五百八章 コッペリ村の変貌
五百八章 コッペリ村の変貌
エステリック王国軍がコッペリ村を占領して、キャシィズカフェは前にも増して忙しくなった。
早朝から、養蚕小屋とシルク工場で寝泊まりを始めた中隊長以上の士官クラスがキャシィズカフェにやって来て朝食を摂る。グレイスたちはこの兵士たち…二十数人分の小麦粉のパンとスープを毎朝準備せねばならない。そして、それから少し遅れてハルトマン将軍やカイル参謀…幕僚たちもやって来る。
その上、貴族というものは穀潰しな連中で…何と「昼食」を摂るのである。平民にしてみれば、一日三食を食べる彼らは信じ難い生き物だ。
そのせいで、キャシィズカフェの二基の石窯オーブンは小麦粉のパンを焼くために一日じゅう稼働し、三基の釜戸も常に鍋が掛けられていて湯気をもうもうと立てていた。
今朝はビッキーがエステリック軍の幕僚たちに、初めて「ご飯」を出した。平たく固めてカリカリになるまでフライパンで焼いたご飯を、鶏ガラで出汁をとった薄めの味噌汁の中に浮かべた。
最初、焼いたご飯をひと口食べると香ばしさが口一杯に広がった。しかし、それ自体には味はなく…味噌汁を飲むと丁度良い感じになった。時間が経つにつれて、焼いたご飯は少しづつスープを吸ってほろほろと崩れて味噌汁と一体となりそれを一緒に啜ると…ご飯のつぶつぶとした歯触りは残っていて、噛んだ瞬間に味噌汁の酸っぱさがご飯の甘みを引き立てるのだった。
ご飯と味噌汁の雑炊と言えばそれまでだが…色々な食感が味わえたとして、レンブラント将軍の絶賛を得た。
朝食後、忙しい後片付けと昼食の仕込みの合間を縫って、キャシィはキャシィズカフェから外に出た。
キャシィズカフェの舗装道路から歩いて大通りに出てみると…何と、コッペリ村大通りは幾百ものエステリック軍の幕屋でひしめいていた。
(うわわ、エステリックの兵士…何千人いるんだよっ!)
キャシィはエステリック軍の作戦本部がある宿屋に向かってゆっくり歩いていった…情報収集をするためだ。
「おい、そこの女っ!どこへ行くっ⁉︎」
キャシィは金属鎧の騎士兵に呼び止められた。
「あ、私はそこのキャシィズカフェの者です。食材がいくつか足りない物が出てきたので、将軍様にご相談しようと思いまして…」
「キャシィズカフェか…うむ、行って良し。」
キャシィはホッ…と胸を撫で下ろしながら再び歩き始めた。
宿屋の近くまで来ると、宿屋の前に村長がいて、騎士兵と何やら揉めている様子だった。
「…このままでは村人全員が飢え死にしてしまいます。ですから…何とか食料の配給をしていただきたい。コッペリ村はエステリック王国の領土…でしたらコッペリ村の村人もエステリックの領民ではないですか…」
「ええぃ、そんな余裕はないっ!帰れ帰れっ‼︎」
「後生でございます…何卒、なにとぞぉ〜〜…」
村長は宿屋の高床から蹴り落とされ三段の階段を転げ落ちた。すると…宿屋からカイル参謀が出てきて言った。
「村長の言う事にも一理ある…村人のために炊き出しをやりましょう…」
「あ…ありがとうございますぅっ!」
村長は足を引き摺りながら帰っていった。
カイルは騎士兵に耳打ちした。
「…炊き出しは、騎士兵ではなく義勇兵にやらせてください。義勇兵団の兵站を使って…ね?」
キャシィはその様子を見た後、大通りを離れ裏道を使ってダンの雑貨屋を目指した。
裏口から雑貨屋に入ると、ダンとオーレリィ、それから子供のジェイムズとオリヴァーがいた。
キャシィを見るや、すぐにオーレリィは声を掛けてきた。
「キャシィ、村の様子はどうだい?」
「兵隊たちがみんな持っていっちゃって…どこもかしこも食べ物がないみたいです…。」
「そうかい…うちもそろそろやばいよ。私たちは良いけど…ダフネには乳を出してもらわないといけないからねぇ…。」
「うちで何とかなります!食べる物が無くなったらキャシィズカフェに来てください!」
「うう、その時は頼らせてもらうよ〜〜…。」
キャシィはサムとダフネがいる二階の部屋に上がっていった。部屋に入ると、ダフネが赤ちゃんに乳を飲ませているところだった。
サムがダフネの代わりに挨拶した。
「やあ、キャシィ。」
「ほっ…赤ちゃんは元気そうだねぇ、安心したよぉ〜〜…。」
「うん、みんなのお陰でダフネもユノも元気だよ…」
「あっ、名前が付いたんだね⁉︎…ユノちゃんかぁ〜〜っ!」
「時々、イェルマのマリアさんと『念話』しててね…赤ちゃんの名前の相談をしたんだ。僕が赤ちゃんには母親の名前…ダフネに因んだ名前が良いって言ったら、『ダフネ』は川の女神の名前なんだってさ。それで、同じ系列の神話に『ジュノ』と言う主神の女神がいるんだって…豊穣と平和を司る女神だからどうですか?って…。さすが、マリアさん…僕みたいな似非魔導士じゃなくて学があるよね。で…僕たちの言葉で『ジュノ』を読み換えて『ユノ』にしたんだ。ダフネも呼びやすいって気に入ってくれてね…」
ダフネは笑みを浮かべ、満足そうな視線をキャシィに送って…
「キャシィもさ…早く子供を作りなよ。」
キャシィは顔を真っ赤にした。
「えっと…!それは…共同作業でして、私ひとりでは如何ともし難くぅ…」
「…ハインツはどうなんだい、可愛がってはくれないの?」
「うひえぇ〜〜…ま、まぁ…ぼちぼちですかね…」
「あはははは、『ぼちぼち』かぁ〜〜っ!」
三人は大笑いした。
夕方近くになって、キャシィはキャシィズカフェに戻った。そして、その途中でいつもの老夫婦と出会った。
「ああぁ〜〜…おじいちゃん、おばあちゃん、大丈夫だったあぁ〜〜?ちゃんと食べてるぅ〜〜?」
「ああ、キャシィちゃん…今ね、兵隊さんの炊き出しを貰いに行って来たんだけどね…」
「…で、どうだったの?」
「どうもこうもないよぉ〜〜…。大麦とトウモロコシだけのオートミールで、それもあっという間に無くなっちゃって、それっきりだよ。こっちは朝から何も食べてないって言うのにさぁ…」
「それは酷いねぇ…じゃ、ちょっとキャシィズカフェに寄って行きなよ。ライ麦パンくらいなら出してあげるよぉ〜〜…。」
「すまないねぇ、キャシィちゃん…恩に着るよぉ…。」
キャシィはキャシィズカフェに老夫婦を連れて戻った。老夫婦に食事をさせながら、キャシィはグレイスと話をした。
「グレイスさん…やばいですよ。これはうちだけの問題じゃなくて…下手をすると、村人全員が飢え死にしちゃいますよ。おじいちゃん、おばあちゃんから聞いたけど…エステリック軍の炊き出しだけじゃ全然足りないみたいですぅ…」
「そうだねぇ…何とかしないといけないねぇ…。」
「あのぉ…村人に食べ物を配ってもいいですか…?」
「…んだねぇ。でも、エステリック軍からちょろまかした食料を村人に配るわけで、うちの敷地の養蚕小屋や工場には兵隊たちが泊まってるし、あいつら食事にも来るし…ばれやしないかい?」
「…そこは何とかうまくやっちゃいます。よしっ、そうとなったら準備しなくちゃだっ!」
キャシィはセドリック、ハインツ、ケントの男たちに声を掛け、ワイン倉庫に連れていった。
「みなさん、ここの壁に30cm四方の穴を開けてください!」
「え…穴を開けてどうするつもり?」
「ここの壁は出口側の舗装道路に面しています。あそこの舗装道路は小屋と工場からは死角になっているので、ここに穴を開けると外の人に食料を配ることができるでしょ?」
「でも、大通りからは丸見えなんじゃ?」
「配給は…朝の八時から十時の間、ちょうど兵隊たちがここで朝食を摂っているまさに同じ時間に行います!」
「なるほど、その時間帯なら大通りの兵隊たちも朝食の準備で忙しいかもしれないね…。」
三人の男たちはノコギリとノミを持ち出して、キャシィが指示した壁の板をくり抜き始めた。そしてキャシィはライ麦パンを食べている老夫婦に言った。
「他の村の人に会ったら、こっそり教えてあげて…。毎朝八時からちょびっとだけ食べ物の配給をするから、困った人は来て…ってね。」
「キャシィちゃん、ありがとね…グレイスさんもありがとう…」
老夫婦は両手を擦り合わせてキャシィとグレイスを拝んだ。




