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戦乙女イェルメイド  作者: 丸ごと湿気る
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四百七十八章 脱獄

四百七十八章 脱獄


 その夜に「事件」は起こった。

 午後四時頃、昼番の番兵はオリヴィアに夕食を差し入れて夜番と交代した。夜番は昼番からの引き継ぎで囚人がオリヴィアだと判ると、夜番は強いて癖の悪いオリヴィアの懲罰房には近づこうとはしなかった。

 日が暮れ午後九時を過ぎ、辺りも静かになって夏の虫たちの恋の歌が聞こえ始めた頃…

コリコリコリコリコリ…

 何だろう、この音は…これも虫の声かな?番兵はそう思った。

コリコリコリコリコリ…

 この音は草むらではなく、地下から聞こえて来る気がしてきた。番兵は気になってオリヴィアの様子を見に地下へと降りた。すると、コリコリという音は止み地下はし〜〜んとした。

(…おかしいな。オリヴィアさんがこの時間にこんなに静かにしてるなんて…。)

 番兵は懲罰房の扉の小窓を注意深く開けて、部屋の中を覗いた。中は一本の蝋燭が照らしているだけで、ぼぉ〜〜っとして薄暗がりになっていた。…オリヴィアが見当たらない!

 その時…

ガコンッ!

 突然、懲罰房の分厚い扉が開いて番兵に激突した。番兵は吹っ飛んで激しく尻餅をついた。オリヴィアは「砂蟲の歯」で懲罰房の扉の二本の太いかんぬき錠を「砂蟲の歯」で切断していたのだった。

「うぎゃ…!」

 部屋から出てきたオリヴィアはサッと番兵の襟元を両手で掴んで送り襟絞めを掛けた…番兵は十秒で失神した。

 オリヴィアは失神した番兵を肩に担ぐと、すぐに北の斜面を登って番兵の両手両足を自分の肌着で縛り、猿轡さるぐつわを噛ませて薮の中に放置した。そして、草むらの中で「砂蟲の歯」の折れた槍を見つけると、それを持ってさらに斜面を登っていった。

(深夜番との交代が午前零時だから…これで五時間くらいは稼げるかなぁ…。)

 さて、稼いだ五時間でこれからどうするか。脱獄はしたものの、オリヴィアはノープランだった。ひとりぼっちが大嫌いなので、とりあえず脱獄してみたのだ。

(「砂蟲の歯」で城門の扉を破壊するか?いやぁ〜〜…大きな音がするから絶対に門番たちにバレるだろ。穴を掘るか?…五時間じゃ無理だろ。んむうぅ〜〜…コッペリ村に行きたいけど、今はダメっぽいなぁ…。どっかに潜伏してチャンスを待つかぁ〜〜…。)

 オリヴィアは折れた槍をしばらくじっと見ていて…ハッと思いついた。


 南の五段目の鍛冶工房。耐火煉瓦で作られた10平米の工房である。ここでは副業が「鍛治職人」である引退したイェルメイドの古参たちが働いている。

 この工房ではイェルマで使用される鉄製、鋼製の武具全てが作られていて、昼夜二交代制で鍛冶工房の火を絶やすことなく稼働している。

 オリヴィアはこの鍛冶工房に現れた。

 オリヴィアが扉のない大きな入り口からこっそり中を伺うと、ムッとするような熱気を感じた。三人のイェルメイドが滝のような汗を流しながら鋼材を炉に突っ込んでは引っ張り出して金床の上でハンマーで叩いて成形しているのが見えた。その面子めんつを見て…

(…これはいけるっ!)

 そう思ったオリヴィアは元気よく工房へ入っていった。

「こんばんわあぁ〜〜っ!」

「お、オリヴィアじゃないか。こんな夜遅くにどうしたんだい?」

 それは戦士房OGのドミニク、ラムジィ、ミカエラだった。彼女たちはオリヴィアの親代わりのオーレリィとはほぼ同期で、九歳まで戦士房で育ったオリヴィアはこのおばさんたちによく遊んでもらって大の仲良しだ。

「それがね、それがね…これ見て、わかるぅ?『砂蟲の歯』って言うのよ…これで武器を作って欲しいのぉ…」

 オリヴィアは三人に折れた槍の刃先とサラシに巻いた歯を見せた。

「ほうほう、どれどれ…。」

「砂蟲の歯って…『四硬』のアレかい?まさかねぇ〜〜…」

「ラムジィ、そのまさかなんだってばっ!」

「えええぇ〜〜…ウソだろっ⁉︎」

 三人は興味津々で砂蟲の歯を手に取ってみたり、触ってみたりしていた。

「こんなにすっ軽いのに…ドラゴンの牙や爪に匹敵するってか…⁉︎」

「一応ね、槍にしてみたんだけど…柄の強度が足りなかったみたいなのぉ。もっと強いのって作れるぅ〜〜?」

「どんなのが欲しいんだい?」

「えとねえぇ…両手で二枚の歯を使えるやつが良いかなぁ…。」

「ふむふむ…」

 三人は可愛いオリヴィアのために一生懸命考えていた。

 ドミニク、ラムジィ、ミカエラにとってはいくつになってもオリヴィアは昔のままのオリヴィアだった。もちろん、この時三人はオリヴィアが懲罰房から脱獄してきたことなど知る由もなかった。

 その間にオリヴィアは金床やハンマーやヤットコが散乱する熱気のこもった鍛冶工房をうろちょろして、テーブルの上でワインの入った壺を見つけた。三人が持ち込んだ物だ。

「ここ暑いわねぇ…ねぇねぇ、ドミニクゥ〜〜、このワイン飲んでいいぃ〜〜?」

「全部飲むんじゃないよ、私たちの唯一の楽しみなんだからぁ〜〜。」

「分かってる、分かってるってぇ〜〜っ!」

 そう言って、オリヴィアは壺をそのまま口に持っていって、ワインをゴクゴクと飲んだ。

 オリヴィアは工房の中の山積みにされたショートソードやロングソードを見て言った。

「おばちゃんたち、忙しそうだねぇ…ゴクゴク。」

「おばちゃん言うな。…近々、戦争が起こるらしいからねぇ。上から急かされてるんだ。」

「上って…『四獣』?」

「そうだよ。オリヴィアも暇だったら、そこの回転砥石で剣に刃をつけてくれ。」

「うん、分かったぁ〜〜。」

 オリヴィアは手拭いで額の汗を拭ってショートソードを一本手に取ると、ペダルを踏んで回転砥石を回転させ、それにショートソードを押し当てて研いでいった。

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