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戦乙女イェルメイド  作者: 丸ごと湿気る
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五百七十九章 エンチャント その3

五百七十九章 エンチャント その3


 お昼を過ぎた頃、二個目のミスリルのイヤリングも完成した。

 ユグリウシア、ヴィオレッタ、リュグリエントは鍛冶工房を出て、談話室でみんなでハーブティーを飲んだ。

「伯母上、エンチャントに二体の大精霊を使うなんて…想像もしていませんでした。これだと、普通の魔導士如きではエンチャントは絶対不可能ですね…多分、今の私でも無理です…。」

「ミスリルやミスリル合金のエンチャントではどうしても大精霊が必要です。でも、他の金属なら大精霊は必要ありません。ただし、成功率はかなり悪くなります。」

 ユグリウシアは神聖魔法「神の審眼」で二個のイヤリングを鑑定した。

「どうでしたか、伯母上。狙い通りに行きましたか?」

「ふふふ…我ながら、上出来です…大成功ですよ。それぞれのイヤリングにアーチャーのスキル『イーグルアイ』が宿っています。」

「えっ…?」

「どうしました、何か…おかしいですか?」

「狙うって言うから…てっきり途方もない『魔法』を付与するのかと思ってました。『イーグルアイ』って…アーチャーの視力を強化するだけの『スキル』でしょ?」

「…私は誰かを傷つけるためにエンチャントアイテムを作っているのではありません。誰かを救うために作っているのです。だから、エンチャントウェポンは決して作りません。今回のエンチャントは…ある女性を救うのが『狙い』です。セレスティシアは、ジェニファー=ユーレンベルグをご存知?」

「…ジェニ…そう言えば、ティアークから逃亡した時、アンネリと一緒に馬車の御者をやってくれていたアーチャーがその名前だったような…」

「大恩があるではないですか…。」

「ああ…ですね。」

「…リュグリエントさんが『イーグルアイ』に近い『魔法』を開発していたので大変助かりました…。」

 リュグリエントがハーブティーを飲むのを止めて、笑いながら自分自身を指さした。

「ああ、聞きました。そのお陰で…小さな神代文字を刻印できるんだって…。」

「そう…それで、その神代語呪文の命令構造を参考にさせてもらったのです。」

「ふぅ〜〜ん…」

 ヴィオレッタは、神代語を駆使すれば兵士たちの「スキル」も再現できるのか、自分の魔力量が伯母上に追いつくのは1000年後だろうか、それとも2000年後だろうか、エンチャントを試してみるのはその時か、かなり先だな…そんな事を考えながら、ハーブティーを飲んでいた。

 ユグリウシアが袖口からとても小さな銀色の玉を取り出した。それを見て、ヴィオレッタは尋ねた。

「それは…?」

「これはイヤリングを作った残りのミスリルです。」

 ヴィオレッタがその銀色の玉を見せてもらうと…すでにリュグリエントによって神代文字が刻まれていた。

「むむ…封印の呪文が刻まれているって事は、これもエンチャントアイテム…何か『魔法』か『スキル』が付与されてるんですね?」

「ええ、とても簡単な『魔法』ですけどね…。」

「それを…どうするつもりです?」

「ふふふ…」

 この後、ヴィオレッタはユグリウシアと共に北の五段目の神官房を訪れた。エステリック軍の侵攻で、しばらく南の一段目の祭事館にその機能を移していたが、戦争が終わり負傷者も減ったので再び戻ってきていたのである。

 イェルメイドのほとんどは反攻勢のためエステリック王国に出発したが、アナをはじめとする居残り組の多くは居心地の良い食堂か神官房にたむろしていた。

 居残り組というのは、反攻勢に従軍せずイェルマの留守を任せれた者たちで、まず全体指揮の黒亀大臣のチェルシー…もうイェルマでは戦闘が起こらないという想定で、直属の資材調達部の駆け込み女たちと共にイェルマの経済と生活維持を担当している。

 医療担当はアナである。いまだ多くの負傷者がいて、アナは事後観察と回復にあたっている。毎日、イェルマとコッペリ村の宿屋を往復している。

 魔導士房には連絡係のマリア副師範とセシルが詰めている。セシルは…セイラムとセットなので幸運な事に留守役を仰せつかった。そのセイラムは光の翼で、魔導士房、神官房、鳳凰宮の間を飛び回っている。

 イェルマ城門跡にはリザードマン族がいて、瓦解して穴の空いた城門を守っている。すぐそばにたくさんの水樽を置き、柄杓で水を被りながら任務にあたっている。

 ヴィオレッタとユグリウシアが神官房に入ると、応対してくれたのは何とルカだった。

「おうっ、何だ?む…これはこれは、エルフの村のユグリ…さんと『食客』の誰だっけ?」

「アナさんと…セイラムに用があるのですが、いらっしゃいますか?」

「おう、病棟の方にいるよ…おぉ〜〜い、テルマ、アナさんを呼んで来てくれ〜〜っ!」

「はぁ〜〜い。」

 アナがセイラム、フィアナ、リグレット、それとエヴェレット…色々とゾロゾロ連れてやって来た。

「どうも、ユグリウシア様、セレスティシア様…テルマ、お茶を持って来て。」

「はぁ〜〜い。」

 セイラムがすぐにユグリウシアのもとに駆け寄って来た。

「ユグリウシアァ〜〜ッ!…んん?」

 セイラムは「大好物」の気配を感じ取って、ユグリウシアの袖口をジィ〜〜ッと凝視した。

「やっぱり、分かってしまうのですね。さすがですね…。」

 ユグリウシアは袖口から二個のイヤリングを取り出した。そしてそれをアナに手渡した。

「…これは?」

「ジェニさんが帰ってきたら、これを渡してください。ジェニさんからお借りしたミスリルコインで作ったイヤリングです。きっと気に入ってくれると思います。」

「へぇ〜〜…あのコインがこんなになっちゃったんですねっ⁉︎分かりましたっ!」

 アナの横でセイラムが物欲しそうな顔をしていた。

「…セイラムにはぁ〜〜?」

「ありますよ…。」

 ユグリウシアは袖口から、あの小さな銀色の玉を取り出してセイラムに見せた。

「それ、ちょぉ〜〜だぁ〜〜いっ!」

「ふふふ…まだですよ。」

 ユグリウシアは中腰になって銀色の玉をセイラムに見せながら言った。

「セイラムの一番大好きな人は誰ですか?」

「んとねぇ…セシルママ。二番がユグリウシアでね、三番がリグレットでね、四番がアナでね、五番が…」

 きっちり順位がつけられて、それを正直に言うところが妖精か…。

 ユグリウシアが言った。

「それじゃぁ、セシルママのところへ行きましょうか。」

「行こう、行こう!」

 この時点では、ヴィオレッタはまだユグリウシアが何を考えているのか判らなかった。ヴィオレッタ、ユグリウシア、セイラムはセシルがいる北の四段目の魔導士房を目指した。

 失礼ながら…ヴィオレッタは思った。

(わざわざ神官房を訪ねて、それから魔導士房に行って…本当に伯母上はあの銀色の玉で何をするつもりなのだろうか?散々歩き回って…それなりの見返りがあるのかしら…?)

 魔導士房に到着した。久しぶりの魔導士房でセイラムははしゃいだ。

 魔導士房、房主堂の副師範室兼情報処理室では、マリアとセシルがいてお互い別々の事をやっていた。マリアがイェルマの状況を逐一マーゴットに「念話」で連絡しているその横で、セシルは寝そべって「渓谷の夜は切なくて」第三巻を読んでいた。

「ねえねえ、マリア…この『ダイアナ』って誰ぇ〜〜?」

「…ただ読みすんじゃねぇっ…!」

 そこに…

「セシルママァ〜〜ッ!」

 セイラムの声が聞こえてきた。それを聞いたセシルは慌てて房主堂から出て来た。

「あらぁ〜〜、セイラムちゃん…何か久しぶりねぇ。祭事館のお仕事は終わったの?もう、アナさんの子になったのかと思ってたわぁ〜〜。」

「そんなことないよぉ〜〜!」

「ふふふふ…まぁ、私の事忘れないでいてくれて、嬉しいわ、ありがとね。」

 そこでセシルは、ユグリウシアとヴィオレッタもいることに気がついた。

「あっ…ユグリウシア様、それにセレスティシア様も…こんにちわ。」

「こんにちわ、セシルさん。」

 セシルは叫んだ。

「マリアァ〜〜、ユグリウシア様とセレスティシア様がいらっしゃったわぁ…お茶っ!」

 マリアは顔をしかめた。

(あんたのお客でしょうが…何で私がお茶汲みしないといけないのよっ!)

 …と思いつつも、相手はエルフの村の代表でマーゴットと親交のあるユグリウシアと「食客」のセレスティシアである…

「いらっしゃいませ、そちらのテーブルにどうぞ。すぐにお茶をお持ちしますねぇ〜〜。」

 マリアは作り笑いをしながら、房主堂の厨房に消えていった。

 応接室のテーブルに四人が着いて…セシルは言った。

「それで…何かご用ですかぁ?」

 ユグリウシアは微笑みながら言った。

「…用は、今済みました。」

「へ…?」

 ユグリウシアは三人の前で、あの小さな銀色の玉を取り出すと…おもむろに言葉を発した。

「アヴァル…オド!」

 すると、小さな銀色の玉が…喋った。


「あらぁ〜〜、セイラムちゃん…何か久しぶりねぇ。祭事館のお仕事は終わったの?もう、アナさんの子になったのかと思ってたわぁ〜〜。」

「そんなことないよぉ〜〜!」

「ふふふふ…まぁ、私の事忘れないでいてくれて、嬉しいわ、ありがとね。」


 ヴィオレッタとセイラム、それからセシルも…驚いて小さな玉を凝視した。

 セイラムが言った。

「わっ!玉がセシルママとセイラムの言葉で喋ったっ…‼︎」

 ヴィオレッタはすぐに理解した。

「伯母上、この玉に風の精霊シルフィを封印したんですね⁉︎」

「その通りです。シルフィに音の波の『再現』をするように命令しました…これは一度だけしかできませんけどね。」

 一度だけ…つまり、音の波形を記録したシルフィは永遠にそのままの状態で保存されたのである。

「セイラム、セシルママの言葉を喋るこのミスリルの玉…欲しいですか?」

「欲しい、欲しい、欲しい、欲しい…欲しいぃ〜〜〜〜っ‼︎」

「では…このミスリルの玉を差し上げましょう。その代わりに…セレスティシアにミスリルのナイフを返してあげてね。」

「…‼︎」

ンンン…ペッ‼︎

 セイラムはヴィオレッタの「リール女史」を口から吐き出すと、それをヴィオレッタに渡し…代わりにユグリウシアから喋る玉を受け取った。

 ヴィオレッタはその瞬間…猛烈に感動した!

「伯母上は…セイラムから『リール女史』を取り戻すために…‼︎」

「ちょっと、はかりごとを巡らせてみました。こうでもしないとセイラムは返してくれないでしょうから…。」

「…?」

 セシルだけがピンと来ていなかった。

 セイラムは小さな玉を指で捏ねくり回して…叫んだ。

「アヴァルオドッ!」

 すると、小さな玉から先程と同じ声が聞こえてきた。セイラムは嬉しくて嬉しくて…

パクッ…ゴクン…!

「アヴァルオドッ!」

 セイラムのお腹の中から…声が聞こえて来た。しばらくの間、セイラムはこれをずっと繰り返した。

 マリアが四人分のお茶を持ってきて、テーブルに並べていると、セイラムのお腹の中から声が聞こえてきた。

 マリアが言った。

「えっ!…セイラム、今のはセシルの声マネ?凄く上手いわねぇ…。」

 50年後…そして100年後も…セイラムはこの小さなミスリルの玉を一番大事な宝物として…時々セシルの声を聞いては生前の彼女を偲んだのだった。

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