四百八十八章 セシルの魔法
四百八十八章 セシルの魔法
時刻は正午を回った。
東城門の上にはアルフォンス、テレーズと数人の武闘家OGたち、そしてセシルとセイラムがいた。
約200m先に布陣している敵兵集団が動きを見せた。
アルフォンスが叫んだ。
「むっ、来るぞっ!」
すると、テレーズがセシルに言った。
「あんた、魔道士だよね…攻撃魔法は使えるかい?」
セシルはちょっとドキッとして、遠慮がちに答えた。
「ええと…できる…かな?」
「じゃぁ、デカいのを一発お見舞いして、あいつらを蹴散らしてくれっ!」
「…あうう…。」
(…なんで私に期待するかなぁ…。こういうの、私…凄く苦手なんだけどなぁ…。)
するとセイラムが…
「ママァ〜〜ッ、頑張れえぇ〜〜っ!」
と言って、セシルのローブの裾をそっと握った。
仕方がないので…セシルは魔法攻撃を試してみることにした。敵の軍勢約100がこちらに向かって進軍してきている…ここは範囲魔法だろう。自分の得意な風と水の魔法で範囲魔法って何があったかな…?
セシルは呪文を唱え始めた。
「美徳と祝福の神ベネトネリスの名において命じる…風の精霊シルフィよ、大軍勢で虚空の舞台で輪舞を踊れ。互いに手に手を取りて狂乱の宴を開き、踊り狂いて全ての敵を地平の果てまで吹き散らせ…逆巻け!トルネード‼︎」
敵の軍勢が東城門に迫ろうとしていた時、城門の前で小さなつむじ風が起こり、それはどんどんと成長していき…巨大な竜巻となった。
「うおおっ…⁉︎」
その巨大さに魔法を放ったセシル本人も驚いて、咄嗟にその竜巻を両手で向こうに押しやる仕草をした。すると、巨大竜巻は敵軍のど真ん中を割って直進した。ある者は吸い込まれて10mほど巻き上げられ墜落し、ある者はその強烈な砂煙で目を負傷した。
「うおおおぉ〜〜っ…向こうには強力な魔道士がいるぞ…!」
「もう援軍が到着したのかっ?」
「…そんなバカなっ!援軍到着には十二時間掛かるはずだっ‼︎」
敵軍はパニックとなって…体勢を整えるために一旦引いていき、再び200mの地点で布陣した。
東城門の上からそれを見ていたイェルメイドたちは拍手喝采して喜んだ。
「セシル、凄いじゃないか!あんな竜巻…初めて見たよ!」
セシルはまんざらでもなかった。
「えへへへ…今日は絶好調かもぉ…。」
まぁ…セイラムのおかげだ。
その後、日暮れまでに二度ほど敵の襲撃があったが、セシル(…とセイラム)の「トルネード」のおかげでその度に敵襲を押し返すことができた。
日が落ちて、イェルメイドたちは城門の上と内側にたくさんのかがり火を設けた。夜陰に乗じての襲撃こそ警戒しなければならない。
アルフォンスは、城門の上はイェルメイドたちに任せて自分は下に降りて門を守った。自分なら武闘家が持ち得ない剣士のスキル「風見鶏」系が使える。さらに言えば、アルフォンスは敵索範囲内の動く物全てを感知できる深度3の「風鈴」の持ち主だ。
これならば、隠密行動の得意な斥候職でも門に近づくことはできない。例えば、斥候が視覚的光学的幻術の一種である「シャドウハイド」で近づいて来たとしても、「風見鶏」系スキルは「実体」を感知するからだ。
門のそばに設置された二つのかがり火の真ん中に立って、アルフォンスはパンを齧りながら考えていた。
(解せんな…。昼間の三度の襲撃はどれも単調だった。何の工夫もなくただ攻めてきて、分が悪くなったら引く…この繰り返しだ。東城門の襲撃はもしや時間稼ぎ、もしくは陽動ではないだろうか…?奴らは城門を攻略するつもりは鼻からないのかも…?もしそうであれば、夜襲はないかもしれん。我らに無駄な夜番をやらせて体力の消耗を強いて、できるだけ時間稼ぎをするつもりかもしれん…。)
テレーズがやって来た。
「アル、徹夜をやらせることになってしまった…すまないな。援軍が来るまでの辛抱だ。」
「ははは、乗り掛かった船だ。悔いが残らない程度には付き合うさ。」
その時、アルフォンスの「風鈴」が多数の接近物を感知した。アルフォンスは条件反射で脇差しを鞘から抜いて構えた。が…
(…これは…門の内側から⁉︎)
イェルマ中央通りを松明を掲げた多数の騎馬が全速力で東城門に迫ってきた。その先頭に立っていたのは…女王ボタンだった。イェルマの援軍が到着したのだ。
ボタンは暗がりの中に男の姿を見つけて…敵だと見誤った。ボタンは馬上で愛刀「ドウタヌキ」を鞘から引き抜き、「研刃」を発動させて馬から飛び降りた。そして…すぐさま「疾風改」でアルフォンスに大上段に切り掛かった。
アルフォンスはボタンのスキル発動を感じて身構えた。「疾風改」で肉薄するボタンの気迫に…
(むっ…このひと太刀、生半可に受けるとまずいっ!)
そう判断し、自分も「研刃」を発動させ、左手で脇差しを持つ右手首を掴んで支えた。
ガキィィ〜〜ンッ!
ボタンの愛刀とアルフォンスの脇差しが壮絶にぶつかり合い、ギリギリと鍔迫り合いが始まった。
「おのれぇ…同盟国の兵士めぇ〜〜っ!」
「ち…違う違う、俺はだなぁ〜〜…」
二人は急接近して鎬を削った。その時、アルフォンスはかがり火に照らされたボタンの顔を見た。かがり火の光を反射してキラキラと輝く艶のある黒髪、そして漆黒の瞳にアルフォンスは驚いた。
(この女…極東の出身か…⁉︎)
テレーズが駆けつけて来た。
「ボタン様、この人は通行人で…味方です!危ないところを助けてもらいました!」
「なにっ⁉︎…こ、これは失礼したっ…!」
「…いやいや。」
刀を引いたボタンは照れ笑いをしながら、アルフォンスの肩を軽く叩いて握手を求め、アルフォンスはそれに応じた。
「仲間の命を救ってもらった礼は後でゆっくりしたいと思う…しかし、今は緊急ゆえ、許してくれ。」
「…。」
城門の上のイェルメイドたちも援軍の到着に喜び勇んで降りてきた。
ボタンはすぐに情報収集に努めた。
「被害状況は?」
「…負傷者が1名です。出血が酷くてまだ完全回復に至っておりません。」
偽貿易商人の監視役を務めた剣士房のイェルメイドのことだ。
「わずか1名か…⁉︎」
「はい。セシルとセイラムのおかげです…救援が間に合いました。あの二人は本当に良くやってくれました。」
「そうか…!よし、全軍、すぐに陣形を整えよ…夜明けとともにこちらから撃って出るぞっ‼︎」
「ははっ!」
アルフォンスはその様子をじっと見ていた。
(うぅ〜〜む。立てばシャクヤク、座ればボタン、歩く姿はカキツバタ…とは、良く言ったものだな。)
アルフォンスはボタンのあまりの美しさに…求婚し損ねたのだった。
それから少しして、遅ればせながら魔道士とアナを乗せた馬車も到着した。




