五百三十三章 中広場の死闘 その3
五百三十三章 中広場の死闘 その3
ボタンとヴィオレッタは300の加勢を得て歓喜の声を上げた。
「おおっ…リザードマンが来てくれたっ‼︎」
オリヴィアが叫んだ。
「…遅いじゃんかぁ〜〜っ‼︎」
土砂降りの雨の中で突っ込んで来る無数の黒い影に気づいたエステリックの魔導士たちは、敵と認識してリザードマンの群れに向かって「ファイヤーボール」を放った。
だが、豪雨で「ファイヤーボール」の威力が削がれた事に相まって…リザードマンは火への耐性が高く、その上外皮が非常に硬いため…直撃を食らったリザードマンですらも死には至らず…敵陣営直前で直立歩行になると、リザードマンの群れはエステリック軍のタワーシールドに激しくぶつかっていった。
まるで高機動のファランクスのような体重のあるリザードマンの体当たりで…騎士兵団は押し込まれ、タワーシールドの防衛線の一部に穴が空いた。そこへ、リザードマンたちはどんどん、どんどん楔のように食い込んでいった。
騎士兵たちがロングソードで攻撃するも、硬い外皮は鋼の剣を弾き、リザードマンたちは騎士兵たちを力任せに押し倒しながら直進した。
エステリック軍の魔導士たちは、リザードマンを「ファイヤーボール」が通じない怪物と早合点して、迫り来るリザードマンに恐れをなし…我先にとイェルマ回廊の方向に逃げ出した。
それを見たボタンはすぐに全軍突撃の命令を発した。戦況が一変した。
「よっしゃあぁ〜〜っ!全殺しじゃあぁ〜〜っ‼︎」
イェルマ軍は活気を取り戻し、全力でリザードマンの後方に詰めかけた。
この機を逃してはならない!…ヴィオレッタは思い立って、城壁の上に躍り出た。
(3分くらいなら…何とか…!)
「セレスティシア殿、どうされた…そこは危ないっ!」
ボタンの言葉にヴィオレッタは応えず、その代わりにポケットから黒いストールを引っ張り出し…神代語の呪文を唱え始めた。
「%#=@<>?=&#&>@#$@#&==?+*&$#@…‼︎(創造神ジグルマリオンの名において命じる…風の精霊シルフィよ、大軍勢を率いて布陣せよ、しかして風の軍神を召喚せよ!疾風の翼に暴風の軍靴、竜巻の鎧に風龍の矛…天空の空にて怨敵を引き裂く者…その名はバルキリー‼︎)」
ヴィオレッタの黒いストールに風の妖精シルフィが集い、大きな塊となった。それは六体に分裂して…各々、銀色の鎧を纏った女兵士となった。
「&>@#$@、#&==?+*&$?=&#&>@#…&==?+*&$#%#=@<>?=&#&>@#$@#&==?+!(バルキリーたちよ、どんな方法を使っても良いので…前方150mにある木造の物体を粉々に破壊してくださいっ!)」
ヴィオレッタの命令を受けて、六体のバルキリーは投石機目掛けて高速で宙を飛んだ。
空中を飛ぶバルキリーを見た投石機の護衛の騎士兵たちは非常に驚いたが…投石機を護るために彼女たちに弓を射掛けた。しかし、騎士兵の矢はバルキリーたちをすり抜け、空の果てに消えていった。
バルキリーに実体はない。実は…ヴィオレッタの黒いストールを内在した一体のバルキリーをうまく倒す事ができれば六体全部を倒すことができる。しかし、そんな事を露とも知らない兵士たちは闇雲にバルキリーたちを無駄に攻撃した。
バルキリーたちは空中を高速移動しながら…一体が無詠唱で「ウインドカッター」を投石機に向かって放った。騎士兵たちはタワーシールドで防いだが、高い位置からの攻撃で「ウインドカッター」の全てを防ぎ切ることはできなかった。
別の一体が雨粒を捉えて「リキッドボルト」を射った。別のバルキリーは雨粒を集めて凍らせ「アイシクルスピア」を放った。バルキリーたちは風の魔法、そして雨水を利用して風と水の魔法の波状攻撃を投石機に向かって敢行した。バルキリーたちはヴィオレッタの命令を忠実に守り…敵兵は攻撃せず、木造の投石機だけを攻撃した。
攻撃を受けた投石機は…土台、車輪、アームがズタズタに切り刻まれ…崩れるようにして倒壊した。すると…バルキリーたちは突然、空中でふっと消え去った。
「…セレスティシア殿っ‼︎」
城壁の上で突然倒れ込んだヴィオレッタにボタンが駆け寄って、抱き上げた。
ヴィオレッタは小さな声で言った。
「…中位格のバルキリー…何とか3分くらい保たせましたぁ…はぁっ…」
そう言って、ヴィオレッタは魔力を喪失して気を失った。
「セレスティシア殿ぉ…ありがとう、ありがとう…!」
ボタンはヴィオレッタを抱いたまま、命令を下した。
「投石の憂いは無くなった…全軍、城門を奪還せよっ!そして、敵をひとりも生かして還すなっ‼︎」
勢いづいたイェルマ軍は騎士兵団に押し寄せた。
タワーシールドの列に食い込んだリザードマンの背中によじ登って、何人ものイェルメイドたちがタワーシールドを越えて敵陣に雪崩れ込んでいった。
オリヴィアはケイトに向かって言った。
「ケイト、あたしたちも行くよっ!」
「おうっ!」
オリヴィアが騎士兵のタワーシールドをマークⅡの砂蟲の歯でズタズタに切り裂いて血路を開くと、ケイトをはじめとするイェルメイドたちが殺到して騎士兵たちを斧や槍で倒していった。
混戦になれば、兵士の個々の戦力や技能が物を言う…圧倒的なイェルメイドの戦力と獣人族のパワーの前に騎士兵団はことごとく瓦解し、イェルマ軍は城門の奪還に成功した。
城門を奪還したイェルマ軍はボタンの指示で、エステリック軍の騎士兵団が持っていたタワーシールドをリザードマンたちに装備させ、150のリザードマンを城門跡に並ばせた。残り150は交代要員だ。物理攻撃にも魔法攻撃にも強いリザードマンの軍勢で鉄壁の防衛線を築いた。
投石器の脅威が無くなったので城壁の上に再びアーチャーを配置し、また再度投石機を持ち込ませないように、イェルマ回廊入り口にもフレデリカ師範率いる三個大体を配置した。その中には…この戦争で初めて参加する斥候職の一個中隊があった。
斥候職は今回のような大掛かりな兵隊運用を伴う戦闘では出番がない。しかし、あまりにも兵士の損耗が大きかったため…動ける兵士は何であろうと投入せざるを得なくなったのである。
日が落ちると雨は止んで、それと共に夜の帳がイェルマ渓谷を覆った。
イェルマ城門中広場にたくさんのかがり火が灯され、イェルメイドたちはぐったりとして束の間の休息を貪っていた。
オリヴィアがリザードマンの族長ジャンダルを捕まえて責め立てていた。
「ねぇねぇ、アンタたち…今まで何してたのぉ〜〜?犬と猫はとっくに到着して頑張ってくれたのにさぁ…」
「…申し訳ござらん…。我らは変温動物ゆえ…この夏の日中を長時間移動すると、体温が上がってしまって動けなくなるのでござる…。イェルマ中央通りは開けており、日差しを遮る陰がござらん故…予想以上に時間が掛かってしまった次第…」
「えええぇ〜〜っ!じゃさ…雨が降ったから、辿り着けたって訳ぇ?…雨が降ってなかったら…イェルマ、全滅してたかもじゃんっ⁉︎」
まさに、綱渡りのような勝利だった。
このイェルマ城門中広場の戦いで、エステリック軍の死者は3884人…イェルマ軍の死者は578人だった。




