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戦乙女イェルメイド  作者: 丸ごと湿気る
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五百三十九章 エステリック王国の事情

五百三十九章 エステリック王国の事情


 エステリック城下町のワグナー邸。その敷地の私兵の詰め所。

 ベロニカは両脚を組んで椅子に深々と座っていた。ベンジャミンはベロニカの冒険者ギルドのメンバー票を睨んでいた。

「…これはティアークの冒険者メンバー票だろ…!」

 ベロニカはしれっと答えた。

「ええ、そうよ。ちょっと前まで私はティアークの冒険者ギルドで活動していたの。放浪癖があってね…ふらっとエステリックに来ちゃった訳よぉ〜〜。まだ、メンバー票は更新してないわ、だってさ…更新料で銀貨一枚も取られちゃうんだもんっ!」

 ベンジャミンは今度は隣に座っているエビータを睨みつけた。

「あっ…そうそう…ベロニカと最初に会ったのはティアークの冒険者ギルドだったわ。ティアークでは新参者はなかなか受け入れてもらえなくてな…ほら、この肌の色だろ⁉︎…それで、エステリックにやって来たのだ。だが、エステリックの冒険者ギルドも似たようなもので…仕方なく、傭兵ギルドの門を叩いたって訳だ…。」

 ベロニカが嘘をつく度に私がそれを取り繕わなければならないとは…!なぜ私がこんな言い訳じみた説明をしなくてはいけないのか…⁉︎ベンジャミンは鋭い男だ。ベロニカが大風呂敷を広げる度に、エビータはいつかはこの嘘が破綻するのではないかと思ってヒヤヒヤしていた。

「…まぁ、いいだろう。ではベロニカ、お前を雇う事にする。」

 ベロニカが…魔導士がもうひとりいれば、部隊を二つに分けても「念話」で指揮をすることが可能で、いざと言う時に何かと便利だとベンジャミンは思っていた。

「傭兵ギルドに登録しなくていいのぉ〜〜?」

「そのままでいい。ギルドを通すと、何かと面倒だからな…月に金貨一枚だ。OK?」

「OKよぉ〜〜っ!」

 喜ぶベロニカの隣で…エビータは不安で不安で仕方なかった。敵の内懐に入り込んで情報収集ってのは判らないでもないが…何事も綿密に計画して行動するエビータにとって、行き当たりばったりな性格のベロニカとは反りが合わないと思っていた。

 するとそこに、傭兵のひとりがベンジャミンを呼びに詰め所にやって来た。

「ベンジャミン、ワグナー男爵が話があるとさ。」

 ベンジャミンは詰め所を退出した。

 ベロニカとエビータは秘密の会話を始めた。

「それで…イェルマ渓谷はどうなってる?新しい情報はあるのか⁉︎」

「…苦戦しているようだけど、一応落ち着いたみたいよ。」

「セレスティシア様はご無事にお過ごしだろうか…」

「それは知らん!」

「…。」

「私はエステリック城下町を出発する兵隊の数や陣容をイェルマに報告しないといけない…エビータの方で探りを入れてもらえないかなぁ…。」

「私はここから動けないから…ティモシーに調べてもらおう。」

「なるほど。」

 しばらくして、ベンジャミンが詰め所に戻って来た。

「…まずい事になった。」

「…ん?」

「ワグナー男爵が…俺たちもイェルマ攻略に参加して欲しい…だとさ。レンブラント将軍から援軍要請があったらしい。ワグナー男爵にしてみれば、娘婿のカイルが参謀で参加しているから、何かしないと格好がつかないってところだろうな…」

 エビータは即決だった。とにかく自分の主人のヴィオレッタが心配だった。

「そうか、行こうっ!」

「おいおい、エレーナ…お前、正気か?…そもそも、ワグナー男爵の私兵になったのは戦争に駆り出されるのを避けるためだぞ。戦場じゃぁ…傭兵は使い捨てだ、長生きしたけりゃ戦わない事だ。」

 ベロニカが同調した。

「そうそう、行かない方が良いよ。あそこは今、地獄だよ。」

「んん…ベロニカ、遥か遠くの戦況をどうして知ってるんだ⁉︎」

 あっ、しまった!ベロニカは焦って捲し立てた。

「だ…だって、そうでしょう?エステリックからどんだけ兵隊が出征して行ったのよ⁉︎それでも足らないって…きっと、大苦戦してるんだわっ!一日に100人、200人がコロコロ死んでるに違いないわ…絶対行くべきじゃないでそっ‼︎」

 ベンジャミンは「おお…」と唸って感心した。

「ベロニカ…チャランポランに見えて、見掛けによらずちゃんと現状分析ができてるじゃないか。俺も同意見だ。今、戦争が起きているのはイェルマという国であそこの女どもはひと癖もふた癖もある連中だ。多分…エステリック軍は女だと舐めて掛かって手痛いしっぺ返しを食らっているに違いない…」

「ふふふふっ…!」

 ベロニカは笑って見せた。しかし、内心はドキドキしていて、嘘から出た誠…瓢箪から駒…自分が当たりくじを引いてほっとしていた。


 ティモシーはチネッテを乗せた荷車を引いて、木造三階建ての集合住宅を出た。

 チネッテはずっと具合を悪くしていて、荷車に乗って移動していた。ティモシーが鉄屑を拾って荷車に乗せると、それをチネッテが寄せたり重ねたりして効率よく整理した。

 大通りに出ると、不意にチネッテが言った。

「トムや、ちょいとそこの建物に寄ってくれるかい?」

「うん、いいけど…?」

「ここで待ってておくれ。」

 比較的大きめの石造りの建物の前で荷車を停めると、チネッテはよろよろしながらも中に入って行った。30分ぐらいしてチネッテは何もなかったかのように建物から出てきて荷車に乗った。この建物は「公証人役場」だった。

「チネッテさん、何だったの?」

「いいからいいから…ささ、行った行った。」

 二人は再び荷車を引いて…城下町をくるくる回った。

 夕方近くになると、二人は貴族町のワグナー男爵の屋敷に寄った。これは毎日のルーティーンになっていた。

 ワグナー邸の敷地の鉄柵近くに荷車を止めると、ティモシーは言った。

「ちょっと行って来るね。何か、掘り出し物があると良いね。」

「…悪いねぇ。あんたの母さんには世話になってるねぇ…。」

 ティモシーが柵越しに顔を出すと、すぐにエビータとベロニカがやって来た。

「あれっ!ベロニカさん、何でこんなとこにいるの⁉︎」

「あはははは、あんたの母さんのお仲間になっちゃった。ワイン工場の人に言っといて。」

「えええっ…⁉︎」

 エビータは困った風な顔で言った。

「…何だかねぇ…。それよりもティモシー…城下町の東門辺りを見張って、出て行く兵隊の数や荷馬車の数を探っておくれ。私たちはここから動けないからね。」

「うん、分かった。」

「それから、はいこれ。今日はこれだけだ。」

 そう言って、エビータは錆びたフライパンと潰した鍋をティモシーに見せた。

「そっちは何か情報はないかい?」

「う〜〜ん、強いて言えば、食べ物の値段がまた上がったかなぁ。あと、鍛冶屋の屑鉄の買取り価格が倍になったよ。」

「そうか…戦争の影響だねぇ。」

 そんな話をしていると、詰め所からベンジャミンがやって来た。

「お前ら、何やってるんだ、そのガキは誰だ?」

 ベロニカが言った。

「あれ、知らなかったの?この子はトムと言って…エレーナの息子だよ。」

「何だって…エレーナ、子供がいたのか⁉︎」

(ベロニカの奴、余計な事を…。しかしまぁ、ティモシーと繋ぎを取るにはその方が自然か…。)

 エビータは言った。

「傭兵の仕事をやるにはまだ子供だからね…今は屑鉄屋の手伝いをさせてる…。それで、ワグナー邸で出た屑鉄を分けてやってるんだ。」

 ベンジャミンはエビータが持っているフライパンと鍋を見て、それから近くに停まっている荷車とチネッテを見て…とりあえず納得した。

「あまり外の人間と接触するなよ。」

 そう言って、ベンジャミンは詰め所に戻って行った。

 ティモシーは柵越しにフライパンと鍋を受け取ると、「じゃ、またね」と言って荷車に戻って行った。

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