五百三十五章 ボタンとアルフォンス その4
五百三十五章 ボタンとアルフォンス その4
夜九時を過ぎて、ボタンは祭事館から中広場に降りて炊き出しの列に並んだ。
「えっ、ボタン様…どうして炊き出しに…?」
「いや、私はもう済ませている。友人に夕飯を持って行くんだ、肉多めで頼む。」
ボタンは豚汁を受け取ると、北の三段目の食堂でお酒を調達して、アルフォンスのいる泉へと向かった。
泉に着くと、ランタンの光の中、ボタンは泉で沐浴をしている男を発見した。
「やぁ、アルフォンス。水浴びかい?」
「おおっ、ボタンか。」
アルフォンスは泉から出ると体を拭い、服を着た。
「アルフォンス、晩飯は食べたかい?豚汁と酒を持って来たぞ。」
「ありがとう…だが、さっきマルガレッタが持ってきてくれてな…」
「そ…そうか。」
残念そうなボタンの表情を見て…アルフォンスは改めて言った。
「いや…まだ腹に入りそうだ。それも貰おうかな。」
「そうか!」
アルフォンスは肉多めの豚汁を受け取ると、口に掻き込んで…それをお酒で胃袋に流し込んだ。
「うぷっ…美味かった…!」
ちびちびとお酒を飲んでいるアルフォンスの横に、ボタンは笑顔で座った。
「うむ…今日は顔色がいいな。戦況が良い方向に転がったかな?」
「おお、よく分かったな。だが…まだ敵は全面撤退した訳じゃない。」
「ふふふ…女王様は大変だな。」
「そうなんだよ、全く…その通りだ。あはははは…」
しばらく二人は沈黙して、気まずい空気が漂った。
ボタンが慌てて切り出した。
「そ…そうだ、えっと…『居合い』を見てくれ…!ほら、この前教えてくれたヤツだ…」
「ああ、いいぞ。」
ボタンは立ち上がって、腰を低くして腰の「ドウタヌキ」に手を掛けると…気合もろともにそれを引き抜いた。アルフォンスは座ったまま、暗闇の中でボタンの「居合い」を見ていた。アルフォンスには「ドウタヌキ」の風切り音だけで、ボタンの所作の正確さが判った。
「うむ、良いな。形はできたと思う。あとは反復練習のみだな。」
「…だったら、新しい剣技を教えてくれ。」
「新しいのかぁ…うぅ〜〜ん…」
アルフォンスはポンと膝を叩いた。そして、ランタンをボタンの近くの地面に置いた。
「以前、見せたことがあるよな…」
そう言うと、アルフォンスは自分の愛刀「ヒコシロウサダムネ」を抜いて一連の剣技をやって見せた。
「この…最後の「八の型」をよく見てくれ…」
アリフォンスは右足を踏み込んで右肩から脇差しを袈裟掛けに切り込むと、すぐに左足を踏み込んで脇差しをそのまま袈裟に斬り上げた。
ボタンは言った。
「…連続技か。」
「うむ、この連続技は熟練すると…『燕返し』と呼ばれて、必殺技にしている者もいる。」
「えっ…必殺技⁉︎…これが?」
「ちょっと、『ドウタヌキ』を貸してくれ。」
アルフォンスは「ドウタヌキ」を受け取ると、地面の小枝を拾ってボタンに渡した。
「これを俺に向かって投げてみてくれ、ぶつけるつもりで思いっきり。」
「分かった。」
アルフォンスが「ドウタヌキ」を右の肩口に置いて剣先を天に向け、八相の構えをとった。するとボタンが小枝をアルフォンスに投げつけた。
アルフォンスは小枝に反応して右足を踏み込み、右袈裟でその小枝を斬った。次の瞬間、アルフォンスは右と左の脚を瞬時に入れ替えて…返す刀で半分になってまだ空中にある小枝を斬り上げてさらに半分にした。
「うおっ…‼︎」
驚いているボタンにアルフォンスは「ドウタヌキ」を返した。
「どうだ…燕が初太刀を躱して軌道を変えたとしても、返しの太刀で斬る…故に『燕返し』と言う。ただし…それなりの身体能力、反射神経、正確な太刀筋が要求されるがな…。」
「…やるっ!アルフォンス、教えてくれっ‼︎」
「分かった分かった…」
アルフォンスは「八の型」を何度もやって見せ、その後ボタンの動作や姿勢を細かく正した。
「居合いの時も言ったが…初めはゆっくり正確に、そしてひたすら反復練習だ。刀は片刃剣だから、切り返しの時に刃の向きを上にしないといけない…うんうん、刀の切り返しはうまいな、さすがだ。」
ボタンはアルフォンスに褒められて嬉しかった。ボタンはアルフォンスと一緒にいることに心地良さを感じていた。
剣士房でも「極東の国の刀」を使うボタンは異色で、みんなで剣の話で盛り上がる事がなかなかない。
しかし、アルフォンスはボタンですら知らない刀の知識を豊富に持っていて、ボタンの興味や探究心を大いに刺激してくれる。そして…こうして会う度に、アルフォンスが剣の達人だというのを肌で感じて…尊敬にも似た「好意」がボタンの中に芽生えて来ていた。
泉で汗を流し、鳳凰宮の自分の部屋に戻って来たボタンに、タチアナは言った。
「遅いお帰りで…一体、夜にどこへ行かれているのですか?」
「うん、ストレス解消だ…」
「…おひとりで?」
「う…うるさいなぁ。皆まで聞かないでくれ。」
「…。」
嘘がつけないボタンだった。




