五百三章 援軍の帰還
五百三章 援軍の帰還
その日の深夜、援軍を率いたボタンが鳳凰宮に戻って来た。
ボタンの部屋に詰めていた「四獣」たちが女王ボタンに一礼した。
「…状況は?」
マーゴットが状況説明をした。
「敵の数は約3000…日を増すにつれ増えております。なので、イェルマ回廊を封鎖いたしました…」
「ふむ…では、二、三日は時を稼げるな。その間にこちらの準備を万全にせよ!」
白虎将軍のライヤが言った。
「練兵部では、各房に待機を命じ、OGたち予備役にも非常呼集を掛けました。現在、城壁にてアルテミス率いるアーチャー50が迎撃体制を敷いております。」
黒亀大臣のチェルシーは言った。
「生産部はすでに非常体制に入っており、兵站の確保に尽力しております。」
「ご苦労っ!現時点をもって…城塞都市イェルマに戦時非常事態宣言を発令するっ‼︎」
練兵部のイェルメイドたちは準備を始めた。普段は「通常装備」として、イェルメイドたちは麻のシャツと鋼材のカチューシャに皮鎧という軽装備であったが、非常事態宣言により「臨戦装備」に切り替わる。
イェルメイドの十五歳班以上に鎖帷子の装備が義務化され、前衛職の剣士、戦士、ランサーは胸に鋼板を縫い付けた肩当て付きの皮鎧に、皮の籠手、軍靴に脛当てといった完全装備となる。
中衛職の武闘家、斥候、そして後衛職のアーチャーに関しては機動力が重視されるため、完全装備は義務化されてはいないが、心臓部分に鋼板か分厚い皮の胸当てを装備する。
女王ボタンも、タチアナが持ってきた金属製のチェストアーマーと金属製の籠手、脛当てを装備して颯爽と部屋を後にした。
タチアナは言った。
「ボタン様、夜を徹して東城門から戻って来たのです…朝まで休まれては?」
「無用っ!すぐに城門に出向いて自ら指揮を執るっ‼︎」
その時、マーゴットはある『念話』を受けた。そして…
「ボタン様…」
「どうした?」
「懲罰房を脱獄して長らく行方をくらましておりましたオリヴィアが鍛治工房にて発見されたそうです…」
「あはははは…よりにもよって鍛治工房に潜伏するとは、いつもながらオリヴィアちゃんは何を考えているやら…」
「それで…アヤメ殿から上奏があり、オリヴィアの罪を赦してイェルマ防衛に参加させたい…との事です。」
「何と…!オリヴィアと母上が一緒にいるのか…あの二人は昔から馬が合うからな…。ふふふ、あい分かった。では…オリヴィアちゃんに『恩赦』を出す…以上だっ!」
「…かしこまりました。」
東城門から帰ってきたアナが馬車から降りて、北の五段目の神官房に向かおうとしていると、同乗していた女魔導士が言った。
「アナ様、非常事態宣言が出されました。南の一段目の『祭事館』にお移りください。」
「…ん?」
「戦闘が始まりますと…負傷者を北の五段目まで運び上げるのは手間です。なので、『祭事館』が臨時の神官房となります。」
「なるほど、南の一段目なら近いし…『祭事館』なら300人くらい収容できます…野戦病院って訳ですね。」
アナが南の一段目に登っていくと、至る所にかがり火が設置されており、深夜だというのに生産部の女たちが大量のリネンのシーツ、包帯、毛布、綿の肌着などを祭事館に運び込んでいた。
アナが祭事館に入ると、すでに八人の神官見習いの少女たちとクラウディア、そして娘のフィアナがいた。神官見習いたちは運び込まれた大量のリネンのシーツ等を整理していて、クラウディアは薬草、塗り薬、飲み薬の在庫を調べていた。
「アナお姉ちゃ〜〜ん!」
「まぁ、フィアナちゃん。どうしてここに?」
「あのねぇ…学舎がお休みになったの。」
「あっ、そうか。」
本格的な戦争を前に、学舎の児童たちは宿舎で待機となり、母親や保護責任者がいる児童に限って親元に返される。
クラウディアがやって来て、アナに尋ねた。
「…第二次侵攻の時はすぐに終わったけど、今回はどのくらいなんだろうねぇ…。」
「さあ…私はまだ何も聞かされていないので…でも、西と東の城門を同時に攻めてきているみたいだから、同盟国は本気みたいですねぇ…。」
アナはそう言いながら、もう一度祭事館の中をくるっと見渡した。
「あれ、マックスさんは?」
クラウディアが答えた。
「ああ…神官房だよ。男だし…色んな意味で、神官房の方が安全だろうってことでね。日に二回、見習いさんがご飯を持って様子を見に行く事になってるよ。」
「…そうですか。」
「アナさん、お疲れだろう…もう休んだら?」
「…そうですね。ずっと馬車の中だったし…ちょっと休ませてもらいましょうかね…。」
アナは積まれていた毛布を一枚取り上げると、それを床に敷いて…服を着たそのままで、その上にコテンと横になった。それを見たクラウディアは…
「ああ、ここで寝なくても…神官房の自分の部屋で…あらっ…!」
アナは起こすのが気の毒なほどに…すでに爆睡していた。東城門までの馬車での移動だけで往復二十四時間…兵士の身でないクレリックのアナには相当に堪えたようだ。
槍手房の房主堂。
ジャネットは房主堂の板間で、房主のカレンの前で土下座をしていた。ジャネットの両脇には師範のベレッタとルカがいた。
カレンは言った。
「なぜ、ベレッタとルカがおるのだ?」
「はぁ…ジャネットに拝み倒されまして…」
ジャネットは板間に額を擦り付けながら懇願した。
「エステリック軍の侵攻が終わるまで…お暇をいただきたくぅ〜〜…!」
「…理由は?」
「…。」
「理由も分からんじゃぁ…なぁ…」
カレンは困った顔で両師範の顔を見た。
確かに…詳細不明で暇乞いの許しは出はしまいと思ったルカは…ポツリと言った。
「…男です。」
「男だとっ⁉︎」
ジャネットは喉から絞り出すような声で叫んだ。
「マ…マ…マックスを守りたいっすぅ〜〜っ‼︎」
「…マックスとは誰だ?」
ルカは言った。
「クレリックのアナ殿が連れてきた男です…どうも、ジャネットはその男に『ホ』の字のようでして、今考えますと…私をダシにして毎日通っていたようです。…私も先ほど聞かされて、驚いているというか…」
ジャネットの…歯を食い縛り涙でぐしゃぐしゃにした真っ赤な顔から、その決意の固さを見てとったカレンは困った。
「うぅ〜〜ん…」
ベレッタが鬼の形相で言った。
「ジャネット、諦めろっ!そもそもだなぁ〜〜、男のためにイェルメイドの義務を放り出すなど…以ての外だっ‼︎」
カレンはベレッタを制した。
「待て待て…。おい、ジャネット…よく考えてみよ。男は神官房にいるのだろう?お前がその男を守ったとして…敵が神官房のある北の五段目まで攻め込んで来たとなると、それはもうイェルマはお終いという事だ。お前ひとりがどんなに頑張ったとしても…お前も男も死ぬ。それよりも…お前は敵を神官房に寄せ付けない努力をしたらどうだい?前線で戦い、ひとりでも多くの敵を倒す方がその男を守るって事になりはしないかえ?」
「はっ…そうかっ!」
ジャネットは何かを悟ったかのように、キッと房主カレンを睨んで叫んだ。
「私を最前線に送って欲しいっすっ!私は…必ず敵を100人ぶっ殺すっすっ‼︎」
「ジャネットよ、よくぞ言った!」
…カレンはふぅっと大きく息を吐いた。




