五十六章 オークジェネラル その2
五十六章 オークジェネラル その2
冒険者達はベースキャンプまで撤退した。
多数の負傷者が出た。アナは魔力回復ポーションを飲みながら必死に負傷者の手当てをしていた。魔道士達も負傷者にヒールをして回っていた。
ヒラリーとトムソンが反省会をしていた。
「あいつら…殺した冒険者の装備を使ってたな…手強いな…。」
「死人を二人も出しちまった…あのチャンピオン、多分あれだ…戦士のスキルの『ウォークライ』だ。そいつを使ってきやがった。それで5、6人が戦闘不能になって…酷かった…。」
「オークもスキルを使うのか…。」
それを聞いていたダフネが言った。
「そういえば、あの盾持ちのチャンピオン…あたしの『ウォークライ』が効かなかった。もしかしたら『マイティソウル』を持ってたのかも…。」
戦士のスキル「マイティソウル」は発動すると相手の威嚇攻撃や恐怖攻撃によるバッドステータスを無効にし、恐慌状態に陥らなくなるスキルである。
「チャンピオンはうざいなぁ…ウィザードとアーチャーも地味にうざい…とにかく、ジェネラルを裸にしないと、勝算が立たないねぇ…。」
アンネリがヒラリーの肩をトントンと叩いた。
「夜になったら…あたしが行こうか?チャンピオン三匹全部は無理かもしれないけど…。」
「お…いけそう…?」
「…ジェニを一緒に連れて行きたい。」
真夜中になった。アンネリはジェニとワンコを連れてオーク陣営に近づいた。そして、近くの岩陰に隠れた。
「あの…オークチャンピオンを弓で射殺すの?真っ暗で全然見えないんだけど…。」
「弓はいらない。要るのはワンコ。」
「え…?」
「ジェニが来ないと、ワンコも来ないだろ?」
ジェニはアンネリに言われた通りに矢から矢尻を外し、矢軸だけにした。そしてそれをアンネリが指差す方向に放った。
「ワンコ、行けっ!」
(おおっ、ご主人、待ってたぜっ!俺の仕事っぷりを見てくれっ!)←ワンコの気持ち
犬は夜目が利く。ワンコは矢軸が飛んでいった方向に走っていった。そしてすぐに矢軸を口に咥えて戻ってきた。ジェニはワンコの頭を撫でた。
「じゃ、今度はちょっとずらして、あっちの方向ね。」
アンネリ達はこれを繰り返した。
夜番のオークが草が動く音に気づいた。オークも夜目が利く。
{お…イノシシかな?}←オーク語
オークはワンコの後ろ姿を見つけると、ワンコを追いかけた。
{うひひひ…かなりでかいな…夜食にしよう。}
そのオークは突然、喉から血を吹いて声もあげることなく絶命した。「キャットアイ」と「シャドウハイド」を発動させたアンネリの闇討ちを食らったのだ。
「もう一匹殺るよ。」
「は…はい。」
(げげっ…ワンコは釣り餌だったのねっ!まぁ…良い作戦ではある…ワンコ、何かあったらゴメンッ‼︎)
ジェニやアンネリでは釣り餌の役目はできなかった。もしオークが人間を見たら冒険者と判断して仲間を呼ぶからだ。どうしても人間以外の釣り餌が必要だった。
アンネリは同じ方法でもう1匹オークの夜番を殺すと、ジェニに待機するように指示し、ひとりで闇の中に消えた。
オークは鼻が利くので「シャドウハイド」を使っていても近距離だと見つかってしまう。アンネリは2匹の夜番がいなくなって手薄になった部分を通ってオーク陣営に潜入した。辺りはオークの灯した松明で明るかった。
アンネリは地面でゴロ寝をしているたくさんのオークの中に毛皮を敷いてロングソードを握ったまま寝ているオークを見つけた。アンネリは静かに近づいていって素早く喉をナイフで掻き切ってその場を離れた。
ジェニの元に戻ったアンネリは、ジェニの手を引っ張って誘導した。
「次は反対側に行って同じことをするよ。もう端っこにいるオークチャンピオンを殺る…真ん中は守りが厚くて無理だ。」
アンネリ達は大回りをして、静かにオークの陣営の反対側に移動した。
ワンコの活躍?で、2匹の夜番を餌で釣っておびき出し始末した。アンネリは先程と同じように、オークの陣営に忍び込み、オークチャンピオンを探した。…いた!やはり1匹だけ毛皮を敷いて寝ていた。アンネリは周りのオークを起こさないように慎重にオークチャンピオンに近づいた。このオークチャンピオンはラージシールドとショートソードを持っていた。
アンネリは「キャットアイ」の制限時間60秒が近づいていることに気がついて「キャットアイ」を再び発動した。
オークチャンピオンが突然目を覚ました。オークチャンピオンとアンネリの目が合った。
アンネリはすぐさまオークチャンピオンの喉にダガーナイフを突き立てようとしたが、オークチャンピオンは盾でそれを防いだ。
(しまった!…オークでもスキル持ちはスキルの発動がわかるのか⁉︎そんなこと…思いもよらなかったっ!)
オークチャンピオンは咆哮した。周りのオークが目を覚ました。
アンネリはすぐに「シャドウハイド」で闇に紛れて逃走した。だが、鼻が利くオークはアンネリの…人間の臭いを辿って追いかけてきた。やがて松明を持ったオークも加わった。オークチャンピオンを含む総勢30匹以上がアンネリを探し回った。
ジェニはオークの松明を見て異変に気づいた。
(あ…アンネリ、見つかっちゃったの⁉︎)
ジェニは必死に考えた。どうすればアンネリを無事に逃すことができるだろうか…そばでお座りをしているワンコを見た…。
(…ワンコ…許して…!)
ジェニは矢筒から矢を一本抜くと、松明の方向にそれを放った。
「ワンコッ、行けっ!」
ワンコは矢を追って暗闇の中を猛スピードで走っていった。
アンネリはオーク達に遠巻きに包囲されて草むらの中から動けない状態だった。オークチャンピオンは鼻をクンクン鳴らしながら、次第にアンネリに近づいていくのだった。
そこに、ワンコが包囲陣を突っ切って矢を追いかけて走っていった。オーク達はワンコを追いかけ始めた。ただ、頭の良いオークチャンピオンだけは犬と人間の臭いを識別したのか…動かなかった。
矢を追いかけていたワンコは後ろからたくさんのオークが迫っているのに気がついた。
(なんだ…こいつら?)←ワンコの気持ち
1匹のオークが棍棒をワンコに投げつけた。ワンコには当たらなかったが、カッとワンコの闘争心に火がついた。
(こいつらぁ〜〜…ご主人の矢を横取りするつもりだなっ⁉︎)←ワンコの気持ち
ワンコは矢のことは忘れてしまって、棍棒を投げつけたオークの右腕に噛みついた。魔道棟でテイムされていたワンコは対人戦の訓練を受けていた。なので、足には絶対噛みつかない。足に噛みつくと即座に剣で斬り殺されるからだ。狙うのは腕か首だ…その中で、長物を持った利き腕がベストだ。
噛みついた腕の皮のぶ厚さにワンコは驚愕した。
(うげっ…硬ってぇ〜〜っ!歯が立たねぇっ!)←ワンコの気持ち
ワンコはすぐに弱腰になって、オークの右腕を離すと死に物狂いで逃げ回った。オークチャンピオンから離れてしまって統制の効かなくなったオーク達は自分勝手にワンコを追いかけ回した。
松明が遠ざかっていくのを見て、ジェニは弓を構えてアンネリがいるであろう方向に移動していった。
アンネリとオークチャンピオンの距離は3mだった。アンネリは草むらに隠れて、「セカンドラッシュ」の機を窺っていた…不意に、オークチャンピオンがクンクンと鼻を鳴らした。無風だった丘陵地に微かに風が吹いたのだ。ジェニが風上にいる!
オークチャンピオンはジェニの方向に走り出した。アンネリはオークチャンピオンを追いかけ、すぐ向こうにいるジェニを「キャットアイ」で発見した。ジェニにはオークチャンピオンが見えていない!
「あたしに向かってマグナムを撃てっ‼︎」
アンネリの声にびっくりして弓を構えたジェニの前に突然オークチャンピオンが現れた。ジェニは咄嗟に「マグナム」三連射を放った。矢は全て盾で受け止められてしまった。
アンネリはオークチャンピオンに「セカンドラッシュ」で挑みかかった。しかし、盾とショートソードでうまく間合いをとっているオークチャンピオンには四連撃は届かなかった。オークチャンピオンが空振りをしたアンネリの頭にショートソードを叩き込もうとした。
「アンネリッ!危ないっ!」
ジェニの声でアンネリはナイフとダガーナイフを重ね、辛うじてショートソードを受け止めた。アンネリが受け太刀をすることなど滅多にない。オーク持ち前のパワーで、オークチャンピオンはショートソードでアンネリを地面に押しつけていく…ジェニがオークチャンピオンを弓で狙おうとしたが、オークチャンピオンはラージシールドをジェニに向けて射線を塞いでいた。
その時、ジェニの声を聞きつけてワンコが矢のように飛び込んできた。ワンコは丘陵地帯を走り回って追跡するオーク達を全て振り切っていた。逃げ足だけは一級品だった。
ワンコは馬乗りになって人間に襲い掛かっているオークチャンピオンの後ろ姿を見た。そして、盛大に勘違いをした。
(うがぁっ!ご主人が…俺の飴が危ないっ!)←ワンコの気持ち
ワンコは根性を見せた!オークチャンピオンの腰からぶら下がって揺れている物が柔らかそうに見えたので…それに噛みついた!そして渾身の力で食いちぎった‼︎
「うぎゃあぁぁ〜〜〜っ‼︎」
オークチャンピオンは絶叫して、剣と盾を放り出して地面を転げ回った。アンネリはダガーナイフを構え直すと、オークチャンピオンの心臓に突き刺した。
二人と一匹は他のオークがやって来る前にそそくさとその場を離れ、二時間をかけて散らばっているオーク達の目をかいくぐって明け方前にベースキャンプに戻った。
ヒラリーが起き出して、二人と一匹を出迎えた。
「どうだった?」
「2匹は殺した…ロングソード持ちと盾持ちだ。『ウォークライ』持ちは無理だったねぇ…ジェネラルがいる掘建て小屋の近くにいたからね…。」
「そうか、ありがとう。休んでくれ…これで作戦が立てやすくなったよ。」
「…これも、貸しでいいのかな?」
「おいおい、これはパーティーの一員としての当然の働きだろ⁉︎」
「ふん…。」
ヒラリーはアンネリの肩を叩いて功を労った。ジェニは馬車から大量の干し肉を出してワンコに食べさせていた。そして首に抱きついて背中を撫で、一生懸命褒めてあげた。




