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戦乙女イェルメイド  作者: 丸ごと湿気る
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五百二十四章 ボタンとアルフォンス その3

五百二十四章 ボタンとアルフォンス その3


 マーゴットを鳳凰宮に帰して、ボタンは護衛のタチアナと共に北の三段目の城壁の階段付近の幕屋にいた。

 ボタンは言った。

「タチアナさん、ちょっと散歩をしてくる…。」

「…お供いたしましょう。」

「子供じゃないんだから…しばらくひとりになりたいのだ。」

「しかし、この状況下で…」

「大丈夫だ。」

 そう言って、ボタンはひとり北の三段目を歩いていった。しばらく歩いて食堂と湯殿を通り過ぎ、泉の近くまで来ると行く手に明かりが見えてきた。

 それはランタンの灯りだった。ランタンの灯りでアルフォンスが愛刀の脇差しを砥石で研いでいた。

「こんばんわ、アルフォンス。」

「おお、ボタンか!」

 ボタンはアルフォンスの側にしゃがみ込んで話し掛けた。

「夕食はもう食べたのか?」

「おう、あの…マルガレッタだったかな…彼女がちゃんと食事を持ってきてくれる。なかなかに良い娘だな。初めて会った時は少々トゲがあったが、仲良くなったら当たりが柔らかくなった…」

(…良い娘…?)

 ボタンは…ちょっとイラッとしたので話題を変えた。

「何をしてるんだ?」

「見ての通り、刀を研いでいるのだ。」

 脇差しを両手で研いでいるアルフォンスの左手の指には四個の指輪が光っていた。

「前々から気にはなっていたのだが…その指輪、悪趣味だな。風体ふうていは冴えないのに指輪だけが燦然と輝いて立派に見えるぞ。」

「悪趣味って…これは神様からの貰い物だぞ⁉︎」

「えっ、神様だって?あははははははっ!」

「…信じてないな?こう見えても俺は十数年前まで『勇者』をやっていて、『第八次人魔大戦』では『勇者軍』を指揮して先頭切って戦っていたのだ。この指輪はその時に神から貰ったのだ。」

「ははは、アルフォンスは今、二度目の人生を送っていて、一度目の時は『極東』の国にいたって言って…今度は『勇者』だったって?私も『勇者』については少し知ってるぞ。剣技を極め、その上スキルをフルコンプリートした剣士だろ…。」

「…それは聖剣のお蔭なのだ。まぁ…信じないのであればそれでも良い、ボタンの好きにするさ。」

「…平べったい石で研いでいるようだが…アルフォンスは、剣を研ぐのに回転砥石は使わないのか?その方が断然早いぞ。」

「そんな事をしたら、せっかくの名刀が台無しになってしまう!」

「…台無し?」

「この脇差しはな…『ヒコシロウサダムネ』と言う。お前の『ドウタヌキムネヒロ』と同じく、『十刃』の『玉鋼』で造られた名刀だ。」

「…十刃…玉鋼?」

「十刃とは…はるか昔に存在した鋼のことだ。鋼はその造り方で強さが変わってくる。十刃は今ではその伝承が途絶えた…失われた鍛造技術で作られた鋼だな。玉鋼、ヴァリリア鋼、ダマスカス鋼、ヒイロカネ、ミスリル合金…他にも五つあるが、眉唾まゆつばな伝承が多くてな、確定しているのは今言った五つだけだな。俺が知っている限りでは…玉鋼は『たたら』という製法を使って造る。炉の中の磁鉄鉱を木炭を燃やして何日も掛けて自然分離させる方法だ。」

「私の母が副業で鍛治職人をやっているから知っているのだが…それは炉の温度が低いから何日も掛かるのでは…コークスは使わないのか?」

「まさにソコだよ。コークスを燃やせば炉は高温なるが…実は、コークスは不純物を含んでいて、それが刀の切れ味を悪くするのだ。偶然なのか、神の采配なのか、極東の国ではコークスの発見製造に至らなかった…その結果、『たたら』製法に辿り着いたのだ…」

「そうなのか…!」

 コークスに含まれる微少な硫黄成分が鋼をもろくする。

「…玉鋼でできた刀は、こうやって目の揃った天然砥石でゆっくり丁寧に研いでやると、刃がカミソリのように鋭利になるのだ。」

「ふむふむ…」

 ボタンはアルフォンスが脇差しを研ぐ様子をしばらくじっと見ていた。

「アルフォンス…」

「何だ?」

「その脇差し…『ヒコシロウサダムネ』を私にくれ。」

「ぶぉっ…何を馬鹿な事を言うのだ。これは俺の愛刀だぞ…」

「そうかぁ…残念。お前は私の脇差しをナマクラだと言ったじゃないか…出来れば、両方とも東の国の名刀で揃えたかったのだが…。」

 ボタンもアルフォンスも一流の武人で、武器に関しては相当の執着がある。それを知った上でボタンはとりあえず懇願はしてみたが…おいそれと譲ってくれるとは、ボタンも期待はしていなかった。

「気持ちは分かる…。東の国では打刀うちがたな男刀おがたな、脇差しを女刀めがたなと呼ぶ事もある。つまりは夫婦めおと…二本で一対なのだ。どちらも良い物を揃えたいな。」

 アルフォンスは三枚の天然砥石のうち、違う砥石に換えて再び研ぎ始めた。

 ボタンは言った。

「どうして砥石が三枚もあるのだ?」

「この三枚はそれぞれ目の粗さが違ってな…粗研ぎ、細研ぎ、仕上げで換えて使っている。…よし、これで良いかな…。」

「…終わったのか?」

「ああ、終わった。…どうだ、お前の『ドウタヌキ』も研いでやろうか?」

「是非、頼むっ!」

 アルフォンスは手桶の水を捨て、泉から新しい水を汲んでくると砥石に水を少し垂らして、ボタンの『ドウタヌキ』を粗研ぎ用の砥石で研ぎ始めた。

「結構、刃こぼれがあるな…最後に研ぎを入れたのはいつだ?」

「…研いだことはない。研がなくても切れる剣だと思っていた。」

「ははは、そうか…。」

 アルフォンスは三枚の砥石を使って、時間を掛けて丁寧にボタンの愛刀を研いでいった。『ドウタヌキ』が研ぎ終わって、ボタンが愛刀をランタンに照らして見てみると、くすんでいた刃の部分がまるで新品になったかのように真っ白になってランタンの光を反射していた。ボタンは嬉しかった。

「これで切れ味倍増だぞ。」

「ふふふ…ホントかぁ〜〜⁉︎」

 ボタンは研ぎ終わった愛刀を何度か振ってみた。そして…言った。

「…約束したな、アルフォンスの剣技を教えてくれるって。教えてくれ!」

「今からか…?もう夜更けだぞ。」

「私は構わない…何か、色々あって…無性に体を動かしたいのだ。」

「…苦戦しているのだな。よし、分かった。まずは、一の太刀…居合いをやってみようか。」

「うむっ…アレだな⁉︎鞘からいきなり斬り込むヤツだなっ!」

「そうだ。居合いの利点は…刀身を鞘に収めている状態からの攻撃だから奇襲となる。それから、相手に刀身の長さが悟られない。すると相手は間合いを計ることが難しくなる…」

「なるほど!」

 ボタンは「ドウタヌキ」を腰のベルトに挟むと中腰になって構えた。アルフォンスはボタンに寄り添って、体の使い方を細かく指南した。

「心持ち前傾姿勢で、鞘は水平に…少し刀を寝かせて持つのだ。『研刃』を掛けたままで刀身を引き抜くと…鞘ごと真っ二つにしてしまうから気をつけろ。刀の峰を鞘に沿わせて引き抜くように意識するのだ。初めはゆっくりな…正確な動作を行うように心掛けよ。さもないと…左手の指や右脚を落としてしまうぞ。」

 ボタンはアルフォンスに言われた通り、右脚を前に踏み込んで「ドウタヌキ」をゆっくり引き抜いて宙を薙いだ。その動作を十回くらい繰り返すと、アルフォンスは言った。

「刀を普段使っているだけあって、筋が良いな。うんうん、その動作を何百回、何千回、何万回と繰り返すのだ。そうすれば、自ずと居合いは早くなる…。」

 ボタンはアルフォンスの前で、百回ほど居合いを行った。ボタンの顔から汗が滴り落ちた。それで、一旦止めて、鎧や服を脱いで泉で汗を流した。

 アルフォンスにとっては眼福だったが…極東の国の文化や風習を持つアルフォンスにとってはヘビの生殺しの心持ちでもあった。

 泉から出てきたボタンは服を着て言った。

「…また明日、この時間に来る。楽しかった。」

「そうか、待ってるぞ。」

 ボタンはアルフォンスに別れを告げて、北の三段目を城壁の方向に歩いていった。ボタンは憂さが晴れたのか…僅かながら口角が上がってボタンの顔には笑みが戻っていた。

(マルガレッタか…。ふむ…アルフォンスは私の客だから、これからは私がアルフォンスに食事を持っていく事にしようかな…)

 ボタンはそんな事を考えながら、自分の幕屋に戻っていった。

 護衛のタチアナが待っていた。

「お帰りなさい、ボタン様。長いお散歩でしたね。」

「うん?…私はどのくらい散歩をしていたのだろう…。」

「…二時間くらいでしょうか…。」

「そんなにかっ⁉︎…私の感覚では三十分くらいと思っていたのだが…」

 ボタンは幕屋に入って寝台の上で横になると…すぐに熟睡した。

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