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戦乙女イェルメイド  作者: 丸ごと湿気る
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五百十章 レイモンド到着

 次の朝の八時頃、キャシィズカフェはエステリック軍の士官クラスへの朝食の給仕で大忙しだった。

 ビッキーは出来上がった二つ目の大釜の中のジャガイモスープの味見をし、焼き上がってきた小麦パンに指を立てて仕上がりを確かめていた。カリン、ハンナ、ローラは兵士たちにパンとスープを配膳して回り、キャシィとグレイスは食べ終わってそのままのお皿やコップの片付けに走り回った。厨房の裏の井戸ではセドリック、ハインツ、ケントが慣れない手付きでお皿を洗っていた。

 キャシィズカフェは朝だというのにガヤガヤと騒がしく、兵士たちの声が絶え間なく響いていた。

「こっちに三人分くれっ!」

「早く持ってこいよ〜〜っ!」

「こっち、まだだぞぉっ!」

 そんな喧騒の中、ワイン倉庫の一角に以前にはなかった衝立てが立て掛けられていて、養い子のヘンリーとベイブが人目を盗むかのようにして小麦粉の麻袋を抱えて、その衝立ての中に消えていった。

 衝立ての中にはサシャがいて、右手には柄杓を持ち左手にはジャガイモを握っていた。

「早く早く、麻袋開けてちょうだいっ!小麦粉がそろそろ無くなっちゃうっ!」

「小麦は今日はこれで最後だからな。次はライ麦を持ってくる。」

 すると…30cm四方の壁の穴からボウルを持った右手がにゅっと伸びてきた。サシャが覗くと、それはキャシィズカフェによく来る髭を生やした貿易商人の男だった。

 相手が村人だと確認したサシャは、そのボウルに柄杓一杯の小麦粉とジャガイモ三つを入れた。

「あ…ありがとう。このお礼はいつかするから…」

 次にボウルを差し込んできたのは農家のおじさんだった。サシャは次から次へとやって来る村人たちに食料を配給していった。

 九人目あたりだった。四角の壁の穴から…にゅっと右腕が差し込まれて、その右手が握ったり開いたりした。サシャは不思議に思った。

「あれ、何か…食べ物を入れる器は持ってきてないのぉ〜〜?」

 サシャが穴から覗き込んでみると…それは小汚い知らないおじさんだった。

 おじさんは言った。

「お嬢ちゃん…ここは『キャシィズカフェ』かい?」

「そ…そうだけど?」

「ここに『キャシィ』って人はいるかい?」

「うん、いるけど…何のご用?」

「…呼んできてくれないかな。とても大切な用があるんだ。」

 サシャはヘンリーにことづけけて、ヘンリーはすぐにキャシィを連れてきた。

 キャシィは壁穴から覗いて言った。

「あなた…誰ですかぁ?」

「俺はレイモンドって言うんだ…ユーレンベルグ男爵の用でやって来た…」

「えっ…ユーレンベルグさんも来てるんですか?」

「いや、男爵は途中で兵隊に捕まった…だから、俺だけだ。あんたに渡したい物があったんだが…これだけ兵隊がいたんじゃ、危ないと思って隠してきた。」

「お昼を過ぎたら、ここの兵士たちはいなくなるから入って来てよ…お話をしましょ!」

「…ケントって人は来てるかい?」

「今、お皿洗ってるけど…ケントさんにも用があるの?」

「え…皿を洗ってる?…うむぅ〜〜、俺の取り越し苦労だったか…。分かった、昼過ぎだな?」

 そう言うと、レイモンドはその場から立ち去った。

 正午になって、幕僚と貴族出身の士官たちが昼食を摂るためにキャシィズカフェに集まってきた。ビッキーはあらかじめ山羊の肉と豚肉を合挽き肉にして、小麦粉、塩、少量の砂糖を足してねて三時間ほど寝かせたものをフライパンで焼き、その上にトマトベースのソースを掛けて出した。

「おっ、お昼はハンバークですね…これも美味しいですね!」

 レンブラント将軍は目を細めて言った。

「山羊と豚の脂が乗った美味い部位のみを丁寧に下拵したごしらえして合挽きにしておる。その上すぐには焼かず、タネをしばらく寝かせてお互いの肉と小麦粉を馴染ませておるな。ハンバーグと言う簡単な料理にもひと手間もふた手間も掛けてより美味しくしておるようだ…見事であるな!」

 将軍たちは賛辞を残して満足してキャシィズカフェを出ていった。それと入れ替わるようにして、キャシィズカフェの裏口からレイモンドが入って来た。

 キャシィは言った。

「あっ、レイモンドさん…グッドタイミングです!」

「…隠れて、物陰からずっと見ていたからな…。」

 キャシィの先導でレイモンドは厨房のテーブルに座った。レイモンドは鼻をクンクンと鳴らせて、ひとこと言った。

「…すまないが、何か食べさせてくれないか…?さっきから、この店からいい匂いがしてきて腹の虫がギュウギュウ鳴ってうるさいんだ…なかなか村に入れず、ずっと雑草や木の根っこを齧っていたからな…」

「ビッキー…じゃなくてカリンさん、お昼の残り物…何かあるぅ〜〜?」

「ハンバーグのタネが一個分と…小麦パンはもうありません。私たちが昨日食べたライ麦パンなら…」

 レイモンドの前に、ハンバーグとライ麦パン、それからハーブティーが並んだ。レイモンドはすぐにかぶり付いた。

「う…美味い…!ティアークを出て…ひと月ぶりのまともな食事だっ!」

「何か、苦労されたみたいですねぇ〜〜…知らんけど。」

 レイモンドはライ麦パンを齧りながら、今までの経緯をかいつまんで話した。

「…結局、俺がコッペリ村に着いた時にはエステリック軍の第一陣が到着していて、イェルマに侵攻の事を伝えたかったが間に合わなかった。村の周りにはエステリック軍の斥候が何人か潜んでいて…なかなか村に入ることもできなかったんだ。それが、いつの間にかそいつらがいなくなったんで、こうしてやって来たわけだ。」

「ふぅ〜〜ん…それがユーレンベルグさんの用事だったのね?」

 ユーレンベルグ男爵はいち早くここにやって来て、ジェニやハインツを避難させたかったのだろう…キャシィはそう思った。

 レイモンドは続けた。

「もうひとつある…カネを預かってる。金貨が詰まった箱でな、重くて重くて…男爵が捕まった後、その重い箱を背負ってずっと走って来たんだ、それで間に合わなかったんだ。兵隊がうじゃうじゃいたんで…下手して没収されたらまずいと思って、箱は近くの林の地面に埋めてきた…。」

「ああ、今までの取引きの決済のためのお金ね…。ホントに間が悪かったわねぇ…。」

 ハンバーグとパンを食べ終わって、ハーブティーをぐいっと一気に飲んだレイモンドはひと心地ついて気持ち良くなっていた。そして、大事な事を思い出した。

「あっ!…そう言えば、セレスティシア様とエヴェレット様はご無事だろうかっ⁉︎」

「んん…?セレスティシア…『様』ぁ〜〜??」

「俺は…元々はリーンから来たんだ。セレスティシア様は俺の主人なんだ。」

「へえぇ…んと、セレスティシア様ってエルフの女の子だよね?一週間くらい前に会ったけど元気っぽかったよ。」

「ええっ…あんた、セレスティシア様と会ったのか?」

「うん、イェルマにちょろっと帰った時に…あれは魔法実験をしてたのかな?」

「…そうか、それは何よりだ。」

 すると、昼食の食器の皿洗いを終わらせたセドリック、ハインツ、ケントが厨房にやって来た。レイモンドを見つけたケントが驚いていた。

「おやっ…レイモンドさんじゃないですか、依頼人には会えましたか?…コッペリ村が急にこんな事になってしまって…心配してましたよ!」

「は…はあ。それはどうも…」

 キャシィは言った。

「あれれん、二人は知り合いだったの⁉︎」

「いや、ちょっとね…。」

 レイモンドはみんなから現状を聞かされてがっくりしていた。城塞都市イェルマとコッペリ村は戦闘状態に入って、こちら側からイェルマに接触することは不可能だと知った。セレスティシア様に会って指示を仰ぎたかった…。コッペリ村まで来たものの、一体俺はここで何をすれば良いのやら…。

「それなら大丈夫ですよ、レイモンドさん。」

「え…?」

「近くにサムさんって言う魔道士がいて…イェルマと『念話』ができるんですよ。」

「おおおっ!…それは本当かっ、良かった…すぐにセレスティシア様に連絡をつけて欲しいっ‼︎」

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