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戦乙女イェルメイド  作者: 丸ごと湿気る
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四百六十二章 男爵の難儀

四百六十二章 男爵の難儀


 ユーレンベルグ男爵はティアーク城下町を出発し、東の街道を馬車で丸一日走った。

 御者のレイモンドが言った。

「旦那、城下町を出てからずっと走りっぱなしだ。俺は鍛えているから良いんだが…あんた、大丈夫かい?…疲れてるだろ、馬車を停めてちゃんと食って寝た方が良いんじゃないか?」

「いや、大丈夫だ。構わず行ってくれ。」

 レイモンドは続けた。

「パトリック…だったっけ。あの人の話じゃ、エステリックの兵隊よりもこちらの方が余裕で先着するんだろ?それだったら、そんなに急がなくたって…。先は長い…このままだと、イェルマに着く前にあんたぶっ倒れちまうぞ。」

「余計なことを考えるなっ!そのまま馬車を走らせろっ‼︎」

「…へいへい。」

 ユーレンベルグ男爵は娘のジェニファーとハインツのことが気掛かりで一刻も早くイェルマ渓谷に向かいたいのだ。

 そろそろオリゴ村に入る横道が見えてくる。もちろんここは素通りだ。

 すると、横道から数人の男が男爵のワゴン馬車の前に躍り出て来て街道の真ん中でバリケードを作った。

「止まれぇ〜〜、その馬車止まれぇ〜〜っ!」

 男爵は男たちの統一された皮鎧の装備を見て、しまったと思った。

(うっ…ガルディンが東の街道に設けた義勇兵の見張りか…まだいたのかっ!)

 レイモンドが御者台から小声で言った。

「旦那、どうする…この数なら始末できるけど…?」

「…それは私の流儀ではない。」

 王国義勇兵団は平民で構成された軍隊である。専業で兵士を生業なりわいにしている者もいれば、兵役で一時的に参加している者もいる。

 男爵にしてみれば、平民などどうでも良かった。しかし、男爵は「商人」の矜持ゆえ、物事を流血で解決することに少なからずの抵抗があった。今回の場合、彼らは宰相のガルディン公爵の命令で検問をしている。力尽くでここを突破するならば…この義勇兵たちを皆殺しにしなくてはならない。そうしないと、自分がイェルマに向かっていることがガルディン公爵に報告されてしまう。皆殺しは…さすがに躊躇ためらわれる。

 ワゴン馬車を停めたユーレンベルグ男爵は馬車の窓から顔を出して言った。

「私はユーレンベルグと言う者だ。急いでいる、通してもらいたい。」

「いや…この街道を通る者は例外なくみんな改めよと上の方から言われているんだ。とりあえず、馬車から降りてくれ…」

「私は男爵位を賜っている。このワゴン馬車を見て分からんのか⁉︎」

「男爵?…あんた…あなたは貴族なのか…。んんっ…それでも、悪いが改めさせてくれ。そうしないと…俺たちの首が飛んでしまう…。」

 仕方がないので男爵とレイモンドは馬車から降りた。義勇兵のひとりが馬車馬の鼻を引いてオリゴ村の方に引っ張っていった。

 オリゴ村では空き家を一軒貸し切って、臨時の義勇兵たちの詰所が設けられていた。男爵とレイモンドはそこに連れて行かれ、義勇兵の事情聴取を受けた。

「男爵様はどこへ向かわれるので?」

「私はワインの商いをしている。販路を広げるために、あちこちの村や町を回っているのだ。ユーレンベルグ…『ワインの魔王』を知らんのか⁉︎」

「…さぁ?」

 どうも…ユーレンベルグとこの二つ名は憲兵隊、王国騎士兵団以上でないと通用しないようだ。

 隣の義勇兵は読み書きができるらしく、羊皮紙に何やら書き込んでいた。調書を取っているようだ。

「おいキミ、何を書いているんだ?」

「はぁ…どう言う訳かは知りませんが、ここを通過しようとした者の素性と目的を書いて報告せよと上から命令されております。」

(…まずいな。私はすでにガルディンから釘を刺されている。この上、この微妙な時期にイェルマに向かっていた事が知られれば、ガルディンとは真っ向から対立してしまうことになるだろう…。)

「なぁ、ものは相談だが…私たちを見逃してはもらえまいか?私たちを見なかったことにしてくれ…」

 そう言ってユーレンベルグ男爵は懐から皮袋を出すと、そこから義勇兵の人数分の金貨を取り出した。義勇兵たちは目を丸くした。

「…おおぉっ…!」

 金貨一枚あれば…平民の生活レベルなら家族で半年ぐらいは暮らせる。

 だが、義勇兵は首を縦に振らなかった。

「お…俺たちだけだったら、見逃すこともできるんだがなぁ…」

「ん、それはどう言う…」

 突然、レイモンドが男爵の口を右の手のひらで塞いだ。すると、金属鎧を身につけた一個小隊の兵士が詰所に入って来た…王国騎士兵団だ。

「話は聞かせてもらいました。ユーレンベルグ男爵様、失礼だがしばらくの間、身柄を拘束させていただきます。」

「何…⁉︎」

「怪しい者はもとより『耳の尖った者』『金髪で胸の大きな女』それから『貴族』…これらは拘束して留め置くようにとの命令が、宰相殿から来ております…悪しからず。」

(ううっ…やられた!)

 ユーレンベルグ男爵とレイモンドは顔を見合わせた。

 その夜、詰所の一室に監禁された二人は小さな声で密談した。

「…レイモンド、お前だけならここを抜け出せるだろう?すまんが、ひとりでイェルマに行ってくれんか…?」

「それはできるが…あんたはどうなるんだ?」

「私はガルディンに覚えられている。私が逃げてしまうと…私は犯罪人となり我が一族は処断され、財産も没収されて何かと大変だ。しかし、誰にも知られていないお前なら大丈夫だ。私の代わりにイェルマに行ってくれ、そして…この危険をジェニファーとハインツに伝えてくれ。」

「あ…あんたは?」

「私の事は私で何とかする…。」

「…そうか、分かった。」

 レイモンドはナイフを抜くと、床板を剥がして床下に潜り、密かに監禁された家から出ていった。レイモンドは男爵の指示通り、ワゴン馬車の中の小さな箱を担いでひとりでコッペリ村を目指した。小さな箱はずっしりと重く、中にはキャシィズカフェやイェルマに支払う金貨が詰まっている。

 レイモンドは箱に縄を掛けて背中に背負い、目立たないように林の中を走っていった。

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