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戦乙女イェルメイド  作者: 丸ごと湿気る
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四百七十二章 ティアークのユーレンベルグ男爵

四百七十二章 ティアークのユーレンベルグ男爵


 ユーレンベルグ男爵はティアーク城下町に戻っていて、同じく帰郷していた宰相のガルディン公爵からスパイの嫌疑で屋敷での蟄居ちっきょ謹慎を命じられていた。

 あの日、東の街道でティアークの王国義勇兵団に拘束された男爵はすぐに城下町へと強制送還された。但し、所持金のありったけの金貨50枚を支払って義勇兵と騎士兵たちを買収し、護衛に着いて来ていた斥候のレイモンドに関しては口封じに成功した。あくまでも、男爵単独で街道を旅行していたと言うことにして、おとなしく兵隊たちの強制送還に従ったのだった。

 ユーレンベルグ男爵は憂慮していた。

(レイモンドと別れて二週間…彼は無事にコッペリ村に辿り着いただろうか?そして…差し迫った危険をイェルマに知らせてくれただろうか?)


 その頃、レイモンドは東の街道近くの林の中を歩いていた。ガルディン公爵が放ったティアークの義勇兵や騎士兵に見つからないように、街道を避け林の中や山道を使って隠密裏に進んでいた。そのため、ユーレンベルグ男爵の予想に反して、レイモンドはコッペリ村への行程をなかなか消化できずにいた。

(ううむ…きついな。このカネの詰まった箱がとにかく重いし…この数日、まともなメシも食ってない。この調子で行くと…エステリックの軍隊に先を越されてしまうな、何とかしないとな…)

 レイモンドは金貨の詰まった木箱を背中に担ぎ、木に絡まったつるをナイフで切ってその汁で喉の渇きを癒し野草を生のまま咀嚼しながら草むらに身を潜めて思案に暮れていた。

 レイモンドがふと草むらから街道の方を覗き見ると、数人の男たちに護られた四台の大型荷馬車が街道をゆっくり進んでいるのが見えた。

(む、何だ…何の馬車だ?)

 レイモンドはすぐに残りの体力のありったけを振り絞って草むらの中を走り、荷馬車よりも200mぐらい先行して街道のそばの枯れ木の倒木の上に腰掛けた。

 そして、荷馬車が見えてくると、両手を振って合図を送った。

「おぉ〜〜い、おぉ〜〜いっ!」

 先頭の荷馬車の御者台で馬を操っていたケントはレイモンドに気づいて馬車隊を停めた。

「おや、どうしたんですか?」

「す…すまない。食糧と水を少し分けてくれないか?コッペリ村に用があって旅をしてたんだが…途中で食糧と水を使い果たしてしまって、途方に暮れていたんだ…。」

 もちろんこれはレイモンドの嘘である。斥候であるレイモンドは山や森さえあれば食糧や水は何とかなる。

 ケントは言った。

「ああ、コッペリ村ですか。我々もコッペリ村に向かっているところです。良かったら、ご一緒しましょう。」

「あ…ありがたいっ!…それで、この大人数…皆さんは商人か何かですか?」

「いやいや、コッペリ村に荷物を届けるだけですよ。この人たちはティアークで雇った護衛の冒険者たちです。」

 レイモンドはケントから差し出された皮袋の水を飲みながら…ちょっとカマをかけた。

「なるほどぉ〜〜、街道といえども物騒ですからなぁ〜〜…三日前だったかな、街道を歩いていたら武装した男たちに突然呼び止められましてねぇ、びっくりしましたよ。そしたら、ティアークの兵隊さんでね、何か…犯罪者を捕まえるために街道を見張っているとか…」

「ああ、我々も二度ほど停められましたよ。身分証やら荷物やらを改められて…面倒臭いですよねぇ…」

 レイモンドは思った。おお、この馬車隊…すでに義勇兵の検問を受けて問題なく通過してきているのか。よし、この馬車隊に紛れ込めば、この先検問に遭っても何とか誤魔化せるかもしれない!

「どうぞ、疲れているようだから…私の横、御者台にどうぞ。誰か、パンを一個持ってきてください。」

 レイモンドは木箱を膝の上に乗せてケントの隣に座り、冒険者が持ってきた大麦のパンをお辞儀をして受け取りかじった。馬車隊は再び進み始めた。

 ケントは言った。

「…コッペリ村にどんなご用で?」

「同じですよ。俺もこの木箱をコッペリ村の依頼人に届ける途中です。」

「そうなんですね。我々はコッペリ村のキャシィズカフェに機織り機や紡績機を搬入すつもりです…」

(キャシィズカフェだって⁉︎目的地は同じじゃないか…これはちょっとまずいんじゃないか?)

 レイモンドはユーレンベルグ男爵から、「キャシィズカフェ」の「キャシィ」に会ってこの木箱を手渡し、そして「イェルマ」にエステリックの大軍が侵攻しつつある事を告げるという任務を与えられている。レイモンドは「キャシィ」とは面識はないし、「イェルマ」に関しては現在、君主のセレスティシアとエヴェレットが滞在している…その程度の知識しかなかった。

 斥候職のさがだ…斥候は常に慎重に、隠密裏に行動せねばならない。レイモンドは密かに…誰にも見られずお金の詰まった木箱をキャシィに渡し、キャシィにイェルマに迫りつつある危機を伝えねばならないと思っていた。このまま進むと、レイモンドとケントは同着して同時にキャシィズカフェのキャシィと会うことになる。すると、自分とキャシィが会って金貨の詰まったこの箱を渡すところをケントに目撃されてしまうことになる。

 このケントと言う初対面の男を信じてはいけない。この男から自分とキャシィが接触したという情報がラクスマンの軍関係者に漏れるかもしれない。それは巡り巡って…ユーレンベルグ男爵や君主のセレスティシア様に危害を及ぼすかもしれない…そう、レイモンドは思った。

「…あなたはコッペリ村のどちらへ?私は以前、コッペリ村に滞在したことがあるのでちょっと詳しいです、知っているお店ならお連れしますよ。」

「あ…ありがとうございます。ええ…えっと…」

 レイモンドは必死でこの場を誤魔化すための嘘を考えた。

「い…依頼人とは宿屋で落ち合うことになってまして…」

「なるほど。コッペリ村には宿屋は一軒しかないのですぐに分かりますよ。私もそこにしばらく逗留してました、ははは。」

「そうなんですねっ!いやぁ、俺は運が良かったっ‼︎」

 二人は大笑いしながら、コッペリ村目指して荷馬車を走らせた。


 ユーレンベルグ男爵の屋敷の正門にある男が訪れた。門前ではガルディン公爵の命で二人の憲兵が見張っていて、人の出入りをチェックしていた。

「ユーレンベルグ男爵は現在、謹慎中である。お前は何者だ、男爵に何の用だ?」

「私は鳩屋ティアーク城下町支店のテッドと申します。先ほど、ユーレンベルグ男爵様宛に伝書鳩が飛んでまいりましたので、お手紙を持参した次第です…。」

「検閲する、見せろ。」

 すると屋敷の門の内側にいる小男ががなり声を上げた。

「こらあぁ〜〜っ!旦那様のお手紙を盗み見るとは何たる無礼かあぁ〜〜っ‼︎」

「黙れ、下男っ!男爵は謹慎の身…こちらには届けられる書簡を検閲する正当な権利があるのだっ‼︎」

「うううぅ…!」

 憲兵は鳩屋から手紙を半ば強引に受け取ると、開いてその手紙の内容を確認した。そして、それを門番の小男に手渡した。

 小男は庭園中央の舗装道路を大声を張り上げながら走った。

「旦那様ぁ〜〜…お手紙、お手紙が到着いたしましたぁ〜〜っ‼︎」

 手紙は門番の小男からメイドへ、メイドから執事へと渡りユーレンベルグ男爵のもとに届けられた。ユーレンベルグ男爵は手紙を読んだ。

「コッペリ村…ハインツからか。何と…キャシィと結婚するだと⁉︎あいつめ…平民の女に本気になりおって…!」

 男爵はキャシィをよく知っている。商人としての資質を十分に持ち、明るくて屈託のない少女だ。決して嫌いではない、むしろ好感を持っている。しかし、これがハインツの妻に迎えるとなると話は別だ。

 貴族社会では貴族同士で結婚をして勢力を拡大していく。大切なのは「個」ではなく「家」なのだ。

 キャシィがハインツの単なる恋人やめかけなら問題はなかった。しかし、これが正妻となると、家名を上げるどころか貴族社会に受け入れてもらえない。妻同伴のパーティーに出席したとして、「妻は平民の出です」と紹介した途端、二度とパーティーへの招待状は来なくなるし、そうなると…貴族相手の商売は難しくなる。

 貴族社会は「閉ざされた社会」だ。貴族は皆、自分たちを「特別な人間」「人間の上位種」だと信じていて、平民と交わって血統が薄れていくことを嫌う。なので貴族は平民と親交を持つことはあるが、婚姻はしない。戯れに平民の女との間に子を設けたとしても、絶対にその子に家督や爵位は譲らない。

 ユーレンベルグ男爵は必ずしも、そう言った旧態依然とした貴族社会の思想や風潮に束縛されている訳ではないが、それに従わないと「ユーレンベルグ家」は大きくなっていかないし、貴族相手の商売もままならないというのが現実である。

 男爵は考えた。ハインツは最愛の妻を失って落ち込んでいたのは理解している…だが、もう少し待っていれば、私が代わりの貴族の娘を探したのに…。貴族の掟、ユーレンベルグ家の掟はハインツも十分承知しているはずだ…なのに…どうして?今日は八月二日で結婚式が八月四日だと…性急過ぎる!奴は何を考えているんだ⁉︎

 私を怒らせたらどうなるか…私の爵位は継がせないし、キャシィとのワインの取引きもご破産になるのは判っているだろうに…もしかして、それを判った上で結婚するのか?ユーレンベルグ家を出ていくつもりか?…ジェニファーと言い、ハインツと言い、随分と勝手なことをしてくれる…二人は私にではなく、今は亡き妻に似たのかな…。

 とりあえずユーレンベルグ男爵は、ハインツに結婚をしばらく延期するようにとの手紙を出すことにして、書簡をしたためて執事に手渡した。

「鳩屋に赴いてこの手紙を出してきてくれ!」

「旦那様…この手紙は外の憲兵に検閲されますが、よろしいですか?」

「構わん、急げ!」

 手紙を受け取ると、執事はすぐにワゴン馬車で屋敷を出ようとした。もちろん、憲兵に止められた。

「屋敷から出てはならんっ!」

「男爵様の命で手紙を出して参ります。行き先は鳩屋でございます。」

「その手紙を見せろっ!」

 執事は手紙を憲兵に渡した。

「むむっ!またコッペリ村かっ⁉︎…現在、コッペリ村方面で大規模な軍事作戦が進行中なのは知っているだろう?」

「…いえ、私は一介の執事、そのような政治向きの事は…」

「だめだ、だめだっ!ユーレンベルグの関係者は一歩たりとも屋敷から出ることは罷りならんっ‼︎」

 執事は手紙を出すことはできなかった。

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