五十一章 テイマー戦争 その2
五十一章 テイマー戦争 その2
深夜、マスターヨアヒムの弟子が木の皮で編んだ籠を持って城下街の路地裏を歩いていた。胡散臭そうな家屋や怪しい廃屋を見つけると、籠からヤモリを出し放った。昼間はカラスが町じゅうの道という道を見張っている。しかし、カラスは家屋の中までは入れない。一軒一軒しらみ潰しのローリング作戦だ。
バクスターは懲罰房の中である古びた家屋に放たれたヤモリと意識共有をした。謹慎中の身でも懸命に「蟲使い」の捜索に協力をしていた。
(なるほど…ここはパン屋か。二階があるな…ん?ここは図書室か?生活感が全くない…多分、誰かの仕事場か事務所なのだろう…なんだ、この天井はっ!…蜘蛛の巣だらけだ!…もしかして…。)
バクスターはすぐに懲罰房の外の衛兵に連絡を取った。
次の早朝、パン屋に二人の憲兵と多数の犬が押しかけた。
「おい、パン屋。この家屋はお前の所有物か?」
「いえ…シーグアさんから借り受けて営業してます…何かあったんですか?」
「余計な事は喋らんでいい。二階を調べたい、合鍵を持っているか?持ってないなら勝手に扉を打ち破って…」
「あ…あります、あります!こ…これをっ…」
憲兵と犬は二階のシーグアの書斎に殺到した。犬達はしきりに鼻を鳴らし辺りを嗅ぎ回った。
マスターライバックの弟子が叫んだ。
「師匠、当たりです!犬が興奮しています。『蟲使い』の蜘蛛の臭いと一致したようです。」
「よし、犬に追わせろ!『蟲使い』のアジトを突き止めるのだ!」
「儂のカラスも向かわせよう。場合によってはロック鳥も出さずばなるまいて…。」
マスターヨアヒムは自分の弟子達に号令をかけた。
ティアーク王国城下町から南東に約150km、山脈の麓の険しい斜面にそれはあった。洞窟の入り口には角笛を持ったゴブリンの番兵が二匹立っていた。
その洞窟は五階層からなっており、その四階層の奥にシーグアの秘密の蔵書部屋がある。
三階層に続く階段から、全身を皮鎧で固め右手にロングソードを持ったゴブリンが降りてきた。身長が160cmぐらいある…ゴブリンロードだ。
ゴブリンロードは体を震わせ切迫呼吸をしていた。シーグアの部屋に向かっているところだ。
不意に後ろから声がした。
「おぅ…ゴブリンロードが四階層にいるとは珍しい…。」
ゴブリンロードは驚いて、振り返ってロングソードを構えた。
[誰だぁ〜〜っ!驚かせるなぁっ!]
ゴブリンロードよりも背の低い男が立っていた。
「いやいや…ゴブリン語で言われても、儂分からん。」
[なんだ…居候のドワーフか。俺の邪魔をするなっ!]
「だから…分からんて。」
ひとりと一匹は四階層の石畳の上をシーグアの部屋に向かって歩いた。
部屋に入るとコの字型の大きな書斎机があり、その真ん中にシーグアがいた。部屋は本棚と蜘蛛の巣でひしめいていた。
ゴブリンロードはシーグアを見とめると、地面に這いつくばってじりっじりっとシーグアに近寄っていった。
[シーグア様…いつもの…いつものをお願いしますぅ〜〜…]
シーグアはゴブリン語で答えた。
[ああ…お薬の時間なのですねぇ…分かりました。]
シーグアはゴブリンロードに手招きをした。ゴブリンロードはすぐに立ち上がってシーグアの後ろに回って書斎机の中に隠れた。
[ぎゃっ…]
一瞬ゴブリンロードの呻き声がしたが、ゴブリンロードは平然として机の陰から出てきた。呼吸は平常に戻っていたが目は充血していた。
[ありがとうございます…シーグア様。]
[あ…そうそう、ゴブリンさん…。近々この洞窟に敵が攻めてきます。仲間に戦いの準備をさせておいてください…相手は鳥と犬です…。]
[分かりました、シーグア様。]
ゴブリンロードはドワーフを横目で見ながら部屋を出ていった。
そのドワーフは頑丈そうなフルプレートメイルに兜、そして右手には小さな戦斧を持っていた。
「ああ、そうか。薬物漬けにしてたのかぁ…なるほどねぇ。」
シーグア曰く、知能の高い動物をテイムする手っ取り早くそして確実な方法は、「催眠」と「暗示」、そして「薬物」の使用だ。
「薬物」によるテイムの手法は研究はされている。しかし、人間に対してある種のケシに依存性が認められているのみであり、対象の生物の種類によっては効果がまちまちなのであまり実効性がないという結論に至っているのが現状だ。
「ガブリスさん…今日は一体何の…」
「シーグア、ファミリーネームを省くなよぉ〜〜!ガブリス=ガルゴだ。この前も言ったろぉ〜〜、儂は家名に誇りを持っているのだっ!」
「では…ガブリス=ガルゴさん…何のご用でしょうか…?」
「そろそろ煙突の掃除をしてくれんかの。炉の上にすすが落ちてきてかなわんのだわ。」
「この間終わらせたばかりでしょう…煙突掃除をさせると、私の可愛い蜘蛛達がすすに巻かれて体調を崩すのですよ…。」
「じゃぁ、この部屋を儂に使わせてくれないか?この部屋にも地上に直通の穴があるじゃないか。儂の部屋の穴より大きいから…」
「あれは私がここに来るための隠し通路ですよ…煙突ではありません…あなたは居候なのですから…もっと自重してくださいな…。そんなことだから…もう十年もここにいるというのに…時々私の蜘蛛やゴブリンに襲われるのですよ…。」
「まぁ〜〜…面目ないっ!」
天井から落ちてきて毒の牙でプレートメイルをガチガチと噛んでいる蜘蛛を左手で払い落としながらガブリス=ガルゴはシーグアの部屋を出ていった。ガブリス=ガルゴは自分の部屋から出る時は、重装備が欠かせなかった。
シーグアは書斎机から本体を引き出すと、自分の部屋を出て八本の足で五階層に向かう階段に歩いていった。階段を降りると…そこは地下水脈だった。




