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戦乙女イェルメイド  作者: 丸ごと湿気る
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五百二十五章 逃亡兵

五百二十五章 逃亡兵


 イェルマ回廊から数多くのエステリック王国騎士兵たちがコッペリ村に逃げ帰って来た。半分以上が負傷していて、中には村に入った途端倒れ込む者もいた。

 それを見ていた待機中の義勇兵たちは疑問を持った。

(…騎士兵だけか?倍以上の義勇兵も参戦したはずだ…どうして義勇兵は戻って来ないんだ?)

 かなりの時間を置いて…義勇兵たちも帰還してきた。しかし、その数は本当に数えるほどで、彼らは仲間の介抱を受けながら…戦闘の様子を語った。

「ひ…酷い戦いだった。義勇兵が何百人も死んだ…騎士兵は俺たちを肉の壁に使ってやがる、俺たちは使い捨てだ。相手は女だらけの軍隊なんだが…やたら強いんだ。その中には狼の怪物や猫の怪物も混じってて…もう、無茶苦茶だ…。」

 それを聞いた義勇兵たちは恐れ慄いた。

「騎士兵は、今回の戦争はすぐに終わると言ってたが、ウソだったのか…。」

「ど…どうする?次は俺たちの番だ…生きて帰れないんじゃ…⁉︎ エステリックに残してきた家族がいるんだ、俺はここで死ぬわけにはいかないっ…!」

「…逃げるか?」

「おいおい、『敵前逃亡』は即吊るし首だぞ…!」

「ここにいたって…死ぬのを待ってるようなもんだろっ!」

「…。」


 キャシィズカフェでも、グレイスの養い子たちが反乱を起こしていた。

「ええぇ〜〜っ…今日も雑炊⁉︎…飽きたぁ〜〜…。」

「もっと美味しい晩ご飯が食べたい〜〜!」

 グレイスは言った。

「今はどこもかしこも食べ物がないんだ…節約しないとダメだろう⁉︎」

 子供たちのリーダー格の年長のヘンリーが言った。

「村の人に食べ物配ってるじゃんっ!」

「村のみんなで助け合わないといけないだろう⁉︎」

「助けるの…俺たちばっかりじゃんっ!」

 一番聡明なサシャはどちらの味方もできずに困っていた。

 六歳のジョフリーがポツリと言った。

「…オムライス食べたいなぁ〜〜…。」

 みんなはハッと思い出したかのように顔を見合わせて、子供たちの中でまるで夢遊病が伝染していくかのようにその言葉をつぶやき始めた。

「…オムライス。」

「オムライス…食べたい。」

「…黄色いオムライス、じゅるっ…」

「オムライス、美味しかったなぁ〜〜…!」

「オムライス、オムライスッ!」

「オムライス、オムライス、オムライス、オムライスッ‼︎」

 オムライスコールが巻き起こった。

 フリードランド夫妻が言った。

「グレイスさん…いいじゃないか。子供たちだけでも、たまには贅沢をさせても…。」

「うう〜〜ん、どうしよう…。」

 グレイスはキャシィに振った。キャシィはあっけらかんとして言った。

「まぁ、いいんじゃない?…食べ物が無くなったら、またレンブラント将軍からかすめ取ってきますよぉ〜〜。」

 姉のカリンからその事を伝え聞いたベッキーはニタっと笑って子供たちに親指を立てて見せた。子供たちもそれに応えて一斉に親指を立てた。ベッキーはオムライスの調理に取り掛かった。

 するとそこにレンブラント将軍を筆頭にエステリック軍の幕僚たちがキャシィズカフェにやって来た。

 キャシィが慌てて走った。

「これはこれは、将軍様…今晩はお越しがないのかと思ってましたぁ…。」

「どうしてだ?」

「もの凄い数の兵隊さんが移動していったから…大きな戦争が始まったのかなぁ〜〜、それで将軍様は忙しいのかなぁ〜〜って。」

「なかなか目敏めざといな…まさにその通りである。しかし、忙しいからと言って食事を抜くと判断力が次第に鈍っていってしまう…だから私は戦争中でも三度の食事は欠かさないことにしている。」

「ご…ごもっとも、仰る通りですぅ…!」

 5人の幕僚と5人の護衛が、グレイスの養い子たちを押し退けてキャシィズカフェの厨房のテーブルに着いた。普段は20人でやって来るのだが、今日は半分の10人…忙しいのは確かだ。

 レンブラント将軍は言った。

「忙しいゆえ、今晩は簡単なもので良いぞ。満腹もまた思考を鈍らせるからな。…む?良い匂いがしておるな…」

「ああ、子供たちにせがまれて…ちょっとした賄いを…。」

 子供たちが移動したワイン倉庫の簡易テーブルに、ローラが出来立てのオムライスを運んでいった。

 すると…

「むむっ…⁉︎あの黄色い物体は何だ?」

「あ…あれは、オムライスと言いまして…賄いですよ、子供たちの大好物でして…」

「…美味そうだな、アレを食してみたい。こちらに持ってこい。」

 キャシィの指示で、オムライスを運んでいたローラはきびすを返して厨房に向かった。子供たちは低い唸り声を上げて、がっくりとテーブルにもたれ込んだ。

 将軍はオムライスにスプーンを差し入れて驚いた。

「おお…なるほど。オムレツを薄くして中身を包んでおるのか…面白い。しかし、どんなに贅を尽くし、技巧を駆使しても重要なのは味だ。む、中身は赤色の物体…黄色と赤の対照は素晴らしいが…これは以前にも食べた事があるな。あの時は、小さな塊にして味噌汁なるものに浮かべておったな…」

 キャシィが言った。

「それはお米と申しまして…下々(しもじも)の者が食する穀物でして…」

 それを聞いた他の幕僚たちは苦言を呈して、将軍が食べるのをやめさせようとした。

「愚か者どもめっ!何にでも最初はある…お前たちは魚の卵巣を食べたことがあるか⁉︎羊の脳みそを食べたことがあるか⁉︎…美食の探究に上も下もないっ‼︎」

 そう啖呵を切って、将軍はオムライスをひと匙食べた。

「…トマトベースの味付けだな。つぶつぶとした食感が面白い…だが、その食感を裏切るように…米と言ったか…この穀物は噛むと何の抵抗もなく潰れて柔らかい。少し強めに味付けされた赤い米と味の付いていないオムレツを一緒に食べることで…ちょうど良い塩梅あんばいになる。シンプルだが絶妙である…美味いっ!」

 そこに、ひとりの騎士兵が飛び込んできた。

 すぐにカイルが応対した。

「戦況報告ですね?」

「…投石機による城門破壊は成功いたしました!」

「よくやりました。それで…投石機は?」

「…は、何とか投石機は死守いたしました。ただ…車輪がひとつ潰れてしまいまして…交換するにも予備がありません。」

「壊れていたとしてもあの投石機はまだ使い道があります。この際、車輪を付けなくても構わないので土台だけはしっかり修理してください。固定砲台として使います。」

「…し、しかし、弾丸は四発のみで、もう撃ち果たしてしまいました。あの投石機にはもう用はないのでは…?」

「…弾丸が四発だけという事を敵は知りません。あの投石機があるだけで…敵は投石を恐れて城壁に登れなくなる。それによって、我が軍は城壁のそばまで近づく事ができるでしょう⁉︎」

「…なるほど。」


 深夜、四人の義勇兵が林の中にいた。

「街道はこっちでいいのか?」

「多分な…大きな音を出すなよ。見つかったら縛り首だ。」

 四人は静かに暗闇の林の中を手探りで進んでいった。すると…

「…がっ!」

 後方を着いてきていた男が声を上げた。他の三人が後ろを振り返ると、そこにはいつの間にか現れた皮鎧の男が殿しんがりの男を羽交い絞めにして喉にナイフを突き立てていた。

「お前ら、脱走兵だな?」

 そう問われて、三人は仲間を見捨てて林の中を走った。しかし…暗闇からさらに四人の男たちが彼らの目の前に現れて行く手を遮った。

 キールは言った。

「…逃す訳にはいかん。敵前逃亡を許すと、次々と真似する者が出てくるからな…。」

 先頭の男が思い余って、ショートソードでキールに斬り掛かったが、キールのロングソードで返り討ちに遭い、その場で絶命した。

 それを見ていた他の二人は恐怖でしゃがみ込んで動かなくなった。

 キールの傭兵部隊の斥候たちがコッペリ村周辺を徘徊していたのは、敵策行動ではなく、逃亡兵を捕縛するのが目的だった。

「ひとりは殺してしまったが…残り三人いれば、見せしめには十分だろう。」

 次の日の早朝、コッペリ村の大通りに首がひとつ晒された。そしてさらに急造された木造の踏み台にロープを首に掛けられた三人の男が並んだ。

 宿屋からレンブラント将軍が出てきて淡々と言った。

「…敵前逃亡のとがにより、この者たちを縛り首に処す。…落とせ。」

 底板が落ちて、三人は宙にぶら下がった。

 三人を一瞥すると、レンブラント将軍は何もなかったかのように幕僚たちを引き連れて、朝食を摂るためにキャシィズカフェへと向かった。

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