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戦乙女イェルメイド  作者: 丸ごと湿気る
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四百六十四章 ダフネの出産 その1

四百六十四章 ダフネの出産 その1


 サムは午前十時になると、いつものように宿屋からキャシィズカフェに移動してきて、そろそろやって来るだろうお客に備えて理髪用の椅子とテーブルをワイン倉庫から出した。

 ワイン倉庫の地面にはむしろが敷き詰められていて、その上には熱湯で処理済みの蚕の繭が所狭しと並べられていた。

 陰干しされた一万個以上の繭は全然減っていく様子がない。キャシィズカフェの厨房では駆け込みカルテットとグレイスの養い子たちが料理の仕込みで忙しく動き回っている。工場では大工仕事のリューズやベラたちが木槌やのこぎりの音をさせている。それを見て、サムは昨日と変わらない今日の始まりだなと思っていた。

 いつの間にかグレイスとハインツが助っ人としてキャシィズカフェの厨房に現れて、駆け込みカルテットの手伝いを始めた。

 しばらくすると、イェルマ橋駐屯地から昼休憩のイェルメイドの第一陣がやって来た。

「そぼろおにぎりとハーブティーを二人前ねぇ〜〜っ!」

「こっちは雑炊ねぇ〜〜っ!」

「サムゥ〜〜、髪を少し切って揃えてくれなぁ〜〜い?」

「毎度ぉ〜〜。」

 理髪用の椅子に座ったイェルメイドの長い髪をサムはお湯で湿らせた手巾で拭い、ブラシで丁寧に梳いていった。髪をあたってもらっているイェルメイドは注文したそぼろおにぎりとハーブティーを両手に持って代わり番こに口に運んでいた。

 その時、雑貨屋のダンがオリバーを抱きジェームズの手を引っ張ってキャシィズカフェにやって来た。ダンはオーレリィの旦那さんだ。

「グレイスはいるかいっ⁉︎」

「ここだよ、どうしたんだい?」

「ダフネの陣痛が始まった…来てくれないかっ⁉︎」

「あいよ、分かったっ!」

 それを聞いたサムのハサミはピタリと止まった。髪を切ってもらっていたイェルメイドのおにぎりを咀嚼する口もピタリと止まった。

 グレイスはすぐに養い子たちを集めた。

「私はダンちの雑貨屋に行って、お産の手伝いして来るから…あんたら、ジェームズとオリバーを頼むわねっ!」

 久しぶりに会ったジェームズ、オリバー、ジョフリーの歳の近い三人は顔を合わすなり奇声を上げて喜んだ。

「こっち来いよぉ〜〜っ!俺の弟分を見せてやるよぉ〜〜っ‼︎」

 ジョフリーはサシャがおんぶしている一歳のアベルのところに二人を連れていって自慢した。ジョフリーの弟分と言う事は、ジェームズとオリバーにとっても弟分だ。

 グレイスはサムに声を掛けた。

「サムッ、散髪なんかしてる場合じゃないよ…父親になるんだからあんたもおいでっ!」

「は…はい…!」

 グレイス、サム、ダンはそのまますぐにダフネがいる雑貨屋に急いだ。それから…調髪をしてもらっていたイェルメイドもおにぎりとハーブティーを両手に持ったままサムの後について小走りでくっついて来ていた。

「ん…キミ、どうして着いて来るの?」

「ダフネが出産するんだろ⁉︎…着いて行くに決まってるじゃんよっ!」

「…休憩時間、いいの?」

「ノップ…駐屯地の今日の隊長は私だからねっ!」

 彼女は戦士房の中堅で、ダフネの先輩のルビィだった。

 四人が雑貨屋に到着すると、ダンはすぐにお店にある手拭いやリネンのシーツを集め始め、それ以外の三人は二階に上がっていった。

 部屋に入るや…サムの目に最初に飛び込んできたのははりから垂れ下がった首吊り用のロープだった。

(な…何だ、これはっ⁉︎)

 もちろん、誰も首吊りなんかしない。これは妊婦が捕まって体を起こし、重力の助けを借りながら出産するためのロープだ。これは比較的体力がある女性の出産方法だ。

 出産の方法は地域や文化、人種によって様々だ。体力に自信のない貴族の婦人の間では、ぬるま湯を満たした浴槽の中で出産をする者もいるし、また、梁というものが存在しない組み立て式のゲルで生活する遊牧民族の女性はゲルの真ん中の支柱に縄を縛っておいて、それにしがみついて中腰で出産したりする。

 そのロープの真下の寝台にダフネと付き添いのオーレリィがいて、ダフネは寝台に半身になって横たわり腰の辺りを仕切りに押さえて唸っていた。

「痛た…あいたたた…あ痛っ…!」

 その様子を見たサムはすぐにダフネのそばに寄り添った。

「ダフネ、大丈夫かい⁉︎」

「うん…大丈夫…痛たたたたっ!」

「大丈夫じゃないじゃないかっ!」

 オーレリィが言った。

「思ったより一週間ぐらい早かったね…早めにこっちに移って来てて良かったよぉ…。」

「いつ産まれるんですかっ?」

「夕方…くらいかしら。」

 ルビィが近くに寄って来て言った。

「やあ、ダフネ…産まれるって⁉︎」

「あっ、ルビィさん…なんでここに…⁉︎」

 ルビィはハーブティーを飲み干し、指にくっついた米粒をしゃぶりながら言った。

「今日は私が駐屯地の隊長なのさ。頑張って、良い子を産みなよ。」

「…ありがとうございます。あ…痛みが収まった…。」

 陣痛は出産の兆候だ。痛くなったりそれが収まったり、それを繰り返していき…次第に痛くない時の間隔が短くなっていく。そして、一概には言えないが…赤ちゃんを包む羊膜が破れて「破水」すると本格的な分娩…出産となる。

 サムは一生懸命ダフネの腰を摩りながら、小さな声でダフネに何かを語りかけていた。ダフネは微笑みを湛えて小刻みに頷きながらそれに応えていた。二人はお互いに見つめ合っていて…ダフネの目は安心と信頼に満ちていた。

 ルビィはそれを見ていて…

(はっ…これはダイアナとサミーそのまんまだわっ!ううぅ〜〜ん…小説も良いけど、実物も良いわねぇ…二人とももっとくっつけ、チューしろ、チューッ…‼︎)

 そう思って、「渓谷の夜は切なくて」第三巻の続きを読んでいるかのように…未だ良い人のいないルビィは身悶えしていた。

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