五百三十二章 中広場の死闘 その2
五百三十二章 中広場の死闘 その2
コッペリ村の入り口付近の処刑台には、前の3体に加えて…新しい11体の義勇兵の骸がぶら下がっていた。
カイルたちエステリック軍の幕僚たちはキャシィズカフェで昼食後のハーブティーを飲んでいた。
ひとりの騎士兵がキャシィズカフェに飛び込んで来た。
「戦況報告!…我が軍はイェルマ城内への侵入に成功しました。目下、イェルマ軍と交戦中であります!」
伝令の報告を聞いて、カイルはほくそ笑んだ。
「ふふふ…もしかしたら、この戦いで決着がつくかもしれない…。友軍の数が減ったら、コッペリ村の騎士兵、義勇兵も随時投入していってください。」
レンブラント将軍が言った。
「カイル君、我が軍は優勢なのか?」
「はい。現在、こちらの損耗は1708、向こうは517…だいたい3.5対1で良好に推移しています。スパイの報告ではイェルマの人口は約9000、その中で戦闘員は約5000。多分、イェルマ軍は死者と負傷者で、実際に戦える者は4000人くらいでしょう。今回の戦闘で、こちらは4000を投入する予定です…頼みの城門がない状態で4000対4000、勝てるんじゃないですか?」
「ははは、そうだな…いざとなったらラクスマンとティアークにも援軍を頼めるし、何とかなるか。」
カイルはイェルマに潜り込ませているスパイの情報と、これまでの同盟国軍の戦争の文献や資料を紐解き…攻城戦という事もあって、イェルマ軍の戦力をエステリック軍の「四倍」と分析していた。
つまり…イェルマ軍5000に対し、友軍を20000投入すれば勝てるという事だ。味方がひとり死んだ時に、敵の死体が四つあれば…それは戦況は良好に推移していることを示す。これがカイル参謀が今回の大侵攻作戦の軸としている「キルレシオ」の考え方だ。
伝令が言った。
「参謀閣下、投石器によるこちらの被害が甚大です…投石を中止してはもらえませんか…?」
「…続けますよ。投石を止めたら、敵は再び城壁に登ってしまう…そうなれば、我が軍は弓と魔法で狙い撃ちされてしまうでしょう?」
「…。」
キャシィがやって来て、ニコニコしながら言った。
「ハーブティーのおかわりはいかがですかぁ〜〜?」
イェルマ城門中広場での死闘は日が傾いた午後四時になっても続いていた。戦闘が開始されてもう五時間が経過していた。
ジェニは北の一段目にいて矢を射っていた。
「クレア、矢がなくなったぁ…もっと持って来てぇ〜〜っ!」
「班長、もう矢がありませぇ〜〜ん!」
「えええぇ〜〜っ!」
ジェニがあたりを見回すと、スキルの使いずぎでその場でうずくまっているアーチャーが何人もいた。そばに「ヒール」担当の魔導士もいたが…その魔導士も魔力切れで胡座を掻いて瞑想をしていた。
アルテミスが叫んだ。
「スキルを使うなっ!…一本一本、確実に敵に当てていけっ‼︎」
中広場では、イェルメイドの負傷者が続出していた。
「おいっ…誰か、こいつを祭事館へ連れて行ってくれ…!」
「出血が酷い…こいつも頼むっ!」
戦闘に参加していた練兵部のOGたちは手斧やショートソードを持って、敵を排除しながら随時、負傷者を担いで南の一段目の祭事館に運んだ。彼女たちは積極的には戦闘に参加せず、負傷者の搬出と武器の補充を担っていた。彼女たちも中広場と祭事館を何往復もしていて…腰をさすって疲労の色を隠せなかった。
祭事館も中広場と同じくらいにパニック状態だった。どんどん運ばれて来る負傷者を捌き切れずにいた。
「クラウディアさん、トリアージお願いしますっ!出血の酷い人、毒矢を受けた人最優先でっ‼︎」
「左腕を落とされた人がいます…どうしましょうっ⁉︎」
「ううっ…とりあえず布で縛って止血、増血剤を飲ませてしばらく待ってもらってっ!」
神官見習いの少女たちが叫んだ。
「きゃっ…内臓が…」
アナは目を閉じて…それから言った。
「…その患者にはケシの汁を飲ませて…祭事館の隅に…。」
クラウディアは腹に腸を戻してサラシで巻くと、服飾部門の女たちにそのように指示した…残念ながら彼女を救う事はできない…。
今の状況では時間の掛かる「手術」はできない。アナは「神の回帰の息吹き」で瞬時に治る負傷者を優先させた。そして…復活したイェルメイドたちを再び戦場へ送り出すのである。
あまりにも負傷者が多かったので、アナとセイラムは手分けして、別々に行動していた。セイラムもアナから学んで、病状によって「神の回帰の息吹き」と「神の処方箋」を使い分ける事ができるほどに成長していた。
アナが突然倒れた。それを見たセイラムは慌ててアナのもとに駆けつけた。
「アナァ〜〜…大丈夫ぅ〜〜?」
「ああ…セイラムちゃん…。魔力が底を突いたみたい…しばらく、『魔力共有』をお願い…。」
セイラムはすぐにアナの手を握った。
その頃、中広場では殆どの義勇兵が倒れて…イェルメイドたちは少しずつ、城門奪還のため騎士兵団が作った城門の敵陣営に迫っていた。
ボタンの指示で、投石が続く中広場の中央を避け…左右に隊を分けて、義勇兵を掃討しつつ騎士兵団に近づいていった。
しかし…イェルメイドたちはすでに疲労困憊していた。約3000の義勇兵は葬ったものの、まだ約1000の騎士兵団が手付かずのままで残っている。
北の三段目で戦況を見ていたボタンはヴィオレッタに言った。
「ううう…義勇兵どもは片付いたようだが、これからだな…。タワーシールドと金属鎧を装備した騎士兵団…これを排除できるだろうか?」
「こちらはまともに動けるのは約1000くらいでしょうか…難しいかも。向こうには魔導士もいますし…。」
すると…空からポツポツと雨が降って来た。そして、次第に雨足は強くなっていった。
ボタンは狂喜して言った。
「これは…疲弊した我が軍にとっては、恵みの雨に違いないっ!」
「…そうですね…。」
ヴィオレッタはボタンの言葉を肯定はしたものの、その反面、気休めだ…とも思った。確かに、働き詰めで火照った兵士たちの体を雨は一時的には冷やしてくれるだろうが、戦況の劣勢は変わりはしない。
その時、敵軍の「ファイヤーボール」がイェルマ軍の左右の隊に放たれた。
ドオォ〜〜ンッ!
「キャイィ〜〜ンッ…!」
「フギャアァァ…!」
ウェアウルフとケットシーの断末魔の叫びがイェルマ渓谷に響いた。体力が残っている獣人族はイェルメイドに先んじて左右の隊の先頭を進んでいたので、敵の「ファイヤーボール」の餌食になってしまったのだ。
直撃を受けた獣人は…やはり即死、そばにいた者たちは炎の飛沫を浴びて重傷を負った。獣人族は多少の魔法抵抗を持っているとは言え…深い痛手は免れ得ない。
隊の後方にいたイェルマの魔導士たちがエステリック軍に「サンダーボルト」の魔法を撃った。幾筋もの雷光が曇天の空から降ってきて、エステリック軍の騎士兵の頭上に落ちた。
バキバキバキィ〜〜ッ!
騎士兵たちもまたバタバタと倒れていった。お互い…魔法攻撃による兵士の削り合いとなった。
ヴィオレッタが叫んだ。
「まずいっ…隊を後退させてくださいっ!これじゃ、相手の思う壺です…こっちはもう兵士の補充が効かない、あっちはいくらでも補充が効くから全滅覚悟でやってるんですっ‼︎」
ボタンはハッとして、すぐに全軍後退を伝令の魔導士に指示した。
イェルマ軍は撤退を始めた。「ファイヤーボール」を被弾して負傷したウェアウルフやケットシーを雨が降って泥濘んだ地面を引き摺りながら、イェルマ軍は「ファイヤーボール」の射程外に逃げていった。
「うちの仲間がぁ〜〜っ!こ…こんにゃろめぇ〜〜っ‼︎」
「…大事した…ほんなこつ、大事してしもたぁ…‼︎」
族長のタビサとネビライは多くの仲間を失った事に非常に憤慨していた。
夕立ちだった。雨は強さを増し、土砂降りとなった。雨のために視界が悪くなり…両軍ともに膠着状態に陥った。
その時だった。豪雨で水煙が立ち上がるイェルマ中央通りを…四足歩行の巨大なトカゲの群れがもの凄い速さでイェルマ城門中広場に突入してきた。300近いリザードマンの援軍だった。
リザードマンたちは泥濘んだ中広場を水を得た魚のように…泳ぐように城門そばのエステリック軍の陣営にまっしぐらに突き進んだ。
族長のジャンダルが叫んだ。
「リザードマンのジャンダル…遅ればせながら、ここに見参ぁ〜〜んっ‼︎」




