六十章 オークジェネラル その5
六十章 オークジェネラル その5
次の日の朝、十分に英気を養った冒険者達はベースキャンプを出発した。アンネリからの知らせは何もなかった。何もないということはオーク達は動いてないということだ。
オークの伏兵を警戒して、ジェニとワンコを先頭にして冒険者たちは行軍した。オーク陣営の50m手前でアンネリと合流した。
ヒラリーは匍匐前進で近づき、改めてオークの陣営を確認した。昨日から全く変わってない。疑問はあったが、ここまできたら攻めるしかない。
ヒラリーは寝そべったまま、オリヴィアに手招きをした。オリヴィアはヒラリーの横で一緒になって寝そべった。
「オリヴィア、お金いっぱい稼ぎたいか?」
「もちろんっ!」
「あのねぇ…あそこのねぇ…ボソボソボソ…」
ヒラリーは何やらオリヴィアに秘密の作戦?を授けた。
冒険者達は前回同様、オーク陣営のある崖の斜面を半包囲して配置についた。さぁ…開戦だ!ヒラリーが右手を挙げて…振り下ろした。
アーチャーと魔道士が草むらから出て、オークウィザードとオークアーチャーに攻撃を仕掛けた。すると、オークジェネラルがオークウィザードとオークアーチャーの前に出て、タワーシールドで矢と魔法を防いだ。それと同時に50匹以上のオークが冒険者達に向かって突進した。
アーチャーと魔道士はターゲットを接近するオークに切り替え、迫り来る50匹のオークに矢の雨と「ウィンドカッター」を浴びせた。10数匹のオークは地に斃れたが、残りのオークはオークジェネラルの「鼓舞」によって士気はそのままに冒険者の前衛にぶつかっていった。
アナがすかさず「神の威光」を発動させると、オークジェネラルの陰からオークアーチャーとオークウィザードがアナを狙って矢と魔法を撃ってきた。「アナ潰し」である。オークジェネラルは学習していた。
アナを護衛していたアンネリがアナに飛びついてギリギリ回避した。アナを狙ってくるとは…!
「アナを守れぇ〜〜っ!」
ヒラリーの声にアンネリはアナを連れて後退した。アナが後退してしまったので、冒険者とオークの戦いは混戦となった。オークジェネラルとその後ろのオークアーチャーとオークウィザードはアナを追って前進してきた。アナが射程距離に入ると、オークアーチャーとオークウィザードは仲間を巻き添いにすることを厭わず、容赦なくアナに遠距離攻撃を仕掛けてくるのだった。
ダフネは「ウォークライ」を連発してオークをどんどん屠っていた。体力が消耗してダフネが斧を高く掲げるとすぐに「ヒール」が飛んでくる。サムの「ヒール」だ。その度にダフネの血はたぎり猛烈に斧を振り回した。デイブも「ウォークライ」を連発しハンマーを掲げたが…
「おいこらっ、サムッ!差別するなよぉっ…!」
ジェニは「クィックショット」で至近距離でオークを撃っていた。オークが襲ってくると、すぐに前衛職の後ろに退避した。ワンコはジェニの陰に隠れてバウッバウッと吠えまくるだけだであった。
ヒラリーとトムソンも善戦していた。しかし、オークの数はなかなか減らなかった。アナがオークアーチャーとオークウィザードに狙われて、「神の威光」が使えないのが致命的だ。消耗戦を強いられていた。
オークジェネラルがオークアーチャーとオークウィザードを従えて近づいてきた。当然、アナを追ってきたのである。オークジェネラルに挑んだ冒険者の剣士が槍の一撃で絶命し、どこかで「ジェリーがやられたっ!」という悲痛な叫びが聞こえてきた。
流れを変えなくては…!そう思ったヒラリーは叫んだ。
「オリヴィアァァ〜〜〜ッ‼︎」
オリヴィアは右手に柳葉刀を、左手にオークの左耳8個を握りしめて、今9個目の左耳を削ぎ落としたところだった。
オリヴィアはベルトに挟み込んでいた厚めの外套を被ると、「飛毛脚」「鉄砂掌」「鉄線拳」を連続発動してオークジェネラル目指して疾走した。
どんどん近づいてくるオリヴィアを見て、オークウィザードとオークアーチャーは攻撃の矛先をオリヴィアに切り替えた。数本の矢がオリヴィアに突き刺さり、「ファイヤーアロー」の直撃を受けた。
「あっち、あっち…熱っつぅ〜〜〜っ…!」
オリヴィアはオークジェネラルが放つ槍の突きを地面を前転してかわすと、オークウィザードとオークアーチャーの前に仁王立ちとなった。外套を脱ぎ捨てると、オリヴィアの体にはいくつかの矢が刺さって出血した矢傷と…胸には「救済のアミュレット」が揺れて光っていた。
オリヴィアはすぐさま「大震脚」を放ち、棒立ちになったオーク達を柳葉刀で切り刻んでいった。一瞬にしてオークの遠距離攻撃部隊は壊滅した。さらにオリヴィアは意識が朦朧としているオークジェネラルの首を狙って柳葉刀を振りかぶった。その時、不意に後ろから背中を槍で突かれて、柳葉刀を落としてしまった。後ろには槍を両手で持ったプレートアーマーのオークがいた。槍の攻撃はそれほど強くはなかったが、やばいと思ったオリヴィアはオークジェネラルとそのプレートアーマーのオークから距離をとり…その場で意識を失ってしまった。人間は体力が10%を切ると、意識が混濁し始めやがて失神する。そして、出血はさらに体力を消耗させ…0%になると死んでしまう。
アナが前線に戻ってきて「神の威光」を発動させると、戦況は一変した。冒険者達はアナの光のフィールドを盾にして、オーク達を確実に減らしていった。それに気づいたオークジェネラルはプレートアーマーのオークを残して、アナの光のフィールドに特攻してきた。冒険者はオークジェネラルに攻撃を集中したが…攻守ともに一枚も二枚も上手のオークジェネラルを攻めあぐねていた。
ヒラリーが失神しているオリヴィアに駆け寄り、肩に担いで前線を少し離れた。
「誰かっ…誰か魔道士はいないかっ⁉︎」
その声に、ダフネとサムが駆けつけてきた。サムはすぐさまオリヴィアに「ヒール」を施した。
「オリヴィアさんっ…オリヴィアさんっ…!」
ダフネの声にオリヴィアは目を覚まして…
「ピコーンッ…!」
…と言った。
「な…なんだ、今のっ…?」
ヒラリーの言葉にダフネが応えた。
「あ…オリヴィアさん、新しいスキルを覚えたみたいです…」
「え…?」
「あたしもよく知らないけど…なんか、『フラグ』が立つんだそうです…」
「…フラグって…なんだ?」
「分かりません…それで、白昼夢を見るそうです…暗雲立ち込める空が突然割れて…一条の光と共に天空からたくさんのキューなんとかを従えた女神様が現れてプレゼントをくれるそうです…。」
「…はあぁっ⁉︎」
オリヴィアは上体を起こすと、あさっての方向をぼんやり眺めながら言った。
「あ…天使の羽根のランドセル貰ったぁ…」
しばらくして白昼夢から覚醒したオリヴィアは状況を思い出して…叫んだ。
「サムゥ〜〜ッ!ヒール…ヒールッ、ヒールッ、ヒィ〜〜ルゥッ!」
冒険者達は苦戦していた。オークジェネラルは光のフィールドに苦もなく侵入し、アナをしつこく狙っていた。アンネリはクナイを投げつけるも、オークジェネラルの皮膚には刺さらなかった。他の冒険者達も果敢に攻めたが、タワーシールドに阻まれ、ぶんぶんと音を立てて振り回される槍の餌食となる者もいた。
オークジェネラルは背中で、スキルの連続発動を感じた。振り返ると、そこにオリヴィアがいた。オリヴィアは素手だった。
オリヴィアは大声で叫んだ。
「みんなぁ〜〜っ、どいてぇ〜〜っ!巻き添い食ったら死ぬよぉ〜〜っ‼︎」
そう言うと、オリヴィアは腰を低くして構え、一足飛びにオークジェネラルの懐に飛び込んで、右足を力一杯地面に踏み込んだ!オリヴィアは最初の「大震脚」と同時に右冲捶(正拳突き)を放った。冲捶は轟音とともにタワーシールドに炸裂し、タワーシールドを弾き飛ばした。次の「大震脚」と左冲捶がオークジェネラルの腹に命中した。あまりの衝撃でオークジェネラルの槍は手から滑り落ちてしまった。そして最後の「大震脚」と右冲捶が大音響とともにブレストアーマーに直撃し、金属製の胸当てが大きく陥没した。オークジェネラルは口から血を吹き出し、その場にうずくまった。「大震脚」の上位互換スキル、「迎門三不顧」だった。
冒険者達は一気にオークジェネラルに襲いかかり…とどめを刺すことができた。
すると、もう1匹の…プレートアーマーのオークが現れて、槍で冒険者達に襲いかかってきた。トムソンが振り向きざまに斧でそのオークの頭を兜ごと叩き割ると、そのオークは…あっけなく死んでしまった。
「何だったんだ…こいつは…。チャンピオンじゃなかったのか?」
ふらふらと視線が定まらない様子のオリヴィアをヒラリーが横で支えた。
「オリヴィア、大丈夫かっ⁉︎よくやってくれたっ…!」
「ふふふ…ウィザードとアーチャー8匹で銅貨800枚…ジェネラルが銀貨5枚…で、よかったのよね…⁉︎」
「ああっ!ホーキンズに言って、後で払ってもらうっ‼︎」
「…ヒールちょうだい…。」
そう言って、オリヴィアはヒラリーに全体重を預けて…寝てしまった。
「迎門三不顧」は「大震脚」を三連打できるスキルで、それと同時に震脚発動時に術者の体重を三倍にする。それによって術者の攻撃力を増大させるという付帯効果もあるが、ただし「鉄線拳」と「鉄砂掌」を併用しないと、反作用で自らもダメージを受けてしまうという危険なスキルだ。
トムソンがヒラリーを呼んだ。ヒラリーはオリヴィアをダフネに預けてトムソンに駆け寄った。
「トムソン、どうした?」
「ジェネラルがあの場所に固執した理由が…何となく分かった…。」
「え…?」
「こいつ…メスだ。」
槍を持ったプレートアーマーのオークはメスだった。
冒険者達はオークの生き残りを掃討して、ヒラリーとトムソンはオーク陣営の中心にあった掘建て小屋に入ってみた。そこには…生まれて間もないオークの赤ちゃんがいた。
「そうか…これが理由か…。」
「どうする?」
トムソンの問いかけにヒラリーは平然と答えた。
「もちろん…オークは人を食う。共存はできない…。」
「任せていいか?」
「…ああ。」
トムソンは小屋を出ていった。ヒラリーは一瞬、トムソンはずるいな…と思った。
ヒラリーは補助武器のダガーナイフを抜いた。ダガーナイフの切先が微かに震えていた。オークの赤ちゃんはヒラリーを母親と思ったのか、ヒラリーの足にすがりついてきて、ピィピィと泣いた…
すっと…ヒラリーの横にアンネリがやって来て…ナイフで赤ちゃんの心臓の辺りをサクッと刺した。
「…意外。」
「…言うなよ…。」
こうして、十二日間におよぶオーク討伐は終了した。




