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戦乙女イェルメイド  作者: 丸ごと湿気る
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五百三十八章 100mの攻防

五百三十八章 100mの攻防


 アンネリとモリーンがもたらした報告によって、ヴィオレッタは新たな問題を突きつけられていた。

 城門を奪還し、イェルマ回廊入り口も制圧したイェルマ軍…女王ボタンは鳳凰宮の自分の部屋に戻り、そこで作戦会議を開いていた。

 ヴィオレッタは言った。

「カイル参謀…なんとしたたかな男でしょう。兵隊運用をスムーズに行えるよう、イェルマ回廊に駐留地を作っていたのですねぇ。戦況が逆転して…今度はその駐留地の規模を拡大して、対イェルマの要塞とするつもりですね…。」

「つまりは…持久戦に持ち込もうとしているのか?」

「…その通りです。向こうにはまだまだ『応援』が見込めます。兵が死んでも、本国からいくらでも補充が効きます。」

 マーゴットは言った。

「しかし、それは自殺行為でありましょう…。エステリック軍には兵站に限りがあります。侵攻が長引けば…」

「開戦してまだ五日…エステリック軍が矢継ぎ早に攻勢に出てきたのは、エステリック側も兵站の不足という決定的な弱点を熟知していたためでした…。しかし、今、ここに至って…短期決戦が失敗し持久戦に方向転換したのだと思います。逆に、イェルマ軍は秋になれば兵站は充実しますが…戦闘をする度に兵士を失い…兵士の数が不足していくという弱点が…。」

「…どうしたら…?」

「持久戦を行う大前提はやっぱり『兵站』です。多分…エステリックからイェルマまでの長大な距離の『補給線』を構築するつもりなのでしょうねぇ…。この『補給線』を分断できれば、こちらにも十分勝機があるんですが、イェルマが難攻不落の天然要塞ゆえの欠点…『イェルマ回廊』を通る以外に別動体を要塞の外に送り出す方法がない。つまり、補給線分断のための部隊が出せないということです…」

「八方塞がりですね…。」

 ボタンが会議の重い雰囲気を破って、猛然と言い放った。

「まぁ、それでも…!イェルマ回廊の敵は排除した方が良いだろう…目と鼻の先に敵軍がいるのは目障りだっ‼︎」

 ヴィオレッタは言った。

「…放置しておけば?敵軍が『駐留地』を拡張して、一個師団が駐留できたとしても…現状は大して変わらないでしょう。ならば…戦闘はできりだけ控えて、兵士たちに十分な休息を取らせるのも手ですよ。そうすれば、祭事館から復帰してくるイェルメイドの数も増えるでしょう。」

「いやっ!城門前広場の100m先に敵がいるなんて…癪に触る‼︎」

「そうですか…では、くれぐれも慎重に…。敵…カイル参謀も、遅かれ早かれこちらが『駐留地』に気付く事は百も承知しているでしょうから…。」


 ボタンからの命令を受けて、イェルマ回廊に布陣していたイェルマ軍はすぐに動いた。

 タワーシールドを構えた剣士、戦士のイェルメイドを先頭にして、四列縦隊でイェルマ回廊を行軍した。そして、そのはるか前方を斥候房師範のバレンティーナが…さらには、約10m上の側溝をアンネリとモリーンが、そして絶壁の頂上を師範のコニーと中堅のデボラが敵策をしながらゆっくり進んだ。

 約80mくらい進んで、バレンティーナは思った。

(アンネリとモリーンの話だと、巡回兵が警戒しているはずだが、ここまで来ても姿形も見えないとは…)

 突然、岩陰から一本のナイフがバレンティーナ目掛けて飛んだ。

 バレンティーナは辛くも投げナイフを避けて二本のナイフを前に構えた。

「待ち伏せだっ…全員、警戒っ!」

 待ち伏せしていたのは、キール率いる傭兵部隊だった。

 バレンティーナが発した警戒の声と同時に、側溝、頂上の四箇所でも戦闘が始まった。

 アンネリは側溝で接敵した。「シャドウハイド」で隠れていた敵が突然現れて、アンネリに襲い掛かったのだ。

チンッ…チチンッ!

 アンネリの二本のナイフと敵の二本のナイフが交差した。

(むっ…こいつも斥候職か…!)

 アンネリがふと対面の側溝に視線を送ると…モリーンもまた接敵して、敵とナイフで斬り結んでいた。

 また、絶壁の上ではデボラと傭兵の剣士が鬱蒼とした森の中の獣道で対峙していた。

「ん…夏だと言うのに…長袖のワンピースとか、何のつもりだ?本当にお前、イェルメイドとかいう俺たちの『敵』か?」

 デボラは答えた。

「そうよ…私はね、『暗器使い』なの。だから、夏でも長袖でスカートなのよ。袖とスカートの中にはねぇ…暗器をいっぱい隠してるのよぉ〜〜。」

「暗器…って何だ?」

 デボラは左右の腕を素早く振った。すると、両袖から針が飛んだ。

カカンッ…

 傭兵の剣士は「風見鶏」でその針を察知しラージシールドで防いだ。

「おお…あんた、剣士職か。ふふん…」

 傭兵の剣士は「疾風」でデボラの懐に飛び込み、ショートソードでデボラの頭をかち割りに行った。デボラはそれを左に避けて左袖からナイフを取り出し、傭兵の剣士を攻撃した。

 傭兵の剣士はそれを盾で防いだ…が、デボラの右袖から長さ30cmの鋼の杭が飛び出してきてキールの胸に刺さった。

「ぐうっ…!」

 刺さった杭は皮鎧を貫通した程度で浅かったが…デボラはすぐにその鋼の杭を右手で握って、さらに深々と剣士の胸に突き込んでいった。鋼の杭は剣士の鎖帷子を貫通し…肺に達した。血を吐いて…その剣士は絶命した。

 その頃、対面の絶壁の上では、「セカンドラッシュ」で別の剣士を瞬殺したコニーがデボラに手を振っていた。

「デボラ、どうだった…久しぶりのお仕事だったでしょ?」

「ふぅ…全然、手応えのない相手だった、もっと強いのをよこして欲しかったわぁ。」

 デボラは斥候房では問題児だった。腕前は師範レベルなのに、性格に問題があって副師範の座を保留になっている。

 側溝ではアンネリと傭兵の斥候が戦っていた。側溝という狭い一本道…お互いに斥候職のスキルが使えず、ただただ「セカンドラッシュ」の応酬となっていた。

(うおおぉ…この女、ガキにしか見えないのに「セカンドラッシュ」が使えるのかっ⁉︎)

 傭兵の斥候は驚いていたが、しかし、同レベルの斥候同士の斬り合い…体力に優る男の方が僅かに優勢で、アンネリは押されていた。

(よし、行ける…俺の方が少しだけ強い…)

 斥候の男がそう思った瞬間、男の側頭部にナイフが突き刺さった。

 アンネリがナイフの軌道の方向に振り向くと、対面の側溝ですでに戦闘を終わらせたモリーンが親指を突き立ていた。

「う〜〜ん…まだまだ先輩たちに比べたら、あたしは修業不足かぁ…。」

 イェルマ回廊ではバレンティーナと傭兵の斥候が戦っていた。

(…こいつは殺さず捕縛して情報をとるか…。)

 バレンティーナは速攻で終わらせるため、深度2の「デコイ」と「セカンドラッシュ」を同時に発動させると、二人のバレンティーナが現れて三人のバレンティーナが高速で動き回った。バレンティーナが壁を蹴って三角跳びのように移動するので、デコイたちは出鱈目に動いているように見えて…岩陰に隠れていた敵の斥候の度肝を抜いた。

(うわぁ〜〜っ…こいつ、深度2のスキルを持ってやがる…絶対勝てねぇ…!)

 傭兵の斥候は岩陰から出て一目散に逃げ出した。

 それを見たバレンティーナは男の太ももに向かってナイフを投げつけた。すると、傭兵の斥候は無理にそのナイフを避けようとして体を捻り…そのナイフは運悪く心臓に命中してしまった。

「あ…バカッ…!」

「ぐわぁっ…!」

 男は死んだ。それを見ていた側溝のモリーンが大声で叫んだ。

「バレンティーナ師範…ひとりは生捕りにするって言ってたのに、殺しちゃったんですか⁉︎」

「いや、これは…」

 それを聞いていた絶壁の上のデボラが言った。

「あ〜〜ららこ〜〜らら、言ってやろ言ってやろ…房主様に言ってやろ…♪」

「デボラ、うるさい!」

 そこにフレデリカ率いるイェルマ軍がやって来た。

「バレンティーナ、敵の先遣隊は?」

「…終わった。先に進んでくれ。」

 その言葉を聞いて、フレデリカはエステリック軍の「要塞」予定地に踏み込んだ。そこにはタワーシールドを掲げた二個大隊の騎士兵団がいた。そして、傭兵の伏兵を指揮していたリーダーのキールもいた。仲間が戻って来ないので…全滅したと察した。

(うっ…仲間の伏兵は…みんなやられてしまったのかっ⁉︎)

 騎士兵団たちはタワーシールドの隙間からボウガンを射ってきたが、以前の戦闘で学習していたイェルメイドの前衛はタワーシールドを隙間なくピタリと並べてそれを防いだ。そして…そのままどんどん前進して行き、タワーシールドで騎士兵団のタワーシールドにぶつかっていった。約20平方mという狭い場所で両軍合わせて約1000の兵士が入り乱れる混戦となった。

 結果は…槍の専門職ランサーを擁したイェルマ軍に軍配が上がった。

 タワーシールドの隙間から繰り出された強烈な槍のひと突きがエステリック軍のタワーシールドの布陣を突き崩し、敵の陣形を乱していった。そして、逃げていく敵の背後に投擲スキル「スピア」を浴びせた。

 混戦状態の戦場では、それぞれの職種で使いやすいスキル、使いにくいスキルがある。剣士職が多いエステリック王国騎士兵団にとって、剣士の「疾風」や「遠当て」のスキルは味方が邪魔となって接近戦では使いにくく、また、イェルマ軍の戦士職や武闘家職の「ウォークライ」や「震脚」も味方を巻き添いにする範囲スキルなので使いにくい。そこにいくと、ランサーの「ストライク」や「スピア」は非常に有効なスキルなのだ。

 キールは敗走する騎士兵団に混じって、イェルマ橋を渡りイェルマ軍から何とか逃げおおせた。

 イェルマ軍はそのまま1.5kmを進み、イェルマ回廊出口までやって来た。すると、イェルマ橋の向こう側に十数人の敵の魔導士の姿があった。

 咄嗟にフレデリカは叫んだ。

「撤退…10m撤退せよっ‼︎」

 イェルマ軍は回廊の中を魔法攻撃の射程から急いで退いた。もしそのまま進んでいたら、敵の魔導士たちの魔法攻撃で狙い撃ちされて全滅していただろう。

 イェルマ回廊のような狭い場所で魔法攻撃を行うと味方にも被害が及ぶ場合がある…特に「ファイヤーボール」などを使おうものなら、敵味方関係なく蒸し焼きになって酸欠で全滅してしまう。よって、イェルマ軍は魔導士を連れて来ていなかった。

 イェルマ回廊の入り口では城門前広場に布陣しているイェルマ軍は優勢になるが、出口ではそれが逆となって、コッペリ村を占領しているエステリック軍が優勢となる。

 イェルマ回廊出口で、イェルマ軍とエステリック軍は睨み合った。

 その夜、全ての仲間を失ったキールはコッペリ村の駐留地から逃亡した。

(くそっ、将軍の子飼いになんかなるんじゃなかった…!)

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