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戦乙女イェルメイド  作者: 丸ごと湿気る
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四百八十二章 オリヴィアスペシャルマークⅡ

四百八十二章 オリヴィアスペシャルマークⅡ


 オリヴィアは這々のほうほうのていで鍛冶工房に戻ってきた。

「も…持ってきたよぉ〜〜っ!…はぁっ、はぁっ…はぁ…」

「マジかぁ…オリヴィア、ホントにお前は無茶するねぇ〜〜っ!あははは。」

 アヤメは巻き尺を持ってきて枴のあちこちの長さや天秤で重さを測って、手に持ってその感触や使い勝手を確かめた。

 剣士職のアヤメは言った。

「うむ…根本的に剣とは違うね。どうやって使うのか、さっぱり分からん。」

 オリヴィアはアヤメから枴を引ったくってクルクルと回して見せた。

「ボタンちゃんのおばちゃん、そうじゃない、そうじゃない…こうやるのよ!」

「ほほう…」

 アヤメはおもむろに工房にあったまだ刃を付けていないロングソードを手に取ると、枴を持つオリヴィアと向かい合った。

「オリヴィア、ちょっとそいつで攻めておいで。」

「おっしゃっ!」

 アヤメは剣士房の元房主。娘のボタンを女王にするために房主を彼女に譲ったが、老いたりと言えどいまだ腕には自信があったので、こういう事は嫌いではない…むしろ大好きだ。

 二人は真夏の熱のこもった鍛冶工房から出て、しばし枴とロングソードで打ち合った。

カン、ココン、カンコン…カカンッ…

 アヤメは思った。

(…間合いはショートソードくらいか。剣を受ける時は前腕全体で枴を支えるから、剣のように手首だけで受け太刀するよりも安定している…スモールシールドと同じ防御ができるな。)

 アヤメの同僚の剣士房OGたちもその様子を笑って見ていた。

 アヤメは言った。

「面白い…何てトリッキーな動きをする武器なんだ。」

「ジルが使うとね…もっと不思議な動きをするよぉ〜〜!」

「あれだな…まるで、腕にもうひとつ関節のある前腕が増えたって感じだな。」

 アヤメの言葉を聞いてオリヴィアは打ち合うのを止めて…感慨深そうに言った。

「な…なるほどぉ〜〜っ!まさにおばちゃんの言う通りだ…うんうん、そっかぁ…」

 打ち合いが終わってアヤメは手拭いで汗を拭っていたが、オリヴィアは汗だくのまま何か物思いに耽っていた。

「オリヴィア、どうした?」

「うん…もっと枴を上手に使えるように、山籠りして来ようかなと思う。ちょっとひとりになって色々と工夫してみようかと…。」

「そうか。じゃぁ、こっちはこっちで…オリヴィアスペシャルマークⅡだったか、それの大まかな設計をしてみるよ。」

「お願いしゃぁ〜〜っす!」

「山で修行をするのはいいが…見つかって面倒を起こすなよ。」

「分かってる、分かってるってぇ〜〜っ!ここは南の山だから見つからないってぇ、ちょこちょこここに顔出すから。」

「…この斜面は生産部の居住区だから、練兵部のイェルメイドはほとんどいないから安心か…。それでも、何か外套でもひっ被って顔は隠しときなよ。」


 午後十一時頃、南の斜面の生産部の食堂。

 その日の仕事を終えて、ナタリーは食堂の仮眠室で仲間と一緒に寝ていた。真夏の夜、仮眠室の窓を開け放すと風が入ってきてそれなりに涼しい。この季節だけは北向きの南の斜面は日の当たる北の斜面よりも気温が2〜3度低くて過ごしやすい。

 ナタリーは微かな物音で目を覚ました。ナタリーは先天的な病気のせいで生産部の食堂部門に移籍しているが元は中堅の剣士だ。

コトッ…ガタガタ…ゴトッゴトッ…

(厨房の方だな…動物か?いや、違うな…。)

 ナタリーはごろ寝している床板からひとり静かに起き出して、仮眠室から出て厨房に忍び寄った。途中、大鍋をかき混ぜる大きなしゃもじとすりこぎを手にして、音の聞こえる方向へ足を運んだ。

 その日は満月で夜でも明るかった。食堂は勝手口が開いていて、そこから月の光が差し込んで厨房の様子がよく分かった。月明かりの中、ひとつのシルエットが厨房の戸棚に手を突っ込んで何かをむしゃむしゃと食べていた。

(やはりコソ泥か…!あっ、こいつ…内職で作ったフライドポテトを食ってやがる…‼︎)

 ナタリーがそのコソ泥をよく見てみると、夏だというのに外套を頭から深く被っていた…あからさまに怪しい!

 これを見逃すと大変な事になる。自分はフライドポテト作りに関与はしていないが…朝起きて、せっかく作ったフライドポテトが食い散らかされていたとなると、食堂部門の仲間たちが大騒ぎするだろう。

 ナタリーはコソ泥に向かって恫喝した。

「おいっ…何をしているっ!」

 コソ泥はビクッとして、酷く驚いたのか食べていたフライドポテトを喉に引っ掛けた。

「ぐぉ…げほっ、ごほっ…」

 ナタリーはお構いなしに右手の大しゃもじでコソ泥の頭部を狙って振り下ろした。しゃもじは木製だから、まあ、死ぬことはないだろう…。

 しかし、ナタリーの予期せぬ事態が起こった。何とコソ泥はナタリーのしゃもじを軽やかにひょいと横に躱した。

(むっ…躱された⁉︎)

 ナタリーはすぐに送り足をして、コソ泥の胸元目掛けてしゃもじを突き込んだ。が、コソ泥はそれすらも左に移動して回避した。

 戦闘訓練を受けていない者でも優れた反射神経の持ち主ならナタリーの攻撃を避ける事はできるかもしれない。だが、それでも後ろに下がって避ける事はあっても、左右に避ける事はない。なぜなら、左右に回避した場合、依然として敵の武器の攻撃範囲内にとどまる事になり危険だと思うからだ。

(こいつ…素人じゃないっ!)

 コソ泥が食堂の勝手口から逃げ出したので、ナタリーは追いかけた。

 意外にコソ泥の逃げ足が速かったので…ナタリーは剣士のスキル「疾風改」を発動させコソ泥の背中にしゃもじの一撃を浴びせた。

カコォ〜〜ンッ!

 何とコソ泥は振り向き様にナタリーのしゃもじを弾き返した。

 ナタリーはぶつかった音と感触で、コソ泥も何かしらの木製の武器を持っていると確信した。

(こいつ…何か木製の武器を持っているな…⁉︎)

 すると…

「うひゃひゃっ!あんた今、スキル使ったわね⁉︎何でスキル持ちが南の斜面にいるのかは知らんけど…よっしゃ、ちょっと相手して貰っちゃおうかなぁ〜〜っ!」

「…?」

 ナタリーにはコソ泥の言葉が理解できなかった。が…次の瞬間、コソ泥が何らかのスキルを三つも発動させたので…相手の正体が予測できた。

「お前…まさか…脱獄したっていうオリヴィアか⁉︎」

 コソ泥が外套をはらりと脱ぎ捨てると、月光に照らされて金色に光る髪と無節操な胸が露わになった。そして、両手には周直ジウジィの形見の樫の木のかいを携えて戦闘体制に入っていた。

 小さい頃から何かと問題を起こしているオリヴィアは練兵部では有名人で、練兵部のイェルメイドでこの明るい金髪と節操のない巨乳を知らない者はいない。それはナタリーも例外ではなく、練兵部にいた頃に十代のオリヴィアを何度も見ている。

 当然、生産部にもオリヴィア脱獄の情報は回って来ている。練兵部が居住する北の斜面と生産部が居住する南の斜面ではほとんど人の往き来がないため、生産部では脱獄犯の情報を周知されたとしても顔と名前が一致しない。だから、オリヴィアにとっては安全な隠れ場所だったのだが…。

「…わたしを知ってるあんたは誰?」

「ナタリー…元剣士だ。」

「そ、そっか。南の斜面の生産部ならわたしを知ってる人はいないと思ったんだけどなぁ…。まぁ、いいや。じゃナタリー、わたしの稽古に付き合ってよ!」

「え…稽古だって?…ってお前、懲罰房を脱獄してきたんだろ?」

「いいからいいからっ!…さっき、クマと稽古したんだけどさぁ〜〜、根性無しでねぇ…やっぱ人間相手でないとっ‼︎」

「えっ…ちょっと…」

 オリヴィアは有無も言わさず、ナタリーに右のかいで攻撃を仕掛けた。オリヴィアが右のかいなを返すと遠心力でかいの長い部分が回転してきてナタリーの頭部を襲った。ナタリーはすぐに左手のスリコギでそれを撃ち落とした。

 するとオリヴィアは言った。

「んん〜〜…この攻撃は遠心力による自由運動だから、致命打にはならないわねぇ…ナタリー、どう思う〜〜?」

「えっ…そ、そうだな…。よっぽど勢いをつけて回転させない限り、一撃で相手を死に至らしめるのは難しいだろうな。多分、標的にぶつかったら跳ね返る…その跳ね返った分、威力が減っちゃうな…」

「…じゃ、これは?」

 オリヴィアはかいの長い部分を前に向けて、それでナタリーの腹を突いた。もちろんナタリーはスリコギで横から叩いていなした。すると、かいはいとも簡単に横に逸れた。

「槍や剣と違って、手でしっかり固定されてないから…ちょっと当てるだけで軌道が変わっちゃうな…。それに、よほど真っ直ぐに突き込まないと軌道がぶれて、相手にダメージを与えられないと思うぞ。」

「…確かに。んじゃ、次ね…」

「おいおい、いつまでやるんだよ。あたしは暇じゃ…」

 ナタリーがそう言っている間にも、オリヴィアは右のかいを一番長くして振りかぶり、渾身の力を込めてナタリーの頭部に打ち降ろした。

「うわっ…!」

バキィッ!

 ナタリーは咄嗟に大しゃもじとすりこぎを交差させてオリヴィアの渾身の一撃を受けたが、樫の木でできたかいはものの見事に柏の木のしゃもじとすりこぎを粉砕した。それでも、頭部への一撃は辛くも免れた。

「こ…こらぁ〜〜っ、オリヴィアァ〜〜ッ!私を殺す気かぁ〜〜っ‼︎」

「あ…いや、ナタリーなら絶対に受け切ってくれると信じてたわ…うんっ!」

「ホントかよぉ…びっくりしたぁ…。今のは強烈だったな…。」

「取っ手をしっかり握って、かいを下にして打ったからねぇ。」

「その打ち方なら、致命打になるな…。」

「そっかぁ、あんがと!」

 オリヴィアはかいを引いて、放り捨てた外套を拾って汗だくの顔を拭った。

「ねぇねぇナタリー。北の三段目の泉に行って、汗を流そうよ!」

「い…今からか?…深夜だぞ。」

「うん、今からっ!」

 ナタリーは、オリヴィアは噂に違わず破茶滅茶な奴だと思った。

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