五百二十一章 もうひとつの戦争 その1
五百二十一章 もうひとつの戦争 その1
祭事館に夥しい数の負傷者が運び込まれた。
担架の数が足りず、荷馬車から降ろされた負傷者は毛布を担架代わりにして祭事館へと運ばれた。
祭事館に入るとすぐにクラウディアが待っていた。負傷者をトリアージするためだ。
多数の負傷者が出た場合、効率的により多くの人命を救うため、助かる見込みのない者はどんどん切り捨てて、その者に掛かるであろう労力や時間を節約する…野戦病院では当たり前の行為だ。
クラウディアは負傷者をどんどん診察して、軽傷者、重症者、そして間に合わない者を振り分けていった。
「この人は奥へ、こっちの人は手前に…。そっちの人は外に連れて行って寝かせて…祭事館もすぐに満杯になるだろうからね…。」
アナが叫んだ。
「負傷者は何人ぐらい…⁉︎」
「予想もつきません…多分、500くらい…」
アナは連絡係の魔導士に言った。
「できるだけ多くの魔導士を集めてくださいっ!」
「今回は魔導士も多数参加していまして…」
「できるだけ…ですっ‼︎」
神官見習いの少女たちとライラックは必死で負傷者の装備や服を脱がしていた。
「…何で?皮や金具が歪んでて外せないぃ〜〜っ!」
クラウディアが運び込まれる負傷者の中に火傷を負った者が多いのに気づき叫んだ。
「熱で変形したんだ…みんな、ナイフを使って…!いや、待って…」
クラウディアはすぐにアナのところに行って相談した。アナはすぐに…
「魔導士さん、服飾部門の人をたくさん連れて来てください、あっ…ありったけハサミを持って来てもらってくださいっ!」
「わ…分かりました、すぐに手配します!」
しばらくすると、ドヤドヤとハサミを手にした服飾部門の駆け込み女たちがやって来た。
服飾部門のリーダー格のジーナが叫んだ。
「みんなぁ〜〜、スパスパ切っていこう…ひとり1分も掛けるんじゃないよぉ〜〜っ‼︎」
女たちは見習い少女たちのそばに座ると、手本を示すように…皮の軍靴の紐にハサミの刃を当てブツブツブツッと一気に切ると靴を脱がせ、ズボンの裾からシュッと腰までハサミを閉じることなくこれまた一気に切り裂いた。見習い少女に一本ハサミを手渡してその負傷者を任せると、自分は他の負傷者のところへ移動していった。
するとそこに、40人の魔導士が祭事館に到着した。若い魔導士と年老いた魔導士が半数を占めていた。
すぐにアナは指示をした。
「みなさん、患者の脈を測って…脈が弱い人には「ヒール」を、強い人には体力ポーションを飲ませてくださいっ!」
アナはセイラムを呼んだ。
「セイラムちゃん、二人でどんどん重傷者を治していくわよっ!」
「あぁ〜〜いっ!」
二人は手を握り合って、重傷者に「神の回帰の息吹き」を掛けて回った。
アナとセイラムは6人の重傷者を治療して、7人目の患者を見て驚いた。
「なんて酷い火傷…全身が焼け爛れてる…」
二人はその患者に「神の回帰の息吹き」を掛けると、爛れた皮膚は元に戻った。しかし…
「…おかしい。脈が戻らない…どんどん弱っていくわ…。」
アナはすぐにクラウディアを呼んで助言を請うた。
クラウディアは患者を見て…言った。
「多分だけど…この患者の火傷は表皮だけじゃなく真皮にまで達しているんだよ。『神の回帰の息吹き』は表は治せても、ずっと奥の方までは治せないんじゃないかねぇ…。よく分かんないけど、腕が落とされて『神の回帰の息吹き』を掛けても腕は生えてはこない…それと同じ事じゃないかねぇ…」
「じゃ、この人はどうしたら…?」
「全身の皮膚を一度、全部切り取って…それから『神の回帰の息吹き』を…かねぇ…」
「そんな事したら、失血死が先に…」
「…この患者は全身に火傷を負った時点で…助からなかったんだよ…。」
「…。」
クラウディアは薬師であってクレリックではない。薬師の立場なら、全身火傷の患者は薬も塗らずに見捨ててしまう。もしやと思いアナに全身火傷の患者を任せてみたけれど、アナにも治せないと知って…クラウディアはトリアージのやり直しを始めた。
クラウディアが次の重篤な患者のところへアナを連れて行った。その患者は顔が土気色をしていた。アナにもすぐにその原因が判った。
「…これは中毒症状ですね⁉︎」
クラウディアは言った。
「…毒だね。片っ端から解毒薬を飲ませても、効果が出るまでは保たないと思う…」
患者の右胸の下辺りにボルトが刺さっていた。
「クラウディアさん…何の毒かわかりますか?」
「ううん…戦争で大量に使われるとなると、入手しやすい植物系かねぇ。動物系は、毒蛇なんかからいちいち摘出しても量が集まらないからねぇ。鉱物系ならヒ素だけど、矢や剣に塗っても即効性はない…ヒガンバナは時期はずれ、チョウセンアサガオ、ジキタリス、トリカブト、このあたりかな?」
「有機的な毒なら大丈夫です!」
アナは患者の腹部からボルトを抜いた。皮鎧と鎖帷子のおかげで内臓には達していなかった。その後アナはすぐに患者に状態異常を回復させる「神の処方箋」を掛けた。無機毒であれば外科的治療で体外に排出させないといけないが、有機毒ならこの神聖魔法で分解できるのだ。
患者の顔色が良くなった。それを確認すると、アナはボルトの傷口は見習い少女たちと服飾部門の女たちに任せた。服飾部門の女たちは針仕事も得意だ。見習い少女たちが傷口の縫い方を教えると、女たちはすぐに覚えて活躍してくれた。
アナは言った。
「他に毒で死にそうな重篤な患者はいますか?どんどん連れて来てください!」
アナは精力的に重篤な患者を治療して回った。セイラムはアナにくっ付いて一緒に回り…アナの所作を学習していた。いつか自分もアナのようになれたらなぁ…と思いながら。
魔導士がやって来てアナに告げた。
「アナ様、魔導士たちの魔力が尽きてしまって…しばらくは『ヒール』もできない状態です…。」
「そうですか…仕方ありませんね。」
無理もない。負傷者が運び込まれてもう数時間が経過していた。その間、ずっと負傷者の治療に従事してみんな疲弊しているのだ。魔導士たちはぐったりして青いポーションを飲んだり、杖を持って瞑想し魔力の回復に努めていた。セシルはというと…すでに疲れ果てていて、祭事館の端っこで軽傷者と一緒に床に毛布を敷いてすでに熟睡していた。幼いフィアナとマーゴットも毛布にくるまって抱き合う様にして寝ていた。
見習い少女たち、メイやアビゲイルなどの年長の少女はまだ負傷者の傷口を縫ったりして頑張ってくれていたが、他の少女たちは床に転がって寝息を立てていた。クラウディアとライラックは傷薬や塗り薬、痛み止めなどを患者に処方して回っていた。
アナとセイラムにしても、もう100人以上の重傷者に魔法を使って、さすがに魔力の回復よりも消費が上回って、魔力量は半分を割っていた。
それでもアナはクレリックの矜持で、祭事館の患者の間を見て回った。
「ふぅ…これで重傷者はほぼ助けられたかなぁ…」
その横でセイラムが言った。
「セイラムはもっともっと頑張れるよぉ〜〜っ!」
アナはセイラムに笑顔で応えた。しかし、アナは妖精ではない…すでにアナの体力も限界近くまで消耗していた。




