五百十五章 ボタンとアルフォンス その1
五百十五章 ボタンとアルフォンス その1
アルフォンスはロバを引いてイェルマ中央通りを歩いていた。丸一日をかけて、昼頃にようやく城門中広場付近に到達した。
中広場に近づくにつれて…そこに夥しい数のイェルメイドが陣を張っているのが見てとれた。
(おや、これは…本格的な戦闘がすでに始まっているようだな…。)
さらに進んで行くと…荷物を持って小走りに走っていくワンピースの女と出会った。
「もし、そこのおばさん…」
「…はい?」
「済まないが…ボタンはどこにおるのだろう?」
「お…男⁉︎…敵いぃ〜〜っ‼︎」
女は荷物を放り出してその場から逃げていった。
確かに、女の国で男がひとりで歩いていれば敵兵だな…そう思いながら、アルフォンスはもう少し進んだ。
すると今度は、ショートソードを携帯した皮鎧でガッチリ装備を固めた少女と出くわした。
「お…男…‼︎」
アルフォンスは学習した。すぐにテレーズからもらった「魚璽」を前に突き出して言った。
「俺は敵じゃない。…通行人だ。」
「その『魚璽』は本物のようだけど…現在イェルマは交戦中で、イェルマの通行は停止されているはずです!」
「だからさ…イェルマを通過している最中に戦争が始まってしまって、俺はイェルマに閉じ込められたのだよ。それで…ボタンを呼んできてくれないだろうか?アルフォンスが来たと言えば分かる。」
「何ですって…それは女王のボタン様の事ですかっ⁉︎」
「…多分な。」
その少女はアルフォンスの見窄らしい風体をジロジロと見ていた。
「…信じない訳じゃないけど、私があなたをボタン様のところへ連れて行きます。それで、変な真似をしたら…すぐに斬り殺しますっ!」
「まぁ…それでいい。それでいいから、早く連れて行け。」
アルフォンスはロバと荷車を引っ張り上げながら、その少女の後をイェルマ中央通りから北の一段目へと登って行った。
「ロバと荷車は下に置いて来ればいいのに…。」
「大事な物を乗せてるからな。」
「…ふん。」
二人が北の二段目に差し掛かったところで、またひとりの少女と出会った。
「ちょっとあんた、どこの房?」
「…斥候房です。」
「悪いんだけど、ちょろっと三段目に行って、ボタン様を連れて来てくれないかな…アルフォンスってお客が来てるって言ってちょうだい。」
「うん、分かった…。」
少女とアルフォンスが三段目に辿り着いた時…向こうから金属のチェストアーマーとオレンジ色のトラのマントを付けたイェルメイドが颯爽とやって来た。
「やあっ、アルフォンス…来たかっ!」
「おお…。」
アルフォンスはボタンが具える艶なる漆黒の髪と光を宿す黒い瞳を見て…その美しさに改めて溜め息を吐いた。
(やはり、夢に出てくる女性にそっくりだ…。ボタンは極東の女に違いない…。)
ボタンはアルフォンスを連れて来たイェルメイドに言った。
「お前は剣士房の十八歳班の…確か、マルガレッタだったかな…」
「その通りです、ボタン様!」
「お前に用事を申しつけたい…」
ボタンはイェルメイドの耳元で囁いた。
「分かりました!」
そのイェルメイドは一目散に斜面を駆け降りていった。
ボタンは続けた。
「アルフォンス、こっちに来てくれ。」
「おうっ…。」
二人は連れ立って、北の三段目を歩いた。食堂を過ぎ、湯殿を過ぎ、着いた場所は…泉だった。
「アルフォンス、お前ちょっと匂うぞ…最後に水浴びをしたのはいつだ?」
「…ううむ、いつだったかなぁ?」
「はははははっ…まずはこの泉で体を洗え。湯殿もあるのだが、戦争勃発につき、あいにく今は休業中だ。」
この時期、いつもであればこの泉は水浴びに訪れるたくさんのイェルメイドで賑わっているはずなのだが、現在は非常体制令が出されていて、遊んでいる者はいない。
アルフォンスはボタンに言われるままに、服を脱ぎ…裸になって泉に浸かった。水で体を洗いながら…どうやってボタンに求婚したものかと迷っていた。
(…いつもであれば、求婚の言葉なんぞすんなりと口から出てくるのに…)
アルフォンスは恐れていた。もし…求婚して…拒絶されたら…。ボタンほどの理想の女性に拒絶されて、その後一体誰に求婚ができるというのか…⁉︎
すると、なんと…ボタンはマントを取り、チェストアーマーを外し始めた。
(…ん?)
…ボタンは鎖帷子を取って、シャツとズボンを脱ぎ…全裸となった。
(…うおおおおおぉ…!)
白い肌に小さめの乳房、そして髪と同じ色の恥毛を惜しげもなくアルフォンスの前に晒して…ボタンはゆっくりと泉の中に沈んでいった。
「私も久しぶりの水浴びだ。今は多忙ゆえ、なかなか時間が取れなくてなぁ〜〜…あははは。」
「ん…んん?」
ボタンも他のイェルメイドと同じく、イェルマの外の世界をほとんど知らない。よって、外界の文化や風習も全く知らない。オリヴィアがそうだった様に、ダフネがそうだった様に…ボタンも男に肌を見せる事に何の抵抗も感じなかった。
ボタンはアルフォンスの隣で体を洗いながら言った。
「おおっ、アルフォンスは武人の体をしているな…」
「ん?」
「体じゅう切り傷だらけじゃないか。」
「ははは、まあな。この腹の傷なんか…もう少しで死ぬところだったな。」
「傷は武人の勲章と言うが、私は少ない方だ。ほら、右手のここ…相手の剣を受け損なってな。それから左の乳房のここ…目立たないがあるだろ?投げナイフが刺さった…」
「…。」
「アルフォンス、髪と髭が伸び放題だな…切ればいいのに。交戦中でなければ…コッペリ村の床屋のサムを紹介するんだがな。」
「そ…そうか、切った方がいいのか…。じゃぁ、切ろうかな…髭は自分で剃るから、髪はボタンが切ってくれるとありがたいな…」
「お安いご用だっ!但し、ザンバラ頭になっても文句言うなよっ‼︎」




