五百四十章 幕間 その4
五百四十章 幕間 その4
イェルマ軍のイェルマ回廊奪還からひと晩が経過した。
橋頭堡とすべくイェルマ回廊で拡張工事をしていた「駐留地」もイェルマ軍に制圧され、激怒したカイルはレンブラント将軍に進言して、生還した「駐留地」担当の大隊長二人を処刑した。
エステリック王国から出発した最後の遠征隊の第七陣と第八陣がコッペリ村に到着し、これによってエステリック軍は約2000人の兵士の補充をした。
カイルとレンブラント将軍たちは例によって例のごとく、キャシィズカフェで昼食を摂っていた。
「うぅ…人員補充ができたのは良いが、たったの2000…作戦が振り出しに戻ってしまった今、これでは侵攻のしようがない…。」
「カイル君、泣き言は聞きたくないぞ。この2000人…そしてまた後からやって来る2000の精鋭たち、これを投入してイェルマを制圧できないとなると…責任は重大だ。君だけじゃなく、私の首も危うい…。」
レンブラント将軍はビッキー特製の冷製のコーンクリームスープを飲みながらそう言った。
「いえ、将軍…そうはなりませんよ。我がエステリックは盟主国…いざとなったら、ラクスマン、ティアークにも『援軍要請』ができます。どんな形になるとしても、我が軍の勝利は間違いないでしょう。」
「うぅ〜〜む…確かにそういう選択肢もあるが…。そうなると、イェルマを制圧した後、ラクスマンとティアークにイェルマの利権を食い散らかされる事になってしまうな…。」
レンブラント将軍は思った。カイルの父親はエステリック王国の軍務尚書…彼が口利きをすれば国王を動かすことができ、ラクスマンやティアークの援軍要請は十分可能だろう。そして、同盟国全ての兵力十万をぶつければ、いかに地の利を得た城塞都市イェルマと言えどもひとたまりもないだろう…と。
すると、例によって例の如く、キャシィがやって来てレンブラント将軍に言った。
「食後のデザートはいかがっすかぁ〜〜?シェフが丹精込めて作ったアップルパイがありますよぉ〜〜!」
「うむ、貰おうかな。」
イェルマ軍は回廊の中の敵が掘削拡張した約20平方mの平坦地に三個大体を駐留させ、イェルマ回廊の周辺警戒をさせていた。
城門前広場のイェルマ回廊入り口でも、女魔導士たちが待機していて不測の事態に備えていた。
城壁では、瓦解した城門跡に150匹のリザードマンがタワーシールドを掲げてがっちり固めていた。
夜が明けて朝日が昇ると気温はどんどん上昇していって…リザードマンたちはだれて来た。河川や泥沼地に住んでいるリザードマン族は乾燥に弱い。
「あ…暑い…体がヒリヒリする…でござる…。」
リザードマンたちの後方に布陣していたランサーたちが尋ねた。
「トカゲさんたち、どうした?」
「我らは…乾燥に弱いのでござる。太陽が昇ると…うう…」
驚いたランサーはすぐに南側の傾斜地の陰で休んでいる残りの150匹のリザードマンたちのところへ向かった。
「おいっ…悪いが仲間と交代してやってくれないか?」
「…。」
だが、そのリザードマンたちもぐったりして顔に精気がなかった。
「…やばいな、これ。」
リザードマンの一匹が言った。
「ど…どこかに川か沼地はござらんかなぁ…。」
「ええと…北の三段目に泉があるけど…?」
それを聞いたリザードマンたちは腰を上げて、北の三段目目指して大移動を始めた。それを見た城門跡を固めていたリザードマンたちも何かを感じて、タワーシールドを放り出してその後を追った。
「お…うわっ、ちょっと…!」
ランサーたちは慌ててタワーシールドを拾い、リザードマンの代わりに城門跡を守った。
北の三段目の泉の近くでは、アルフォンスがマルガレッタが持って来た朝食を食べていた。そこに300ものリザードマンの大群が押し寄せ、アルフォンスには目もくれず我先にと泉に飛び込んでいった。その光景を見て、アルフォンスは朝食の味噌汁の中のジャガイモを喉に詰まらせてむせてしまった。
「…五臓六腑に染み渡るとはこのことでござるなぁ〜〜、生き返った心地でござる。」
「うむぅ〜〜、極楽極楽…良い水加減でござる。」
その頃、ヴィオレッタたちは鳳凰宮の前の空き地でイェルマの工房で作ったボウガンのボルトの試射実験をしていた。
ライヤは言った。
「ボタン様、セレスティシア殿のアドバイスを入れて…ボルトの先に鍛造鋼の紡錘形のキャップを装着いたしました。これによって、至近距離ならば敵の金属鎧と鎖帷子を貫通させることができます。」
「そうか。」
木製のボルトが金属に衝突すると、先端が潰れて変形しそれによって貫通力が低下する。そこで、先端だけを鋼にすることで貫通力が落ちないようにした。キャップの形にしたことで、ボルト全体を鋼に変更することなく、キャップを被せるだけで良いので非常に効率的だ。
ボタンがボウガンの取手を引いてフックを掛け、ボルトを装填した。そして、用意した丸太から10m離れて片手で構え、トリガーを引いた。
ゴンッ!
「おっ…命中した。」
マーゴットが言った。
「10mではありますが…それでもアーチャーでもないボタン様が片手で目標に命中させる事ができるのですから、このボウガンは大変優秀ですね。」
ヴィオレッタは丸太に食い込んだボルトを引き抜こうとして…引き抜けなかった。
「ふぬううぅ〜〜っ…!か…貫通力も十分のようですね…。」
ボタンは得意げに言った。
「良いな、これ。これを盾持ちの前衛に持たせよう。回収したボウガンは何本だ?」
「208本です。多分、このボウガンは騎士兵団専用で、義勇兵団には頒布されなかったのでしょう。」
「なるほど…イェルマの工房で大量生産はできそうか?」
「検討いたします。」
その時、マーゴットはマリアから「念話」を受けた。そして、しばらくうつむいて…それからボタンに報告した。
「ボタン様、ただいまコッペリ村のサムから『念話』の報告が参りました。キャシィからの情報によりますと…2000のエステリック軍がコッペリ村に到着したとのこと。さらに、幕僚たちは同盟国のラクスマンとティアークへの『派兵要請』を検討している模様です…」
「…なんだと⁉︎」
それを聞いたヴィオレッタは顔を曇らせた。
「…その手があったか。まさか、そこまでしてイェルマの利権が欲しいとは…。まずい…非常にまずいですね。敵の兵站が尽きるのを待つのが基本戦略でしたが…エステリック、ラクスマン、ティアークの三国連合軍と戦うことになったら…」
ヴィオレッタはイェルマが生き残る道を必死に考えた。しかし…何も思いつかなかった。同盟国三国との全面戦争となると…敵の兵士の数はほぼ無尽蔵、その上食糧も尽きることがない。どう考えても勝ち目がない…。
ヴィオレッタとエヴェレットはお昼頃にはエルフの村に戻った。
「セレスティシア様、今日のお戻りは早いですね。」
「うん…私の知らない情報が他にないかなと思って…」
ヴィオレッタはエルフの村の応接間にやって来ると…大声で叫んだ。
「ヴィオレッタエクスプレス!」
すると…どこか遠くの空で、「ピィ〜〜…」と応えて一羽のハヤブサがエルフの村に舞い降りて来た。ヴィオレッタは切り株のテーブルの上の羊皮紙にインクで素早く文字を書いて、それをハヤブサの前に置いた。その内容は、「今日までのイェルマの状況」と「情報を乞う」…という内容のものだった。
ハヤブサはその羊皮紙の文字をじっと見て…「ピィ〜〜」と鳴いた。




