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戦乙女イェルメイド  作者: 丸ごと湿気る
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五百七十六章 イェルマ軍出発

五百七十六章 イェルマ軍出発


 その日の早朝、アナはダンの雑貨屋を訪れた。アナが雑貨屋に入ると、一階にみんながいた。

 ユノを抱いたダフネが挨拶した。

「早いな、アナ…あっ、今更だけど、『食客』だからアナ様と言わなくちゃいけないのかな?」

「そんな事はどうでもいいわ。それより、サムさんに用事があって…」

 サムが驚いた顔で言った。

「僕かい?…アナが僕に用事って何だろう?」

「髪を切って欲しいの!」

「…アナの?」

「違います。」

 アナがサムを雑貨屋の外に連れていくと、そこには馬を連れた皮鎧のアンネリがいた。

「もうすぐイェルマ軍が出発するの、それまでにアンネリの髪をカッコ良くして欲しいの!」

 前日の火の大精霊スルトとの戦いで、アンネリは後ろに伸ばした長い黒髪のほとんどを焦がして失くしていた。アンネリはこのままで良いと言ったが、アナが納得しなかった。ベッドの上ではアンネリが「タチ」なのだが…普段はアナの方が高圧的で、アンネリは極力アナの意向に従うことにしていた。

 アンネリは言った。

「…アナがどうしてもって言うからさ…サム、頼めるかい?」

「いいよ、じゃぁ…店先でやっちゃおうか。」

 サムは二階に上がって、自分の調髪用の道具を取りに行った。

「あはははは、アンネリもかぁ、ボーイッシュにしてもらいなよ。」

「…うるさいなぁ。」

 ダフネの言葉にアンネリははにかんだ。

 イェルマ城門前広場では、3000の騎馬と50台の荷馬車が集結して出発の時を待っていた。その構成はイェルメイドの中堅、十八歳班、十五歳班、OG、獣人のウェアウルフ族とケットシー族…そして農作物の取り入れを終わらせた生産物の農産部門の女たちや服飾部門の女たちなどだ。

 ボタンが馬に乗って、リザードマン族が守る城門跡を通過していった。

 リザードマンの族長ジャンダルがボタンに声を掛けた。

「我らはここを守っているだけで良いのでござるか、数的にも…我らも行軍に参加した方が良いのでは?」

「だ…大丈夫だ。我々が帰ってくるまで、イェルマを頼む。」

「うむっ、心得たっ!」

 今回の反攻勢はエステリック王国までの片道を二週間で踏破せねばならない。秋が近づいて気温は下がったとは言え…途中で確実に脱落するであろうリザードマンにはご遠慮願ったというのがボタンの本心だ。

 ボタンの後をマーゴットとライヤが馬で付き従った。まさに全軍総動員である。

 ボタンたちはイェルマ軍の前にやって来ると号令を掛けた。

「皆の者、これより憎きエステリックに引導を渡しに行くぞ、奴らにイェルマの勇姿を見せつけてやれ…我に続けぇ〜〜っ‼︎」

「おおおぉ〜〜〜〜っ‼︎」

 ボタンを先頭にして、イェルマ軍は四列縦隊でイェルマ回廊の中に進んでいった。速攻の大返しのため歩兵を作らず…馬に乗れない生産部の女たちは荷馬車に乗せられて運ばれる。

 大蛇のような長い軍列を作ってイェルマ回廊を抜け、イェルマ軍はイェルマ橋を渡りコッペリ村へと差し掛かった。

 イェルマ軍の軍列を見たアナは慌てた。

「あっ、来たわ…アンネリ早くっ!」

「あ…あたしに言われても…」

 サムがもの凄いスピードで梳き刈り鋏を動かして仕上げをしていった。

「こ…こんなもので良いかなぁ…?」

 できるだけ長い髪を残して欲しいと言うアンネリの要望を最大限に入れて、左右の焦げていなかった髪は残したものの…頭の後ろはほぼ刈り上げ状態になった。

 それを見たアナはアンネリの新境地を覗き見たという面持ちで目を丸くした。

「…可愛い、アンネリ、凄く良い…可愛いわっ!…うふふふふ。」

「か…!可愛いって何だよ、可愛いって⁉︎」

 ユノを抱っこしたダフネが出てきて、アンネリを見て笑った。

「ぶっ…あはははっ!…アンネリ、まんま男の子だな…!」

 背が低くて童顔のアンネリが髪を短くしたので…ダフネには男の子に見えたようだ。確かに…アナの評価は贔屓ひいき目以外の何物でもない。

 軍列の先頭のボタンたちがダンの雑貨屋の横を通っていき、ダフネは右手で大きく手を振って、その後ユノの腕を握って左右に振った。ボタンはそれに応えてちょっと右手を挙げた。

 アンネリはすぐに馬に跨った。

「…んじゃ、アナ。行ってくるね。」

「うん、気をつけてね。」

 アンネリは軍列の中に入っていった。今回は人目があるので…いってらっしゃいの口づけはなしだ。

 アナはイェルマとコッペリ村の負傷者がいるのでこの反攻勢には同行しない。それに、ヴィオレッタの予想では戦闘はほぼ起こらないので負傷者は出ないだろうという事だ。

 ここから…アナは忙しくなる。

「それじゃ、私…オリヴィアさんを探して来るわね!」

 あまり得意でない馬に跨り、アナは軍列の中にオリヴィアを探した。先頭のボタンたちはもう、コッペリ村を出て行くところだった。

「ううう…オリヴィアさん、いないわねぇ…あっ、いたっ!」

 軍列の真ん中辺りにいたオリヴィアをアナは必死に呼んだ。すると、オリヴィアがやって来て二人は馬で並走した。

「あらら、アナ…どしたぁ〜〜?」

「ねね、確かオリヴィアさん…ユニテ村クエストのご褒美で、ミスリルのコインを二枚もらってたわよね?」

「ん…売った。」

「…ええぇ〜〜っ…」

 ユニテ村のアンデッド討伐クエストから約一年が経っている。その間にオリヴィアが貴重なミスリルコインを売っていたとしても全く不思議ではない。

(…遅かったかぁ〜〜…!)

 アナはガックリして肩を落とした。ユグリウシアに頼まれていたのに…期待に応えられなかった…。

 オリヴィアが言った。

「…ジェニに売った。今はジェニが持ってるよぉ〜〜。」

(うきゃっ‼︎)

 アナは復活した。

 オリヴィアはそのまま、馬をキャシィズカフェに走らせた。そして、馬から降りると…

「セドリックゥゥ〜〜ッ!」

 キャシィズカフェの一階にはいつもの顔ぶれが揃っていた。

 キャシィは朝食の後片付けをしていた。

「あれぇ〜〜、オリヴィア姉ぇも行くんだ?」

 オリヴィアはキャシィを無視して一直線にセドリックへ駆け寄った。

「あ…オリヴィアさん、おはよう。こんな早く、珍しいね。」

「今からエステリックの連中にとどめを刺しに行くのぉ〜〜。それでぇ〜〜…しばらく会えなくなるから、ちょこっと寄ったのぉ…」

「そうなんだ、また寂しくなるね…。」

 セドリックの言葉にオリヴィアの下半身は脈動した、が…オリヴィアは興奮を抑えてセドリックのもとにしずしずと歩み寄った。

「セドリックゥ…そんな暗い顔をしちゃだめ…」

 そう言って、オリヴィアはニコッと笑って懐から小さな皮袋を取り出してセドリックに渡した。

「…これは?」

 セドリックが皮袋の中を開いてみると…

「わっ、金貨が詰まってる…!オリヴィアさん、これどうしたのっ?」

 覗き見たグレイスも驚いていた。

「まっ!金貨が…三十枚⁉︎…もっと?」

 オリヴィアは極限まで平静を装って言った。

「セドリック、これで機織り機を買ってちょうだい。」

「オリヴィアさん、金貨が…四十枚も入ってるよ。本当にどうしたの?まさか…」

 セドリックは…オリヴィアがどこかで無断拝借してきたのかと思った。

「…安心して。わたしが今までコツコツと貯めてきたお金よ…。」

 …そんな訳はない。

「オ…オリヴィアさん、使わせてもらっていいの⁉︎…必ず返すよっ‼︎」

「返すだなんて、夫婦の間で水臭い…ふふふふふ、これも、妻のたしなみですわぁ…!」

「あ…ありがとうっ‼︎」

 セドリックはオリヴィアを自分の方に抱き寄せた。オリヴィアはセドリックの背中をポンポンと軽く叩いた。セドリックの方からオリヴィアに抱きつくことは非常に珍しい。

 オリヴィアは必死で平静を保っていたが、目はうつろで口角から僅かによだれを垂らしていた…昔見た妄想さながらに、ひと時の悦楽を味わっていた。

 その頃、アナは狼狽していた。

(あああ…ジェニはどこにいるのかしら、アーチャーの部隊はもう行っちゃったのかしら…?)

 アナは慣れない馬の背中でキョロキョロと長い軍列の中にジェニを探した。そして、列の最後尾でやっとアーチャー部隊を見つけた。

「ジェニ…ジェニはどこですか?」

「ジェニならもっと後ろだよ〜〜。」

 アナがその場に馬を停めて待っていると…最最後尾をジェニの騎馬がよろめきながら走ってきた。

「こらっ、どう、どう…真っ直ぐ進めぇ〜〜っ…!」

「あっ、ジェニファーッ!」

「…アナスタシア?…おっ、こら…どこ行く、そっちじゃないっ!」

「何か…馬に苦戦してるみたいね、大丈夫?」

「いや、これは…この馬とは相性が悪いみたいで…」

 ジェニはアナと同じくらいに馬術は苦手だった。

「で…アナ、こんなとこで何してるの?」

「うん、あのね…ジェニ、オリヴィアさんからミスリルコインを買ったでしょ?」

「買ったよ。それがどうしたの?」

「あのね…使わせて欲しいの…。セレスティシア様とユグリウシア様がエンチャントのために、どうしてもミスリルが必要なんだって…。あのねあのね、エンチャントが終わったら必ず返すって言ってたわ。だから…」

 ジェニの心臓が跳ね上がった。金貨四十枚で買ったミスリル…これが本当にあのバンシーが予知した未来なら、この流れは…?

 セレスティシアとユグリウシアに貸しを作っておけば、その後、彼女たちが私の運命に関わってくると言う事?…何か事件が起きて、私の命を救ってくれると言う事?…判らない。

「ねね、ジェニ、聞いてる?」

「あ…ああ、聞いてる。分かったわ…はい、これ。」

 ジェニは皮ベルトに挟んだ財布がわりの小さな皮袋からミスリルコイン二枚を取り出してアナに渡した。

「ジェニ、ありがとうっ!」

 二人は少し話をして別れた。

 ジェニは自分の「運命」をアナに渡してしまって、虚無を感じていた。

(私の「運命」を持っていかれちゃった…本当にこれで良かったのかしら…?)

 ふと気づくと…ジェニの馬はコッペリ村大通りをはずれて脇の道草を食べていた。


 イェルマ軍の出発から二時間ほど遅れて、セドリックとケントが馬車でキャシィズカフェを出発した。もちろん、目的地はティアーク城下町…オリヴィアがもたらした金貨四十枚を持って、新しい機織り機を買い付けに行くのである。

 機織り機の購入資金金貨四十枚が手に入って心がはやったセドリックは、ケントを伴って機織り機の買い付けに走ったのだ。本来ならば旅の護衛が必要なのだが、先に出発したイェルマ軍を追うようにして北の街道を使えば護衛は無用だ。北の街道でエステリック王国付近まで行き、そこから中央街道でティアーク王国を目指す。

 ケントは思っていた。運良く中古品があればいいが、多分、その方面の職人に新品を発注することになるだろう。そうなると、機織り機の完成までに約二週間、ティアークとコッペリ村の往復に約ひと月…長旅になるなぁ。

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