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戦乙女イェルメイド  作者: 丸ごと湿気る
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四百九十七章 徴発

四百九十七章 徴発


 ダンの雑貨屋。

 一階店舗ではエステリック王国騎士兵たちが店の品々を「徴発」と言って一切合切を運び出し、ほぼ空っぽの状態になっていた。

 オーレリィたちは二階の一室に集まっていた。

 オーレリィはみんなを諭した。

「いいかい?軽はずみな行動をとってはだめだよ。コッペリ村を埋め尽くすほどの軍勢…私たちがどう足掻いても焼石に水ってもんだ。特にダフネ…お前はもうお母さんなんだからね、自分だけの命じゃないんだからね。」

 ダフネは赤ちゃんを抱いて無言で頷いた。

 オーレリィは続けた。

「それで、サム…イェルマは何て言ってる?」

「…このままコッペリ村に留まって、同盟国軍の動静を『念話』で送れと…。」

「今私たちが出来る事は、それしかないだろうねぇ…。」


 キャシィズカフェ。

 ここでも、みんなは一階に集まって今後の相談をしていた。

 キャシィはハインツに尋ねた。

「ハインツさん…粉屋はどうだった?」

「…だめだった。扉を破られてて、中の穀物は根こそぎ持って行かれてた…。」

「…困ったなぁ。食堂だから、食べ物はしばらくはあるけど…うちは大所帯だからなぁ…。」

 キャシィズカフェの住人は、グレイスとその養い子が九人、息子のセドリック、キャシィとハインツ、駆け込みカルテット、下宿人のフリードランド夫妻とケント…総勢二十人だ。

 セドリックは言った。

「こういう場合って、どうなるんだろう…あいつらは好き勝手に食料を徴発していったけど、戦争が終わるまで、僕たちはどうすればいいの?その辺の野っぱらや山で野草や動物を獲ってきて自給自足しろって事なのかな?」

 キャシィが言った。

「私たちは戦時捕虜…本来なら、捕虜は一箇所に集めて監禁するところだけど、コッペリ村には300人くらい住んでるから自宅謹慎って形をとって…放置って感じ?」

「でも、自給自足にも限界があるよ…。戦争が何ヶ月も続いたら…僕ら飢え死にしちゃうよ!」

「エステリック軍は私たちが飢え死にしても気にしないよ。あいつらは遥かエステリックから遠征して来てる…この規模の軍隊だと、持ってきた兵站はすぐに食べ尽くしちゃうよ。捕虜に食糧を配給するどころじゃないって…。」

 軍隊が遠征先で捕虜をとる事は非常に危険だ。食糧事情は悪くなるし、内乱を起こされることもある。なので…兵站にかなりの余裕でもない限り、または後々の和議で交渉材料とする目論見でもない限りは敵兵は捕虜とせずに皆殺しにするのがセオリーだ。

 その時、キャシィズカフェに騎士兵団一個中隊が押し掛けてきた。その中にはなんとカイルがいた。カイルは看板の横のユーレンベルグ家の紋章をじっと見ていた。

 驚いたキャシィはカイルたちににじり寄って怒号を浴びせた。

「あ…あんたたち、また来たのおぉ〜〜っ⁉︎ここはユーレンベルグさんのお店なのっ!あんたたちは手を出しちゃだめなのっ‼︎」

 すると、カイルが冷静さを保って言った。

「まぁ…あなたたちとユーレンベルグ男爵との間に交わされた契約に関しては考慮します。しかし、我々はあなたたちとコッペリ村の村長の間に交わされた契約については疑義を申し立てます。」

「んん…?」

 カイルはコッペリ村の土地建物登記台帳を見せながら言った。

「この台帳によると、この土地はコッペリ村からの借地ですよね?」

「そ…そうだけど?」

「ですが、コッペリ村はエステリック王国の領土…この土地の使用については王国に優先権と決定権があり、あなたたちと村長との契約は無効とします。よって、あなたたちの建物はエステリックの土地に不法に『建っている』ことになる…」

「えええ…そんなバカな…!」

「村長はコッペリ村はエステリック王国の領土だと認めましたよ。」

「で…でも、借地代はちゃんと払ってますよっ!」

「うむ…では、今までは良しとして…本日付けでエステリック王国と新しい契約を交わしてください。この借地契約書に署名してください。」

 そう言って、カイルは一枚の契約書を差し出した。キャシィはそれを受け取り、ずっと内容を読んでいって驚嘆した。

「うげげっ!この土地の借地料が…一気に300倍っ⁉︎…馬鹿げてるっ‼︎」

「嫌ならそれでもいいですよ。本来なら…我々は有無を言わさずにこの店を徴発できるのです。それを…ユーレンベルグ男爵の提携店ということで法に則って解決策を提案しているのですよ。相当に便宜を図っているつもりですがねぇ…。」

「むむむ…」

 キャシィはひとりでは判断ができず、セドリックに相談した。このキャシィズカフェ、それから機織り工場の本当の所有者はセドリックなのだから…。

「セドリックさん…どうするぅ?」

「…この際…仕方ないでしょう…。この契約書に署名する以外、僕たちの生きるすべはないような気がします…。」

「…。」

 セドリックは不本意ながら契約書に署名した。

 カイルはニコリと笑ってその契約書を受け取った。

「それでは、このお店に関しては従来通りに使用することを認めます。食堂でもワインの販売でも…お好きにどうぞ。」

 その言い草にキャシィは激怒した。

「あんたたちがコッペリ村を占領して戒厳令を出してるってのに…お客が来るわけないでしょ〜〜がぁ〜〜っ…!」

「…あなたたちのお店が儲かる儲からないの事までは、我々は責任を持てませんねぇ。」

「ぬぁ〜〜にぃ〜〜うぉ〜〜っ…!」

 ぶち切れそうになっているキャシィをハインツが必死になだめた。

 しかし…カイルの来訪の目的ははこれだけではなかった。

「さて、このお店に関してはこれで終わりです。…裏には工場があるそうですね?」

 セドリックは答えた。

「はい。でも、まだ稼働していません…」

 カイルは一個中隊を引き連れてキャシィズカフェの裏に回った。

「お〜〜…この小屋と工場はまだ新しいですねぇ。士官たちの宿泊施設にはうってつけですね…。」

 セドリックはカイルの言葉に耳を疑った。

「えっ…それは、どういう意味ですか…?」

「この工場はまだ稼働していないんですよね?レンブラント将軍の権限により、この工場の計画を一時中止とし、この建物は我々エステリック軍が徴用する事とします。」

「えええっ…どうして…この工場の借地料も支払っているのに…」

「…食堂の建物は現在人が住んでいて稼働していますが、この工場は人もおらず稼働もしていない…遊ばせておくのは勿体無いじゃないですか。この工場建物は我が軍が有効活用させていただきます。」

 セドリックは粘った。

「この機織り工場にも…ユーレンベルグ男爵が投資しているんですよ!」

「また『ユーレンベルグ男爵』ですか…いい加減にして欲しいですね。確かにユーレンベルグ男爵はエステリック王国にも影響力を持っておりますが、それはあくまでも『ワイン』に関してです。男爵のワインの商売に関しては大目に見ますが…機織り工場への投資までは我々は関知しません。」

 エステリック軍の一個中隊が養蚕小屋と工場に入っていった。

「ディラン参謀、機織り機が多数置いてありますがどういたしましょう⁉︎」

「…外に出してください。」

 エステリックの兵士たちは工場の窓から機織り機や糸紡ぎ車を次々と外に放り出した。養蚕小屋に入った兵士は箱の中の蚕の幼虫を見て…

「うわっ、毛虫か…気持ち悪い!」

 そう言って、蚕の幼虫を箱ごと外に放り投げた。

「うわあぁ〜〜っ!お願いですから、や…やめてくださいっ‼︎…この工場は、ぼ…僕の夢なんだ…」

 セドリックの懇願も虚しく…兵士たちはどんどんと作業を進めて小屋と工場を空にしていった。地面にぶち撒けられた蚕の幼虫たちは強い直射日光にさらされ、しばらくもがいていたがそのうち動かなくなった。二階、三階の窓から投げ落とされた機織り機や糸紡ぎ車は鈍い音を立ててフレームは裂け支柱は折れた。

 セドリックは何度も何度も兵士たちにしがみついて止めようとしたが、その度に酷く殴られて地面に転がった…カイルは見向きもしなかった。

 グレイスが顔を腫らし号泣するセドリックを抱きかかえて…呪文のように囁いた。

「セディ…こらえて、今はこらえて…。この恨みはいつか必ず…いつか必ずぅ〜〜…!」

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