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戦乙女イェルメイド  作者: 丸ごと湿気る
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五百二十二章 もうひとつの戦争 その2

五百二十二章 もうひとつの戦争 その2


 アナは床に横たわった軽傷者の患者の間を歩いていた。

 アナは顔見知りのイェルメイドを見つけた。

「あっ…ジャネットさん…⁉︎」

 アナが近づいてみると、ジャネットは顔の左半分と上半身の左半分に火傷を負って包帯を巻かれていた。多分、敵の魔導士の「ファイヤーボール」を左側に被弾したのだ。

 すぐにアナは包帯を解いて触診した。包帯を巻かれていた部分以外の皮膚は大丈夫だったので死ぬことはないだろう…しかし、焼け爛れた皮膚は元に戻るだろうか?

 ジャネットは小さな声で微かに呻いていた。痛みのせいで熟睡することができないのだ。

 アナはジャネットに「神の回帰の息吹き」を掛けた。爛れた皮膚は回復したが…回復した皮膚は少し赤みを帯びていて右の皮膚と比べると歴然とした違いが見てとれた。

(…火傷が真皮にまで達しているのね…ああ、ジャネットさん…)

 手術をすれば治せるかもしれない…でも、アナの治療を待っている患者がたくさんいる…。

 アナは後ろ髪をひかれる思いで…他の患者のもとへと移動した。

 ひとりのイェルメイドが祭事館を訪れた。そして、床に寝ている患者の顔をひとりひとり確かめて回っていた。

 アナは声を掛けてみた。

「あの…どなたかお探しですか?」

「私は戦士房のシンシアと言います…仲間のお見舞いに…。」

「そうですか…見ての通り、大変忙しくしておりますのでお茶も出せません。」

「いえいえ、お構いなく…」

 アナがちょこっと頭を下げて立ち去ろうとすると…改めてシンシアが呼び止めた。

「あの…すみません!…戦士房のルビィを見ていませんか?隊長として出撃したはずなんですが…探しても祭事館の外にも中にもいなくて…」

「…さあ…?」

 すると、クラウディアがやって来て、力のない声で言った。

「今回、大変な数の死傷者が出て全部を運びきれていないと聞いています…ここにいないとすれば、もしかしたら…まだ、城門前広場で寝ているのかも…。」

 シンシアは嗚咽した。

「ううううぅ…ルビィ…」

 シンシアは項垂れて…祭事館を出ていった。

 しばらくすると、祭事館にジェニとクレアがやって来た。それを見とめたアナはちょっと元気になってセイラムと共に駆け寄った。

「ジェニファー、久しぶりぃ〜〜っ!」

「アナスタシアァ〜〜ッ!」

 ジェニとアナは抱き合って久しぶりの再会を喜んだ。

「ん…この子、セイラム?大きくなったわねぇ…あれ、白い翼が生えてる…。」

「えっ、ジェニには見えるの?…セイラムちゃんの翼。」

「ううん…何でか見えるのよ、あははは。」

 ジェニとセイラムはイェルマにゴブリンが襲来した折にエルフの村で会っている。

「セイラムちゃん、ご挨拶は?」

「…このお姉ちゃん、知らなぁ〜〜い。」

「あれれ…。まぁ、まだセイラムが黒いモヤっぽくて背丈も膝くらいの時だったからねぇ…。」

 アナは言った。

「それで…ジェニ、どうしてここへ?」

「…やっと、待機になったから、ターニャが心配で来てみたの…。」

「…ターニャ?」

「多分、早い段階で運び込まれたんだと思う…十三歳の子で他のアーチャーや魔導士と一緒に城壁から落ちた子…。」

「ああっ!あの子は単純骨折だったからねぇ…もう完治してるわよ。」

「そう、ああ…安心した。で、どこに?」

「確か…祭事館は他の負傷者でいっぱいになったから、アーチャーの集団寮に移ってもらったわ。」

「そっか!…行こう、クレア。」

「うんっ!」

 ジェニとクレアは祭事館を出て、北の二段目の射手房を目指した。今はもう深夜だ…ジェニは祭事館のかがり火の火を松明に移して、イェルマ中央通りを小走りに走っていった。

 射手房の集団寮に到着すると、待機中の射手房の十三歳班の少女たちが出迎えてくれた。

「ジェニ班長、クレアァ〜〜ッ!」

「みんな、大丈夫?…ターニャは?」

「ターニャは寝てるよぉ〜〜、ずっと毛布被ってるぅ〜〜。」

「…んん?」

 集団寮の一階では、十二歳班と十五歳班が一緒に生活している。なので、ジェニは二つの班の面倒を見ているようなものだ。

 ジェニがクレアと共にターニャの寝台に行ってみると、ターニャは真夏だというのに毛布を被って寝ていた。

 ジェニは声を掛けてみた。

「ターニャ…ターニャ、大丈夫?」

 すると…

「ジェニ班長ぉ〜〜っ‼︎」

 ターニャは突然毛布から飛び出してきて、汗だくでジェニに抱きついて来た。

「…ターニャ?」

「…怖かった…怖かったよぉ〜〜っ…!」

「そう…もう大丈夫、大丈夫だからね…。」

 ジェニはターニャの背中に腕を回して…優しく背中を撫でてあげた。無理もない…アナの神聖魔法で事なきを得たが、投石機の弾丸を食らって10mも下に落ちたのである。死んでいてもおかしくはないのだ…。

 ターニャの無事を確認して、二人は再びみんなが待機しているイェルマ中広場に戻っていった。

「そういえば…ナフタリの姿が見えなかったねぇ。」

 クレアが言った。

「ああ、生産部のお母さんのところでしょ!」

「…ああね。」

 この後…ターニャは死への恐怖を克服する事ができず、練兵部から生産部へと異動することとなる。


 ボタンとマーゴット、それからヴィオレッタ、エヴェレット、そしてユグリウシアが祭事館に現れた。

 それを見たセイラムは全速力で駆け寄っていった。

「ユグリウシアァ〜〜、ボタンお姉ぇちゃぁ〜〜ん、セレスティシアァ〜〜ッ!…ババア。」

 ボタンは腰に組み付いたセイラムの頭を撫でながら言った。

「セイラム、頑張ってるな…私の期待によく応えてくれてるな。」

「えへへへへ。」

 すぐにアナは応対した。

「これは女王陛下…。」

「忙しいところをすまない。アナ殿のおかげで…死ぬべき者が死なずに済んだ…ありがたいことだ。…ちょっと、負傷者の様子を見たかったのでな…。」

 ボタンはアナを褒め称えたが…その表情は暗かった。

「…外のイェルメイドを見た、いまだ城門前広場で寝ている仲間もいると聞く…。これだけの者たちを死なせ…これだけの負傷者を出して…私の采配は正しかったのだろうか…?」

 ヴィオレッタは言った。

「投石機を戦場で…それも戦闘の真っ最中に組み立てるなど、普通は考えない事です。今回は敵にしてやられました…ボタン殿のせいではありません。それに、私がもっと早くに気づいてご注進申し上げていれば…」

 ボタンたちは祭事館を歩いて負傷者を見て回った。比較的元気そうな患者には声を掛け、その武勇と功績を称えて労った。

「アナ殿、足りない物があったら言ってくださいね。出来ることはさせてもらう…。」

「人手が足りません。服飾部門の方々に手伝ってもらってはいますが…『ヒール』を掛ける魔導士がもっと欲しいです…『ヒール』さえあれば、なんとか患者の延命措置にはなりますので…。」

 ボタンはマーゴットの方をチラリと見た。マーゴットは首を横に振った。

「…これ以上は魔導士の人数を割けない。戦術的に魔導士は貴重ゆえ…」

「そうですか…。」

 すると…ヴィオレッタがエヴェレットに言った。

「エヴェレットさん…祭事館が落ち着くまで、アナさんのお手伝いをしてあげてください。」

「…分かりました。」

 エヴェレットは呪文を唱え始めた。

「万物の創造神、名も無き神よ、我らは汝の子にして汝に忠実なる者…願わくば、我らに大いなる慈悲と癒しを与えたまえ…降臨せよ!大いなる神の癒し‼︎」

 エヴェレットの神聖魔法が発動して祭事館にいる負傷者の体力を幾ばくか回復させた。「大いなる神の癒し」は範囲ヒールである。

 アナが驚いて言った。

「エヴェレットさんはクレリックだったんですね…助かりますっ!」

 エヴェレットはちょっと渋い顔をした。

僧侶プリースト神官クレリックは違うのですが…まあ、ここは大目にみましょうか…。)

 そしてユグリウシアも…

「魔導士のみなさん、少しの間、手を止めて瞑想をしてください。」

 ユグリウシアの言葉に魔導士たちは何が起こるのだろうかと、半信半疑ながら…瞑想用の杖を構えて座禅を組み、瞑想を始めた。すると…

「美徳と祝福の神、ベネトネリスの名において命ずる…シルフィ、ウンディーネ、ノーム、サラマンダー、神の造りたもうた四つの精霊たちよ、虚空に漂う塵の如き知識の欠片を集めよ。水底で揺蕩たゆとう泡の如き知力の欠片を掬い取れ。地中に埋もれて忘れ去られた砂金の如き理力の欠片を掘り起こせ。消えゆく炎の中に再び熱き炉の如き活力の欠片を呼び醒ませ…覚醒せよ、メディテーション!」

 ユグリウシアは魔導士のひとりひとりに高等魔法「メディテーション」を掛けていった。掛けられた魔導士も驚いていたが…それよりももっと驚いていたのはマーゴットだった。

「おおお…ユグリウシア殿は『メディテーション』を習得されておりましたか…何とも底の知れぬお方じゃ…!」

 「メディテーション」は魔力回復の速度を早める魔法だ。魔導士が瞑想して得る魔力回復速度を約十倍に加速する…魔導士にとって垂涎すいぜんの的とも言うべき魔法だ。これと同じ効果を…セイラムが腹に収めているミスリルナイフ「リール女史」は持っているのだ。

 祭事館を出ると、ボタンとマーゴットはヴィオレッタたちと別れて北の三段目の城壁階段の幕屋に来た。

 マーゴットと二人きりになった時、ボタンは言った。

「今回の戦闘での我が軍の死者は…?」

「祭事館のものを合わせますと…207です。獣人族が8です。」

「イェルマ橋駐屯地、イェルマ回廊…累計で242人か…多いな。多すぎる…」

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