五章 ティアーク王国城下町
五章 ティアーク王国城下町
エルフの少女ヴィオレッタを仲間に加えたイェルメイドの一行は三叉路に戻り、左の道を夜を徹して馬車を走らせた。
ヴィオレッタの首にはめられた鉄の首輪はアンネリがヤスリを使って削り切った。
夜が明けた頃、ティアーク王国の城門前に着いた。多くの旅人が門が開くのを待っていた。
「あ、しまった。どうしよう!」
ダフネはヴィオレッタに言った。
「あたしたちにはエステリック王国の身分証があるけど、ヴィオレッタさんの分がない!」
もちろん偽造した身分証である。
「強行突破しましょう!」
オリヴィアの言葉をたしなめるかのようにヴィオレッタが言った。
「ふふん、私に任せておいて。」
ヴィオレッタは馬車から降りると、旅人の列を見て回った。
「次の馬車、こちらへ。」
ダフネたちの馬車が入国のための検問を受けた。門番の兵士が荷台の幌の中を確認した。中には少女がひとりいた。少女は豪奢なドレスを着込み、たくさんのアクセサリーを身に着けていた。
「ふむ、やっとティアークへ到着したのじゃな。苦しゅうない。」
そう言ってヴィオレッタは兵士に左手を差し出した。長い耳は複雑に編み込んだ髪の中に隠していた。
兵士は手を差し出された意味がわからなかった。
「何じゃ、この痴れ者め。エスコートもできんのか!」
ヴィオレッタは兵士を叱責し、自分で馬車を降りた。
「どうした、迎えは来ておらんのか⁉︎」
ヴィオレッタは兵士たちに向かって怒鳴り散らした。
「何かあったのか!問題か?」
いかにも偉そうな兵士が詰所から出てきた。多分兵士長、門番の責任者だろう。
「お前が責任者か?迎えはまだか!どうなっておるのじゃ⁉︎」
兵士長はヴィオレッタのドレスと立ち振る舞いを見て言った。
「あ…あんた誰だ?」
「あんただと⁉︎無礼者め!我はガルディン公爵家第四息女アルティナ侯爵夫人の第三息女、カレイニナであるぞ!」
兵士長は何となく…うつろではあるが…そんな名前に…聞き覚えがあった。
「エステリック王国にて外遊しておったが、此度、家の所用にて戻ってまいった。途中、不埒な輩に襲われ、馬車を失いはしたものの、無事帰参した次第じゃ。先ぶれをよこしたはずじゃ!」
「こちらには何の連絡も…」
「無礼者め、無礼者め、無礼者めぇ〜〜〜!お祖父様はこの国の太公ぞ。お前のような不届者は打首じゃ‼︎」
「も…申し訳ございません‼早速ご実家に早馬を走らせます…」
「もうよい、気分が悪いわ!ダフネよ、早う馬車を出せ!」
「ははっ、仰せのままに。」
ダフネは兵士長に手招きをして近くまで呼び寄せた。
「申し訳ありません。お嬢様のわがままです。どうぞ、このことはご内密に。」
そう言って兵士長の手に金貨一枚を握らせた。兵士長は何を内密にしていいのか、訳もわからず、ただただ平伏してペコペコとお辞儀を繰り返した。
ダフネたちの馬車は兵士長に見送られて、無事検問を通過した。
「うまくいったね。ヴィオレッタさん、策士だねぇ。列に並んでいる服の卸商人からドレスを買って貴族の令嬢になりすますとは。」
「ティアーク王国には二年いたからね。貴族の内情にはちょっと詳しいのよ。この国じゃ、王様より貴族の方がでかい顔してるからね。」
馬車の後から、検問を通過したアンネリとオリヴィアが合流した。
時間は朝九時を過ぎていた。
「オリヴィアさん、今から冒険者ギルドに行くけど、くれぐれも目立つ事しないでよ。何があっても自重してよ。」
「分かってる!分かってるってぇ〜〜!」
四人は冒険者ギルドの前に馬車を停め、ギルドホールに入っていった。エルフとばれると何かと面倒なのでヴィオレッタはフードを深々と被り、長い耳を隠した。
ダフネが受付カウンターまでいくと受付嬢が声をかけた。
「初めて見る方ですね。冒険者登録希望ですか?それともクエストの発注ですか?」
「は?いえ…あの、ヒラリーってどの人?」
「ヒラリーさんは今クエスト中ですよ。二、三日は帰って来ませんね。」
「そうか。どうしよう…」
「ヒラリーさんに御用ですか?すでに他の町で冒険者登録がお済みでしたら、ヒラリーさんに連絡をおつけしても構いませんが…?」
「いや、冒険者登録はしてないんだけど。」
「そうですか。冒険者登録されていない方に他の冒険者の情報をお渡しするのは差し控えております。どうでしょう?とりあえず登録だけでもなさっては?銀貨三枚の手数料はかかりますが、何かと便利ですよ。ギルドホールを利用されるならいろんな割引もございますし、格安の宿屋もご紹介できます。」
受付嬢は登録書を出して促した。ダフネは読み書きは苦手だった。オリヴィアはわざとそっぽを向いていた。ダフネは書類を睨みつけ、髪を掻きむしり、そのまま固まっていた。
見かねたアンネリがダフネからペンを引ったくって書類に書き始めた。
「エステリック王国の方ですか。登録は三人ですね。戦士、斥候、え…この職種は…かなり珍しいですね。」
受付嬢は三枚の登録書と身分証を見比べた後、ポンポンポンとギルドのハンコを押した。
銀貨九枚を受け取った受付嬢はにっこり微笑んで言った。
「この大通りをはさんで向かい側に極楽亭という宿屋がございます。そこでこのギルドのメンバー票を提示していただくとお安くご利用できますよ。」
「通りの反対側ね。わたし先行ってお部屋とっとくー。もう、眠くて眠くて。」
そう言ってオリヴィアは気だるそうにギルドホールを出ていった。
残りの三人はホールの隅っこのテーブルに陣取り、辺りの様子をうかがった。
「実はね、この町はシーグアの出身地らしいの。どこか本を売ってる雑貨屋はないかしら。まだ読んでいないシーグアの著作物があるといいのだけど。」
「シーグア…誰だっけ?」
ダフネとアンネリはヴィオレッタの問いかけに上の空だった。
冒険者と呼ばれる男たちがビールをあおりながら、まるで品定めをするような眼でダフネたちを見ていたからだ。みんなそれなりの皮鎧を身につけ、それなりの得物を腰にぶら下げていた。
「女の冒険者っていないのか。男ばっかりだ。」
「あなたたち、男が目的で来てるんでしょう?」
「いやぁ〜〜、勘弁。ここの男どもはなんかドロドロしてて気持ち悪い。」
「同感。」
アンネリの同意を得たところでダフネ達は席を立った。
極楽亭は見た目オンボロ宿屋だったが、この辺りでは一番部屋数が多く、人気があるらしい。
オリヴィアは極楽亭のカウンターの前にいた。
「ごめんくださ〜〜い。」
「ほーい、今行くよ。」
ホールでテーブルを片付けていた大男がオリヴィアに近づいて来た。男の右足は義足だった。
「お部屋をふたつ用意してくださいな。冒険者価格でお願いしまーす。」
「へえ、お姐さん冒険者なのかい。見ない顔だね。」
「うん、さっき登録したばかりなの。じきに仲間がメンバー票持ってくるわ。」
男の名前はヘクターといい、一応この宿の主人だった。
ヘクターはオリヴィアの露出度の高い薄い衣装に苦言を呈した。
「どこの国の出身かは知らねえが、この国じゃもう少しおとなしめの服をお勧めするぜ。」
「え〜〜なんでぇ〜〜?」
ヘクターは、こいつダメな子だ…と思った。ヘクターは無言でカウンターの奥へ移動した。その時、義足が床板の繋ぎ目に挟まってよろめき、盆の上の大きな樽型ジョッキを落とした。
オリヴィアはすかさずその樽型ジョッキを空中で掴んで盆の上に戻した。
「お兄さん、気をつけなきゃ。」
ヘクターは驚いた。オリヴィアはジョッキの把手ではなく胴部分を手のひらで掴んだ。男の大きな手ならまだしも、落ちていくこの樽型ジョッキの胴を女性の小さな手で掴んで持ち上げるなど不可能だ。しかしこの女はやってのけた。何という握力だ。
ヘクターは元冒険者だ。剣士として一級まで登り詰めた猛者だった。しかし、クエストで右足を失い引退した。冒険者ギルドへの貢献が考慮され、ギルド所有のこの宿屋の主人を任されなんとか生計を立てることができている…素人ではない。
「お兄さん?お兄さんってば!」
「あ…ああ、なんだ?」
「外に馬車を止めてるんですけどぉ。」
「そ、そうか、わかった。ジョルジュ、ジョルジュはいるか?」
ヘクターは大声で叫んだ。
「はーい。」
栗色の髪の少年が厨房から飛び出してきた。
「外の馬車を馬屋に入れとけ。それから馬に水と飼葉やっとけ。」
「はーい。」
ジョルジュは宿の外に飛び出していった。
「今の子、ジョルジュっていうのね。」
「ああ、ここで使ってはいるが冒険者見習いってとこかな。冒険者の登録は十五歳からだからな。俺が剣の練習とか見てやってるんだ。あと一年だな。」
「ふう〜〜ん。十四歳か、可愛い子ね。」
オリヴィアは股間に熱を感じたのか腰をくねらせた。そして少年が出て行った扉を潤んだ瞳でずっと見ていた。
すると、少年ではなく、小汚い髭面の三人組が宿に入ってきた。
「ヘクター、ビールくれ、大ジョッキでな。」
三人はホールの椅子にどかっと座った。
「お前ら、また来たのか。ツケを払わなきゃ飲ませないって言っただろう。いくら溜まってると思ってるんだ!」
「必ず払うって!」
「俺が知らないとでも思ってるのか⁉︎知ってるぞ、お前ら、ギルドホールでもツケ溜めて出禁になってるんだってな。おとといきやがれ!」
三人はテーブルで不貞腐れていた。一番背の低い髭面がオリヴィアの方をちらっと見て、いやらしい笑みを浮かべた。
「ここはいつから連れ込み宿になったんだい。そこの姐ちゃんは踊り子か、それとも娼婦か?」
「貧乏で汚くて不細工なオジサンってやぁ〜ねぇ、死ねばいいのに。」
オリヴィアは腰をくねらせながら、まだ少年が戻ってくるのを待っていた。
背の低い髭面がオリヴィアのそばにやって来た。
「姐ちゃん、今何か言ったか?」
オリヴィアはニコニコしながらその男を無視した。
「まぁ、いいや。その代わりビール奢ってくれよ。そしたら今の暴言聞かなかったことにしてやるぜ。それと今晩付き合ってくれたら嬉しいねぇ。」
男はオリヴィアの胸の谷間を覗き込むように顔を近づけてきた。
オリヴィアはシカトし続けた。
「おいこら、何とか言えっての…」
男はオリヴィアの肩を掴んだ。
「やめろ!」
ヘクターの声よりも早く、オリヴィアは男の手の甲を右手で肩に固定し、左腕を男の右肘あたりに被せて男の右肩の関節をきめてしまった。そしてそのまま体重を乗せると男の肩関節は脱臼した。一瞬の出来事だった。
「うぎゃああああ〜〜〜〜‼︎」
男は右肩を左手で押さえながら床の上を転げ回った。
「このアマァ、何しやがった!」
背の高い痩せた髭面がオリヴィアを両手で捕まえようと襲ってきた。オリヴィアは慌てる様子もなく男の股間を蹴り上げた。
「ぐ…」
男は一言唸って、そのまま床に崩れ落ち動かなくなった。
最後の髭面は巨漢だった。ゆうに200キロはあるだろう。ゆっくり椅子から立ち上がると、腰のロングソードを抜き放った。一歩一歩オリヴィアとの距離を詰めていき、間合いに入るや否や無言でロングソードをオリヴィア目掛けて振り下ろした。
オリヴィアはすかさず歩を進め、左の手刀でロングソードを持った男の右手首を払い、腹目掛けて拳の一撃を放った。
「うっ!」
と、唸って男は前屈みになった。姿勢を低くしてそれを待っていたオリヴィアは掌底で男の顎を突き上げた。
ガチンッ!
男は砕けた歯を口から吹き出しながら両手で顎を押さえて床をのたうち回った。その様子を見てオリヴィアは手刀を胸の前に構えて一言いった。
「あ〜み〜だ〜ばぁ〜。」
そこに馬の世話を終えたジョルジュが帰ってきた。
「うわっ!」
ジョルジュは宿の中の惨劇を見て叫んだ。
「おい、ジョルジュ、冒険者ギルドに行って薬師かクレリック呼んで来い!」
ヘクターの言葉にジョルジュは踵を返して再び外に飛び出していった。
「えええ〜〜〜〜、ジョルジュゥ〜〜〜〜〜!」
がっくりしたオリヴィアは近くでうずくまっている男の頭をサンダルの先で小突き回した。
ヘクターはオリヴィアにささやいた。
「あんた…武術家かい。」
オリヴィアの職種は武術家だ。東の世界では一般的な職種だが西の世界では珍しい。総合的にいろんな武器を扱うが、徒手格闘戦に特化している。
ダフネたちがギルドホールからやって来た。
ダフネは床に転がっている三人組を見てはっとし、オリヴィアを睨んだ。オリヴィアはすっと視線を外した。
「オリヴァアさん!目立つなってあれほど言ったのにぃ〜〜…」
「え〜、正当防衛よ。この人たちが先に仕掛けてきたんだから。ねぇ、お兄さん?」
「う…うぅ〜ん…」
ヘクターは返答に困った。
そもすると、ジョルジュと担架を持った男たちが宿に駆け込んできた。薬師らしき男が三人組の患部を調べ、クレリックらしき男が呪文を唱えていた。そして、三人を担架に乗せてどこかに連れて行った。行き先は聖堂だろう。
ギルドホールで受付をしていた女性がその場に残っていた。
「ヘクターさん現場を見てましたよね?誰の仕業ですか?」
ヘクターは不詳不精でオリヴィアを指差した。
「あなたは…さっき冒険者登録をした人?女の人ですよ⁉︎ひとりで…まじで?」
「だって酷いんですよ〜。ロングソードでいきなり切り掛かってきたんですもの、わたしも驚いちゃって、つい力が入っちゃったんですぅ〜〜。」
「と、とにかく、そこの人。今からギルドマスターと協議して明日の朝裁定を下しますので、今晩は宿から出ないでくださいね。外出禁止です。」
「えええ〜〜〜、ひっど〜〜い!濡れ衣だわ‼︎」
受付嬢はそそくさと宿を出ていった。ヘクターが頭を抱えていた。
「すまんな。ギルドには逆らえないし…それに冒険者同士の殺し合いは御法度だ。一番やっちゃあいけない禁忌だから見過ごす訳には…。」
「ふん!まぁいいわ。どうせ今日はもう外に出る予定はないし。今から寝るし!寝よ寝よ。」
オリヴィアは部屋の番号札を引っ掴んでドカドカと階段を上がっていった。残されたダフネたちは空気が抜けたようになっていた。
「お兄さん、食べるものを出して。とびっきり美味しいのを三人前。」
「あいよ!」