四百九十六章 カイル参謀
四百九十六章 カイル参謀
エステリック王国軍の第二陣がコッペリ村に到着した。
馬車列の6番目の大型ワゴン馬車から立派な軍服を着た数人の紳士たちが降りてきた。今回のイェルマ攻略大侵攻作戦の幕僚たちである。
馬車の扉が開くと、先着していた第一陣の騎士兵団師団長が敬礼をした。
「レンブラント将軍、お待ちしておりましたっ!」
レンブラント将軍…爵位は伯爵位で、エステリック王国騎士団の実質的トップ、そしてイェルマ侵攻作戦の「司令官」である。
次に降りて来たのは、カイル=ディラン侯爵…この作戦での肩書きは「参謀」だ。
二人に続いて次々と幕僚たちが降りてきて、皆、徴発されたコッペリ村唯一の宿屋に入っていった。この宿屋が「作戦本部」となる。
宿屋の一階ホールは、お客用のテーブルや椅子は全て処分されて、真ん中に20人が同時に食事ができそうな大きなテーブルがひとつ据えられていた。
レンブラント将軍とカイル参謀、そして幕僚たちがその大きなテーブルについた。すると、義勇兵の給仕係がやってきて幕僚たちにグラスワインを出した。
レンブラント将軍はワインをひと口飲んで言った。
「ははは、こんな辺境の村にやって来てもワインは飲めるのだな…。しかし…こりゃ酷い、もっと良いワインは置いてないものか…⁉︎」
カイル参謀は言った。
「…将軍は噂通り、舌が肥えてますね。」
「カイル君、今回は…君が司令官だ。軍務尚書…君のお父上の肝入りではあるが、大いに期待しておりますぞ。ここで結果を出せば、参謀長…いや未来の軍務尚書も夢ではありませんぞ。」
レンブラント将軍は…カイルの顔を見る時、その肩越しに父親であるディラン伯爵…軍務尚書の顔を見ていた。
「ふふふ…お任せください。イェルマ攻略の計画はこの頭の中にしっかり入っております。」
「…あれですか。私にはさっぱりですが…いま最新の学問の『統計学』とやらですか…?」
「そうですそうです…『統計学』は万能ですよ。『統計学』を使えば、人間の知り得ない全ての事象を知ることができるのです。例えば、『サンプリング検査』…ある山で、1平方mにいるミミズの数を調べる。それを十箇所で行って平均を出し、山の総面積で掛ければ…山を駆け回って一匹一匹数えなくともその山にいるミミズの総数がわかるのです…」
「ミ…ミミズ…。ミミズと戦争が何か関係があるとでも…?」
「いえいえ、例え話ですよ。今回の作戦では…『キルレシオ』という方法を使います。」
「…キ…キ…シオ?よ…よく分からんが、さすがは主計局出身だ。作戦指揮は君に一任するから遠慮なく私に言ってくれ、私が軍を動かすから。」
「ありがとうございます。」
するとそこに先着していた騎士兵団の師団長がひとりの男を連れてやって来た。
「レンブラント将軍、コッペリ村の村長を連れて参りました。」
「…ご苦労。」
今から何をされるのか…その恐怖でおどおどしたコッペリ村の村長は顔を真っ青にして連行されてきた。
レンブラント将軍は言った。
「コッペリ村は我がエステリック軍が占領した。すぐにこの村の住人台帳と土地建物の登記台帳を持って来い。」
「そ…そんな、理不尽な…!」
レンブラント将軍は村長の言葉を聞いて、村長を睨んだ。
「理不尽だとぉ〜〜…⁉︎」
すると、カイル参謀が間に割って入った。
「まぁまぁ、将軍…私に任せてください。」
「うむ…」
カイル参謀は落ち着いた口調で村長に言った。
「村長、そもそもコッペリ村はどこの国に属しているのですか?」
「…は?」
「解答は三つしかありません。その一…エステリック王国に属している。その二…城塞都市イェルマに属している。その三…どこにも属さない自由都市である…」
「ええと、それは…最後の…」
「心して返答してくださいね。その二の場合は、コッペリ村住人は我が軍の敵となります。村人は皆捕虜となり、将来は奴隷として売却されます。」
「ひぃぃ…!」
「その三の場合…本日をもってエステリック王国は自由都市コッペリ村を占領征服しました。コッペリ村は戦争で負けた敗戦国…やはり、村人は全て捕虜となり奴隷となります。」
「うううう…ご容赦を…コッペリ村は…エステリック王国に属しております…」
「なるほど…では、地図が示す通り、コッペリ村は昔からずっとエステリック王国の領土だった…そう言う事ですね?」
「さ…左様でございます…。」
「ふむ…それで、コッペリ村の住人は…納税の義務は果たしていますか?」
「…え?」
「エステリック王国の領民であれば、人頭税、兵役、賦役などの税が発生します。あなたたちは今までに税金を払ったことがありますか?」
「…。」
「20年遡ったとして…人頭税はひとり年銀貨1枚、それが20年で銀貨20枚。コッペリ村の人口は何人ですか?」
「ううううう…ご勘弁を…」
「人頭税の未払いだけでも、我が軍がコッペリ村全体を徴用する理由たり得ますね。全くもって…『理不尽』ではありません。」
その時、師団長がレンブラント将軍の耳元で何かを囁いた。
「…ん、ユーレンベルグ男爵の店だと?」
カイル参謀が言った。
「どうしたのですか?」
「こちらの徴発に応じない者がいるそうだ。何でも、ユーレンベルグ男爵の息の掛かった店だから見逃せ…と。ユーレンベルグ男爵…『ワインの魔王』。そうか、今飲んでいるワインはユーレンベルグのワインか…。ユーレンベルグ男爵はティアーク王国の貴族だ。同盟国内で幅広くワインの商いをしている。…とはいえ、我がエステリックは同盟盟主国、ティアークのような弱小国家の男爵ふぜいに横槍を入れられる筋合いはない。それにいざとなったら、こちらにはティアークの宰相、ガルディン公爵がついている…」
カイルは言った。
「将軍、お待ちください。状況が少々変化いたしました…。」
「ん…?」
「私は父上…軍務尚書殿より、魔道士を通じて常に色々な情報を受けております。ここに至る旅の途中、私は最新の情報を入手しました。それによりますと…チェンバレン伯爵が我がディラン派に参入したとの事…」
「何と…あの堅物のチェンバレンがか…!」
「チェンバレン伯爵はユーレンベルグのワインの中卸しを主な事業のひとつとしておりますゆえ…」
「そうか…チェンバレンの機嫌を損ねるのは得策ではない…。それは一考の余地があるな…。」
カイルと将軍はしばし無言でワインを飲み、溜息を吐いた。




