五百七章 祭事館のセイラム
五百七章 祭事館のセイラム
東城門は静けさを取り戻した。
セシルたちが城門の上から外側を覗いてみると…ハゲタカの一種がエステリックの兵士の死体に群がって、腐肉をついばんでいた。
セシルとサブリナはそれを目の当たりにして…
「うえぇ〜〜…気持ち悪いですね、先輩。」
「私たちがああならなくて、良かったわねぇ…。」
すると、隣で会話を聞いていたテレーズが言った。
「明日の朝になったら…死体は跡形もなく消えるよ、骨も残らないよ…」
「…どうして?」
「夜のうちに、砂漠の方から巨大なサソリやヘビがやって来て全部持っていってしまうからねぇ。」
「げげ…それはそれで気持ち悪いですねぇ。」
サブリナはかすかに地響きを感じて遥か北の方角を望むと…土煙が見えた。それは300近い四足歩行のリザードマンの大群だった。
城門をくぐったリザードマンの族長のジャンダルは直立歩行になって言った。
「遅ればせながら、参上つかまつった…!」
テレーズは言った。
「よく来てくれましたぁ…!」
すると、やはりセイラムが飛び降りてきて、ジャンダルに抱きついた。
「トカゲちゃぁ〜〜んっ!」
「これはこれは妖精どの…再び相見えましたな、息災で何よりでござった!」
ジャンダルはセイラムを肩車して、テレーズに言った。
「して…我らは如何いたそうっ⁉︎」
「西城門が攻められているんだ。悪いけど、そっちに行ってくれるかい?」
「うむ、承知したっ!」
リザードマンたちもまた、休憩も取らずに西城門を目指してイェルマ中央通りを掛けて行った。
リザードマンを見送って…セイラムは言った。
「セシルママァ〜〜、セイラムたちも戻らなくちゃだよぉ〜〜っ!」
「…えっ⁉︎」
今となっては東城門よりも西城門の方がはるかに危険である。できれば戻りたくない…と、セシルは思った。思ったけれど…
「じゃ、行くよぉ〜〜っ!」
「…セイラムちゃん、もう1日…もう1日だけ、ここに居よ?」
「だめぇ〜〜っ!」
「きゃっ…‼︎」
セイラムはセシルの背中に抱きつくと、そのまま空高くへとセシルを強制連行していった。眼下でサブリナが手を振っていた。
「セシル先輩、お達者でぇ〜〜。」
その後、ボタンとの約束…「我らを助けてくれたお礼はその時に改めてする。西城門でまた会おう」…を果たしてもらうためにアルフォンスもまた出発した。アルフォンスはボタンを忘れる事ができなかった。
ロバと荷車を引いてイェルマ中央通りをトコトコと歩き始めたアルフォンスにテレーズが大声で呼び止めた。
「アル…ちょっと待って…」
テレーズが駆け寄ってきて、アルフォンスに何かを手渡した。
「…何だ?」
「本来なら、私たちのひとりが西城門まで着いて行くべきなんだが…こっちも人手が欲しい。それでだ…これは『魚璽』と言う。これを持っていれば、イェルマ内で見咎められても、少なくとも敵認定はされないと思う…」
「ほうっ…」
「…もしもの時に、東城門の門番が獣人族に救援要請をして行って帰る時に使うものだった。詰所に置きっぱなしでずっと忘れられていたけどな。」
「そうか…ありがとう、世話になったな。」
「こちらこそ、ありがとう。」
アルフォンスとテレーズは固く握手をした。
二時間半の長距離飛行を終えて、セシルとセイラムは鳳凰宮の自分たちの部屋のベランダに降り立った。
二時間半の間硬直させていた筋肉を緩めたセシルは、疲れた体をヨロヨロとふらつかせてベランダの椅子に腰を落ち着かせた。
「ふうぅ〜〜…疲れたぁ…お茶が飲みたい…。」
するとそこに、ライラックとリグレットがやって来た。
「セイラムゥ〜〜ッ!」
「リグレットォ〜〜ッ!」
二人は抱擁して、その場でクルクルと回った。
ライラックが言った。
「セシルさん、ご苦労様です。セシルさんたちが突然いなくなって…東城門に救援に行ったと聞かされてびっくりしましたよ。」
「ねえぇ〜〜…セイラムちゃんはいつも突発的な行動をするので…私もびっくりですよ!」
「きな臭い状況になってきましたねぇ…。東城門が攻められて、イェルマ回廊が制圧されて…」
「ええっ!イェルマ回廊が陥ちちゃったんですかっ⁉︎…それは大変…。」
「リグレットもまだ小さいし…何とか、敵軍を食い止めて欲しいわ…。」
セイラムが言った。
「大丈夫、リグレットもリグレットママもセイラムが守るよぉ〜〜っ!」
「ありがとうね、セイラムちゃん。」
ライラックは膝を折って…愛娘のリグレットとセイラムを両腕で包んだ。
ライラックは中堅の剣士…戦争になれば前線を任せられるほどの兵士に違いない。しかし、我が子を産み育てているうちに、「兵士」の領分よりも「母親」の領分の方がより多くその心を占めているのだ。
その時…
「では…セイラムや。祭事館に行くと良い。」
「んん〜〜?」
そう声を掛けてきたのは、いつの間にか部屋に入って来たマーゴットだった。セシルたちはマーゴットに会釈した。
「セシルや、よくお戻りだね。東城門ではお手柄だったそうじゃないか。私が肩入れした甲斐があったというものだ…」
セシルが言った。
「あの…祭事館って…?」
「これはボタン様の発案だ。ボタン様は東城門で負傷者を治したセイラムの手腕を見て…アナ殿のそばで補佐させたいそうだ。何かと都合が良いので…現在、祭事館が臨時の神官房になっておる。」
セシルは思った。
(祭事館は南の一段目…本格的な戦争になったら戦場に近いわね…。でも、神官房って事なら、怪我をしても真っ先に治してもらえるかな…)
「えっと…私もですよね?」
「当たり前じゃ、お前たちはセットじゃっ!」
「…ライラックさんたちは?」
「うむ…それは考えておらんかったな。」
すると…
「ババァッ!リグレットもリグレットママも一緒だよぉ〜〜っ‼︎」
「ううう…分かった、分かった…。では改めて…ライラックよ、セシルとセイラムの護衛を任せる…。」
「心得ました。」
セシルたちは簡単に荷物をまとめて、鳳凰宮を後にして北の斜面を降りた。北の斜面には練兵部の施設が多くあるが、今はイェルマ中広場にイェルメイドたちが集中しているせいか、途中、誰とも会わず道という道は閑散としていた。
セシルたちが南の一段目の祭事館に到着すると、セイラムとリグレットは手を繋いでキャアキャア叫びながら新しい我が家?に喜び勇んで駆け込んで行った。
二人を最初に迎えたのは、クラウディアの七歳の娘フィアナだった。セイラムとリグレットは歳が近そうなフィアナを見た瞬間…「あっ、仲良くなりたい!」と思った。そして…元気な声で挨拶をした。
「こんにちわぁ〜〜っ!」
フィアナは…「あっ、友達ができそう!」と思って、ニヤニヤしながら二人に近付いていき…自己紹介した。
「フィアナだよぉ…ふふふ。」
「セイラムだよぉ…きゃきゃっ!」
「んふふ…リグレットォ〜〜。」
その様子を見ていた手の空いている見習いの少女たちが集まって来て…口々に言った。
「この子たちは誰かなぁ…聞いてる?」
「聞いてない…アナ様は何も言ってなかったわよ。」
「新しい見習い?」
セイラムとリグレットは集まってきたお姉ちゃんたちを見て、期待に胸を膨らませた。
(きっと…このお姉ちゃんたちが構ってくれるに違いない…!)
セシルとライラックが追いついてきて、見習いの少女たちに言った。
「あのぉ…アナ様はいらっしゃいますかぁ?」
「少々、お待ちを…。」
床に寝かされた五人のイェルメイドの容態を診ていたアナが、ジャスミンに呼ばれてやって来た。
「まぁ〜〜、セイラムちゃん、いらっしゃい。待ってたわよぉ〜〜っ!…セイラムちゃんが来てくれて心強いわぁ〜〜っ‼︎」
「アナァ〜〜ッ!」
「…セシルさんもよくいらっしゃいました…ええと、確か、こちらはライラックさんと娘のリグレットちゃんね?」
リグレットははにかんでいた。アナは命の恩人なのだが、もう覚えていない。
「私たちもこちらでお世話になる事になりました…よろしくお願いします。」
「メイ、みなさんにお茶を差し上げて。」
うはっ…やっとお茶が飲める…セシルは一瞬、そう思った。




