五百七十二章 オリヴィアの苦悩
五百七十二章 オリヴィアの苦悩
オリヴィアはイェルマに取って返した。
イェルマの城門は戦争で破壊されたせいで、現在はイェルマ回廊出口に門番が二人立っているだけである。
オリヴィアは「軽身功」を発動させ、二人の門番の間を縫ってイェルマ回廊に駆け込んだ。
「あれ…?今の、オリヴィアさんだろ…オリヴィアさん、ここを通って出て行ったっけ?」
馬や荷馬車を準備して慌ただしいイェルマ城門前広場を抜け、城門跡を守る顔見知りのリザードマンたちにちょいと挨拶をして、オリヴィアは城内に入ると…北の五段目目指してひたすら走った。
三十分ほど全力疾走して、やっと鳳凰宮に到着した。目の前に二人のアーチャーが扉を守っていたので…
「はぁっ、はぁっ…ボタンちゃぁ〜〜ん、ボタンちゃぁ〜〜ん…はぁっ、はぁっ…」
オリヴィアは三階のボタンの部屋に向かって大声で叫んだ。
すると、難しい顔をしたボタンがベランダに出てきて…オリヴィアに手招きをした。それを見た警護のアーチャーはオリヴィアを通した。
オリヴィアは鳳凰宮に飛び込んだ。その瞬間…轟音が鳴り響いた。
ガタガタッ…ドシャァ〜〜ッ…ガラガラ…
警備のアーチャーたちが慌てた。再びボタンがベランダから顔を出して…
「ああっ…あのバカ、トラップ階段を踏み抜いたな…⁉︎元に戻すのが大変なのに…」
それでも、一番下まで落ちずに途中で引っ掛かって擦り傷で済んだオリヴィアは這い上がってきて…やっとの思いでボタンの部屋に辿り着いた。
部屋の前にいたアルテミスが言った。
「何度も言うが…オリヴィア、ちゃんとアポを取れ…。」
「分かってる、分かってるってぇ〜〜っ!」
オリヴィアはボタンの部屋に入ると、すぐにボタンの隣に座った。
「ねね、ボタンちゃん、コッペリ村が大変な事になってるの…知ってるぅ?」
「知ってるよ。昨日、コッペリ村を検分して回ったばかりだ。」
「あのね、あのね…コッペリ村のシルク工場がね、エステリックの兵隊に壊されて…村の人が泣いてるのぉ〜〜…」
「…だから?」
「シルク工場が元に戻って動き始めたら…きっとコッペリ村は大儲けすると思うのよ。そしたらコッペリ村はまた立ち上がれるんじゃないかなぁ〜〜…」
「…だから?」
「イェルマでさ、シルク工場を支援しましょうよっ!たったの…たったの金貨…四十枚で、工場が再建できるわ…ね、ねっ?」
「おいっ、オリヴィアちゃん…私が知らないとでも思っているのか?そのシルク工場って、お前の旦那の工場だろ⁉︎思いっ切り私情が絡んでるじゃないか、そんなものにお金は出せない!そもそも、金貨四十枚って…そんな大金、チェルシーさんがうんって言うわけないだろうっ‼︎」
「ぴえぇ〜〜ん…すっごく困ってるのぉ…!セドリックが泣いてるのよぉ〜〜っ‼︎」
「駄目ったら、駄目…泣き落としでもダメッ!」
…オリヴィアは追い返された。
オリヴィアはトボトボと北の五段目を降りていった。道すがら、お金を持っていそうな友人を必死で思い出していた。そして、オリヴィアはその足を魔道士房へと向けた。
(そう言えば…マリアが高利貸しをやってたわね…)
何とか魔道士房からマリアを引っ張り出したオリヴィアは、マリアに懇願した。
「ねね、お金貸してぇ〜〜?」
「…んん、困ったなぁ…オリヴィアさんって金払い悪いでしょ…ちょっとねぇ…難しいなぁ…」
「返す、絶対返すっ!一生掛けても返すっ‼︎」
「一生を掛けてもらってもねぇ…まぁ、金額だけでも聞きましょうか?」
「…四十枚。」
「…銅貨?」
「……金貨。」
「…さようなら。」
「ちょっ…マリアッ!絶対、ぜぇ〜〜ったい返すからっ‼︎」
「私はひとりにつき、金貨一枚以上は貸さないことにしてるの。経験上、そういう確実な小商いをしてるの…そもそも金貨四十枚なんて持ってないし。ごめんね、オリヴィアさん、力になれなくて…ほな、さいならぁ〜〜。」
「ちょぉ〜〜っ…‼︎」
オリヴィアは魔道士房を去ると…ダメ元で武闘家房に行ってみた。バーバラを見つけた。
「ねぇ〜〜…バーバラァ〜〜…」
「ナニ、気色悪いっ!」
「お金のことなんだけどさぁ〜〜…」
「おっ、お金返してくれるの?やったぁ〜〜!銀貨80枚ね。」
「…じゃなくてさぁ〜〜、また貸してぇ〜〜…?」
「ダメッ、前の借金を返してくれるまでは次は貸さないっ!」
「わ…分かった…」
オリヴィアはあらぬ期待をして…バーバラに金貨一枚を渡した。
「おおっ、サンキュ〜〜!お釣り持ってくるわね。」
武闘家房の集団寮から銀貨20枚を持ってきて、バーバラはオリヴィアにお釣りを渡した。
「それでさぁ〜〜…またお金貸して?」
「いくらぁ?」
「金貨四十枚。」
「…ぶっ!そんなの、持ってるわけないじゃないっ‼︎」
「えええぇ〜〜…じゃ、今の銀貨80枚、返してっ!」
「アホッ!返すわけないだろぉ〜〜っ⁉︎」
「うぎゃぁ〜〜…所持金が減ってしもたあぁ〜〜っ‼︎」
オリヴィアはお金を借りるつもりが、所持金の金貨1枚と銀貨58枚が…銀貨78ぽっちになってしまった。…まずい、これは非常にまずいっ!
オリヴィアはまたトボトボと歩き始めた。イェルマ中央通りまで降りたオリヴィアは当てもなく…ただただ真っ直ぐ歩いていた。
すると、声を掛けられた。
「あら、オリヴィア…さん?お久しぶり。」
それは馬に乗ったジェニとサリーだった。軍の再編成でアーチャーも全員行軍に参加するため、二人はイェルマ城門前広場に向かう途中だった。
「…うす。」
「どうしたの、そんなにしょぼくれちゃって。…困った事があるなら、相談に乗りましょうか?」
「…つってもねぇ…んんっ⁉︎」
すでに色々な策謀を巡らせて疲れ切っていたオリヴィアの脳みそが一瞬の閃きを見せた。
(こいつ…貴族の娘だっけっ‼︎)
オリヴィアは突然、ジェニの馬の鼻の手綱を握り締めた。馬が驚いてジェニは落馬しそうになった。
「どう、どう、どうっ!…オリヴィアさん、一体…」
「ジェニ、お金貸してっ‼︎」
「えええっ?」
オリヴィアの言葉を聞いて…揉め事の予感がしたサリーは言った。
「ジェニさん、先に行ってまぁ〜〜す。」
「うええっ…サリー…行かないでぇ〜〜っ!」
オリヴィアはジェニの馬を強制的にイェルマ中央通りの端っこに連れて行った。そして、馬から降りたジェニにオリヴィアは食い下がった。
「お金貸してっ!」
「…そんな、嫌ですよ。」
「どうしても、お金が必要なの…セドリックのシルク工場がねぇ、エステリックの連中に壊されちゃって…」
「事情は分かります…同情もするけど…」
「…金貨四十枚、貸してっ‼︎」
金貨四十枚…その言葉を聞いたジェニは一瞬、頭の中が真っ白になった。そして…ユーレンベルグ家で出会ったバンシーの言葉がデジャブとなって強烈に蘇ってきた。
ジェニファー=ユーレンベルグ…その八枚の金貨はしっかり持っておいてくださいね。必要になる時が必ずきますよ。
バンシーから貰った金貨八枚と自分の三十二枚を足して…ちょうど金貨四十枚。ジェニは慎重になった。ある意味…「金貨四十枚」という言葉は「符丁」だった。あのバンシーが未来予知の能力を持っていたとすれば…私が今からする選択は、私の運命を大きく左右するだろう…。
「オリヴィアさん、実は、金貨四十枚…私持ってます。」
「うおおおぉ〜〜っ!キタコレ‼︎…それ貸して、お願いっ‼︎」
「いえ…貸すことはできません。」
「…えええ…どうしてぇ〜〜?」
「貸したのでは意味がありません。私はオリヴィアさんから…金貨四十枚相当の何かを買いたいと思います…。」
「そんな物持ってたら、こんな苦労は…はっ⁉︎」
オリヴィアは改めて考えた。
「ううぅ〜〜ん…あったっ!でも、武人としては…オリヴィアスペシャルマークⅡは…でも、断腸の思いで…片っぽ売るっ!」
「…ひえぇ〜〜!それって、武闘家の武器でしょ?アーチャーの私がそんな物買ったって…」
「いやいや、砂蟲の歯がくっ付いてるのよ⁉︎…『四硬』だよっ⁉︎」
「…却下です。」
「ううぅ〜〜ん…」
オリヴィアのシワの少ない脳みそがフル回転した!
「あっ!もうひとつあったっ‼︎…ジェニ、覚えてる?みんなでさ、ユニテ村でアンデッド討伐したじゃん、その時ヒラリーから金貨二枚ずつ貰ったじゃん?」
「…覚えてる。あの時オリヴィアさんは…確か、ミスリルコインを二枚貰ったんだよね?」
「そそっ!…それを買って‼︎あれは然るべき所に持って行けば…金貨100枚になるって聞いたわっ‼︎」
「ヒラリーさんはこうも言ってたよね?市場に出回らない物には値段はつかない…ともね。」
「ううう…」
だがこの時、ジェニは「ミスリル」という言葉に強く惹かれた。ヒラリーが持っていた魔法抵抗のアミュレット、ダフネが使っている「鬼殺し」という名前の戦斧…みなミスリル合金ではなかったか…?
「ねね、オリヴィアさん…まだ、ちゃんと持ってるの?」
「うん、ここで待ってて…取ってくるっ!動かないでよっ‼︎」
オリヴィアにとっては一縷の望みだった。オリヴィアは「軽身功」を発動させて、北の五段目の武闘家房へと全力疾走していった。
房主堂の副師範専用の自分の部屋に飛び込むと、部屋じゅうを引っ掻き回してミスリルコインを探した。
(うへえぇ〜〜…どこにしまったっけ⁉︎)
戸棚の引き出しを引っ張り出して片っ端からひっくり返した。押し入れを開けて、全部掻き出したが…なかった。
(おいおいおいおい…おいぃ〜〜っ‼︎)
最後に…いつも下着を詰めて持ち歩いている麻袋を逆さにして強く振った。すると、下着と一緒にコインが二枚…床の上を転がった。
(あたあぁぁぁ〜〜〜〜〜〜っ‼︎)
それを掴むと再び「軽身功」で元来た道を取って返した。オリヴィアは武闘家房がある北の五段目から一番下のイェルマ中央通りまでの往復を、14分21秒という最速新記録を樹立して戻ってきた。
「…早かったわね。」
「はぁはぁはぁはぁはぁはぁっ…これっ!」
信じない訳ではなかったが…ジェニはその二枚を受け取ってしっかり噛んでみた。コインには歯形がついて…一部、金メッキが剥がれてその下の銀色の素材が見えていた。
「…買って、買って、買って、買って、買って、買って、買ってっ‼︎」
「うるさいわねぇ…分かった。じゃ、買おうかしら…」
「ジェニ、愛してるぅ〜〜っ‼︎」
オリヴィアはジェニを抱き上げて思い切りブン回した。そのせいでジェニは、思わず二枚のコインを放り出してしまった。
「きゃああぁ〜〜っ…‼︎」
二人は這いつくばって…イェルマ中央通りを必死で二枚のコインを探した。




