五百三十章 雑話 その12
五百三十章 雑話 その12
オリヴィアは森の中で熊さんと出会った。
熊はオリヴィアを見ると、後ろ足二本で立ち上がり両前足を高々と掲げて威嚇行動をした。
オリヴィアはちょうどその時、枴の猛特訓中だった。
(おっ、手頃な奴が現れてくれた。実験台になってもらおっと!)
二本の木の棒を携えて、不気味な笑みを浮かべて近づいて来るオリヴィアに…熊は違和感を覚えた。
(あれれ…おかしいな。俺は「熊」だよな、この辺りじゃ食物連鎖の頂点のはずなんだが…何でこの人間は俺を怖がらないんだ?)
オリヴィアが近づいてくると、熊の鼻に嗅ぎ覚えのある匂いがしてきて、熊の脳裏に忌まわしい記憶が蘇ってきた。
(げげっ!コイツ…俺のオスの「尊厳」を足蹴にしたあの女だ…‼︎)
熊は威嚇行動を中断すると、回れ右をしてスタスタとオリヴィアから離れていった。
「こら、待てぃっ!」
呼び止められたが…熊は歩を早めた。だが、オリヴィアは執拗に熊を追い、追いついて熊のお尻を枴でパンパン叩いた。
「ねぇねぇ…あんた、それでも熊ぁ?正々堂々とわたしと戦いなさいよぉ〜〜っ!」
(し…しつこいなぁ…)
腹に据えかねた熊は激怒し、翻ってオリヴィアに向かって右の爪を見舞った。
「そうこなくちゃあぁ〜〜っ!」
オリヴィアはそれをバックステップで躱し、スキルを発動させて枴を構えた。
熊は右と左の爪を滅茶苦茶に振り回した。それを右に左に回避しながら、左右の枴を熊の頭や腹に当てた。
「んん…この攻撃は効いてるのかな?…これはどうかな?こいつ、人の言葉を喋ればいいのにぃ〜〜…。」
オリヴィアの枴の攻撃が熊の鼻面に命中した。熊の鼻に激痛が走った。
「グヒイィィ〜〜ッ!」
熊は戦意を失い、うずくまって丸くなった。
(…強えぇ…やっぱり、この女強えぇ〜〜…絶対、勝てん…!)
丸くなって動かなくなった熊の脇腹あたりをオリヴィアはしきりにつま先で蹴った。
「おぉ〜〜い、何やってんのぉ〜〜?掛かって来なさいよぉ…それじゃ、実験台にならないでしょう⁉︎」
オリヴィアに凄まれて…熊は最後の手段を取った。
熊はゴロンと仰向けになりお腹を見せて、両手両足を広げてバンザイをした。そして、右前足をクイックイッと曲げたり伸ばしたりしておどけて見せた…全面降伏の姿勢である。
「うわっ…お前、雑魚か…根性なしかっ!」
オリヴィアは熊のそばにしゃがみ込んで、枴の先っぽで熊の腹をツンツンと突いた。熊はもうなすがままで、必死にオリヴィアの陵辱に耐えていた。オリヴィアの枴の先っぽは次第に下半身に下りていって…最後には、オリヴィアは熊の「尊厳」界隈を枴の先っぽで弄んだ。
「…貧弱なペニスねぇ…ありゃん?おいおい…お前のキン○マ、一個しかないよ?」
(…アンタが潰したんでしょ。)
オリヴィアは一生懸命、右手の指を使ってもう一個を見つけようと界隈を探った。
(んん…ちょっと気持ち良いかも…。)
オリヴィアが指を動かすのを止めると、熊はクイックイッと右手を曲げた。それを見てオリヴィアは再び指を動かした。
これをもって…オリヴィアと熊は和解した。
ヘイダルとケットシーの少女レンレンは、「ミャウポート」から北東の方角に向かって走っていた。
ヘイダルは息を切らせなが言った。
「はぁっ、はぁっ…だいぶ来たよね、『ソーラスバレー』にはまだ着かないの?」
「もちょい、もちょい。」
レンレンは四つ足で走って、ヘイダルと違って少しも疲れた様子を見せなかった。
やがて、砂っぽい地肌にポツポツと雑草が散見されるようになり、目の前には大きな山陰が立ち塞がった。地面はゴツゴツとした岩肌になって次第に傾斜していった。
「あれ、俺たち…登ってる?」
ヘイダルの問いにレンレンは答えた。
「トカゲさんたちは山の麓の川の側に住んどるけぇねぇ。」
「…川、川があるの?」
どんどん傾斜を登っていくと、ヘイダルは空気に湿めり気を感じた。地面の岩肌には至る所にチョロチョロと流れる細い清水があり、それは登るにつれて大きな水の流れに収束されていき、そしてそれがさらに収束されて…ヘイダルの眼前に幅5mくらいの川が現れた。
「あっ、ホントにあった。これが『川』かぁ…初めて見た!」
「この辺はもう…トカゲさんの国、『ソーラスバレー』よ。」
ヘイダルは生まれも育ちも砂漠の町マーラントだったので、水が湧き出て溜まって出来るオアシスは見たことはあるけれど、水が流れて出来る「川」を見るのは初めてだった。
すると…
「曲者、名を名乗れっ!」
ヘイダルとレンレンは一匹のリザードマンに見咎められた。リザードマンは槍を携えており、巡回兵だと思われた。
ヘイダルはリザードマンを初めて見て驚嘆した。白い蛇腹にテカテカと鈍く光る黒い鱗、手足は短いが人間のように指が五本あって、頭部はトカゲそのものだった。
レンレンが言った。
「トカゲさん、トカゲさん、うちらは怪しいモンちゃう。見たら判るやろ、うちはケットシー…『ミャウポート』から来たそいね。ゾクチョのジャンダルさんとこに連れてってぇね。教えにゃいけん事があるんやけぇ。」
「そっちの童は…ケットシーの『ライカンスロープ』か?」
「ちゃうちゃう、この子はうちのゾクチョが預かってる人間の子供やん。」
「承知仕った。我に続くが良いぞ。」
三人は、リザードマン族の母なる川、「クビナガ川」の川縁をどんどん遡上していった。
ヘイダルとレンレンは少しイライラした。なぜかと言うと、こっちは急いでいるのに二人を引率するリザードマンは地面を踏みしめてゆっくりゆっくりと歩いていたからだ。
レンレンはキレ気味に言った。
「うにゃあぁ〜〜…うちら急いどるんやけど!」
「…許されよ。我々は重い故に、二足歩行の時はこれが精一杯でござる。」
「イェルマから『助けてぇ〜〜』って狼煙が上がったんよ、早よぅ知らせんと!」
「何っ!それは一大事…」
リザードマンは槍を放り出して腹這いになり、四足歩行で走り出した。
(最初からそれで行けぇや…トカゲさんは足も鈍いけど、頭も鈍いねぇ…。)
レンレンはそう思ったけれど…口には出さなかった。
クビナガ川をどんどん遡上していくと、川は大きな湖の様相を呈して、湖のほとりで投網をして、網に掛かった魚を銛で突いているリザードマンの一群がいた。この湖はクビナガ川の名前の由来、「首長竜」の胴体部分に当たる。
ヘイダルたちを引率していたリザードマンは彼らに叫んだ。
「一大事でござるっ!イェルマから『援軍要請』がござった、至急族長の元に集まるよう仲間に呼集を掛けてもらいたいっ‼︎」
リザードマンたちは途中で仲間たちに声を掛けながら、大挙して族長ジャンダルのいる上流を目指した。
クビナガ川の胴体から伸びた尻尾にあたる川をみんなはさらに遡上していくと滝が見えてきて、その滝壺の回りに十数匹のリザードマンが屯していた。ここが族長ジャンダルがいるソーラスバレーの村である。
「むっ、そこもとらは如何した?」
「族長、イェルマが救援を求めておりまするっ!」
「何と申した⁉︎」
「イェルマから『救援要請』の狼煙が上がって…それでこの童たちが伝令としてやって来たのでござるっ!『犬』と『猫』はすでに出発したそうな…。」
「むむっ、遅れを取ってはならん、我らもすぐに支度をして救援に向かおうぞっ!」
ジャンダルはリザードマン族に号令を発した。
ジャンダルはヘイダルとレンレンに言った。
「童よ、伝令ご苦労であった。しばし、我らが村に逗留し、疲れを癒すが良かろう。」
そう言って、ジャンダルはある方向を指差した。その方向には焚き火があり、リザードマンのメスや子供たちが串に刺した焼き魚を食べていた。
それを見たレンレンはニャアニャア言いながら、そっちの方向に四つ足で駆けて行った。ヘイダルもお腹が空いていたのでそれに追從した。
二人が焼き魚にありついて、焼き立てホカホカの肉にかぶりついているそばで、ジャンダルたち大人のオスは背中に槍をくくり付けて四足歩行で川縁を下っていった。
焼き魚をたらふく食べたヘイダルとレンレンは…
「ふぇ〜〜…食った食った。トカゲのおばちゃん、お水を頂戴…」
すると、メスのリザードマンはお客用のキイチゴのジュースを持ってきた。リザードマン族は基本的には肉食なので、本当にお客用だ。
レンレンはキイチゴのジュースをゴクゴクと飲んで言った。
「うみゃぁ〜〜っ!今度、うちでも作っちゃろっ!」
ヘイダルとレンレンがキイチゴのジュースを飲んでいると、リザードマンの子供たちが珍しい物見たさに二人の足元に集まって来た。
「草の汁…それ、美味しいゴザル?」
「どっから来たゴザル?」
「二本足…大人でゴザル?」
リザードマンの子供たちはまだ足腰が弱くてみんな直立歩行ができない。
「にゃはははははっ…ゴザルゴザルって、あんたたち面白いねぇっ!」
「泊まって行くゴザル、泊まって行くゴザル!」
そう言えば、もう日は暮れそうで、今からミャウポートに帰ると深夜になってしまう。二人はメスのリザードマンの方をチラリと見た。
「大したおもてなしはできませぬが、よろしければひと晩お泊まりなさいまし。」
レンレンは叫んだ。
「泊まるぅ〜〜っ!」
ソーラスバレーに夜の帳が下りて、夜空は満天の星を湛えていたが…村自体は真っ暗で、人間のヘイダルは用意してもらった毛皮の毛布の上から動けずにいた。
そんなヘイダルを尻目に、レンレンとリザードマンの子供たちはニャアニャア言って遊んでいた。ケットシーもリザードマンも夜目が利く。特に、変温動物のリザードマンの子供たちは涼しくなった夜は動きが活発になるのである。
歯のない口で噛んでくるリザードマンの子供たちをレンレンはさっと掴んで、次から次へと裏返しにしていた。ジタバタして元に戻った子供たちはまたレンレンを噛みに行き…それをレンレンがまたひっくり返していった。リザードマンの子供たちには面白いようだった。
真っ暗の闇で怖くて動けないヘイダルは言った。
「ねぇ、レンレン…そろそろ寝ようよ。」
「…んねぇ〜〜。このガキンチョたちが全然止めんけぇ…」
すると、リザードマンの子供の一匹が言った。
「ねぇねぇ、猫のお姉ちゃん…キラキラ池に行こうゴザル!」
「キラキラ池ぇ?」
「キラキラして綺麗な池ゴザル!」
「よしゃ、行こうやっ!」
えええ、こんな夜にどこ行くのぉ?…と呆れ顔のヘイダルの腕を掴んだレンレンは、ケットシーの持ち前の腕力で、有無も言わさずヘイダルをズルズルと引き摺っていった。
「うわっ…ちょっと!…俺、何も見えないから…‼︎」
「大丈夫っちゃ!こんまま引っ張って行くけぇっ‼︎」
みんなはニャアニャア、ゴザルゴザル言いながら真っ暗な夜道をしばらく歩いた。すると、大きな池が見えてきて、レンレンはヘイダルの腕を掴んだまま加速したので、ヘイダルはものの見事に転けた。
「あてててぇっ…!」
レンレンから謝罪の言葉はなく、レンレンは口をポカンと開けて池の方をじっと見つめていた。それで、ヘイダルも池の方に視線を向けてみると…
「わっ…何だ、アレッ⁉︎」
天空には満天の星、そしてそれを映し込んで池の中にも満天の星があった。
レンレンが叫んだ。
「んにゃあぁ〜〜っ!お星さまじゃ…全部お星さまじゃっ‼︎あっちにもこっちにもお星さまがいっぱいじゃぁ〜〜っ‼︎」
すると…不思議なことに星のひとつがレンレンの方にゆらゆらと不規則な動きをして近づいてきた。レンレンが興奮してその星に飛びつくと…星はするりと抜けて点滅しながら空を登っていった。
「星が動いた…何で?」
ヘイダルの疑問をよそに、レンレンは近づいて来るたくさんの星に飛びついては失敗して、リザードマンの子供達に笑われていた。
ヘイダルが近づいてくる星をそっと捕まえてみると…それはホタルだった。
「えええ…虫だったのかぁ。この虫、お尻が光るんだぁ…。」
リザードマンの子供が言った。
「キラキラ池はねぇ…お魚がいないからねぇ、この時期は光る虫でいっぱいになるんだよぉ…ゴザル。」
「そうなんだぁ…うん、確かに綺麗だね。」
夜目の利かないヘイダルの目には空の星と池の水面の星の間の境は不明瞭で…まるで黒地に大小の白い点をまぶした一枚絵を見ているかのようだった。そして、その一枚絵の中を生きた星たちが美しい軌跡を描いて飛んでいた。
実は、夜目の利くレンレンとリザードマンの子供たちはヘイダルとはまた違った光景…池の水面に天空の星よりももっとたくさんの星の煌めきを見ていた。レンレンは池の中にもホタルがいるのに気づいて無我夢中で池の畔の水面を爪で掬っていた。この池は非常に古い池で、水の妖精「ミズホタル」の棲息地でもあった。




