、ヴィオレッタに着せた。

「これは…?」

「私が昔着てたステージ衣装よ…あら、ちょっと大きいわね…」

 ジャクリーヌはヴィオレッタに衣装を着せたまま、手際よく寸法を詰めていった。さらにスカート丈を短くして、フリルやリボンをこれ見よがしに縫い付けていった。

「これはちょっと短すぎるのでは…?」

「これでいいのよ…チラリズムよ、チラリズムッ!」

(チラリズムって…何⁉︎)

「よ〜〜し、出来た。ヴィオレッタ、三日間の特訓の成果を見せてちょうだい!」

「えええ…ぶっつけ本番?」

「旅芸人は…いつも、何をするにもぶっつけ本番よっ‼︎」

 ジャクリーヌは石造りの宿屋に入って、主人と交渉をしていた。OKが出たようだ。みんなは一階のホールに入ると、テーブルを少し動かして六畳ほどのスペースを作った。

 夜八時、興行が始まった。まずはグラントの布教活動…。

「…名も知らぬ神は箱庭で動くものを欲し、生き物を造った…。魚が生まれた…。虫が生まれた…。鳥が生まれた…。動物が生まれた…」

 グラントのリュートの音は美しかったが、ホイットニーの帽子は軽いままだった。

 ホイットニーの手品が始まった。テーブルの上のリンゴに向かって右手を力強く振り気合を込めた。

「えいっ!」

 すると、あら不思議…リンゴが吸い寄せられるように宙を舞ってホイットニーの右手に収まった。客は感嘆の声を上げて帽子の中に投げ銭を放り込んだ。

 何のことはない…袖の中に黒く塗った返しのついた小さな針を仕込んでいた。その針には黒く塗った細い糸が付いていて、針をリンゴに投げつけ糸を引っ張り寄せるだけである。

 バンジョーの軽快な音に合わせてジャクリーヌが踊った。酒場は盛り上がった。帽子が投げ銭でどんどん重くなる。

 グラントが再びバンジョーからリュートに持ち替えて、ヴィオレッタにキューを出した。

 ヴィオレッタはどきどきしながら、風の精霊シルフィにお願いをした。

(シルフィ…たくさんたくさん集まって、私を助けて…。)

 シルフィはヴィオレッタの願いに応えて彼女の元に集い、ヴィオレッタをつむじ風が覆った。

 ヴィオレッタはピョーンと2m飛んで、観客の前に躍り出た。銀色の髪とフリルのついたスカートをなびかせたヴィオレッタが片足でターンをすると、軸はぶれずにそのまま10回転も回り続け、床に落ちていた塵や紙屑をつむじ風が巻き込んでヴィオレッタの周りでゆっくり渦を巻いた。回転を止めると、オリヴィアは片足のつま先で制止して微動だにしない。そこからヴォレッタは観客に深々とお辞儀をして、プリエ…ソテ…クペからアッサンブレへと繋いだ。そしグランアレグロの連続ジャンプは軽やかで、まるでピンポン玉が跳ねるようでそのあまりの美しさに観客の度肝を抜いた。

 しばし観客は呆気に取られていたが、どこからともなく拍手が湧き起こり怒号のような歓声が一階ホールを震わせた。あちらこちらから、ヴィオレッタと帽子めがけて投げ銭の雨が降った。

 グラントはリュートを弾きながらヴィオレッタを絶賛した。

「ヴィオレッタ…さんっ!凄いよ…まるで妖精みたいだぁ〜〜っ!」

 ずっしりと重くなった帽子を持ったホイットニーも…

「やるねぇ〜〜っ…!」

 …と褒めた。

 その後、グラントのお決まりの英雄即興詩で締めて、今日の第一回興行は終わった。

「うほほほぉ〜〜っ…間違えて銀貨を放り込んだバカがいるよぉ〜〜!」

 ジャクリーヌは銅貨を数えながら言った。ヴィオレッタは手巾で汗を拭いながら自信満々で訊いてみた。

「ジャクリーヌさん、私の踊り…どうでした?」

「う…う〜〜ん、なんて言うか…あんなもんじゃない…?」

 予想外の反応だった。

「そ…そうですか…。」

 ジャクリーヌはヴィオレッタの憂いた顔を見て、銅貨を数えるのをやめた。

「ごめんっ!…実は…よく分からなかったと言うか…よく見えなかったのよ…。」

「…え?」

「何かさ…さっきのヴィオレッタは…半透明のベールに包まれたみたいで…目の焦点が合わなくて…ずっとボヤ〜〜ッとしたての…何でかな…?」

「…!」

 もしや!…と思った。ジャクリーヌは風の精霊シルフィが見えてる⁉︎…いや、はっきりと見えてはいないけれど、知覚はできているのかもしれない。ジャクリーヌはハーフエルフだ。精霊と交信するチャンネルを持っていても不思議ではない。

「…ジャクリーヌさん、四精霊って知ってます?」

「ん〜〜…グラントの詩に出てくるやつだね…名前は知ってるけど、それが何なのかは知らないねぇ。」

 グラントがオッカサンの乳を搾りながら言った。

「リーンのエルフは絶滅寸前で、精霊魔法の伝承が途絶えているんだよ…。今や、エルフのクォーターまでいる時代だ…精霊の存在を信じていない人の方が多いかなぁ…。」

(それを伝え広めるのが吟遊詩人…グラントの役目じゃないのぉ⁉︎)

 …と、ヴィオレッタは思ったが、口には出さなかった。

「もったいない…せっかくチャンネルを持っているのに…」

「チャンネルって何⁉︎」

「これです…!」

 ヴィオレッタは左手にシルフィを集めた。そして、右手でジャクリーヌから帽子を奪い取ると、その上に帽子を乗せた。

「おおぉ〜〜っ!帽子が宙に浮いてる…あんた手品もできるのかよっ!」

 グラントとホイットニーは感心して帽子を見ていた。

 ヴィオレッタはジャクリーヌに尋ねた。

「ジャクリーヌさんにはどんな風に見えてます?」

「は…半透明のボールが…帽子を被ってる………何でっ??」

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