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戦乙女イェルメイド  作者: 丸ごと湿気る
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四百六十七章 ダフネの出産 その4

四百六十七章 ダフネの出産 その4


 ダフネは精魂尽き果てて、尻餅を突くようにしてしゃがみ込み、そのまま寝台の上に体を放り出して仰向けになった。そして苦痛から解放されたダフネはしばしの間、目の焦点を遠くに飛ばして恍惚に浸っていた。

 取り上げられた赤ん坊は、臍の緒が断たれたことで息苦しくなり空気をひと息吸った。すると肺に溜まっていた羊水でせて…びっくりして泣いた。

「ぎゃふ…ぎゃああぁ…うぎゃああぁっ、うぎゃああぁ〜〜っ!」

 戸口の外にいたオリヴィアとサムは産声を聞いて興奮した。オリヴィアは産湯を部屋の中に運び込もうとして、部屋の戸の取っ手に手を掛け力一杯捻ると…取っ手が壊れた。

バキャッ!

 仕方ないので戸口を蹴破ってタライの産湯を部屋の中に運び込んだ。みんな一瞬、「うわっ!」と思ったが…とにかく赤ん坊が先だ。

 オーレリィはオリヴィアを睨みつけながらも、赤ん坊をタライのお湯に浸けてリネンの手拭いで優しく拭った。オリヴィアは産湯を使っている赤ん坊の股間をチラッと見ると、すぐに脱力状態のダフネそばに駆け寄って言った。

「ダフネ、元気な女の子よっ、イェルメイドよ、イェルメイドッ!…良かったわねぇ〜〜っ‼︎」

 ダフネはその言葉に反応した。

「女の子…女の子かぁ〜〜。…ふふふ。」

 ダフネにしてみれば、愛するサムの赤ちゃん…男の子でも女の子でもどちらでも大歓迎だ。

 グレイスは後産のシーツを片付けていて、アナはダフネに「神の癒し」を掛け、さらに感染症予防のため「神の清浄なる左手」も掛けた。

 そして、オーレリィがお湯できれいにした赤ん坊をおくるみに包んでダフネの顔の横に寝かせると、赤ん坊の顔を見るや否や…ダフネの目には涙が溢れてきて幾筋も頬を伝った。

(…赤ちゃん、やっと会えたねぇ…。ママ、十ヶ月も待ったよぉ〜〜っ!)

 テキパキと床を掃除するアナの後ろで、ダフネの涙を見たメイはもらい泣きしていた。何もしていないオリヴィアは中腰になって赤ちゃんのプニプニのほっぺを指でつついていた。

 そこに、遅ればせながら部屋の中にサムが入って来た。サムはおどおどしながら…ダフネと赤ちゃんを目指して歩いていった。オーレリィがやって来て、邪魔になっているオリヴィアの左耳をつまんで部屋の外に引っ張っていった。

「痛てて…ててててて…」

 オーレリィは言った。

「ダフネ、元気があるんだったら、赤ちゃんに初乳を飲ませておやり…。一番最初のお乳は凄く大事だからね。」

 オーレリィに引っ張られていくオリヴィアの後に続いて、みんなも部屋を出て行った。ダフネとサムを気遣ってのことだ。

 二人きりになったダフネとサムの目は赤ちゃんの顔一点に注がれていた。赤ちゃんは産まれたばかりで、目を閉じて前にとんがらせた小さなおちょぼ口をむにゃむにゃと動かしていた。ダフネとサムは赤ちゃんがあくびをすると大笑いし、目を開けてキョロキョロするだけでも笑った。

「ねぇ、ダフネ。お乳を飲ませたら?」

「あ…うん、そうだね。」

 ダフネは寝台で上体を起こして、赤ん坊を抱きかかえようとしたが…赤ん坊を初めて扱うダフネは両腕をどう使ったらいいのか分からなかった。

「うわぁ…どうやって抱いたら良いんだろ…⁉︎」

「こうだよ、こう…横にして、まず右手をお尻に添えて左腕を枕にして全体を包むように…」

「うっ…サム、うまいな。なんでだよ…」

「床屋をやってた頃、兄さん夫婦の赤ちゃんの世話もよくしたからね。」

「ふうぅ〜〜ん…」

 イェルマでは新生児と出会う機会などまずない。同じ房の誰かが出産すれば、そういう機会もあったかもしれないが…。

 サムから赤ちゃんを渡されて、ダフネは見よう見まねで赤ちゃんを抱いてみた。抱き方がぎこちなかったのか、赤ちゃんはぐずった。

「うわわっ…泣いちゃう、泣いちゃう…!」

「ダフネ、力を抜いて。自分の子供なんだから緊張することないって。」

「だって…なんか、すぐ壊れそうで…あれ、両手が塞がってるから…お乳が…」

「赤ちゃんを膝の上に乗せるんだよ。そうしたら、右手が空くだろう?」

「あっ…そうか!」

 ダフネは空いた右手で寝巻きの襟口を開いて大きくなった左の乳房を出した。そして、乳首を赤ちゃんの唇にちょんと当てると…赤ちゃんは目を剥いて、体をぐいっと起こしてその乳首に吸い付いた。

「わっ…凄っ!」

「あははは、お腹が空いてたんだねぇ。」

「不思議だぁ…産まれたばっかりでも、おっぱいの吸い方は知ってるんだね…。」

 この頃の赤ん坊は、とにかく唇に触れた物は乳首だろうと人差し指だろうと吸い付くのだ。ダフネの赤ちゃんは乳首を吸うのが上手な赤ちゃんのようだ。

 乳首を赤ちゃんに吸われている感覚というのは、母性本能を強烈に刺激して母体に奇跡を起こす。

「あああ…乳房が張ってくるぅ〜〜…母乳が溢れ出してくるぅっ!」

 ダフネの右の乳首からもポタリポタリと母乳の雫が滲み出てきていた。

「今度は右でお乳を飲ませたら良いよ。」

「なるほどぉ〜〜っ!」

 とにかくダフネは赤ちゃんを見るのも、触るのも、産むのも初めてのママ一年生なのだ。

「ダフネ、これから大変だよ…二週間ぐらい、二、三時間ごとに赤ちゃんにお乳を飲ませないといけないからね…。」

「二、三時間ごとか…でも、どうやって時間を計ったら良いんだ?」

「いやいや…それは大丈夫。お腹が空いたら赤ちゃんが泣いて知らせてくれるから。」

「なるほどぉ〜〜っ!」

「…ホントに分かってる?昼夜関係なくだよ…?」

「…マジかっ!あたし、寝れないじゃないか…⁉︎」

「うん、寝れない…。赤ちゃんと一緒に仮眠をとるような感じかなぁ?貴族みたいなお金持ちなら、乳母さんを雇ったりするんだけどね…。」

「いやっ、そんなものはいらない!あたしのおっぱいだけで育てる…頑張るっ‼︎」

 ダフネは、乳を吸う赤ちゃんを見て笑っているサムの横顔を覗き見て…赤ちゃんと同じくらいに愛おしかったり、また頼もしかったり思った。

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