四百九十三章 渦中のエルフたち
四百九十三章 渦中のエルフたち
その時、ヴィオレッタ、ユグリウシア、エヴェレットたちはパンとタマネギスープで軽い朝食を摂り、その後談話室の大きな円卓で神代語の勉強をしていた。
ユグリウシアが神代語で話しかけた。
『ヴィオレッタ、今日の予定は?』←神代語(以下略)
『…今日は、朝勉強…昼ボタンと話す…夕方夕食食べます。それから本読みます。それから寝ます…。』
『ボタン殿とのお話はどうですか?擦り合わせは順調に進んでいますか?』
『うげ…進みません。擦り合わしません。小さいのがぶつかっています…。』
『そこは…細かな部分で調整をしています…と言った方が良いですね。』
『な…なるほど。勉強します…。』
ヴィオレッタが神代語の勉強を始めて約一ヶ月、ようやく片言の会話ができるところまで漕ぎ着けた。
そこにペーテルギュントがやって来た。
「ユグリウシア様、セレスティシア、エヴェレット…お勉強中、失礼します…」
ユグリウシアは言った。
「どうしたのです?」
「…イェルマが大変な事になってますよ。」
ペールギュントは常にエルフの村周辺や古代の森を見回っている。それで、いち早くイェルマでの異変を察知したのだ。
すると、ちょうどその時、ユグリウシアに魔道士マリアからも「念話」が着信して事の詳細を知った。
浮かない顔の二人を見て、ヴィオレッタは尋ねた。
「伯母様、イェルマが大変って…何かあったのですか?」
「同盟国軍がイェルマに侵攻してきました。今回は大掛かりです…セイラムの予知が現実のものとなってしまったようですね…。」
「えっ、セイラムちゃんってそんな事ができたんですかっ!」
ヴィオレッタは腑に落ちた。以前、セイラムと初めて会った時、マーゴットはセイラムの存在理由をヴィオレッタに説明しなかった。つまり…セイラムは未来が予知できる妖精で、イェルマにとっては軍事上、秘密にせねばならないほどにその価値は高いものだったのだ。
ユグリウシアは言った。
「セレスティシア、すみませんが今日のお勉強はここまでとします。私は仕掛かりのポーションを完成させなくてはいけません…そしてすぐに、それをイェルマに届けなくては…。」
「そうですね、私も鳳凰宮に顔を出してみましょう。」
将来、軍事同盟を結ぶであろうイェルマの窮地を看過できない。
その言葉を聞くと、ユグリウシアはちょっと嫌な顔をして…それから微笑んで談話室を退席した。
エヴェレットはあたふたとしていて、躊躇いがちにヴィオレッタの着替えを手伝った。
「また…戦ですか、ここに来てまだひと月も経っていないのに…。イェルマに降りて行って…大丈夫でしょうか、危ないのでは?」
「近い将来、リーンとイェルマは同盟を結びます。私はリーン族長区連邦の盟主…同盟の相手国の国難を見て見ぬふりはできないでしょう。何かできることがあれば、やらなければ。」
「それは、そうですが…。」
ヴィオレッタの着替え終わると、なぜかペーテルギュントが待っていた。
「おや、ペーテルギュントさん?」
「僕もイェルマに降りますよ、一緒に行きましょう。」
「ペーテルギュントさんがイェルマに降りるなんて、珍しいですね。」
「あははは、ちょっと野暮用でね…。」
ヴィオレッタ、エヴェレット、そしてペーテルギュントの三人は北の斜面を一緒に降りていった。その途中、ヴィオレッタは少し気になった事があってペーテルギュントに尋ねてみた。
「エルフの村は、イェルマとはどういう関係なんでしょう?イェルマの領土を一部借りて属国扱い?それとも、対等の同盟関係…?」
「対等の同盟関係ですよ。…まぁ、条件付きだけどね。」
「条件付き?」
「もともと、先にイェルマ渓谷に先住していたのは僕たちエルフだったんだよ。後から来た女英雄イェルマの民を受け入れて共存した…だから対等。ただ、僕たちは人間との諍いを嫌ってリーンから来たわけで…今更、人間と戦争をするつもりは全くないんだ。条件付きというのは…相手がゴブリンやオークであれば共闘するけれど、相手が人間の場合は物資の援助や村の土地の提供はするけれど、直接手は出さない…そういう条件なんだ。」
「イェルマが盾になってくれると言う事ですね。でも…もしも、イェルマが全滅したら…」
「僕たちも全滅かな…あはははは。」
「えっ…それは、何もしないって事ですか?…座して死を待つってコト⁉︎」
「うん、僕たちはリーンのエルフとは違って…すでにエルフの滅亡を受け入れている。そういう考えのエルフたちだけで、このイェルマ渓谷にやって来たんだ。自分に死が訪れるその瞬間まで…この深い森でひっそりと暮らそうと言うのが僕らの生き方だ…。」
「…。」
あっけらかんとして自分たちの悲壮な運命を受け入れている伯母様やペーテルギュント、そして村の老エルフたち…。ヴィオレッタには到底理解できなかった。それでも…無理に解釈をつけるとするならば、まだ百年も生きていない若い自分と違って彼らはすでに千年以上を生きており、死を覚悟するのに十分な時を過ごしたという事だろうか?
「あっ、気にしないでくれ。セレスティシアはリーンの盟主…同盟国たり得るイェルマに積極的に肩入れするのは当たり前の事だよ。セレスティシアの責務は、リーンを未来永劫繁栄させる事だろう?」
「…はい。」
「良いんじゃないかな。君の祖父のログレシアス様と同じ道だ…僕らの道とは違うけどね。」
ヴィオレッタは少し悲しくなった。それで…話題を変えた。
「ところで…ペーテルギュントさんは私や伯母様とは違って、金髪緑眼ですよね…。」
「うん。僕は君やユグリウシア様のようなリーン一族じゃないんだ。僕はペーテルギュント=フロイデン…『海のエルフ』のハイデル一族の諸派の家系なんだ。」
「おっ…すると、エスメリアに近い家系ですね!」
「…エスメリアって誰だい?」
「えっ、伯母様から聞いていません?」
「…初耳だね。」
「エスメリア=ハイデル…ハイデル一族の末裔が生きてまだいるんですよ。リーンのドルイン港でマーマンたちと暮らしていますよ。」
「へえぇ…そうなんだ。」
ペーテルギュントはしばらく考え込んで、それから何もなかったかのように歩を早めて急斜面を降りていった。そして、イェルマの北の五段目に到着するとヴィオレッタに言った。
「セレスティシアは鳳凰宮に行くんだよね?僕は北の三段目に用があるから、ここで…。」
そう言って、ペーテルギュントはもの凄い速さで傾斜を下っていった。




