五百十九章 攻城戦 その2
五百十九章 攻城戦 その2
騎士兵団は四重のタワーシールドの壁を作って、投石機を組み立てている作業兵を守っていた。その上に、夥しい数の義勇兵が倒しても倒しても湧いてきたため…イェルマ軍はなかなか投石機に近づく事ができないでいた。
騎士兵団のタワーシールドの壁の内側では、投石機の組み立て作業をする者の他に、何やら不可思議な行動をする者がいた。
目の前で多くの人間が死んでいく中…その男は騎士兵に脅されながら作業をしていた。どうやらその男は兵士ではないようだ。
「早く仕事をせんかっ!」
「ひいぃ…わ…分かりました、分かりました…」
男はまず、地面に「基点」となる金属製の杭を打ち込んだ。それから、「基点」に三脚を置き、L字型の木製の直角定規を持って三脚の上にくっ付いている単眼鏡でイェルマ西城門の扉を覗いた。そして…ゆっくり静かに直角定規を地面に置いた。それが終わると、直角定規に沿ってきっちり10mのロープをピンと張ってその端を杭で地面に止めた。さらにもう一度、その杭の上に三脚を立て、長い棒を両手で持って単眼鏡で城門の扉を覗いた。
男は地面に棒を置いて…今度は木製の分度器を持ってきて、棒とロープが作った角度を測った。
「ええと…角度は86度です…」
その男は測量技師だった。
騎士兵はその数値を伝令係の魔導士に伝えた。
エステリック軍の幕僚たちはキャシィズカフェでくつろいでいた。
そこに伝令係の騎士兵がやってきて、測量技師の測量の結果をカイルに報告した。
「ふむふむ…86度ですね…。」
カイルはあらかじめ1度刻みで作っておいた正接数値表を見ながら、羊皮紙にペンを走らせて計算を始めた。
「…tan86°=対辺/底辺、変形して…対辺=tan75°×底辺、底辺=10mとtan86°=14.301を代入すると対辺…『基点』から城門までの正確な距離は143.01mか…。」
カイルは計算し終わると、伝令の騎士兵に命令した。
「投石機が完成したら、『基点』より7m後方に設置してください。あの投石機は正確に射程距離が150mになるように僕が設計しています。何度も分解しては組み立てて、何度も実射実験も行なって再現性は90%以上です。…絶対に、城門より150mの位置に設置してくださいね。」
「はっ!」
レンブラント将軍が言った。
「カイル君、今日の昼食は何だと思うかね?…この匂いからすると、卵料理だと私は思うのだが…」
「さ…さぁ…?」
エステリック軍の陣地の中で、5mの巨大な二本の支柱が立ち上がった。
騎士兵たちは大きな四つの車輪に頑強な土台を取り付け、運び込んだ5mの支柱の先端にロープを縛り付け、10人掛かりで支柱を引っ張り起こした。支柱のほぞが土台のほぞ穴に収まり…両側から筋交を施して鉄製の金具で頑丈に補強した。
それを城壁の上で見たボタンは焦った。
「魔導士に魔法攻撃をさせよっ!投石機を完成させてはならんっ!」
二十騎の魔導士の騎馬隊は、先発していた十騎の騎馬と交代して…十騎はヒーラー、残りは魔法攻撃のために最前線を目指した。しかし…両軍合わせて2000以上の兵士がひしめき合っているイェルマ城門前広場…投石機を攻撃魔法の射程距離に捉えるまでに近づく事はなかなか容易ではなかった。下手に焦って攻撃魔法を撃つと、味方を巻き添いにしてしまう…。
それでも勇敢なイェルメイド…ひとりの魔導士が馬を捨てて、最前線の混乱の中に飛び込んでいき、「ファイヤーボール」の魔法攻撃を敢行した。
飛んで来る火球を見て、数人の騎士兵が集まってきてわざとタワーシールドでその火球にぶつかっていった。
ドオオォ〜〜ンッ…!
タワーシールドの騎士兵たちは火だるまになって吹っ飛び、爆裂した火の粉があちこちに飛び散った。騎士兵たちは被弾した仲間は放置したままで…ひたすら投石機付近の消化活動に専念していた。
(だめかぁ…。これはもう…力押しでいくしかない…!)
ボタンは新たな出撃命令を下した。
「武闘家房…獣人族と共に出撃せよっ!」
オリヴィアは歓喜の雄叫びを上げた。
「出撃命令、来たぞおぉ〜〜っ‼︎」
「ふみゃあああぁ〜〜っ!」
混戦の中でこそ武闘家の力は発揮される。ケットシー族から150、ウェアウルフ族から150、そして…
「誰でもいいからこのわたし…オリヴィア副師範サマに100人ばかし着いて来おぉ〜〜いっ!」
オリヴィアの抜け駆けにペトラは激怒した。
「何を勝手なコトを…都合のいい時だけ副師範を名乗りやがってえぇ〜〜っ…」
だが、実姉のタマラがペトラを抑えた。
「行きたいならば、行かせてやるがいい…。第三陣の出撃、それも我々武闘家房の出撃ともなると、我が軍は苦戦しているに違いない…激戦が予想される。大口を叩いているオリヴィアと獣人族のお手並みを拝見しようじゃないか。」
第三陣が城門から出撃した。獣人族300、武闘家房100、そして負傷者を回収するための荷馬車が二十台着いていった。
獣人族は敵味方入り乱れる混戦状態の中に猛然と割って入って、敵と見るや力任せに槍を突き立てた。10人ほどを突き殺すと槍先はボロボロとなり槍の柄は裂け折れたが、武器が無くなっても自分の爪と牙で猛々しく敵の兵士を屠っていった。
突然現れた獣人族の荒々しさに、味方のイェルメイドも驚いて道を譲るほどだった。
獣人族は戦場を掻き分けながら、タワーシールドの列に向かって突き進んでいった。
「獣人族に続けえぇ〜〜っ!遅れるなあぁ〜〜っ‼︎」
「おおぅ〜〜っ!」
オリヴィアの号令に武闘家みんなも勢い付いて、必死に獣人族の後を追った。
しかし…一歩遅かった。
二本の支柱の間に回転する木製のアームが装着され…投石機が完成してしまった。それは水平錘投石機だった。
騎士兵たちが袋状の皮がついたロープをアームの先端に装着し、さらにアームの反対側の先端に20cmのキューブ型の鋳鉄の塊をどんどん連結していった。キューブ型の鋳鉄が40個連結されると、騎士兵たちはゴロゴロと投石機を押して…「基点」から7mの位置に投石機を設置した。
「ぬおおおぉ〜〜…ヤバい、ヤバい、急げ急げえぇ〜〜っ‼︎」
オリヴィアは獣人族に混じって、樫の木の迦い拐で義勇兵たちを振り回して殴打していた。その後ろで、オリヴィア愚連隊のリューズ、ドーラ、ベラも奮闘していた。
獣人族がタワーシールドの壁に到達した時、ケットシーのタビサはタワーシールドの回りに横たわって動かないイェルメイドの多さに違和感を覚えた。…何で?
その時だった。
「…みゃん!」
最前列にいたタビサが腹部に痛みを覚えて叫んだ。タビサが腹部を見ると…短くて太い矢が刺さっていた。そしてすぐに…タビサは体に痺れを感じた。
「タビサちゃん、どしたあぁ〜〜っ⁉︎」
「オ、オリヴィア…こっち来たらいけんっ‼︎」
タワーシールドの隙間から…ボウガンがこちらに狙いをつけていた。
「…ち、小さい弓が…毒が塗っちょる…」
「…えっ⁉︎」
最前列にいて、ボウガンのボルトを射ち込まれた獣人たちはヨロヨロと腰砕けになった。そこに義勇兵たちが硬い獣人族の皮膚に何本も槍を突き刺した。
だが、有り余る体力を持つ獣人族は毒を塗ったボルトを受けつつも、ある者は「震脚」を発動させてタワーシールドを持つ騎士兵を数人倒し、ある者は体当たりで四重のタワーシールドを一気に突き飛ばす者もいた。
イェルマ回廊から騎士兵たちが直径50cmの四個の大理石の球を転がしてきた。これが投石機の「弾丸」だった。
カイルは投石機の実射実験の測定値にできるだけ誤差が生じないように、弾丸の摩擦を極力無くすため工芸職人と石工職人を使って大理石を球状にし、表面も鏡面仕上げにするように依頼した。しかし、今回の大侵攻に間に合ったのは…僅か四個だけだった。
騎士兵たちは投石機のアームに取り付けたロープを引っ張ってアームを下げると、大理石の球を一個アームの皮に袋に納めた。そして…
「第一射…撃てえぇっ!」
師団長の号令で、騎士兵たちは握っていたロープから一斉に手を離した。鋳鉄の錘が加速度をつけて落下し、てこの原理でアームが急速に起き上がった。アームは先端にいくほど細くなっており、釣り竿のようにしなって大理石の弾丸を撃ち出した。
弾丸は僅かに放物線を描いたが、ほぼ一直線にイェルマ城門に向かって飛んでいき、城門から3m右側の城壁の上方に着弾した。
ズガガガァ〜〜ンッ‼︎
弾丸は城壁の一部を破壊し、その上にいたイェルメイド数人を吹き飛ばして…城壁の内側に落ちた。
城壁の上のアーチャーのジェニとサリーが叫んだ。
「ああっ…ターニャ…!」
ターニャは不運にも城壁の左側にいて、数人のイェルメイドと瓦礫と共に10m下に落ちていった。
中広場に待機していたイェルメイドたちがすぐに転落した者たちを救助するために駆け寄った。
「ああ…この魔導士はダメだ…ぐちゃぐちゃだ…。」
「こっちは意識があるぞ…早く祭事館へっ!」
ターニャは…足を酷く骨折したがなんとか命に別状はなかった。
みんなが力を合わせて負傷者を祭事館に運び込み、すぐにアナの手当てを受けた。
エステリック軍の投石第一射で…城壁の上にいたアーチャーひとりと魔導士二人が死んだ。




