五百六十五章 ラクスマンの内乱 その1
五百六十五章 ラクスマンの内乱 その1
それから三日後、ガルディン公爵は思い余って5000の援軍を出兵した。援軍を妨害する敵の数が二十人に満たないと断じ…数の力で押し切ろうという作戦だ。しかし、それはもう…今となっては無駄な援軍となる。
時を同じくして、ラクスマン国境の緩衝地帯に要塞司令官ルド率いる3000のリーン、ベルデン連合軍が終結しつつあった。ベルデン族長区の国境を守る兵士と合わせると約4000となる。
それを目撃したラクスマンの国境警備の騎士兵は慌てて本国に連絡を入れた。いまだかつて、リーン軍の方から仕掛けて来た事は一度もなかったからだ。
ラクスマン王国はすぐに国境警備の補強のため、緩衝地帯に2000の騎士兵を追加投入した。
リーンではそれとは別に…バーグ族長区内においてバーグ、ドルイン連合軍が組織され4000の兵が終結しつつあった。そして、その指揮官はベルデン族長区の族長ジャクリーヌだった。
ジャクリーヌは直属の50名の特殊機動速攻部隊「風神軽騎兵」に檄を飛ばした。
「我が風神軽騎兵も50人とは随分増えたものだ…だが、今日が初の実戦だ。お前たち、気を抜くな…この一戦にリーンの命運が掛かっているぞっ!これまでの訓練の成果を充分に発揮してくれっ‼︎」
「おおうっ‼︎」
「では…出発っ!」
4000のバーグ、ドルイン連合軍が移動を開始した。リーン族長区連邦は馬の産地で、リーン軍はそのほとんどが騎馬でランサーである。歩兵がいないので、その移動速度は早く…その中にあって、先頭を走る「風神軽騎兵」はさらに速い。
風神軽騎兵はヴィオレッタに触発されたジャクリーヌが作った部隊で、みな「水渡り」の訓練をしっかり積んだハーフエルフたちだ。騎手の体重を「水渡り」で極限まで軽くすることによって、馬は風のように疾駆する。
ジャクリーヌ率いる連合軍はベルデン領ではなく…バーグ領を通って緩衝地帯に到達した。その頃には日もどっぷりと暮れて軍を再布陣しているうちには夜の九時近くになった。
(そろそろかな…。本当に内乱なんてものが起こるのだろうか…?)
ヴィオレッタからの指示ではあったものの…ジャクリーヌは半信半疑でもあった。
ポットピットと示し合わせた午後九時を過ぎたので、異形の仮面を被ったジャクリーヌは馬上から全軍に突撃命令を出した。
「全軍、突撃ぃ〜〜っ!」
ジャクリーヌ軍は緩衝地帯を渡り、ラクスマン領に突入していった。
緩衝地帯に配置してある騎馬返しを視線の向こうに捉えると、ジャクリーヌは精神集中をして…風の精霊シルフィたちに語りかけた。
(シルフィちゃん、シルフィちゃん、いっぱいいっぱい集まってきて私も馬も持ち上げて…せえの…よっこらしょっ!)
ジャクリーヌの風神軽騎兵は「水渡り」を最大にして緩衝地帯の騎馬返しを馬ごと飛び越え…塹壕に飛び込んで国境警備のラクスマン兵と戦闘に入った。
そもそも…騎馬返しは騎馬を防ぐための柵で、不用意に近づくと太く尖った先端で馬を傷付ける。風神軽騎兵はこの騎馬返しを飛び越す事を最終目標とし、その訓練を重点的に行ってきた。要は…「水渡り」で自分の体重はもちろん、馬の体重もどこまで引っ張り上げられるかだ。一瞬でいいから…自分と馬の体重をゼロにしたい!
(あ…あれれ?)
戦闘は30分も経たないうちに終わり、ラクスマンの前線に大きな穴が空いた。そうなのだ…二万の兵がエステリックの援軍として出征し、ベルデンの緩衝地帯に2000の兵を割き、その上に城下町で内乱が起きたせいで、バーグ領に面する緩衝地帯の国境警備兵の大多数が内乱鎮圧のために動員されていたのだった。
ジャクリーヌは呆気に取られながらも、全軍を先導してラクスマン領内の奥深くへと侵入していった。向かう先はラクスマン城下町の東門である。
その日の夜、ラクスマン城下町で内乱が起こった。
ラクスマン王国から二万の援軍が出征して一週間…ポットピットたちはこの時を待っていた。
夜九時になって、ポットピットは東西南北、四つに分けた反乱軍に命令を下した。まず、ポットピットの受け持つ北部の550が蜂起し、ラクスマン王城を襲撃した。その中にはレッサーデーモンのハーフ、ギガレスもいて、これがポットピット反乱軍の主力である。
ラクスマン王城の南城門は固く閉ざされていた。ポットピットは神代語を唱えた。
「@$#&、#$#><=&@#$$&%$**+。(地の精霊ノームたちよ、城門の礎となるたくさんの石をドロドロにせよ。)」
ポットピットが右手に持った金槌で左手をポンと叩くと、王城の城壁の数カ所に亀裂が入り…城門を挟んで支えていた壁が崩れ、それと同時に分厚い城門も轟音を立てて倒れ落ちた。
中ではすでに、場内に常駐していた王国騎士兵団と王国近衛兵団1000が待ち構えていた。その真っ只中に麻袋に穴を三つだけ開けた案山子姿のギガレスが突入していった。それに続いて550の反乱兵も突入していった。
東、西、南の部隊には城下町のそれぞれの門を襲わせ占領させた。これはラクスマンの広大な領土に点在する駐留軍を城下町に入れさせないための策である。これで、ポットピットの実質の敵は城下町内に常駐している近衛兵団、騎士兵団、憲兵隊の約一万となる。
「さて…セレスティシアはちゃんと連携してくれるかのぉ…?」
日付が変わりつつある深夜、先行して東門に到着した風神軽騎兵の隊長ジャクリーヌは叫んだ。
「我らはリーン軍である、開門せよぉ〜〜っ!」
(…開くのか?)
ジャクリーヌは不安だったが…果たして、門は開いた。
反乱兵たちが両手を振って歓迎してくれた。
「おおぉ〜〜っ!援軍が来てくれたぁ…待ってましたよぉ〜〜っ‼︎」
「一時間もしたら、あと4000のリーン軍が到着する。そいつらも通しておくれ!」
「おおっ…分かりました!」
反乱兵の中にジャクリーヌは見知った顔を見つけた。
「あっ…お前、ヴィオレッタのところの斥候だよな?」
「おう、ダスティンだ。東門は俺たちが押さえておくから、ポットピットの加勢に行ってくれ!」
東門はジャクリーヌたちリーン軍の侵入路であり、退路でもあった。ここは絶対に死守してもらわなくては…!
ジャクリーヌの風神軽騎兵はラクスマン城下町を王城目指して疾風の如く駆けて行った。
月が出ていて明るい夜だった。ジャクリーヌは不思議な感覚に捉われていた。
真夜中ではあったが、馬上にあっていつも見る風景といえば見渡す限りの緑の草原…それが今、周りは石造りの建物ばかりの灰色の世界、おまけに地面は敷石を敷いた舗装道路で、馬の蹄鉄が鋭い摩擦音を響かせていた。
(見たこともない不思議な風景だ…これがラクスマン王国なのか…。まさか、敵国のど真ん中を颯爽と騎馬駆けする日が来るなんてな…)
途中、松明を掲げた十数人の皮鎧の憲兵隊と遭遇した。憲兵たちはジャクリーヌたちの恐ろしげな仮面に驚き戦意を喪失していたが、ジャクリーヌたちは容赦なく槍で突き殺した。
前方に王城が見えてきて、それと同時に夥しい数の敵兵の群れも視界に入ってきた。
ジャネットは叫んだ。
「風神軽騎兵、本隊が到着するまで…撹乱に徹せよっ!」
「おおっ!」
50騎の風神軽騎兵は分散し、その身の軽さを存分に活かして敵軍の群れの中を縦横無尽に駆け回った。それでポットピットたち反乱軍に向いていた注意を分散させラクスマン軍を混乱させるのだ。
どこかで大きな声がした。
「おおぉ〜〜っ…来てくれたのかぃ。セレスティシアは約束を守ってくれたんじゃな…」
敵兵の群れの奥の方で、いくつかの土煙が起こり、敵兵数人が宙を舞っていた…多分、ポットピットの地属性の魔法だろう。さらに奥の方では無数の血飛沫が上がっていた…多分、ギガレスの斬撃だろう。
ジャクリーヌやポットピットたちが奮闘するも…敵兵の数は減っていかなかった。なぜなら、時間の経過とともに城下町じゅうから騎士兵や憲兵が集まってきていたからだ。
(…まずいな!)
その時、後続のバーグ、ドルイン連合軍3000が戦場に到着し、形勢は一気に逆転した。




