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戦乙女イェルメイド  作者: 丸ごと湿気る
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六章 それぞれの城下町

六章 それぞれの城下町


 朝九時。ギルドマスターの部屋。ソファに深々と座ったギルドマスター、ホーキンズの前にオリヴィアとヘクターが立たされていた。

「レイチェルくん、この報告書に間違いはないね。」

「はい。ひとりは右肩関節脱臼で全治一週間だそうです…」

「ああ、よかったわねぇ。軽傷じゃない。関節ぽこっと入れときゃ放ったらかしといても治るわ。」

「オリヴィアさん、勝手に発言しないでください!続けます。もうひとりは、え…左の…こ…睾丸破裂で…」

「ああ、よかったわねぇ。右のキン玉は残ってるのね。ちゃんと子供作れるじゃない。」

「ちょっとあなた…最後のひとりは歯が全損しておまけに下顎が割れて全治一年よ、一年!これはどう思うわけ、ご感想は?」

「あたしが手加減したからみんな生きてるんでしょ?殺すつもりなら三人ともとどめを刺してますわよ。」

「とどめって、ちょっと!」

「ああ、もういい。レイチェルくん、分かった。ヘクターの証言も聞いた。オリヴィア…さんか?あなたは丸腰で、相手はロングソードで切り掛かったのは事実のようだ。今の話じゃ、殺意はなかったということだね?冒険者同士の殺し合いではないわけだ。ちょっとやり過ぎな気もするが、正当防衛を認めて不問ということにしよう。」

「ありがとうございま〜〜す。」

「しかしだね、あなたは武術家だよね?こちらでは珍しい職業だが、東の国には多いと聞く。私の知る限りでは達人になると素手で剣とも互角に渡り合えるそうじゃないか。次は正当防衛は認めないからね。今回は相手が品行が悪くてギルドでも資格剥奪を検討していた連中だったから大目に見ることにしたんだよ。」

「ありがとうございま〜〜す。それじゃ、帰りま〜〜す。ヘクターさん、帰るよー。」

 オリヴィアはヘクターの腕を掴んで部屋から出ていった。

 ホーキンズは報告書を眺めながら言った。

「ヘクターの話だと…相当な使い手だな。二十一歳か。どこで力をつけた…エステリック王国出身?義勇兵団や傭兵ギルドにあんな強い女兵士がいれば噂ぐらいにはなると思うんだが…わからん。」

 王国の軍隊は大きく四つに分けられる。まず、主に貴族の子弟で構成される王国騎士兵団と、そこから選抜されたエリート集団の王国近衛騎士兵団。彼らは終身雇用である。次に平民で構成される王国義勇兵団。有事の際に必要に応じて徴兵される。そして傭兵部隊。これは説明の必要はないだろう。

 同盟を結んでいるエステリック王国、ティアーク王国、そしてラクスマン王国でその編成は変わらない。

「もしかして…イェルマか⁉︎」

「マスター、イェルマって?」

「国が情報統制してるからあまり表には出てこないが、エステリック同盟国、魔族、それに次ぐ第三の勢力だ。女だけの国だ。」

「え⁉︎」

「エステリック王国はイェルマの利権を欲しがってる。東の国との唯一の交通路だからな。貴族どもが何度も侵略を試みては追い返されてるらしい。ははは、表沙汰にはできんわな。強いぞ、あそこの女どもは。女だけで国を守ろうってんだ、心構えが違う。小さい頃から武芸を叩き込まれてるらしいからな。レイチェルくん、内緒にしとけ。でないとギルドが巻き込まれる。下手をするとここで戦争が起こるぞ。」

「せ…戦争⁉︎」

 オリヴィアが宿に戻って来ると、ダフネ達が一階ホールで朝食を食べていた。目玉焼きと腸詰、そしてパンだ。

「あ、ずるーい。」

「だって、オリヴィアさん、いつ帰って来るかわからないから、先に食べた。」

「ヘクターさん、あたしにも同じものを!」

「あいよ…。」

 朝から卵と腸詰というのは、かなり贅沢である。ヴィオレッタの上納金?のおかげである。

「ヴィオレッタさん、昨日はよく眠れたかい?」

「久しぶりに柔らかいベッドで寝たら、逆に落ち着かなかった。」

「ここは寝具や料理は良いもの使ってるね、見かけはオンボロだけど。」

 アンネリの言葉にみんな笑った。オリヴィアは必死で朝食を口に掻き込んでいた。オリヴィアは昨日の夜から何も食べていなかった。

「今日はこれからどうする?あたしはまた冒険者ギルドに行ってみるけど。」

「わたしもダフネについて冒険者ギルド。」

 ダフネの言葉にアンネリも同調した。

「私は街を散策したいわ。本を探したい。」

「オリヴィアさんはどうする?」

「わたしは湯浴みをしたいわぁ。なんかベタベタしちゃって…ヘクターさん、おかわり!」

「じゃあ、それぞれ別行動ってことで。」


 ヘクターが大きなたらい桶を出してきてオリヴィアに尋ねた。

「オリヴィアさん、お湯沸いたよ。今からでもいいのかい?」

「いいわよ。ジョルジュを呼んでくれる?」

「なんでジョルジュ?朝飯時が終わって暇にしてるコックのライルにやらせるよ。」

 ヘクターは右足が義足だ。

「んーとね…ジョルジュがいいの。あの子頑張ってるからちょっとね。」

「そうか。」

 ヘクターは嬉しかった。オリヴィアはきっとジョルジュに過分なチップをあげるつもりなのだろうと思った。ジョルジュを応援してくれる人がいる…きっとジョルジュの励みになるだろう。

 ヘクターはジョルジュを呼んだ。裏で剣の素振りをしていたジョルジュがやって来た。そして大きなたらい桶を背中に担いでオリヴィアに従って階段を上っていった。

 個室で客に湯浴みをさせるのは大変な作業だ。まずたらい桶にお湯を張る。客がたらい桶で湯浴みをするとお湯の温度が下がるので、再びお湯を足す。客が満足するまでこれを繰り返すのだが、そのためのお湯を桶で運ぶのが重労働なのだ。

 ジョルジュは階段を降りてくると、お湯の入った桶を両手に持って再び階段を上がっていった。

「オリヴィアさん、お湯の温度はこれでいいですか?」

「これでいいわ。」

 オリヴィアは指先をたらい桶に沈めて温度を確認していた。

「じゃあ、差し湯を持ってきますね。そこに衝立があるので使ってください。」

 衝立は女性が湯浴みをする時に裸を隠すために使う。

 ジョルジュは差し湯の入った桶を持ってオリヴィアの部屋を訪ねた。

「え…」

 たらい桶に腰まで浸かったオリヴィアは何も着けておらず、こちらに背中を向けていた。もちろん…衝立はない。

「ジョルジュゥ〜〜、手が背中まで回らないの。悪いけど、背中を洗ってくれるぅ?」

「は…はい。」

 ジョルジュはおそるおそるオリヴィアの背中を手拭いで拭った。あふん…というオリヴィアの微かな呻き声を聞いたような気がした。

「ああん、もっと優しくしてぇ〜〜〜。」

「は…はひぃ。」

 オリヴィアが突然振り向いた。豊か過ぎる胸が左右に揺れていた。

「ついでに前も洗ってくれるぅ?」

「うわああああっ‼︎」

 ジョルジュは顔を真っ赤にして部屋を飛び出していった。

「ジョルジュゥ〜〜〜…」


 ヴィオレッタはひとりで城下町を散策していた。雑貨屋を見つけると中に入って本がないか探した。だが、文盲も多く、日々の生活に窮々としている人々にとって本などというものは必要とされていない。必要があるとすれば貴族ぐらいだろう。庶民の雑貨屋に本を置いているはずもなかった。

 ヴィオレッタは道ゆく人に貴族が出入りしている雑貨屋を聞いて回ったが、知っている者はいなかった。

(まずは貴族を見つけないといけないのかな。)

 ヴィオレッタは身なりのいい人を探した。見つけた。端正な服装で肩から立派な革鞄を下げた紳士風の男性だった。

「すみませんが、貴族が出入りする雑貨屋をご存じではありませんか?」

「お嬢ちゃん、そんなところに何の用だい?」

 この人も私のことを童女だと思っている。

「本を探しているのです。」

「本か、なるほど。でも、残念だけどそんな雑貨屋は知らないなぁ、貴族とはあいにく面識がなくてね…」

「そうですか、ありがとうございました。」

「あ、ちょっと待って。筆写士の事務所なら知ってるよ。」

「筆写士?」

「本を作るところだよ。作者の原稿を羊皮紙に書き写して表紙なんかをつけて製本するんだよ。おじさんは公証人でね、たくさんの筆写士と知り合いなんだ。行って見るかい?」

「お願いします。」

 筆写士とは気づかなかった。そうか、製本所というのは盲点だった。

 二人は大通りから路地に入り、小さな通りに出た。そこでヴィオレッタは比較的大きな建物に案内された。建物の中に入ると、確かにインクの匂いがした。

「やあ、いらっしゃい、ワットさん。お久しぶり、今日は契約書ですか?申請書ですか?」

「いや、このお嬢ちゃんが本を探しているというので連れてきただけだよ。」

「ははは、お嬢ちゃん。うちにはご本はいっぱい置いてあるけど、お嬢ちゃんに買えるかな?とっても高いよ?」

 ヴィオレッタは金貨を一枚出して見せた。公証人と事務所の主人は驚いた。

「中を見学させてもらってもよろしい?」

「どうぞ、どうぞ!お嬢…さん。」

「それじゃぁ、私はこれで失礼するよ。」

「どうもありがとうございました。」

 公証人は首を傾げながら事務所を出ていった。

 事務所の主人ダントンは建物の中を案内してくれた。さっきとは打って変わって丁寧な言葉遣いだった。この少女は見た目よりも年齢は高く、どこかの裕福な商家の娘だと思ったのだろう。

 大きな部屋に案内された。中ではたくさんの筆写士が原稿を羊皮紙に書き写していた。

「うちの仕事は主に契約書や申請書の清書ですな。貴族相手の取り引きですと、殴り書きの契約書ではいけませんからね。」

「本はどうやって?」

「まず、依頼者と相談して本の大きさとページ数を決めます。それから原稿をいただいて、割り付け表を作ります。その割り付け表に従って裁断した羊皮紙に原稿を書き写します…」

「最初にページ数を決めてしまうと、大幅にページ数を超えてしまったりしないのですか?」

「そこはわしらも職人です。文字の大きさで調整しますよ。長年の経験でこの文字の大きさならこれくらいってわかるんですよ。ただし、あんまり文字が大きくなったり小さくなったりして読み辛くなると、依頼者と再度相談いたします。まあ、出版なんて学者さんか貴族の道楽で、論文とか自叙伝とか訳のわからんものがほとんどですよ。こっちは商売ですからね、お金さえ貰えれば何でも筆写しますがね。」

 次にヴィオレッタは小さな部屋に案内された。そこにはいくつかの本棚があった。

「この部屋には、私どもで作った本をサンプルとして置いてございます。依頼者にはこれを見てもらって、本の装丁を選んでいただきます。複数置いてある本はサンプルを除いて売ってもよろしいですよ。」

 ヴィオレッタは本の背表紙を見て歩いた。千冊ぐらい置いてあるだろうか。

「おお!」

 イェルマ滞在記を見つけた。しかし残念、これは持っている。いや待て!ここにシーグアの本がサンプルとして置いてあるということは、シーグアがここで本を作ったということではないか⁉︎

「このシーグアという筆者…シーグアさんはもしかしてここで本を作ったのですか?」

「シーグアさん?ちょっと待ってください…」

 主人は虫眼鏡を持ってきて、裏表紙の隅に刻印してある小さな記号と数字を丹念に調べた。そして、別の部屋から分厚い台帳を持ってきて照合し始めた。記号と数字で出版年がわかる。そしてサ、シ、シ、シ、シー…シーグア、見つけた。

「その本はうちで製本したものですね。確かに、シーグア=アール=ク=ネイルさんの依頼を受けております。ですが、この依頼を受けたのはうちの先々代で、もう五十年も前ですな。それ以降は製本の依頼は受けていないようです…」

「では、それ以前は?」

「ちょっと待ってください…」

 ダントンは台帳をめくって、どんどん遡っていった。そして、さらに古い台帳を持ってきてページをめくった。

「あ、ありました!本の表題は『神の祝福』ですね。え、何かの間違い?百二十年前となると…シーグアさんって…人間…なのでしょうか?」

「エルフなのかもしれませんね。」

「エルフ?何ですか、それは?」

 ヴィオレッタはすぐさま本棚の背表紙を探して回った。しかし「神の祝福」という本はどこにもなかった。

「ない…ないわ!この事務所で製本された本は全てここにあるんですよね?」

 ダントンはすぐに台帳を探った。

「ちょっと待ってください…あ、出版されてすぐに発禁本になってますな。多分、官憲に押収されたのでしょう。」

 無念!ヴィオレッタは肩を落とした。神の祝福か…そそる表題だ、読みたい!しかし、ないものはないのだ。ヴィオレッタはその場に膝を抱えて座り込んだ。

「もしあるとすれば、王立図書館の禁書庫ですかねぇ…」

 ヴィオレッタはダントンの顔を見上げた。しかし…

「あそこの本は貴族しか閲覧できないし、ましてや禁書庫ともなると…王族しか…絶対無理ですね…」

 ヴィオレッタは溜息をついた。

 ヴィオレッタの落胆ぶりを見かねたのか、ダントンがしきりに自分の頭を手のひらで叩きながら言った。

「校正ゲラってのがあります…万が一、万が一ですが…残ってれば、倉庫かな?」

「校正ゲラ?」

「はい。原稿の中には字が汚くて読めなかったり、走り書き程度のものもあるんです。そういうものは一度目を通して依頼者に確認を取るのですよ。この字はこれでいいですか?この文章は文法的に大丈夫ですか?このスペルは間違っていませんか?…とかね。基本的には、依頼者の了解を得て校正作業をいたします。」

「ふむふむ!」

「お客さんの原稿自体は汚したり何かを書き加えたりは絶対にいたしません。いただいた時の状態でお客さんにお返しするのがうちのモットーです。なので、筆写したものに朱筆で書き加えてお客さんに見せるのです。時間も手間も掛かりますが、良い本を作りたいと思うお客さんは好んで校正を依頼されるのですよ。ですが、貴族は気位が高いので自分の書いたものに絶対の自信を持っていて校正作業を拒否しますな。もし、シーグアという方が貴族でなければ…そしてもし、そのゲラが残っていれば…という話です。」

「探してください!」

「はぁ…なにぶん、百年以上も前のものですし、倉庫も広くて…ねぇ。探すとなると、骨の折れる仕事に…」

 これがダントンが頭を叩いていた理由である。

 ヴィオレッタはさっき見せた金貨を主人に握らせた。

「これでお願いします!あってもなくても、とにかく‼︎」

「う…う〜〜ん…」

「お釣りはいりません‼︎」

「わかりました!お引き受けいたしましょう‼︎」

 ヴィオレッタとダントンは固い握手を交わした。


 ダフネは冒険者ギルドのギルドホールで窓際のテーブルに座っていた。

 ギルドホールを一回りしてアンネリが帰ってきた。

「掲示板のクエスト見た?笑えるよ。スズメバチ退治とかネズミの駆除とか、逃げた猫の捜索とかあった。五級のあたしらの仕事みたいだよ。」

「やりたくねぇ〜〜。」

「他にもいろんな情報が公開されてたね。新しい武器屋が開業したとか、薬師ハンスのポーションはよく効くとか。」

「ふーん。」

 ダフネの頭の中にはヒラリーのことしかなかった。昨日、受付嬢のレイチェルはニ、三日は来ないだろうと言っていたが、もしやと思っての日参だ。何もすることがなかったし。

 冒険者ギルドに二人の女性が入ってきた。

「あら?」

 二人はダフネとアンネリを見つけテーブルに近づいてきた。

「こんにちわ。新人さん?」

 茶色のローブに杖を携えた女がダフネに話しかけてきた。

「昨日、登録したばかりだ。」

「嬉しいわ。女の冒険者って少ないじゃない?仲良くしましょうよ。私はエリーゼ、よろしくね。二級魔道士よ。」

「私はアナ、二級のクレリックです。」

「あたしはダフネ、戦士をやってる。」

「アンネリ、斥候。」

 四人はテーブルを一緒にした。

 ダフネとアンネリは初めてクレリックを見た。白いローブの上に胸までの短い皮の外套を羽織っていた。杖は細くて短く先端に装飾されたエンブレムがついていた。

 イェルマにはクレリックはいなかった。戦士房の房主が欲しくてたまらない風で、クレリックがいたら是非連れて来いと言っていたのを思い出した。そんなに役に立つ職種なのだろうか?

「クレリック…神官か、初めて見たよ。えーと、回復と防御の専門職だよね?」

「そうよ、貴重な職種よ。このギルドでも私が知ってるのは四人しかいないわ。アナは王立の上級神官学校まで進んだエリートで元貴族様よ。」

「やめてよ。花嫁修行で修道院に二年行かされて、受験資格ができちゃったからそのままなしくずしに神官学校に進んだだけよ。そしたら実家が破産しちゃって、献金…つまり授業料ね、それが滞っちゃって、除籍になったの。」

「あら、ご謙遜。才能がないと王立の上級学校までは行けないでしょう。私みたいにソーサリースクールをギリで卒業した凡人とは格が違うわ。で、ダフネとアンネリはなんで冒険者に?」

「えーと、ヒラリーに会いたくて…。」

「あはははは、あるある!ヒラリーに憧れてってヤツね。」

「ヒラリーさん、クエスト終わったから報告しに明日はここに来るよ。同じパーティーだから、さっきまで一緒だったわ。」

 アナの言葉にダフネは身を乗り出した。

「アナはヒラリーパーティーの固定メンバーなのよ。いいわねぇ、ヒラリーのパーティーは若い冒険者にはすごく人気があるのよ。」

「エリーゼってば、以前誘ったけど断ったじゃない。」

「ヒラリーは慎重すぎるのよ。安全マージンを必要以上に取るから、準備とか時間とか、パーティーの頭数も多いし取り分が減っちゃうのよね。若い子は経験を積むのにいいかもだけど、私みたいな古参はねぇ…。」

「誤解ですよ〜〜。しっかり準備するから人死にが出ないし、効率よくクエスト消化ができるんです。」

「まあ、一長一短ってことね、あはははは。」

 イェルマでは慎重すぎることは禁物だと教えられた。慎重すぎるってことはヒラリーは思ったより弱いのか?ダフネはそんなことを考えていた。


 四人は一階ホールで夕食を摂っていた。今晩は羊のスペアリブと具材たっぷりの野菜スープ、それとキノコのバター炒め。とても贅沢な料理だ。ヴィオレッタの上納金の力だ。

 オリヴィアは三杯目のビールジョッキを飲み干して上機嫌だった。

「あー、美味しかった。ライルさん、グッジョブ!」

 厨房から顔を出した隻眼のライルが自慢げに親指を立てた。

「そういえば、お昼からジョルジュの顔を見ないわね。どうしたのかしら?」

 ヘクターがしどろもどろで言った。

「ああ…ジョルジュは…ちょっと、用事があってな。隣の街に使いに出した。」

「あら、そうなの、残念。」

 そう言うと、オリヴィアはさっさと二階の自分の部屋に引き上げてしまった。それを見届けたヘクターはダフネに耳打ちした。

「ねぇ…あの人どうにかならんかね…。」

「オリヴィアさんのこと?」

「今朝、湯浴みしてる時にジョルジュを誘惑したらしいんだ…。」

「ああ〜〜…あの人、ショタが少し入ってるから…」

「困るんだよ。ジョルジュは今、修業の大事な時期なんだ。こんな若いうちに女を知ってしまったら、この先修業に身が入らなくなる。」

「で、いまジョルジュは?」

「取引してる粉屋で預かってもらってる。」

「それで正解だと思う。あたしらじゃ、オリヴィアさんは抑えられないからね。」

 アンネリが無表情で首を振って激しく肯定していた。ヘクターは頭を抱えて厨房の中に引き下がった。

 その様子を見ていたヴィオレッタが言った。

「あの人、そんなに凶暴なの?」

「ん?」

「だって、オリヴィアにひと部屋当てがってるでしょ?普通なら、ひと部屋を二人で使えば、ひとりで一つのベッドで寝られるじゃない?私の横で寝てるアンネリに申し訳なくて…。」

 昨晩は大柄のダフネがベッドひとつを使い、小柄なアンネリとヴィオレッタでもう一つのベッドを使った。柔らかいベッドで寝付きの悪かったヴィオレッタがしきりに寝返りを打ち、アンネリに迷惑を掛けたのではと言いたいようだ。

 アンネリがヴィオレッタの言葉を制した。

「あたしは問題ない。オリヴィアさんと一緒に寝たらすぐにわかると思うけど、あの人寝付けない時は、真夜中でも部屋の中で中段突き五百本とかやり始めるんだ。どりゃあ〜〜、うりゃあ〜〜とか言って。」

「うわ…自分勝手…。」

「オリヴィアさんは基本的にはいい人なんだけど…何て言うか…天然自分流と言うか、あたしたちと行動の基準が違うんだ。凶暴ではない。」

 ダフネとアンネリは視線を合わせてお互いを肯定し合った。

「いい人だけど…そばにいると鬱陶しい人なのね。」

「そう。」

「それそれ。」

 三人はお茶を啜りながら溜息をついた。


 ダフネたちの部屋。ヴィオレッタはベッドのマットレスを寝台から取り外した。そして寝台の板張りの上に薄い毛布を敷いて、その上に横になった。

「ああ、いい…これで眠れそう。」

「じゃあ、ヴィオレッタさんはそのまま寝て。あたしとアンネリで一緒に寝るから。」

「ごめんなさいね。」

 蝋燭を消すと、ダフネとヴィオレッタはすぐに寝息を立て始めた。

 大柄のダフネの横でアンネリは縮こまって…寝たふりをしていた。わざと寝返りを打つふりをしてダフネの方を向いた。寝る時はパンツ一枚になるのはイェルメイドの風習だ。

 キャットアイで間近で見るダフネの乳房と乳首は美しかった。自分の乳首でダフネの脇腹にそっと触れてみると、股間が熱を帯び、鼓動が早まった。開け放たれた窓の星空がアンネリの瞳に写り込んでいた。


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