四百九十五章 援軍の狼煙(のろし)
四百九十五章 援軍の狼煙
ボタンとアルフォンスは東城門の上に立ってはるか遠くを眺めていた。
すると、撤退したはずのエステリックの軍勢が再び集結し始めた。
アルフォンスは言った。
「おっ…また集まり始めたぞ。」
「これはきりがないなぁ…。早く西城門に戻らねばならないのに…。」
「…それなら大丈夫だろう。あのセシルとセイラムとかいうお嬢ちゃんたちがいれば、あいつらはこの東城門には近づけない。」
「いや、あの二人はいざという時の切り札…連れて行く。」
「んんん…そりゃ、困ったな。」
タチアナが言った。
「ボタン様、敵は今度は300m付近に布陣しています。矢は届きますが…いかがいたしましょう。」
「…やめておけ。また散らばって集まるだけだ…時間の無駄だ。」
ボタンはふと城門の下を見た。下ではアナとセイラムが仲睦まじそうに話をしていた。
「…他にはねぇ、『神の清浄なる左手』っていうのがあってねぇ…」
「…うんうん。呪文教えてっ!」
ボタンはセイラムを見てはっとある事を思い出した。
(あっ、なるほど…そういう事だったのかぁ…!)
ボタンはひとりの剣士に指示を出した。
「この斜面をずっと登っていって、あの山の中腹辺りで狼煙を上げてくれ。」
「了解しました!」
アルフォンスは言った。
「何を始めるつもりだ?」
「ふふふ…援軍はイェルマだけではないのだよ。」
獣人ウェアウルフ族の国、フェンリルガルド。
十匹のウェアウルフが草原で野生のバッファローの群れを遠巻きに囲んで様子を見ていた。
(あん中くらいんヤツが手頃そうじゃな…。)
草むらに隠れていたウェアウルフは目標のバッファローに突進し、仲間の方向へ追い立てた。しかし、前方で待ち受けているはずの仲間は動かず、バッファローの群れはそのまま遥か彼方に走り去ってしまった。
「どぎゃんしたっかよぉ〜〜っ!うにゃ、何ばしちょいとかぁ〜〜っ⁉︎」
「あいば見てみぃ…」
そのウェアウルフは遠くの山並みの一点を指差した。山影と青空の境界に一筋の細い灰色の煙が見えた。
「んむ?…ありゃ、狼煙じゃなか?あん方向はイェルマじゃな…ひょっとして…『援軍要請』かいなっ!こりゃいけん…すぐに統領に知らせんば…‼︎」
十匹のウェアウルフたちは北の方向に向かって遠吠えを始めた。
ウェアウルフの統領ネビライは村で洪拳の練習をしていた。そこに仲間のひとりが慌てた様子で駆け込んで来た。
「統領、草原におる狩り部隊の『遠吠え』が聞こゆぅ…こいはイェルマん狼煙が上がった報せばいっ!『援軍要請』たい…!」
「何ちぃ…⁉︎おいがっちゃ、イェルマと同盟ばしちょるけん、行かんばならんっ!早う仕度ばせぇ…そいで『猫』にも知らせちょけぇっ!」
成人のウェアウルフたちは適当に肉やパンを背中のバックに放り込んで槍を一本掴むと、そのまま猛ダッシュでイェルマの方角に駆け出していった。留守役の年寄りや子供のウェアウルフはさらに北のケットシーの国、ミャウポートに向かって咆哮した。
ウオォ〜〜ン…ウオウオォォ…ウオオォ〜〜ン…
草原でヘイダルと一緒にウサギ狩りをしていたケットシーの族長タビサはウェアウルフの遠吠えを微かながら耳に捉えた。
「…師匠、どうした?」
「…『犬』の緊急事態の遠吠えが聞こえた。こりゃ…イェルマの援軍要請やんっ!狩りは止めちょこ、さっさと村に戻るよ!」
村に戻ったタビサはすぐにケットシーの兵士たちを集めて、檄を飛ばした。
「イェルマの人間はうちらの友達やけ、友達を助けに行くよっ!」
「ウニャアァァ〜〜ッ!」
ケットシーもやっぱりその辺の食べ物をひと掴みして懐に突っ込むと槍を一本持ってイェルマの方角へ走り出した。
すると、一匹タビサだけが突然立ち止まって、後戻りしてきてヘイダルに言った。
「ヘイダル、お前はソーラスバレーまで行って、この事を『トカゲ』に報せちゃり。あんたまだ『トカゲ』は見たいことないやろ?」
「トカゲ…?あの…ソーラスバレーってどこにあるの?」
「…そっかぁ。じゃ、おぉ〜〜い、レンレッ!」
子供のケットシーの中の小さなメスが返事をした。
「にゃあぁ〜〜っ!」
「お前、ソーラスバレー行ったことがあるやん?ヘイダルを連れて行っちゃりぃ。」
「分かた、ゾクチョ!」
ボタンは作戦を説明して、東城門を護っていた武闘家OGたちに言った。
「…私たちは直ちに西城門に向かう。」
テレーズが言った。
「あの同盟国の兵士は放置したまま…ですか?」
「あいつらの目的は我々援軍200の足止めだ。わざわざ、敵の計略に引っ掛かる必要はあるまい?…獣人族の援軍が来るまで、セシルとセイラムで持ち堪えてくれ。獣人族の足なら、あと20時間ぐらいだな…」
「…20時間っ!」
アルフォンスが言った。
「ここは我らに任せて…行ってこい、行ってこい。」
テレーズは慌てた。
「アル、無責任な事を言うなっ!」
「大丈夫だ。相手の意図は丸見えだ…ならば、我々は巧みにその裏をかけば良い。」
ボタンは笑いながら言った。
「…解ってるじゃないか。矢と食糧は置いていく…せいぜい同盟国の愚か者どもをいたぶってやれ。ここが終わったら、アルフォンスも西城門に向かうのだろう?我らを助けてくれたお礼はその時に改めてする…西城門でまた会おう。」
「うむ…楽しみにしておるよ。」
さらにボタンはアナとお勉強中のセイラムやセシルに言った。
「セシル、セイラム…ここが片付いたら、すぐに飛んで戻って来てくれよ。」
「ボタンお姉ちゃん、分かったあぁ〜〜っ!」
ボタンたちは騎乗して西城門を去った。そして、アナも魔導士たちと共に荷馬車に乗ってその後を追った。
アナは馬車から体を乗り出して手を振った。
「セイラムちゃ〜〜ん、またねぇ〜〜。」
「アナァ〜〜、またねぇ〜〜っ!」
セイラムもまた、手を振ってアナに応えた。




