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戦乙女イェルメイド  作者: 丸ごと湿気る
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四百八十一章 武闘家房の大騒動

四百八十一章 武闘家房の大騒動


 思い立ったらすぐ実行…抑えが効かないのがオリヴィアである。

 オリヴィアは鍛冶工房を出て南の斜面を降り、北の斜面の五段目まで登ると武闘家房を遠巻きにするように大回りして森の中に入っていった。そして、オリヴィアが森の中を数百m移動すると、眼下に武闘家房の房主堂を捉えた。

 房主堂の前では師範のタマラとペトラの指導の下、数十人の若い武闘家が馬歩站椿( まほたんとう)をしていた。

(むむむ…もう、朝のランニングは終わったのかぁ…。タマラとペトラ…どっかに行けばいいのに…!)

 しばらくすれば、馬歩站椿が終わってそれぞれのレベルに従って個別練習が始まる。そうなすれば、みんなはばらけて房主堂の前は空っぽになる…オリヴィアはそう思った。

 案の定、小一時間ほどするとみんなが散っていったので、オリヴィアは森の中をそろりそろりと降りていった。

 オリヴィアは房主堂の裏にたどり着くと、這いつくばって房主堂の床下に入っていった。少し進むと僅かな光が見えて、その方向に進むと…房主堂の厨房のに出る。小さい頃、よくこの手を使って房主堂に忍び込んで房主が食べる美味しい食べ物をくすねたものだ。

 渡し板を外して厨房の土間に出ると、そこから靴を脱いで手に持ち、廊下を渡って房主の部屋へと忍んでいった。

 房主ジルの部屋に入ると、オリヴィアは「かい」を探した。大体その手の物は壁に架けて飾っていたり吊るしていたりするものだが、どこにもなかった。それで、ジルの机や箪笥たんすの引き出しを開けて中を探った。すると…

「オリヴィア、私の部屋で何をしているんだい?」

「ぐはぁ…!」

 ジルが部屋の入り口に立っていた。

 オリヴィアはジルを見て心臓が止まりそうになり、あたふたとして言い訳を考えた。

「さ…探し物なの…これがなかなか見つからなくてねぇ…困っちゃったなぁ〜〜…」

「私の部屋で探し物?…お前は私の指示で放り込んだ懲罰房から脱獄したんだってねぇ…⁉︎」

「えっと…世界最強の武器を作ろうと思って…」

「世界最強の武器だって…?」

「そ…そうそう、周直ジウジィ師匠が使ってたという『かい』を探してて…」

「…枴か。」

 ジルはニコリと笑って、オリヴィアの横をすり抜けて押し入れの戸を開けた。そして、押し入れの奥から「ト」の字形をした二本の枴を取り出した。年季のせいか、使い込まれたせいか…それは黒っぽい焦げ茶色をしていた。

「オリヴィア…お前が探していたのはこれかい?」

「あっ、そうそう、それっ!」

「お前は枴の使い方を知っているのかい?」

「うはははは、いや…それが全然…」

 すると突然、ジルは二本の枴の取っ手を握ってその先端でオリヴィアの腹を突いた。

ドスッ!

「ぐへぇっ…!」

 驚いたオリヴィアはそのまま後方に力一杯飛び退き、房主堂の壁に背中から激突した。ジルはなおも歩を進めてきて、さらに左手の枴の先端で突いてきたので、オリヴィアはかろうじてそれを避け房主の部屋から廊下に逃げた。

 それでもジルは武闘家のスキル「軽身功」「鉄砂掌」「黄巾力士」を発動させ、なおもオリヴィアを追撃した。

(うわっ…ジルってば、本気モードじゃんっ‼︎)

 慌てたオリヴィアは…自分も「軽身功」「鉄砂掌」「黄巾力士」を発動させた。

 オリヴィアはジルと間合いをとった。間合いを十分とったつもりだったが、ジルが右足を踏み込んで右腕を鋭く突き出すと、枴がぐんと伸びてきてオリヴィアの側頭部を襲った。

(…えっ⁉︎)

 オリヴィアは左腕で枴の攻撃をガードした。…そうか、約50cmの枴…約10cmのあたりに直角に取っ手がついているので、枴の重心は残り約40cmの方にある。取っ手を握る掌の握力を弱めて腕を振ると、重心のある枴の約40cmの部分が回転してきて相手を横殴りにするのだ。

 ジルはなおも間合いを詰めてきて左の枴でオリヴィアを攻撃してきたので、オリヴィアはバックステップしてそれを躱した。すると、攻撃を空振りした左の枴はジルの手元でクルクルと回転したので、オリヴィアはそれに注意を払った。すると、ジルは右の枴の40cmの長い方でオリヴィアの喉元を突いた。

「ぐほぇっ…!」

 さすがに喉元への攻撃は…「黄巾力士」を発動していてもきつかった。

 攻撃を成功させたジルの右の枴も右腕でクルクルと回転した。オリヴィアほどの武術の達人ともなると、視界の中で敵がちょっとでも不自然な動きをすると無意識にそれを目で追ってしまう…それが無駄な動きであったとしても。

(…こりはまずぅ〜〜いっ!)

 オリヴィアはとにかくジルから距離を取ろうとした。すると、回転していたはずの左の枴の取っ手をジルはいつの間にか持ち替えて、枴の端っこを握って取っ手の部分をオリヴィアの首に引っ掛けた。間合いを取ろうとするオリヴィアの動きを制して、ジルはさらに右の枴の短い部分でオリヴィアの胸を強く突いた。

「…ぐほぉっ!」

 次に、ジルは攻撃した右の枴も持ち替えて、取っ手部分をオリヴィアの足に引っ掛けてオリヴィアを転倒させた。

ドスン…!

 廊下の上に見事な尻餅を突いたオリヴィアはそのまま後方にデングリ返って、靴を履く間もなく脱兎の如く房主堂から飛び出した。

 外で訓練をしていた武闘家のイェルメイドたちは、突然オリヴィアが房主堂から飛び出してきたので唖然としていた。

「何だ何だ?」

「うわっ…オリヴィアだ!」

「…えっ、脱獄したオリヴィア副師範?」

 ジルも房主堂から出てきて、みんなに大声で命令した。

「オリヴィアを今一度懲罰房に戻します…オリヴィアを捕まえなさい!」

 そう言って、ジルはなおもオリヴィアを追って二本の枴でオリヴィアを攻撃しようとした。

 ジルの言葉でみんなが駆けつけてきて、二人の周りには次第に武闘家たちの輪ができて…オリヴィアは逃げ場を失った。

 タマラとペトラもやって来た。

「むっ、オリヴィアめぇ…脱獄しておきながら、のこのこと武闘家房に忍んで来るとは…!みな棍棒を持って回りを固めろ、絶対に逃すなっ‼︎」

 何人かが大量に棍棒を持ってきてみんなに手渡していき、それを横にしてオリヴィアを囲む大きな囲いを作った。

 タマラがなおも叫んだ。

「オリヴィアには『軽身功』がある。飛び越えられないように、包囲網の二重ふたえは棍棒を立てろっ!」

 棍棒が作った囲いにさらに高い柵ができた。これでオリヴィアが棍棒を避けて、「軽身功」による2mジャンプで棍棒を飛び越すことは困難となった。

 すると、オリヴィアを囲む棍棒の輪の中にジルが割って入って来た。

「慈悲である…私がとどめを刺してやろう。」

 ジルが二本の枴を回転させながらオリヴィアに迫った。オリヴィアが間合いを取るために大きく後退すると背中に棍棒の先端が強く当たった。

「むっ…!」

 オリヴィアは体を翻してその棍棒を掴むと、棍棒の持ち主の腹に端脚(足刀蹴り)を入れて棍棒を奪った。

(棍棒があれば…ジルの枴に対抗できるっ!)

 中距離武器の棍棒なら、近接近距離特化の枴も何とかなるとオリヴィアは思った。

 何とかなるっ!…オリヴィアはジルの枴に果敢に挑んでいった。

「こんにゃろおぉ〜〜っ‼︎」

カンカンカンッ!…コン…カンカカンッ…!

 オリヴィアは中距離の位置から棍棒でジルを攻め立てた。ジルは二本の枴を腕の外側に配置してオリヴィアの棍棒の猛攻を弾いた。そして…ジリジリとオリヴィアとの間合いを詰めていった。

 二人を取り囲んでいたタマラ、ペトラを含む武闘家のイェルメイドたちはその豪快にしてかつ流麗な攻防に見惚れて我を忘れていた。

(うへぇ…枴は使い方で、二本とも「武器」にもなるし「盾」にもなるのかぁ…攻防一体の武器なんだ…!)

 オリヴィアがそう思った瞬間、ジルは左の枴の握りを持ち替えて、オリヴィアの棍棒に取っ手を引っ掛け、流れるようなオリヴィアの攻撃を一瞬止めた。

(やばっ…懐に潜り込まれるっ!)

 案の定、ジルはオリヴィアの懐にするりと入り込み…二本の枴で嵐のような波状攻撃をオリヴィアに浴びせた。

 堪らずオリヴィアは棍棒を投げ捨て、両腕で頭部をガードし馬歩になって「黄巾力士」のスキルだけでジルの枴の攻撃を受け続けた。

ガン、ゴン、ドスッ…ガガガ…ズシッ…ドドン…

(…痛ででででで…くうぅ〜〜…!)

 オリヴィアは枴の攻撃に耐えつつ…ジルの息遣いを聞いていた。

ふっ…ふっ…はっ、はっ、はっ…はぁっ…はぁ…はうっ…

 オリヴィアはジルの一瞬の呼吸の乱れを察知して、この時とばかり「黄巾力士」と「鉄砂掌」で強化された両の掌でジルの二本の枴の攻撃をがちりと受け止めた。ジルは攻め疲れを起こしたのだ…年齢のせいだ。

 オリヴィアはがっちりと二本の枴の先端を掴んで離さなかった。一瞬…オリヴィアとジルの動きが止まって、二人の視線が合った。

(…来るっ!)

 ジルが右足を大きく踏み込んでオリヴィアに「大震脚」を見舞った。オリヴィアは枴を放し「軽身功」でピョーンと飛び上がって「大震脚」を回避しつつ、ジルの頭上を越えていった。

 オリヴィアは着地と同時に「迎門三不顧」を発動させた。

ドンッ…ドンッ…ドンッ!

「ぐわあぁ〜〜っ…!」

 オリヴィアを取り囲んでいたイェルメイドたちは悲鳴を上げてバタバタと倒れ、包囲網に穴が空いた。オリヴィアはその穴を通って包囲網を突破し、後ろも振り返らずに全速力で武闘家房から逃走した。

「オリヴィア、待てっ!」

 オリヴィアは後方で聞こえたジルの声にハッとして振り返った。これがタマラやペトラの声だったら無視して絶対に振り返らない。

「持って行け。」

 ジルがオリヴィアに二本の枴を投げてよこした。

「ああ?あ…ありがと、ジルッ!」

 オリヴィアは二本の枴を拾うと、その場から一目散に走り去った。

 ジルのそばにタマラとペトラが駆け寄って来て言った。

「母上、どうしてオリヴィアなんかに枴を…⁉︎」

「武器と言うものは壁に飾ったり押し入れに仕舞い込んだりするものではない…使ってこその武器だ。オリヴィアが使いたいと言うのだから使わせてやるのだ。」

「しかし…あれは父上の形見ではありませんかっ!」

「誰かに枴を使ってもらった方が…周直ジウジィ様も喜ぶであろうよ…」

「ま…まさか、母上…母上は以前、オリヴィアは『見る』だけでその技を習得してしまうと言いました。母上は、はじめからオリヴィアに枴をくれてやるつもりで、わざとオリヴィアに枴の使い方を見せたのでは…⁉︎」

「ふふふふ…そう思うかい…?」

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