四百七十七章 キャシィのお遣い
四百七十七章 キャシィのお遣い
キャシィは荷馬車に乗って久しぶりにイェルマを訪れた。目的は三つ…ユグリウシアに会って、蚕から生糸を採集したその後についての注意事項を確認すること。黒亀大臣のチェルシーに依頼されて、コッペリ村近辺で仕入れた穀物をイェルマの食糧倉庫に納めること。最後のひとつは、オリヴィアが置いていった荷物を武闘家房に届けることだ。荷物といっても…セドリックの部屋に無造作に放り出されていた小さな麻袋と折れた槍だけだ。
まずは南の斜面の生産部管理事務所に行って許可をもらい、食糧倉庫に荷馬車を入れた。生産部のイェルメイドたちが荷馬車から穀物の袋を下ろして運んでいくのを見ながら、キャシィは北の斜面に急いだ。
馬で北の三段目辺りを登っていると、イェルメイドに声を掛けられた。
「おっ、キャシィじゃないか、イェルマで見かけるなんて珍しいな。結婚したんだって?…お前、結構みんなから恨まれてるぞ。」
三段目の泉で水浴びをした武闘家房の中堅だった。
「あひゃひゃ…こういうのは早い者勝ちですからっ!」
「何しに来たんだ?」
「ええと、今からエルフの村のユグリウシアさんと会って…その後、オリヴィア姉ぇに荷物を…」
「オリヴィアは懲罰房だぞ。」
「ええっ…またぁ⁉︎…まぁ、当然っちゃぁ当然の成り行きかぁ〜〜。」
「…ユグリウシアさんは、五段目で見たよ。なんか、鳳凰宮の前で、ボタン様と何人かで集まってたねぇ。」
「おっ、そうですか。んじゃ、そっちに行ってみます、あんがとっ!」
キャシィは五段目まで馬で登ってそれから鳳凰宮を目指した。鳳凰宮の前でセイラムをはじめとするいつもの面々が大精霊召喚の実験をやっていた。
駆けつけたキャシィが馬から降りてユグリウシアに挨拶した。
「こんちゃあぁ〜〜、ユグリウシアさん。」
「おやおや、これはキャシィさん。お久しぶりですねぇ。」
「こんなとこで、何やってんですかあぁ〜〜?」
すると女王ボタンが言った。
「おお、キャシィ。これから『ドミニオン』の召喚実験をするのだ。セシルとセイラムで召喚できたら、イェルマにとってこれほど心強いことはない!」
「こ…これはボタン様っ!ええと、ど…どみにおん…せしる…せいらむ??」
キャシィは、セシル、セイラム、ライラック母娘、そしてヴィオレッタとは初対面だった。そこでユグリウシアがみんなを紹介した。
キャシィは驚いた。
(えっ…この女の子がオリヴィア姉ぇが言ってたユグリウシアさんの姪御さん…)
「お初うぅ〜〜っ、姪っ子ちゃん。キャシィだよぉ、よろしくねっ!」
「…初めまして、セレスティシアです。よろしくお願いします。」
(な…何とおぉ〜〜っ…立派なご挨拶⁉︎)
すかさずボタンが言った。
「おい、キャシィ、失礼だぞ!セレスティシア殿は『食客』だぞ!」
「えええっ…‼︎」
(しくったあぁ〜〜っ‼︎ユグリウシアさんの姪ならば当然エルフ…私より年上かぁ〜〜っ⁉︎)
キャシィはすぐに話題を切り替えた。
「ええっと…こっちは…妖精のセイラムちゃん…セイラムさんですね。もしかして、チェルシーさんが言ってた予知する妖精さん…かな?」
「そおだよぉ〜〜っ!あたしはセイラムだよぉ〜〜っ!」
(くっ…こっちは見たまんまの五歳児だったかぁ〜〜…。)
ユグリウシアが言った。
「キャシィさんも大精霊の召喚を見て行かれますか?」
「は…はぁ…。」
本当はユグリウシアにアドバイスをもらいに来たのだが…まぁ、いいか。大精霊の召喚とやらを見学してその後に…と、キャシィは思った。
キャシィが見ていると…妖精のセイラムが意味不明の言葉を発すると、空から光の柱が落ちてきた。その途端、セシルとセイラムが同時にぶっ倒れて、リグレットという少女が酷く慌ててセイラムを揺すっていた。すると、ユグリウシアがセシルに青色の薬を飲ませて、それから神聖魔法らしき魔法を二人に掛けていた。二人が意識を取り戻すと、ボタンがセシルに詰め寄って何か文句を言っていて、セシルは激しく首を横に振っていた。その間じゅう、セレスティシアは手に持った小冊子をめくって何かを調べていた…。これを二回繰り返して、実験は終了となった。
エルフの村に戻ったキャシィ、ユグリウシア、ヴィオレッタにエヴェレットを加えた四人は奥の間の円卓を囲んで話をした。
エヴェレットは言った。
「ほう、シルクですかぁ。リーンではシルクの服は作っておりませんねぇ…何せ、民を食べさせるので精一杯で贅沢はできません。でも、セレスティシア様がどうしてもって言うのでしたら一着くらいシルクのワンピースを新調しても良いですねぇ。」
ヴィオレッタはポツリと言った。
「…要りませんよぅ…。」
すると、席を外していたユグリウシアが何かを持って戻ってきた。そしてそれをキャシィに手渡した。
「…ひと房ですが、これを差し上げます。言葉で説明するよりも…実物を間近で見て、手に取って調べた方が良く判るでしょう。」
「わっ…これ、生糸ですね…⁉︎ありがとうございますっ!これを見本にして頑張りまぁ〜〜すっ‼︎」
キャシィは青い木綿糸で束ねられたシルク糸のひと房を撫でながら、七色に変わる光沢にうっとりとしていた。
北の一段目の練兵部管理事務所から少し歩いたところに懲罰房がある。
キャシィが歩いていくと、懲罰房の入り口で昼番のイェルメイドがひとり立っていた。
「ご苦労様でぇ〜〜す。収監されているオリヴィアと面会したいんだけど…良い?」
「差し入れと武器等の持ち込みは禁止ですので、ちょっと持ち物検査をさせてください。…それと、囚人を刺激しないでくださいね。」
「分っかりましたぁ〜〜。」
キャシィは番兵に明らかに武器の類の折れた槍を預け、オリヴィアの麻袋を見せた。番兵は麻袋の中身を調べ、三枚の肌着と下着、空っぽの財布代わりの小さな皮袋、それから白いサラシに包まれた白い物体を発見した。
「この白い三角形の…陶器の欠片?これは何ですか?」
「さぁ〜〜…何でしょうねぇ?」
麻袋の中身は許されて、キャシィはそれを持って懲罰房の地下階段を降りていった。入ってすぐ…けたたましく木製の扉を叩く音がしていた。
ドンドンドンドンドン…
「開けろぉ〜〜っ!ジルを呼んで来おぉ〜〜い…こらぁ、聞こえとんのかあぁ〜〜っ⁉︎」
…うん、いつも通りだ…そう思って、キャシィは懲罰房の扉の差し入れ用の小窓を開けた。するとそこから右腕が伸びてきてキャシィの胸ぐらを掴んだ。
「うわっ…うわっ、オリヴィア姉ぇ、私だってば私…キャシィだよっ…!」
「んんん〜〜?…キャシィ?…何でここに?」
「オリヴィア姉ぇがまた懲罰房に入れられたって聞いて、様子を見に来たんだよぉ〜〜。」
「そっかぁ…丁度良かったわぁ〜〜。…ねね、ジルを連れて来てぇ〜〜。」
オリヴィアはキャシィを離さなかった。
「うひゃひゃあぁ…それは無理ぃ〜〜。」
「なにゅおおぉ〜〜っ⁉︎」
オリヴィアは「鉄砂掌」を発動させ、キャシィの胸ぐらをさらに握り込んで締め付けた。
キャシィはそれを予想していたので、襟元からサッと頭を抜き麻のワンピースを脱ぎ捨てて下着姿になった。オリヴィアの右手は麻のワンピースだけを虚しく握りしめていた。
「オリヴィア姉ぇ…ちょっと冷静になってよぉ〜〜。」
「お…おにょれえぇ〜〜…」
「ほら、これ…下着の替えだよ。」
キャシィは麻袋から着替えを出してオリヴィアに手渡した。
「むむっ…これは?」
「オリヴィア姉ぇがセドリックの部屋に置いて行った荷物だよ。グレイスさんが持ってけって…。」
「一緒にさ…『歯』が入ってなかった?」
「歯…?コレのことかな?」
キャシィが今度は白い包みを手渡すと、オリヴィアの右手はそれをしかと掴むと懲罰房の中に引っ込んだ。
「キャシィ、折れた槍もあったでしょ?」
「うん…今、番兵に預けてるよ。」
「それを受け取ったらね、懲罰房の入り口の上の薮の中に放り込んどいてっ!」
「んん、良いけど…何で?」
「…考えちゃダメ、なあぁ〜〜んも考えちゃダメッ!」
「…。」
キャシィがオリヴィアとの面会を済ませて階段を登っていると…微かに不気味な笑い声が聞こえたような気がした。
キャシィが面会が終わったことを懲罰房の番兵に伝えると、番兵は折れた槍を返してくれて、オリヴィアの様子を確認するために地下に降りていった。それで、キャシィは折れた槍をポイッと上の方の薮の中に投げ入れた。
キャシィは「砂蟲の歯」と言うものを見るのも聞くのも今回が初めてで、それが鉄をもバターのように切断してしまう代物だと言うことを知らなかった。




