五百四十五章 エステリックの援軍
五百四十五章 エステリックの援軍
朝、ティモシーは荷車を引いてエステリック城下町を鉄屑を求めて徘徊していた。今日はティモシーひとりだった。
チネッテの体の具合が悪く、チネッテはアパートメントの自室で伏せっていた。ティモシーは看病すると言ったが、チネッテは自分の事は気にせずに働いておいでと言ったので、仕方なくティモシーは仕事に出る事にした。エビータの指示でエステリック軍の動向を調べる必要もあった。
ティモシーは屑鉄を拾いながらエステリック王城の南城門から城下町東門辺りを荷車を引いて流した。コッペリ村方面に出征するとなると、必ずこの辺りに兵を布陣させて隊列を組んで移動する。
昨日は兵士は人っこひとりいなかったのに…今日は違っていた。
エステリック王城の南城門前では憲兵が慌ただしく出たり入ったりしていて、邪魔になる通行人を遠ざけていた。ティモシーが遠目にしばらく見ていると、城門から夥しい数の騎馬が列を成して現れた。その軍列は金色の旗幟を立てて城下町東門へと移動を始めた。その数は500…くらいか。
すると今度は、王城南城門からではなく…西側から1500くらいの騎馬と兵士が軍靴を響かせながらやって来て、先行していた500の軍の後を追った。その軍隊は赤色の旗幟を掲げていた。
(あれれ?…あの軍隊はどこから来たんだろう。最初の軍隊は金色の旗で、今度は赤色か…旗の色が違うな…)
ティモシーは軍隊の後を着いて行った。するとさらに、だいぶ遅れて…王城南城門から三台のワゴン馬車が出てきて、ティモシーの荷車を追い抜いて行った。
(今のは…何だろう?)
ティモシーは荷車を引いてゆっくり移動した。城下町の東城門に到着すると、もの凄い数の人でごった返していた。軍隊の出征を見送る人々と野次馬の群れだ。
案の定、軍隊は城下町東城門付近に集結していて、十数台の大型荷馬車と数十頭の予備の軍馬も増えていた。
(あの荷馬車は食糧を積んでいるんだろうな…。)
2000の軍隊が師団長の号令で東門を出発したのを見届けると、すぐにティモシーは急いでその場を離れた。行き先はもちろん…ワグナー邸だ。
ティモシーがワグナー男爵の屋敷の柵沿いに荷車を引いていると、すぐにエビータとベロニカがやって来た。
エビータが言った。
「今日は早いね。おや、チネッテさんは?」
「おばさんは具合が悪くて家で寝てる。だから、こんなに早くここに来れたんだ。」
「そうか…帰りに薬でも買って行ったらいい…」
そう言って、エビータはティモシーに銀貨十枚を渡した。
ベロニカが言った。
「何か、動きはあった?」
「うん…2000くらいの兵隊が東門から出て行ったよ。大きな馬車と馬もいっぱい引き連れて行った…」
「2000かぁ…イェルマ侵攻のための援軍だろうねぇ…」
「500くらいが金色の旗で、残りが赤色の旗だったよ。」
「んん…金色と赤色の旗?…何だろう、分からんねぇ…。」
「それから…変なワゴン馬車が三台着いて行った。」
「ワゴン馬車かぁ…兵隊なら普通の馬車か幌付き馬車に乗れば良いから、きっとちょっと位の高い貴族か何かが乗ってたんだろうねぇ…。」
「今日はこれだけ…また何かあったら来るよ。」
エビータがティモシーを労った。
「屑鉄は今日はない…ありがとね。早目に仕事を切り上げて、チネッテさんに付いていてあげな…。」
「うん、それじゃね。」
ティモシーは去って行った。
ベロニカは詰め所に戻って行ったが、エビータは屋敷の護衛から休憩に戻ってきた二人の傭兵を捕まえて戦闘訓練を始めた。
ベロニカが詰め所に入るとベンジャミンがいた。
「ありゃ、どっから湧いた?」
「また、エレーナの息子が来てたのか?」
「そだよぉ…あの年頃の男の子は可愛いよねぇ〜〜。お母さんが恋しいのかねぇ〜〜。」
「ふん…」
「あ、ベンジャミン…あんた、軍の旗って判る?」
「ん…旗幟か?」
「うん、トムがたくさんの兵隊さんが行進していくのを見たんだってさ。それで、金色の旗幟と赤色の旗幟を見たって…」
「通常の騎士兵団の旗幟は『白』だ。義勇兵団なら『黒』だな…。『赤』は国境を守っている騎士兵団の旗幟、そして…『金色』の旗幟は王国近衛兵団だ…。イェルマの戦争に、遂に近衛と国境防衛軍まで引っ張り出したのか…。エステリックの兵士は憲兵を残してほぼ空っぽになるな…激ヤバだな。」
「へえぇ〜〜…そっか、そっか。」
ベンジャミンがワグナー邸に引っ込むと、ベロニカはすぐにイェルマに「念話」を送った。
イェルマ軍がイェルマ回廊を完全制圧して以来、エステリック軍はその動きを見せていなかった。コッペリ村には現在、エステリック兵が2000超いるが、その数ではイェルマ攻略は難しい事はイェルマ側もエステリック側も充分判っているので、お互いに動くに動けない小康状態に陥っている。この状態がもう四日も続いていた。
朝食を摂った後、ヴィオレッタは久しぶりにエルフの村の談話室でユグリウシアと一緒に神代語の勉強をしていた。
『私は…セレスティシアです。リーンの…女王?執政官?指導者?…です。リーンは…五つの国からできていて…引っ括めます…』←神代語 以下略
『そうですねぇ、神代語に「盟主」という言葉がないので難しいですね。「指導者」が適切でしょうか。それと、「引っ括めます」はいけませんね、そこはせめて、「まとめてひとつです」が良いでしょう。』
『な、なるほど…ありがとうございます…。』
『セレスティシア、何か…今日は勉強に身が入っていませんね…気になることでも?』
『はぁ…エステリックの兵隊の鈍行…じゃなくて、瞳孔…でもなくて、動向が気になりまして…勉強の集中が…少ないです。』
そこにエヴェレットがハーブティーを持って来たので、ユグリウシアは勉強を少し中断して三人でハーブティーを啜った。
ユグリウシアはさりげなく話題を変えた。
「そう言えば、昨日の夜、久しぶりにメグミちゃんを見ましたよ。」
「え、そういえば…私もしばらく会っていませんね。どんな様子でしたか?」
「大きくなっておりました…あれはもう、セレスティシアが体にくっつけて運ぶのは難しいのでは…?」
「えええええっ‼︎」
ヴィオレッタは神代語の勉強が終わると、エヴェレットと共にエルフの村の応接間に移動し…メグミちゃんに「念話」を送った。
すると、応接間を囲む樹木の一本の枝がザワザワと音を立て、その茂った葉の中から…大きな蜘蛛がフェアリーを従えて現れた。それはもう、ヴィオレッタの頭くらいの大きさで、お腹には立派な黒い縦縞ができていて…母親?であるシーグアの姿を彷彿とさせた。
メグミちゃんは枝から糸を伸ばして、ヴィオレッタの頭の上に乗ってきた。
ズシッ…
ヴィオレッタは首に圧迫感を覚えた。
(ヴィオッタ、呼んだ?…ねぇ、呼んだ?)
(うわわわわっ…お、重い。メグミちゃん、おっきくなったわねぇ…!)
(うんうん、メグミちゃんねぇ…いっぱい脱皮したよぉっ!)
(そっかぁ…まぁ、何はともあれ…元気で良かった。)
これはもう…リュックサックにでも擬態してもらうしかないか⁉︎…無理か?ヴィオレッタは咄嗟にそんなことを考えた。
その時…別の「念話」が着信した。
(セレスティシア殿…鳳凰宮にお越しいただけませんでしょうか?エステリックの城下町に動きがございました…。)
マーゴットの「念話」だった。
(…すぐに伺います。)




