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戦乙女イェルメイド  作者: 丸ごと湿気る
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四百九十二章 大侵攻開始

四百九十二章 大侵攻開始


 まだイェルマはエステリック軍によってコッペリ村が占領された事を知らなかった。

 サムがイェルマに「念話」を送ったのと同時刻、一台の幌を付けた荷馬車がイェルマ橋にやって来た。

 コッペリ村側の橋を護衛するイェルメイド二人が御者に尋ねた。

「お前たち、貿易商人か…どこへ行く?」

「はい…コジョーの町へ塩を持って行きます。」

 護衛のイェルメイドが幌馬車の中を覗くと、幾つかの麻袋と外套を着込んだ数人の男たちがいて、武器らしい物は見当たらなかった。

「よし、通れ。」

 入念なチェックはイェルマ西城門で行うので、イェルマ橋では荷馬車の中までは改めはしない。

 幌馬車はゆっくりとイェルマ橋を渡り、ちょうど橋の真ん中に差し掛かった時、なぜか幌馬車を引いていた馬が突然暴れ出してくびきを引きちぎって逃走した。その衝撃で幌馬車は大きく傾き、御者の男が橋の上に放り出された。

 その様子を見ていた橋の護衛のイェルメイド二人は慌てて荷馬車に駆け寄った。

「おい、大丈夫か?」

「ううう〜〜ん…」

 イェルメイドが手を差し出して、御者の男を引き起こそうとしたその瞬間…男は隠し持っていたナイフでそのイェルメイドの心臓辺りを抉った。

「ぐうぅ…!」

 それを見たもうひとりのイェルメイドは驚いてすぐにショートソードを抜いてその男を攻撃しようとした、が…幌の中から飛んできた矢を首に受けてその場に倒れ伏した。

 幌の中からさらに数本の矢がイェルマ側の護衛の二人に飛んだ。その矢は二人の腹や肩口に命中して、二人は悲鳴を上げて倒れた。

 異変に気づいたイェルマ橋駐屯地のイェルメイドたちはショートソードを抜きラウンドシールドを前に掲げて身構えた。

「敵襲だ、敵襲ぅ〜〜っ!」

 すると、幌馬車から数人の男たちが姿を現し、それぞれ小型のボウガンを構えて駐屯地のイェルメイドたちに向かって矢を放った。そして、それと同時にコッペリ村から大隊規模の金属鎧のエステリック騎士兵団が現れ、弓に矢をつがえて対岸の駐屯地に向けて牽制射撃を始めた。その牽制射撃の中、騎士兵団の一部が幌馬車の横をすり抜けて騎馬でイェルマ橋を渡り始めた。

 敵の数に驚いた駐屯地の隊長は雨のような矢を盾で防ぎながら大声で叫んだ。

「橋を…橋を落とせえぇ〜〜っ!」

 勇敢な戦士房のイェルメイドが両手斧を持ってイェルマ橋のたもとに走っていき、橋を吊っている太い綱を斧で殴り始めた。騎士兵の矢がそのイェルメイドに集中して…彼女は十数本の矢を体に受けて、谷底に落ちていった。

 他にも、矢を避け損なって腕や足、脇腹に矢傷を負った者が続出し、そこに騎士兵の騎馬がなだれ込んできて駐屯地のイェルメイドたちはほぼ壊滅状態となった。

 駐屯地の隊長は不本意ながら撤退命令を出した。

「撤退、撤退だぁ〜〜っ!」

 辛くも難を脱したイェルメイドたちは馬に騎乗する暇もなく、何とかイェルマ回廊に飛び込んで徒歩でイェルマ城門前広場を目指した。殿しんがりを受け持った隊長は騎士兵の騎馬と交戦し討ち死にした。イェルマ橋駐屯地のイェルメイドで生き延びることができた者は…僅か四人だけだった。

 コッペリ村で待機していたエステリック王国義勇兵団が動き出した。

 義勇兵団は平民から招集された兵士で基本的に歩兵だ。上位組織の騎士兵団の命令を受けてコッペリ村大通りを進軍し、イェルマ橋を渡り、イェルマ回廊に侵入した。

 ひとりの義勇兵が地面に転がっている皮鎧をきた女を見て、隣の義勇兵に言った。

「…おい、見てみろよ、女の兵士だ…かわいそうに…」

「あっ…こっちの死体も女だぞ。」

 騎士兵団は敵の城塞都市イェルマについてある程度の予備知識を持っていたが…義勇兵団はイェルマについて全く何も知らされていなかった。

 イェルマ回廊の崖の上に立っている物見櫓ものみやぐらで敵の急襲を目撃したアーチャーはすぐに矢文を飛ばした。矢文は途中二回ほど中継されて城塞都市イェルマにもたらされた。

 鳳凰宮三階の女王ボタンの部屋に集まっていた「四獣」のひとり、蒼龍将軍のマーゴットは矢文を読んでいった。

「…遅い。サムの『念話』の方が早かったねぇ…何のための『物見』だい…。それにしても、兵隊2000とは大規模だな…同盟国は本腰を上げて攻めてきているねぇ…。」

 白虎将軍のライヤは言った。

「第二次エステリック大侵攻より十五年…年月と共にいくさの記憶は風化していくのでしょうね…職務とは言え、イェルマ橋駐屯地のイェルメイドたち15人のうち11人が奇襲を受けて殉死とは、何とも痛ましい事だ…。」

 マーゴットはそばに侍らせていた情報担当のマリアに言った。

「もう、ボタン様は東城門に到着した頃だろう。すぐに詳細を東城門に『念話』で伝えておくれ。まぁ、イェルマ回廊には伏兵を伏せてあるから…きっと、ボタン様がお戻りになるまでの時間を稼いでくれるだろう…。それから…エルフの村のユグリウシア様にもこの事を伝えておくれ。…それにしても、ベロニカは何をしておるのだ…マリア?」

「はぁ…こちらからいくら『念話』を送っても反応がないのです…ベロニカ師範に何かあったのでしょうか…?」

「何のために密偵としてベロニカをエステリックに派遣したと思っているのか…まさにこの時のためではないか⁉︎…いくら何でも、エステリック侵攻の兆候くらいはあったはずじゃ。ベロニカめぇ…!」

 しばらくして、黒亀大臣のチェルシーが言った。

「では…生産部は戦時体制に移行する。マリア、生産部の魔導士にも『念話』を頼む。」

「分かりました。」

 ライヤは言った。

「マーゴット殿…それで、どう迎え撃つ?」

「まぁ、慌てることはないだろう。とりあえず、イェルマ回廊からひょっこり顔を出した敵を片っ端からシラミ潰しにするまでだ。」

 それを聞いて、ライヤはあらかじめ呼んでいたアーチャーのアルテミスに言った。

「西城門の上に陣取って、イェルマ回廊から出てきた敵を射手房で殲滅せよ。大まかな戦術戦略はお前に任せる…。」

「はっ!」

 現場の指揮…戦術における兵士運用については、アルテミスには定評があった。アルテミスはすぐに射手房に呼集をかけ、アーチャー50名を西城門上に配置した。西城門の上は端から端まで…アーチャーの列が並んだ。

 クレアとターニャが属する十五歳班は背中に矢が100本入った大きな矢籠を背負って、城門の上の夥しい数の矢筒にどんどんと矢を運び込んでいた。

 十二歳班は集団寮で待機、十五歳班は戦闘に参加せず矢の補充係だ。ジェニも十五歳班だが、特別に彼女は戦闘に参加するように指示を受けた。

 十五歳班の班長であるジェニはクレアたち十五歳班に声を掛けた。

「もっと矢を持ってきてちょうだい!戦闘が始まったら、あっという間に無くなっちゃうから!」

「はいっ!」

 サリーがちょっとからかうように言った。

「あんたたち…敵の矢に当たるんじゃないよ〜〜。」

「…当たりませんってば!」


 生産部の管理事務所に詰めていた魔道士はマリアの「念話」を受けて、急いで資材調達部門に走った。

「同盟国が攻めてきました、戦時体制に移行してください!」

 それを聞いたアガタは資材調達部のみんなに指示を出した。

「みんな聞いたわね⁉︎それぞれの担当部署に行って、指揮をとってちょうだい!」

 紡績織機部門では麻や木綿の布地を織るのをやめて、亜麻の繊維からリネンを織り始めた。

戦争が始まるとリネンのシーツや包帯は大量に必要となる。

 服飾部門では麻のワンピースを作るのをやめて麻のシャツ、ズボンの裁断、縫製に集中した。もちろん、血みどろになって戦う練兵部の兵士たちの着替えだ。

 食堂部門は食堂をそれぞれ、五段目から一段目に移転して仮設テントを設置し、24時間体制で炊き出しを行う。

 農産部門は収穫できる農産物を早めに収穫し、手の空いた者はひたすらウシガエルの捕獲や山に入ってキノコなどの食べられる自生の植物を採る。

 他にも、射手房の弓削師の工房に出向して矢の製作を手伝う者、鍛治工房に行って剣を研ぐ者など…生産部は軍需一色となる。

 アガタは首っ引きで食糧倉庫の管理帳簿に目を通し、兵站の確認をしていた。

「ううううう…小麦は節約した方がいいわねぇ…。肉、肉は?…誰か、氷室に行って確認してっ!足りなかったら放牧場に行って潰せそうな山羊と水牛をピックアップしといてっ!ジャガイモはOK、ニンジンもOK…おっ、何で大麦、ライ麦、トウモロコシがこんなにいっぱいあるの?あ、そっか…キャシィの粉屋との共有倉庫ね。米はぼちぼちか。…もうそろそろ、秋の収穫期ね…八月を乗り切れば、何とかなりそうかなぁ…?」

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