五十七章 テイマー戦争 その3
五十七章 テイマー戦争 その3
次の日の昼頃、マスターヨアヒムとマスターライバックは城下町から約100km離れたノードス村の宿屋にいた。この村はシーグアの洞窟から一番近い村である。「テレヴィジョン」の魔法は距離が離れると解像度が落ちるので、この一戦を鮮明な映像で見ようとわざわざティアーク城の魔道棟からやって来たのだ。
蜘蛛の「目」を警戒して、前日から宿屋に人を遣わして宿泊室に徹底的に虫の駆除、虫除けや目張りなどの処置を施した。
シーグアの洞窟の周りを無数の大型犬とカラスが取り囲んでいた。大型犬は洞窟を睨みながら、隣接した森の中で待機し攻撃命令を待っていた。
「本当にここなのか⁉︎こんなところにシーグアとやらがいるのか…」
「お…ゴブリンがおるぞっ!こりゃぁ、犬では収まりそうにないな…。シーグアは虫だけではなくゴブリンもテイムしておるのか⁉︎」
すると、洞窟の中から複数のゴブリンが出てきた。出てきたゴブリンの数はどんどん増え、数十、数百と数を増した。
「…信じられん…信じられん…!シーグアは人間なのか…魔族や悪魔の類ではないのか!」
ゴブリン一匹なら自分達でもテイムは可能だろう…しかし、この数は…
「儂はバーゲストを出すっ!お主はロック鳥を動かせっ!」
洞窟の中から立派な装備をした大きなゴブリンが現れた。
「ゴブリンロードかっ!…なるほど、それでこの数か…。ゴブリンロードをテイムしておったかっ!確かに…一匹をテイムするだけで軍団を支配できる…じゃが、ゴブリンロードは『モンスター』じゃ。よくぞテイムできたのもじゃ…。」
「敵を褒めるな…少なくとも、シーグアは儂らと同等かそれ以上のテイマーということだ、抜かるでないぞっ!」
犬軍団とゴブリン軍団との睨み合いが続いた。
突如、辺りに突風が吹き荒れた。巨大なロック鳥が低空を飛行していた。そして、洞窟に隣接する森じゅうに焦げ臭い匂いが充満した。体のところどころに火を纏ったバーゲストが草木を燃やしながら現れた。
それを機に犬軍団がゴブリン軍団に襲いかかった。数匹のゴブリンアーチャーが一斉射撃を始めたが、数に勝る犬軍団は弾幕をかいくぐりゴブリン軍団本体に接敵した。ゴブリン軍団は棍棒と石斧で迎撃した。混戦状態となった。
ロック鳥が空中から「ウィンドカッター」を撃ってきた。「ウィンドカッター」は血飛沫をあげて、犬もろともゴブリンの肉を切り刻んでいった。ゆっくりと後からやって来たバーゲストは混戦状態のど真ん中に「ファイヤーボール」を放った。犬もゴブリンも弾け飛んだ。
ロック鳥もバーゲストも知能が高いわけではない。攻撃命令を受ければ、自分の眷属以外は敵味方の見境なく攻撃をする。テイマーが意識共有をして攻撃中止を命令されるまで戦場を蹂躙し尽くすだけであった。
ヨアヒムもライバックもそれで良しと思っていた。ロック鳥とバーゲストには容赦なく、徹底的に敵を壊滅してもらう。ゴブリン軍団を全滅させ力が未知数の不気味なシーグアも同時に抹殺できれば、犬やカラスが全滅してもお釣りがくるというものだ。
ゴブリン軍団が洞窟に撤退を始めた。それを追って、バーゲストと犬軍団は洞窟に突入していった。ロック鳥は洞窟に入ることができず、洞窟の絶壁の上に停まって待機状態になった。
ヨアヒムとライバックはしばし戦闘が終わった洞窟周辺を「テレヴィジョン」で眺めていた。
洞窟に突入したバーゲストと犬は、ゴブリンを追って一階層から二階層に降りていった。すると、天井から無数の毒蜘蛛が落ちてきて犬達を攻撃した…ここで、犬軍団は全滅した。
しかし、火を纏ったバーゲストは毒でのたうち回っている犬には目もくれず、体に触れた毒蜘蛛を焼き殺しながら執拗にゴブリン達を追っていった。
ゴブリン達はバーゲストを引き連れて五階層の地下水脈まで逃げた。五階層には昇降階段が二箇所ある。ゴブリン達はもう一つの階段で四階層に逃げて行った。バーゲストもそれを追おうとしたが…ここがバーゲストの終着点となった。
地下水脈からバーゲストに向かって無数の水鉄砲が放たれた。水鉄砲はバーゲストの体に触れてジュッという音を立てて蒸発したが、蒸発した水は瘴気となってバーゲストの呼吸を妨げた。水鉄砲は毒液だった。なおも続く毒液攻撃にバーゲストはもがき苦しみ、うずくまって動かなくなった。地下水脈から十数匹の怪物が這い上がってきて、毒液まみれで体の火も消えてしまったバーゲストを水中へ引き摺り込んだ。その怪物は上半身は人間の姿で下半身はヘビの様だった。この地下水脈に集落を作って棲みついているラミア族だった。
ライバックはいつまで経っても洞窟から戻ってこないバーゲストと意識共有を試みた。しかし、意識共有はできなかった。
「これは一体…まさか、バーゲストが…儂のバーゲストが殺されてしまったのか…?」
「ライバック…あれを見よ!」
洞窟から一匹のラミアが現れた。ラミアはゆっくりとゆっくりと洞窟から出てきた。それを見たロック鳥は敵と認識して、崖から舞い上がり攻撃態勢に入った。
「ロック鳥よ、よせっ!そいつは…」
ラミアはカッと目を見開き、ロック鳥を睨みつけた。ロック鳥の体じゅうの水分は一瞬にして蒸発し、ロック鳥はミイラのようにカサカサになって落下し、地面に激突した衝撃でばらばらとなった。
ラミアではなかった…ラミアから生まれる希少個体メデューサだった。
「おおおお〜〜〜っ!ロック鳥が…卵の時から半生をかけて育て上げたロック鳥が…死んでしもうた…」
メデューサと同じくして、シーグアが洞窟から姿を現した。そして洞窟の地下水脈に戻ろうとするメデューサにお辞儀をしてラミア語で謝辞を述べた。
「ありがとうございました…ラミアの女王よ…。」
メデューサは無言のまま洞窟の中に消えていった。
シーグアはラミアやメデューサをテイムしていた訳ではない。単に、彼女達は洞窟の同居人であり、うまく住み分けをしていた隣人であった。シーグアは開戦前に地下水脈へ行って、こう囁いたのだ…
「人間があなた達の棲家を荒らしにやって来ますよ。」
…と。それだけであった。
シーグアは村に向かって走った。
「あれは…あれは何じゃっ…」
「あ…アラクネだっ…『レアモンスター』のアラクネだ…。恐ろしい…何と恐ろしいことだ…」
ノードス村にある二つの井戸から十数匹のラミアが現れた。この辺りの井戸は全て地下水脈に繋がっている。ラミアは人間を見つけると毒液を放出して殺した。宿屋の前にいた衛兵達も例外ではなかった。
そこにシーグアがやって来て、ラミア語で彼女達をいさめた。
「あとは私にお任せください…女王があなた達を心配しておりますよ…。早く帰ってあげてください…。」
ラミア達は納得して再び井戸に飛び込んで早々に引き上げていった。
シーグアは宿の一室の扉をノックした。
「ヨアヒム殿、ライバック殿…シーグアと申す者です…。入ってもよろしいですか…?」
部屋の中の二人は驚嘆した。メデューサとアラクネを使役する当の本人が直々にやって来るとは…!
ヨアヒムは叫んだ。
「だ…だめじゃっ!入って来るでないっ…」
しかし、ライバックはすでに観念していた。
「ヨアヒムよ…もう儂らに出来ることは何もない、潔く兜を脱ごうではないか。最後に儂らを打ち負かした世界最強のテイマーの姿を拝もうではないか。…シーグア殿、どうぞ入られよ…。」
入室したシーグアを見て、二人は再び驚嘆した。
「…アラクネが…シーグア…殿…?」
シーグアはいつもの淡々とした口調で喋り始めた。
「此度、多くの無用な血が流れてしまいました…これは私の本意するところではありませんでした…。サイモン殿に警告はしたのですよ…しかし、聞き入れてもらえず…このような仕儀とあいなりました…。あなた方はいかがなさいますか…?私としてはこのまま引き下がっていただき、再びまみえることがないことを望みますよ…。」
「そ…それは、見逃してくれる…ということで…あろうか…??」
「はい…神ベネトネリスに誓って…。」
「わ、わかった…バーゲストはお前さんが殺したのだな…?あれは儂の人生の集大成であった…ならもう未練はない…見逃してもらえるなら、儂らはもう…引退する…。のう、ヨアヒム?」
「そうじゃな…ロック鳥も死んだ…もう、どうでもええわい。どこか辺境で余生を過ごすか…。」
「そうしてくださいまし…。」
そう言い残すと、シーグアは部屋を出ていった。
ティアーク王国謁見の間。マスターヨアヒムとマスターライバックはティアーク国王に謁見を申し出て、それを許された。そこで貴重なロック鳥とバーゲストを失ったことを国王に報告した。
ガルディン公爵は心中穏やかではなかった。
(こいつら…宰相の儂を飛び越して、国王に直接報告するとは…。)
「どういうことだ?ロック鳥とバーゲストは重要な戦力…我が国の至宝と言っても過言ではなかろう…それを失ったというのか?」
国王の質問にマスターライバックが答えた。
「ロットマイヤー伯爵襲撃の犯人を使い魔を遣わし捜索しておりました…町や村は勿論、険しき山、暗き森、奥深き洞窟に至るまで…。そこで、前代未聞の出来事に遭遇したのです。恐るべきモンスター…メデューサとアラクネが現れ、我らの使い魔を全て殺してしまいました…ロック鳥とバーゲストを持ってしても敵いませんでした…。」
「そんな恐ろしい怪物がいるのか…。」
「大事な使い魔を失いましたこと、これ全てマスターである私どもの不徳の致すところでございます。…辞職をもちまして責任をとる所存でございます…。」
「何と…!少し待て。もっと内容を詳しく精査した後に…」
「老兵は去るのみでございます…お許しください。」
全ての責任を背負って辞職することで他の弟子達への皺寄せを抑えること…特に、国王に直訴することでガルディン公爵の魔道棟への介入を阻止すること…これがマスターライバックの思惑であった。
そして、二人の辞職の申し出は受理された。




