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戦乙女イェルメイド  作者: 丸ごと湿気る
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四百八十三章 雑話 その10

四百八十三章 雑話 その10


 イェルマ渓谷の北の五段目にある鳳凰宮。

 夜、三階の自分の部屋で女王ボタンは就寝の準備をしていた。皮鎧を外し、鎖帷子を脱ぎ、麻のワンピース、ズボンを脱いでモスリンのワンピースの寝巻きを着た。

 燭台を寝台のそばに置くと、ボタンは寝台に寝そべって枕の下から一冊の本を取り出した。

(…待ちに待ったぞ、第三巻。今回はどんな話だろうか?一巻はオーレリィさんの話で、二巻はマーゴットさんがコッペリ村に常駐させた魔道士の話だったな…ふふふ。)

 1ページ目を開いた。

「ダイアナは十八歳になった。ダイアナは生まれ育って慣れ親しんだ故郷を離れて初めて外に出た。ダイアナには不安はなかった。なぜかと言うと…他の世界を今まで一度も見たことがなかったので、若いダイアナにとって不安よりも期待の方が大きかったからだ。あたしはこれから…外の世界で何を見て、何をし、何を経験するのだろうか?ダイアナの故郷では、女子は十八歳になると他の国に行って『婿』を探さなくてはいけないというしきたりがあった。女子ばかりの国にあって、子供を産むということは国家存亡に関わる問題であり『婿』探しは非常に重要な責務であり、義務であった…」

(…やはり舞台はイェルマだな。ダイアナって誰だろう…。)

「ダイアナは他の二人の仲間…アンとオリーブと連れ立って、二頭曳きの馬車に乗って故郷にしばしの別れを告げた。ダイアナは戦士職で、アンは斥候職…二人はまだ駆け出しの若い娘だ。しかしオリーブは武闘家で、彼女は二十一歳、『婿』探しの旅は二回目だった。オリーブは破天荒な性格で、この旅の最中、後々色々な問題を引き起こしてダイアナを困らせることとなる…」

(むっ…アン、オリーブ…これって…!)

 ボタンはクスクス笑いながら、上体を起こし燭台を近くまで引き寄せて、枕を腰の辺りに当て前のめりになって食い入るように本を読んだ。

「ダイアナは若いが非常に勇敢な戦士だった。それゆえ、城下町の冒険者ギルドは彼女を高く評価して、毎年恒例となっているオーク討伐にダイアナを招聘した。ギルド会館でパーティーメンバーを紹介されたダイアナは、背の高いひとりの冒険者魔道士と出会った。名前はサミー…少し痩せ型だったが、眼差しは凛として大望に燃える青年だった。運命の出会いだった…」

(サミーって…ほぼまんまじゃないかっ!…くくくっ‼︎)

「…サミーはダイアナの赤い髪をその細くて長い指でくしけずっていった。ダイアナの頭皮にサミーの指が優しくかつ刺激的に軌跡を描き、それは時折…首筋にもその領域を侵して侵入した。ダイアナは敏感な性感帯を男性であるサミーに触れられて…声にもならない小さな喘ぎ声を上げた。…『あふっ…』。」

 ボタンは両の太腿を擦り合わせながら、次の展開に期待した。その時…

コンコン…

 ボタンの部屋の扉をノックする音がして…

「ボタン様、おはようございます。護衛のタチアナです…お目覚めでしょうか?」

 ボタンはパッと本を閉じ、すぐにその本を枕の下に押し込んだ。

「な…何だ、こんな夜更けに…?」

「…朝でございます。」

「えっ…そ、そうなのかっ⁉︎…分かった、すぐに着替えて行く。」

 ボタンがカーテンを開けてベランダに出てみると、いつの間にか夜が明けていた。ボタンは徹夜してしまったのだ。

(ふぅ…建国祭二日目で良かった…。)

 

 六時間の仕事を終えて、カールとガスは休憩に入った。二人にエビータが言った。

「あんたたち、こっちにおいで…稽古をつけてあげる。」

「お…カマキリ夫人。」

「誰がカマキリ夫人だっ!…私はエレーナだっ!ベンジャミンに言われている…お前たちを鍛えてくれってな…。」

 カールとガスはちょっと凄んでみせた。

「俺たちはスキル持ちだぞ…とんでもない怪物を倒したこともあるんだぜ…そいつは巨大なオーガ…」

「ぐだぐだ言わずに早く掛かって来いっ!二人一緒でもいいぞっ‼︎」

 その言葉にカッとなったカールは剣士スキル「護刃」を発動させ、ガスは戦士スキル「パワードマッスル」を発動させ…二人揃ってエビータに突っ込んでいった。

「おお、二人ともスキル持ちなのか…期待してるぞ。」

 カールが左手に盾、右手にショートソードを持って大上段に振りかぶってエビータに斬り掛かるとエビータはそれをヒラリと躱して、カールの左脛をコツンと蹴った。

「うぎゃっ…!」

 カールは盾と剣を放り出して、脛を両手で押さえて芝生の上を転げ回った。

 すぐにガスがやはり右の片手斧でエビータを攻撃してきた。それでエビータは斧を躱して同じように左脛を蹴り上げると、悲鳴を上げて二人揃って芝生の上を転げ回った。

 エビータは呆れ返った。

「ううっ…お前らも、たいがい雑魚だな…期待して損したぞ!ほらっ、早く起き上がらないかっ!」

 エビータが芝生の上に突っ伏している二人の頭や腹を足で蹴り飛ばした。

「ひぃぃ〜〜っ…止めてくれ、ま、参ったっ!」

「これぐらいで参るんじゃないっ!」

 カールとガスは正座して土下座しながら許しを請うた。

「ゆ…許してください、カマキリ夫人様…!」

「カマキリ夫人って誰だっ!…私はエビータ…じゃなかった、エレーナだっ‼︎」

 エビータは座り込んでいる二人を立たせようとしたが、二人は頑として動かなかったので、仕方なく言った。

「仕様がないわね…じゃぁ、二人で約束組手をしなさい。」

「…約束組手?」

 エビータは二人に簡単な手順を教えた。まず、カールがガスの腹の辺りを蹴る。ガスはそれを盾で受ける。カールは蹴った足をそのまま踏み込んでショートソードでガスの頭を攻撃する。もちろんガスはそれを盾で受ける。次に攻守が入れ替わって、ガスがカールと同じ動作をする。…これをワンセットとする。

「私がいいと言うまで、この動作を繰り返しなさい!」

「は…はいっ!」

 カールがガスを左足で蹴って、ガスがそれを盾で受け止めた。するとカールは反動で反対方向によろめいた。

「どうして蹴る時に体重を乗せないの、あんたバカなのっ⁉︎はい、やり直しっ!」

「す…すみません…。」

 エビータはカールとガスに、ひたすらこれだけを約一時間と半分くらいやらせた。

「それじゃぁ、三十分休んで仕事に戻りなさい。」

「あ、あ…ありがとうございましたぁ…。」

 二人はヘロヘロになって正門の方に歩いて行った。

 エビータは思った。

(スキル持ちでこの調子だと先が思いやられるな…。このままじゃ…ちょっと腕に覚えのある賊が屋敷に侵入して来たら、護衛は簡単に突破されてしまう。もっと、厳しくこいつらを訓練しないといけないわね…。)

 三日間、エビータにしごかれたカールとガスが、ある朝二人してエビータのところにやって来た。

「カマキリの姐御…!」

「カマキリじゃないってばっ…!」

「俺たち…夢を見ましたっ!」

「…ん?」

「巨大なカマキリに襲われる夢です。それで、朝起きたら…新しいスキルを覚えてましたっ!これもカマキリ夫人のおかげですっ‼︎」

「…えっ、たったあれだけで…⁉︎」

 カールは深度1の「疾風」を…ガスは深度1の「パワークラッシュ」を覚えた。

 エビータは…こいつら普段、どんだけサボってるんだと思った。


 小雨が降っていた。

 朝のランニングの後、食堂で朝食を終えたリューズたちオリヴィア愚連隊は、キャシィズカフェの工場の建設現場に向かうための準備をしていた。

「おぉ〜い、ドーラ…二、三日じゅうに棟上げまで漕ぎつけたいから、『足場』を組むための資材の手配をしておいてくれ。」

「分かったぁ〜〜。」

 師範のタマラとペトラは中堅、十八歳班の稽古を監督していた。

「おいっ、そこ…姿勢が悪い、仙骨をしっかり中に入れろっ!」

「よし…十八歳班は二人組になって対練を始めろ!」

 それは普段と変わらない光景だった。

 が、突然…北の斜面から無数の何かが転げ落ちてきた。それは水色の水風船のような物体でポヨンポヨンと弾みながら北の四段目まで落ちてきた。

「…何だ?」

 それは半透明のヘビだった…いや違う、半透明のヘビの様なドラゴンだった。

 驚いたタマラとペトラは叫んだ。

「敵襲…敵襲だあぁ〜〜っ!みんな、警戒体制を取れえぇ〜〜っ‼︎」

 武闘家房のイェルメイドたちは手に手に武器を取って、突然現れた「魔物」に攻撃を仕掛けた。コッペリ村に出かける準備をしていたオリヴィア愚連隊もそれを見て…

「うおおおっ…えらいこっちゃっ!」

 手にトンカチやノコギリを持って、仲間と共に「魔物」を攻撃した。

ザブッ、バシャッ…チャプン…!

 武闘家たちの棍棒、刀、突き、蹴りは命中するものの…全く手応えがなく、まさに「水」を相手に戦っているようだった。

「みんな、退けぇっ…!」

 タマラが魔物の群れに向かって右足を強く踏み込み「大震脚」を発動させた。

ボヨヨヨヨ〜〜ン…

 振動が魔物たちの体に同心円状に伝わっていって…何も起こらなかった。

「…げっ!『大震脚』が効かないっ!」

 すると突然、魔物たちは天に向かって大量の水を吹き出したので、みんなは驚いて十歩退いた。そこに大量の水が落ちて来て、みんなそれを頭から被ってしまった。

「うわわわっ…何だ、この攻撃は…毒かっ⁉︎」

 みんなは一生懸命水を手で払ったり、中には濡れた皮鎧や衣服を脱ぐ者もいた。

 魔物たちが不規則な動きを始めた…とにかくグルグルと回転を始めたのだ。武闘家たちは半狂乱になって、おかしな行動をしている魔物たちを攻撃した。もちろん…手応えはない。

「な…何だ、こいつらはぁ〜〜っ…!」

 すると突然、魔物たちは一斉に水になって消えてしまった。

 タマラは狐に摘まれたような顔をして…我に帰るとすぐに同じ北の四段目にある魔導士房に駆け込んだ。

「敵襲を受けたっ!無数の魔物が攻めて来た…すぐにイェルマに非常体制を敷いてくれ…そして、この事を『四獣』に…」

 魔導士はすぐにマーゴットに「念話」を送って確認し…そして言った。

「あ…それなら問題ありません。」

「な…何っ???」

「大丈夫ですので…お引き取りください。」

「…ええええええぇ〜〜っ…何でぇっ⁉︎」

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