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戦乙女イェルメイド  作者: 丸ごと湿気る
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四百七十一章 ハインツのプロポーズ その3

四百七十一章 ハインツのプロポーズ その3


 いつかはしっかりと話し合わねばならない。そう意を決して、キャシィはハインツが店番をしている粉屋に向かった。

 キャシィがお店に入ると、店番をしていたハインツがキャシィを見とめて笑った。それを見たキャシィはなぜか嬉しくて嬉しくて…笑みが溢れた。

「ハ…ハインツさん、売れましたぁ?」

「いやぁ、今日はまだだねぇ。」

「そっか…。」

 キャシィはハインツから1m距離を置いた隣に腰掛けを持ってきて座った。

「あ…あのさ、私たち…まだ婚約中なんだよね…?」

「まぁ、そうだね…結婚式を挙げてないから婚約中だね。」

「ハインツさんは…結婚式はいつぐらいを考えてるのかな?」

「キャシィが十八歳になる八月四日…キャシィの誕生日にって思ってる。」

(…はやっ!三日後じゃんっ‼︎)

 ハインツは続けた。

「このお店、買っておいて良かったよね…ここの二階は居住部屋になってるから、結婚したら二人で住めるね。」

「ええぇ〜〜…オンボロじゃん。キャシィズカフェの三階の部屋の方が綺麗でしょ…」

「キャシィズカフェは人が多いからねぇ…。結婚したら…キャシィと二人きり水入らずで生活できる方が良いに決まってるじゃないか。」

 キャシィはそれを聞いて、頬が火照った。そして、ハインツの方を見た。

 ハインツの唇…この唇で頬にキスされたい…。ハインツの指…この指で髪を撫でられたい…。シャツの襟元からちょっと見えるハインツの胸…この胸に顔をうずめてみたい…。

「そ…そうだよね、結婚したら二人きりが良いよね。うん、それが普通だよね。」

 ハインツをひとり占め…それ、良いかも…!

「…でも、ハインツさんはお貴族様なんでしょ?いつかはティアークかラクスマンに帰っちゃうんじゃないの?」

「厳密には、爵位を持っていないからまだ貴族じゃないよ。まぁ、貴族の家族だから、『貴族扱い』ではあるけど…。僕はキャシィと結婚したら、コッペリ村に定住しようと思う。ここでキャシィと一緒にワインと穀物の商いをやっていきたい。」

「ハインツさんは…それでいいの?」

「フリードランド夫妻にも言われたけど…爵位を保っていくのは大変なことなんだ。貴族は対面を保つためにお金を使って、そのお金を稼ぐために人を押しのけ、貴族同士でも競争しないといけない。僕は人と争うのは嫌いなんだ…だから、僕は商人には不向きだと思っていた。実際に商売は下手だったし。でも、キャシィの下で商売をいちから学んで、一緒に働いてみて…こういう商売の『やり方』もあるんだなって思った。キャシィみたいな商人なら理想的だなって…」

「いやいやいやいや、私なんかよりあなたのお父さん…『ユーレンベルグ男爵』って言う偉大な商人がすぐそばにいるじゃん、私の何十倍も凄い商人じゃん!」

「…それは違う。父は表向きは人格者のように見えるけど…裏では結構酷い事をしてるんだ…。自分が気に入った相手には手厚いけど、そうでない人間はゴミ同然だよ…。」

「えっ…そうなの⁉︎」

「父の二つ名は…ワインの『神様』じゃなくて、ワインの『魔王』だろ?」

「あっ…!」

「キャシィの商売は父のそれとは違う。一方的に利益を奪い取るんじゃなくて、商売相手にも何らかの利益をもたらす…お互いに得をする商売をしている。尊敬に値するよ…。」

 ハインツから高評価をもらって、キャシィは天にも昇るような気持ちになった。憧れていたユーレンベルグ男爵の裏の顔を聞かされたのは衝撃的だったが…それ以上にハインツから尊敬されているという事実はさらに衝撃的だったのだ。

「でもさ、でもさ…ハインツさんと私の結婚をお父さんは許してくれるのかしら?」

「うぅ〜〜ん…どうなんだろう?でもね…父上が結婚を許してくれなくても良いかなって思ってる…」

「…え…?」

「…その時は家を出るよ。元々、僕は貴族には向いていないんだ。殺伐とした貴族の権力闘争なんて僕にはできないからね。キャシィと結婚して、このコッペリ村で…この粉屋で細々でも商売ができたらなって思ってる。」

「そっかぁ、でも…もし、ユーレンベルグさんが私たちの結婚を許してくれなかったら…ワインの取り引きは契約解除になっちゃうかも…だねぇ。」

「ううう…そうなったら、ごめん。」

「ま、まぁ…そうなったら、そうなったで…その時に考えよう…。」

 その後二人はニタニタとして、五分ぐらい沈黙していた。

 するとそこに、客が来店した。コッペリ村では見た事のない客だった。多分、コジョーかマーラントに行く貿易商人だ。

「ここは粉屋かな、小麦は置いてあるかな?」

 キャシィが応対した。

「いらっしゃいませぇ〜〜。小麦ありますよぉ〜〜、いかほどご所望で?」

「…あるだけくれ。」

「あるだけって…20kgぐらいありますけど、全部?今、小麦は値上がりしてて高いですよ。大麦とか…あ、そうだ、お米はいかがですか?安い上に小麦に負けず劣らず美味しいですよ。」

「いや、小麦がいいな。20kgでいくら?」

「…金貨1枚です。」

 金貨1枚を受け取って、キャシィは思った。この貿易商人は怪しい…と。以前にも同じような年恰好の怪しげな貿易商人に会っている。

 キャシィはハインツに尋ねた。

「…ハインツさん、今の貿易商人、どう思う?」

「なんか変だよね。貴族でもないのに、商人のくせに小麦のパンを食べたがるなんて…。小麦粉代だけで商売での儲けが飛んじゃうんじゃないかな。」

「そうだよね…。」

 キャシィは、ハインツの事をハインツ自身が言うほど愚鈍ではないと思った。性格はおっとりして積極的ではないけれど、しっかりと経験を積んでいけばひと角の商人になるだろうと思った。

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