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戦乙女イェルメイド  作者: 丸ごと湿気る
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五百四章 梅花掌

五百四章 梅花掌


 オリヴィアは夜の南の斜面を一気に駆け下りた。南の三段目まで来ると、至る所にかがり火が設置されており、生産部の女たちが荷物を持って行ったり来たりしていた。

 三段目から下を望むと、闇の中に無数の光点がチカチカと瞬いていた。イェルマ中広場のかがり火だ。イェルメイドの仲間がすでに臨戦体制で、中広場に布陣しているなとオリヴィアは思い…武者震いが全身を走った。

 一段目まで降りると、オリヴィアは仲間の長い行列を見つけた。

(…何だろう?)

 風向きが変わると…良い匂いがオリヴィアの鼻をくすぐった。

「うわっ…炊き出しの行列だっ!」

 朝から何も食べてない事を思い出したオリヴィアは、今自分に一番必要なものはこれだ!と思いたち…しれっと行列に並んだ。

 お腹いっぱいにウシガエルの雑炊を腹に納めたオリヴィアは、さらに駆け降りてイェルマ中広場に到着した。イェルマ中広場はたくさんのかがり火で昼のように明るかった。

 中広場には、城門に近い方からまず剣士房の隊列が並んでいて、その次に馬を従えた槍手房、その後ろに戦士房の隊列が控えていた。オリヴィアは武闘家房の隊列を探した。

 一番後方で仲間のリューズ、ベラ、ドーラを見つけた。

「おおぉ〜〜い、あんたたちぃ…やっと見つけたぁ〜〜っ!」

「うおっ…オリヴィアッ!今までどこにいたんだよぉ〜〜…てか、出てきていいのかっ‼︎」

「いやいや、イェルマの危機にそんなの…問題じゃないでそっ!」

「いやいやいや…問題だろっ!」

 武闘家房の隊列は突然の脱獄囚の出現で色めき立った。

 すると、オリヴィアの声を聞きつけて…オリヴィアの苦手な相手がやって来た。

 中広場の武闘家房先発隊の隊長を拝命していたペトラが叫んだ。

「オリヴィアァ〜〜ッ!」

「げげっ、ペトラかっ!」

「脱獄囚の分際でぇ〜〜…もう一度、懲罰房へ叩き込んでやるっ!」

「ふんっ、出来るもんならやってみろぉ〜〜っ!」

 武闘家房の隊列がパッと割れて…二人を中心に囲みができた。

 ペトラは「飛毛脚」「鉄線拳」「鉄砂掌」のスキルを発動させた。それを感じたオリヴィアも、「軽身功」「黄巾力士」…そして、習得したばかりの「梅花掌」を発動させた。オリヴィアの手のひらが紅潮していき…梅の花のように濃いピンク色に染まった。

「ん…お前、まさか…新しいスキルを…?」

「だったらどうよっ…⁉︎」

「うぬぅ〜〜…!」

 ペトラは棍棒を握り締め、ジリジリと寄り足をして…オリヴィアに襲い掛かろうとした。

「ペトラ、待てっ!」

「…?」

 ペトラに「待て」の声が掛かった。声の主は…武闘家房房主のジルだった。

「ジルゥ〜〜ッ!」

「オリヴィア、お前…新しいスキルを覚えたんだって?」

「そうよ…よく分かりゃんけど、『梅花掌』ってスキルよ。神様はねぇ、今回はお外に履いていくズックをくれたのよぉ〜〜。月星の靴でね…何と、『キャンディキャンディ』のプリント付きなのよっ!」

 ジルは赤く染まったオリヴィアの手のひらを凝視した。

「オリヴィア…『梅花掌』を発動させたままで仲間を掌打してはならぬ。」

「…なんで?」

「相手が…死んでしまうからだ。」

「…へ?」

「…『梅花掌』は別名『紅砂掌』…『毒手』とも言う。」

「…毒?」

「その手で撃たれた者は、毒を受けたかのように…体が麻痺してしまう。指が触れた程度なら一瞬の麻痺で済むが…掌打を受けた者は麻痺で心臓が止まってしまう…。」

「な、な、な…何ですとおぉ〜〜っ⁉︎」

「今一歩で…ペトラを殺してしまうところだったな…。」

「ううう…そりは…嫌だな。」

 オリヴィアにとって、諍いが絶えない犬猿の仲の二人だとしても、タマラもペトラもイェルメイド…仲間には違いなかった。

 しかし、情けを掛けられたと思ったペトラは激昂した。

「死んでも構いませんっ!…母上、オリヴィアと戦わせてくださいっ‼︎」

「バカ者っ!これからイェルマを防衛しようという者が…ここで命を捨ててどうする⁉︎死ぬのであれば…敵と刺し違えて死ね…下がれっ‼︎」

「…。」

 ペトラはすごすごと消えるように武闘家房の隊列の中に下がっていった。

 ジルは言った。

「オリヴィア、どうしてここへ?」

「もちろん参戦するためよ、イェルマを守るためにわたしも闘うっ!」

「そうか…。実はな、ボタン様からお前に『恩赦』が出た。本来なら、これは女王や国の慶事の時のみ出され、罪人を赦すものだ。今回は、エステリック侵攻もあって…特別な計らいだそうだ。」

「むむむむむむむ…?」

「…要するにだ。もうお前は懲罰房には戻らなくとも良い…という事だ。」

「そっかぁ〜〜っ!さすがボタンちゃん、分かってるねぇ~~っ‼」

「お前は多分、ここに来るだろうと思って、その事を知らせようと待っておったのだよ。時に…お前は深度3をコンプリートして…上位職の『豪傑』になったのだなぁ。武闘家房創設以来…この域に達したのは、周直ジウジィ様を除けばお前が初めてだな…。」

「お…そうなんだ⁉︎…うひゃひゃひゃひゃ!」

「お前も参戦するのなら、『臨戦装備』に変えておいで。武闘家房の房主堂に新しい皮鎧を用意してあるからね。」

「ありがとおぉ〜〜、ジルッ!」

 オリヴィアはすぐに北の五段目の武闘家房に向かって駆けていった。

 その後ろ姿を見送りながら、ジルは思った。

(オリヴィアが上位職の『豪傑』か…。もう、タマラもペトラも…この私ですらもかなうまいな…。)

 「スキル」と「上位職」というシステム自体が「神の祝福」である。人間が努力研鑽して「スキル」を習得してより強くなる…それを神は喜ばれる。

 そして、スキルが四つになると「上位職」に昇格する。これはある種のレベルアップで、その度に筋力、敏捷性、反射神経などの運動能力も上昇する。深度1コンプリートで+5%、深度2コンプリートで+10%、深度3コンプリートで+15%、深度4コンプリートで+20%である。特に、深度5コンプリートは尋常では到達できないため…+30%のボーナスがある。

 現在深度2コンプリートの「カンフーマスター」であるタマラやペトラ…決して弱いわけではないが、大人になって筋肉や骨格が出来上がってしまった状態でオリヴィアの+15%の壁を越えるのは容易なことではないのだ。

 ちなみに、房主のジルは深度3のコンプ手前で止まっていて、スキル「迎門三不顧」を持っていない。

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